第3話 市川浩司 その1
小学校に上がり、俺達は順調に育っていた。
心配していた事故などもなく健康そのもの。流石にこの年以降に事故があれば間違いなく覚えていることだろう。
ただ一花の人見知りは相変わらずだった。
幼稚園を卒業することには裾をつかんでくることは少なくなってきていたのだけれど、俺の後ろにぴったりついて歩くのは毎度おなじみの光景になっている。ただし、とてもとろいので信号を渡るときは、
「……ああ! じゅんちゃんまってー」
と数テンポ遅れてから追っかけてくるのだった。
「おい、じゅんいち! そんなにとろいやつはおいてはやくいこうぜ! サッカーしようぜ! サッカー!」
一花を待とうと足を止めていた俺に声をかけてきたのは、前世でも親友だった市川浩司だ。
俺の家から徒歩三分。同じ学区に住むので登校は浩司もいつも一緒だ。
どんくさい一花のことをあまり好きではないのかいつも置いて行こうとする。
俺からしてみれば、一花はのんびりしすぎで、浩司はせっかちすぎる。
そもそも朝から中庭の狭いスーペースでボロボロのサッカーボールの取り合いをサッカーといっていいのだろうか。
とりあえず、俺は二人の間を自分のペースで歩く。
俺たちの学区の同級生は他にいないためか二人は俺にべったりとくっついている。
その結果、二人は俺に合わせて一緒に歩くことになる。
「じゅんいち! はやく! はやく!」
俺の手を引っ張る浩司。
「じゅんちゃんおいてかないでー」
置いていかれないように俺の服の裾をつかむ一花。
これもまたおなじみの光景になっていた。
それを微笑ましそうに見る。上級生の姿があった。
「あの子達は本当に順君のことが好きね。」
「そうだね。楽しそうで何よりだよ」
そこの兄と姉。信号を渡る途中でじゃれているのを注意するのが筋じゃないだろうか。
この交差点は交通量が多い上に、変則的な信号だからよく事故が起こる。年長者が事故が起きないよう注意しないといけない。
彰兄さんも智姉さんもどこか俺のことを二人の保護者のように見ているからか、安心しきっている。
まあ、実際精神年齢はこの中で最も高いのだから別にかまわないのだけれど。
学校に着くと教室にもいかず中庭へ直行する。
「きょうこそはかってやる!」
そう言って、浩司はボールを持つ俺に挑んでくる。
前世の知識があるからか、それとも三鷹家の血筋か、俺の運動神経は抜群だった。浩司はクラスでもトップクラスの運動神経の持ち主だが、ほとんど俺からボールを奪うことができない。
もともとは手加減をして遊んでいたのだが、遊んでいるうちに熱中して本気を出してしまった。
一度本気を出してしまったあとは、手加減をすると浩司が怒るため本気を出さざるを得ない。
そんな浩司の負けず嫌いな性格を最初から知っていながら、本気を出してしまった俺も相当に負けず嫌いなのだろう。
その結果、今日もまた勝利を重ねることとなった。
「くっそー! じゅんいち! どうやったらそんなにうまくなるんだよ!」
「ええっと、……ストレッチ?」
前世の記憶と三鷹家の天性の運動神経を除くとそれくらいしか思い浮かばなかった。
「ストレッチ? なんだそりゃ?」
「ラジオ体操みたいなものだよ」
「なんでそんなんやってんだよ」
何でと言われると、暇だった。というだけだった。
前世の記憶を持っているだけに、小学生低学年で勉強する必要はなく、娯楽も一度経験している幼稚なものばかりだった。
前世のレベルに合わせるなら、中学生以上を対象にした娯楽か教材が欲しいが、そんなものを欲しがったら目立ってしょうがない。
一番の娯楽は体を動かすことなのだが、門限があったため夕方以降は暇を持て余していた。
そんな中のヒマつぶしの一つとして役に立ったのがストレッチだった。
音も出ないし、誰かに見られてもさほど目立たないのがいい。
まあ、あまり暇をつぶせてはいなかったけれども。何もしないよりもましだった。
「よくわかんないけど、それで強くなれるならおれにもおしえろよ!」
「いいよ」
ストレッチくらいなら教えても問題にならないだろう。劇的な効果はないだろうが、やって損のある行為でもない。
教えるのはやぶさかではないのだが、
「でも、また今度な」
ちょうど予鈴が鳴ったのでどちらにしても今は教室に戻らなくてはならない。
「しゃーねーか。ちゃんと教えろよな」
「ああ、もちろん」
約束をして俺たちは退屈な授業へと向かうのだった。
朝から疲れ切った浩司はうつらうつらと眠そうに授業を受け、先生に叱られるのだった。
俺のせいで浩司が勉強ができなくなることがないように後で勉強も教えておこう。
念入りにな。




