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第11話 佐藤一花その3

「勝負よ! 今度こそ負かしてやるわ!」

「ああ、はいはい。それにしても双葉もクラスが違うのに、よく来るようになったよな」

「そうだねー。他のクラスで知ってる人なんて全然いないのに双葉ちゃんはクラスのみんなが知ってるよね」

「それも全敗してるのもみんな知ってるよな」

「外野の二人がうるさいわね!」


 双葉と浩司、一花はすっかり顔なじみとなっている。


「外野はうるさいって言われてもな。お前さんは知らないかもしれないけど、俺は順一に勝ったことがあるしな」

「え?」


 自慢げに語る浩司とうなずく一花。

 双葉はまさかと俺の顔を見るが、それは事実だ。


「水泳の競争で完敗だったな。平泳ぎ、クロール、背泳ぎの全部で負けたな」

「何よ! 何負けてるのよ! 勝ちなさいよ!」

「無茶いうな。俺にだって苦手なものの一つや二つあるわい。で、今日は何の勝負だよ。テストないだろ」

「ふふーん。調べはついているのよ! 明日順一たちも調理実習っていうことを!」

「確かに調理実習だったな。作るのはクッキーだよな」

「おいしく作れたほうが勝ちよ!」


 あいまいだなあ。素人が同じレシピで作ったら違いが判るだけの差は生まれないだろう。お互いが審査をするとなれば正確な判定なんて望めない。


「じゃ、公平を期すために浩司と一花にも判定をしてもらうか」

「よっしゃ! クッキーを余分に食える」

「双葉ちゃんと順ちゃんのクッキーを食べていいの?」

「公平なの?」

「大丈夫だ。浩司は何でもうまいとしか言わないし。一花はおいしいものにはまずいとは言わない」

「あんまり当てにならなさそう! この二人で大丈夫なの!?」


 ということで、調理実習で作ったクッキーを放課後、教室に持ち寄って実食することに。


「まずは俺様のクッキーだ!」

「なんで関係ないあんたがしゃしゃり出てくるのよ!」

「俺だけクッキーもらいっぱなしはだめだと言われてな。どうせなら俺も勝負に参加しようと」

「私も参加するよー。おいしくできたから、みんなで食べよー」

「ま、いいわ。勝つのは私だし」

「自信満々だなぁ。その自信へし折られなきゃいいけど」

「ふん。もう勝った気でいるの?」

「そんなつもりはないよ」


 特に料理が得意というわけではないのだ。レシピ通りに作るのがせいぜいだった。

 作った本人以外が食べて、五点満点で評価することになった。


「で、俺のクッキーはどうだ」

「四点。普通に食べれるし、浩司にしてはうまくできたほうなんじゃないか?」

「そうね。私も四点かしら」


 俺も双葉もそこそこな評価を下す。


「三点かな。浩ちゃんオーブンを何度か開けたでしょ。火の通りが甘いよ」


 そんな中一花だけが辛口評価だった。

 言われてみれば確かにサクッとした食感が弱く感じられた。


「結構辛口なのね」


 双葉は普段ほんわかしている一花の辛口評価に驚いていた。


「だって焦げないか気になるじゃん。一花は気にならないか?」

「昔は気になったけど、時間より前に開けるとひどいことになるのは何度かやったからもうしないよー」

「何度かやったのかよ!」

「そういえば何度か生焼けのクッキーを食べたことあるな」

「うう、失敗したのは忘れてよー」


 落ち込む一花を置いておいて俺は自分のクッキーを広げる。


「じゃあ今度は俺のをどうぞ。普通に作ったごく普通のプレーンクッキーだ」

「お、うまいなー。俺のと違ってさっくりしてる。五点」

「なかなかやるわね。でも悪いけどさっきと同じ四点」

「そうだねー。ごくごく普通につくるのが一番だよ。四点」


 合計十三点。

 浩司が十一点。

 勝っているようだけれど、あまり意味はない。浩司はたぶん全員に五点出すだろうし、俺もよほどのことがない限り点数に差をつけることがないだろう。


「次は本命の私ね!」

「自信満々だな」

