第1話 佐藤順一 その1
ああ、満足だ。
俺の人生は捨てたものじゃなかったと、何もない空間で揺蕩いながら人生を振り返って感慨に浸る。
高校一年のゴールデンウィーク明けて早々に交通事故で俺の人生は幕を閉じた。
傍からは、「まだこれからなのに」だとか「まだ高校生活も満喫していないだろうに」などと言われるだろうが、自分自身では納得いくものだった。
たった十五年しか生きていない小僧が悟ったようなことを言うのもなんだが俺は俺のやるべきことを成し遂げることができた。
転生ということがあるのか、このまま消えてなくなるのか、それとも天国に行けるのか。もしかしたら地獄に落ちるかもしれない。
次が来ることを待ち続けるが一向に終わりが訪れない。
「ふむ、落ち着いておるな」
待ち続ける俺の前に白髭の老人が現れた。
豊かな白髭をいじりながら俺の姿を見ていた。
「こんにちは。神様ですか?」
「そうじゃ。君たち人間にはそう呼ばれておる」
そうか、きっとこの神様が俺を次の場所に連れてってくれるのだろう。
「ああ、”次”を待ち望んでいるところ悪いが、君はまだ天国にも来世にも行けない」
心を読むことが出来るのだろう。そうでなければ次などと言わず来世だとか天国だとかいうだろう。
そもそも俺は今、体がないのだから、声など出せていないで、心の声が駄々洩れなのかもしれない。
いや、それよりも、
「行けない? え? 本当に地獄行き? もしかして日頃の行いが悪かった?」
「いやいや、ごくごく平凡な人生だったよ。君のような魂まで地獄に落としていたらきりがないよ」
「じゃあなんで俺はまだ次がないんですか?」
「それはだね。手続きにミスがあって君の生まれがズレてしまっていたのだよ。そのズレを直さない限り君の魂は転生できない」
「じゃあ、そのズレはどうやって直すんですか? そもそもそのズレって何なんですか?」
「君の人生のずれ、それは本来君は隣の家に生まれるはずだったんじゃ」
「となり……」
俺の家の東側には老夫婦が二人住んでいる。
そちらに生まれるはずだったというわけではないだろう。つまり家の西側。ああ、俺は三鷹家に生まれるはずだったのか。
すべてが腑に落ちた。
そんな思いを知ってか知らずか、老人は続ける。
「すぐ隣に生まれるとはいえ、それは君の人生を大きく左右したはずだ」
「それは……、そうですね」
そうなると俺にいたのは姉ではなく兄がいたのだろう。
少しだけ裕福な家庭に生まれ、イケメンだったかもしれない。
「だから君にはもう一度人生をやり直してもらいたい。もう一度やり直すことでズレを直してほしいのじゃ」
「やり直す? もう一度あの人生を三鷹家の子供として?」
「ただやり直すだけだと、君には苦痛だろうから希望するおまけをつけてあげよう。あんまり特殊な能力を与えることはできないが、能力の底上げ位はできるぞ。身体能力を上げたり、記憶力を上げることもできる。人よりモテやすくなるなんてこともできるぞい。やってくれるかな?」
「もう一度やり直すことが苦痛ということは記憶を引き継ぐということですか?」
「記憶を消すということもできるぞ。記憶を引き継いでやり直しというのはこういったケースでは基本的な特典じゃが、それが嫌という者もおるからのう」
「正直なところ断りたいんですが……」
「正しく人生を終えなかった魂は、正しく転生できぬ。君の魂はこの空間に長く漂い続けることになる。それはわしとしても避けたいのう」
お願いという形をとっているが、俺に選択肢はないようだ。
「…………………………わかりました。それじゃあ、記憶を引き継いだうえで、おまけを一つ付けてください」
「可能な限りかなえよう」
「なら、俺の人生の結末を変えないでください」
「それは……」
俺の望みが意外だったのか神様は目を細める。
「俺の佐藤順一としての前世の終わりは俺にとって間違いなくかけがえのないもので満足がいくものだった。だから俺が十五歳であの形で死ぬ運命を変える必要はない。そこには奇跡はいらない。そういうことです」
「分かったその願いをかなえよう。十五年後、同じ結末の後にもう一度会おう」
後悔の無いようにな、最後に神様がそう言うと、俺の意識は闇の中に消えていった。
……
…………
………………
次に意識が覚めると、俺に微笑みかける人がいることにおぼろげながらに分かった。
どうやら俺は正しく三鷹家に生まれ直すことができたようだった。
最初に見た人は心さん。前世でも大変お世話になった人だ。
次に見たのは努武さん。武骨な文字の名前だけれど穏やかな性格の男性だ。
そして小さな男の子が不思議そうに俺の顔をのぞき込む。
遊んでくれたり勉強を見てくれた、彰兄さん。
まさかただの兄貴分が正真正銘血のつながった兄になるとは思わなかった。
誰もが幸せそうで、それだけに申し訳ない。
俺は長生きできずに死ぬ運命を選んでしまった。自分勝手な思惑で十五年後悲しませてしまうことを許してください。
それでもこれから十五年。もう一度よろしくお願いします。