第2話 佐藤一花 その1
俺は順調に年を重ねて幼稚園に入っていた。
できるだけ前回と同じようになどと思うがそんなことは到底不可能だった。
知識は積み重ねることができても記憶には限界がある。
そもそも前回の幼稚園のことなど欠片も覚えていないので再現不可能だ。
とりあえず普通の幼稚園児として突出した能力などは見せずに育つことにしていた。
前世の知識を生かせば神童と呼ばれることは簡単だ。
しかし高校に入ってすぐに死んでしまったので、通用するのはせいぜい中学まで。
その後は普通の学生に戻ってしまう。
勉強をサボっていれば中学で落ちぶれることかもしれない。
高校に入ってすぐに死ぬのは確定していても、勉強せずに情けない息子で終わるのはあまりにも両親に申し訳がない。
それなりの成績を取って、健康に過ごすことが両親に一番の親孝行になることだろう。
あとは交友関係をむやみに広げず、ひっそりと暮らしえていけば死んだときに悲しむ人を最小限にすることができる。
そう思っていた。
だけれど、どうやら無理らしいことがこの時点で分かっていた。
「じゅんちゃん? どうしたのー?」
後ろに俺の服の裾んで掴み首をかしげる少女がいた。
どこか間延びしたゆっくりした口調のぽわぽわした雰囲気が特徴だった。
前世では絶対に知り合うことのなかった少女だ。
この少女とは朝から夕方まで幼稚園で常に一緒にいる仲だ。
「何でもないよ。一花ちゃん」
そんな彼女の手を振りほどくこともできず、俺は彼女といつも一緒にいる。
「じゅんちゃん。おままごとしよー」
「……いいよ」
一花はおままごと用のおもちゃを広げて準備をする。
「じゃあ、あたしがおかあさんで、じゅんちゃんは、じゅんちゃんねー」
今回の俺の役割は自分でいいらしい。
深く考えなくていいので楽なことだ。
「じゅんちゃんはまたおもらしして、ちゃんとトイレでしないとだめでしょ」
「うん、それは一花ちゃんのことだよね。昨日怒られてたよね」
「ううぅ。じゅんちゃんのいじわるー」
あまり好かれ過ぎないようにと捻くれた受け答えをしているが、一花は泣きそうになっても俺のそばから離れようとはしない。
もともと一花は人見知りが激しく、いつも家族の後ろに隠れていた。幼稚園の先生にも懐いているが、俺のほうが付き合いが長いためかいつも俺のそばにいる。
これが幼稚園が同じだけの付き合いであったのなら、割り切って仲良くもできたのだが、そうはいかなかった。
佐藤一花。
この少女は俺の前世のポジションにスッポリと収まっていたのだから。
俺には同い年の姉も妹もいなかったはずだ。
だけどありえないと言い切ることもできない。
俺がやりなおしていることで何か影響を与えてしまっているかもしれない。俺のほうが一花より早く生まれているのだからありそうな話だ。だけどそのころの俺はといえば愛想を振りまくだけの赤ん坊だった。まあ、それを見て佐藤家夫婦がもう一人子供が欲しくなったかもしれない。いや? そもそも俺が前世で佐藤家に生まれたということは佐藤家はもう一人子供を作ろうと思っていたのだからおかしくないのか?
あとは実は前世でも妹がいたのだけど俺の記憶に残る前に交通事故で……だとか、病気で……なんていう可能性。仲良くしてくれる子がそんなことになるとかトラウマになるからやめてほしい。
「ねぇ。じゅんちゃんおままごとのつづきー」
どうやら考え込んでしまっていたようだ。一花にせかされる。
取り合えず、病気だとどうにもならないけど、俺の手の届く範囲で事故とか起こらない様に気を付けよう。
気を取り直しておままごとの続きをすることにする。
「はいはい今度はどんな役をやればいいんだ?」
「じゃあねー。こんどはねー。ともおねーちゃんやって」
「今度は難しいなぁ」
智お姉ちゃんとは一花の姉であり、俺の前世の姉だ。
一花のリクエストに応えて、智お姉ちゃんを演じてみるとしよう。十五年分見続けた俺の集大成を見るがいい。
俺の迫真の演技に一花は喜び、先生はドン引きしていた。