「勝つために工夫したもの。見なさいこれが私のクッキーよ!」


 机の上に広げられたクッキーは俺たちが作ったものとは違っていた。所々黒っぽくなっている。それは焦げているのではなく。


「チョコレートだね」

「ふふふ。味気ないプレーンクッキーに少しチョコレートを加えることでアクセントにしたのよ」

「うーんうまい! ちょっとにがい大人の味五点!」

「そうだな。いろいろ試してみるのはそれはそれでいいじゃないかな。四点」

「三点かなー。順ちゃんのプレーンクッキーのほうがおいしかったよ」

「ちょっと、待ちなさい! 順一の評価はともかく一花の評価はひいきじゃないの!?」

「双葉ちゃんまだ自分の作ったクッキーの味見していないでしょ? 食べてみたらわかるよー」


 言われるがままに双葉は自分のクッキーを食べて言葉に詰まる。


「チョコレートって結構お砂糖が多いんだよー。だからクッキーが甘くなりすぎちゃうの。それに、お菓子用のチョコレートじゃないからチョコチップの食感もなくなっちゃってるよー」

「これもうまいじゃん。厳しくね?」

「おいしくないわけじゃないんだよ? だけどお菓子作りのレシピはちゃんと作れば誰が作ってもおいしくなるようになってるから余計な手を加えないほうがいいんだよー」

「はいはい、それくらいにして、一花のクッキーを食べよう」


 悔しそうに固く唇を噛みしめる双葉が暴言を吐いてしまう前に先回りして塞ぐ。

 おいしくなければ文句を言ってやるといった表情の双葉がクッキーをかじる。

 そして出てきた言葉は文句ではなく、


「……おいしい」


 称賛の言葉だった。


「相変わらずお菓子作りだけはうまいな。これだけは一花に勝てる気がしない。文句なしの五点」

「同じレシピとは思えねーよな。うまい満点」

「……負けたわ。これ食べたらさっき言われたことも納得するしかないじゃない。っていうかレシピ通り作ったはずの順一となんでこんなに違うのよ」

「たぶん生地をこねすぎたんじゃないかなー。しっかり混ぜたら美味しくなるわけでもないから」

「そこら辺の加減は経験の差だよな」

「く、そうなると一花が一番で順一が二番、結局私の負けか」

「勝ち負け何てどうでもいいだろ。うまけりゃそれで何でもいいだろ」


 悔しがる双葉に浩司はあけらかんと、言い放つ。


「勝負にこだわるあんたがそれを言う?」

「そりゃあ勉強だって体育だって料理だって勝負に勝てたらうれしいぜ? でも勉強するのは頭をよくするためだし、料理だってちゃんと料理を作れるようになるためだろ? なら上手くなってりゃいいんだよ。おんなじ失敗しなけりゃ」

「そうだよー。私もいっぱい失敗したからねー」

「今度こそレシピ通りに作って見せるわ。おいしいものを作って見せる。一花教えなさい!」

「いいよー」


 どうやら一花と双葉の二人の間にわだかまりは残らなくて済んだようだ。


「じゃあ、さっそく行くわよ!」

「ええ!?」

「今日やれることは今日やる主義なの。さっそく買い物に行って材料を揃えなきゃ」

「ちょちょっとー! 順ちゃん助けて―」


 一花は双葉に引きずられていく。


「うまいクッキー待ってるぞー」

「わかった頑張るー」


 俺の言葉にあっさり態度を翻して、クッキーを作るため双葉と一緒に帰っていった。


「さてと、浩司、同じ失敗しなきゃいいっていい事言ったな」


 教室に残された浩司に声をかける。


「そうだろ。流石俺いいことを言う」

「うん。だからいつまでも同じ計算間違いしているのをそろそろ直そうか。九九の間違いをそろそろなくさないとな」

「ええっと、また今度には……」

「すると思うか? 今日やるぞ。そろそろおばさんに怒られるのは嫌じゃないのか?」

「くそぅ! やってやるー! かかってこいや!」


 やけくそ気味に叫んだ浩司の声が教室に響き渡った。

 なお、浩司の九九の間違いは小学生を卒業するまで続くことになる。

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