騎士団長殺し
騎士団長殺しはこういう話だと思っていました。
団長が殺されたことは絶対に秘密にされなければならなかった。名誉ある神聖騎士団の団長にして偉大な戦士ハンス・シュタウフェンベルガーが、まさか他人の手で、それも少女の手にかかって殺されてしまったなど、決して知られてはならなかった。
もしこのことが露顕してしまったら、騎士団全体の名誉が汚されるばかりでなく、前々から騎士団の存在を目の敵にしてきた修道会派の連中に攻撃の材料を与えることになってしまう。
それだけは避けなければならなかった。
「さて、尋問にかかるとしよう。貴様が騎士団長殺しの犯人か。さて、どうしてくれようか。」
副団長アルベルト・ローゼンバウムは少女を鋭い眼でギロリと睨んだ。
本部宿舎の一室に監禁されているのは、ヴィッケンシュタイン公爵に仕える女騎士マルガレーテ・ヴィッツだ。彼女は騎士団長の招きに応じて一週間前からここに逗留していた客人だった。
マルガレーテは臆するところなく胸を張った。
「いかにもあやつを殺したのは私だ。全く、あのような下衆が、名誉ある聖堂騎士団の団長であったとは笑止千万である。わが剣の錆にしてやった。貴公が副団長のローゼンバウム卿か。貴公も下衆のご同輩か。」
ローゼンバウムは舌打ちをした。マルガレーテの敵愾心あふれる口ぶりから、騎士団長が彼女に何を迫ったかは大方見当がつく。
だが彼にとって事件の真相などどうでもよかった。問題は事態にどう収拾をつけるかだ。
これがどこの馬の骨とも知れぬ小娘であれば、騎士団の名誉を守るために闇に葬ってしまえば良かった。だが国王陛下の覚えもめでたいヴィッケンシュタイン公の部下を簡単に始末してしまうのは、さすがの騎士団の力を持ってしても不可能であった。
騎士団の名誉を守ると同時に、ヴィッケンシュタイン公の顔も立ててやらねばならぬ。これはゴルディウスの結び目を解くよりも厄介だ。
「私が伺いましょう。ローゼンバウム卿は疲れておいでだ。」
副団長の傍にいた糸目の男が口を開いた。騎士団随一の賢者と名高い、あのアーベル卿であった。
「マルガレーテ・ヴィッツ卿と仰られましたかな。わが騎士団長が貴公にご無礼を働いたというのが真実であれば、われわれとしても遺憾なことに存じます。だが騎士団長を手にかけてしまわれたのは、やはりやり過ぎであったと思われませぬか。貴公に神と真実がおわすならば、裁判にて真実を明らかにし、そこで悪事を糾弾されるべきでした。悪人には神の御名において正しき裁きが下されたことでありましょう。だが貴公はご自身の正しさを訴える機会をも手にかけてしまわれた。」
アーベルの口ぶりに、マルガレーテはグッと言葉を詰まらせた。
裁判というものがいかに真実を捻じ曲げ、権威と権力におもねるのかは誰もが知るところである。裁判など起こせば、憎っくき修道会派はこれ幸いと裁判を利用したに違いない。
実際に裁判を行なっていれば、騎士団は言い逃れできぬほど不利な立場に追い込まれていただろう。
アーベルはそれを知りながら、飄々と裁判をすれば良かったと言ってのけた。マルガレーテの青い正義感に訴えかけたのだ。
「だが貴公はそれをされなかった。これでは正義を測る天秤が貴公の側に傾くと、誰が信じますでしょうか。なるほど確かに神は全てを見ておられる。だが現世にいるわれわれには、衆生の言葉で語らねば通じませぬ。やがて来る審判の日に我らの間違いが正されようとも、少なくともそれまでは、貴公は理由もわからぬ騎士団長殺しの下手人でしかない。これは貴公にとっても不本意なことではありますまいか。」
マルガレーテは下を向いてぎゅっと手を握りしめた。アーベルの狡猾な言葉が響いているのだ。
「そこで提案したいのですがーー騎士団長はまだ生きておられる、ということにしませんか。貴公は騎士団長の部屋には呼ばれなかったし、騎士団長を手にかけることもなかった。」
マルガレーテと副団長はギョッとした顔でアーベルの顔を見た。アーベルの表情は読み取れない。
「一年間は騎士団長が亡くなったことは内密にしておきましょう。その間に、騎士団長は病いに臥して引退を望み、副団長にその座を引き継ぎます。騎士団長は正当な手続きを踏まえてから病気で亡くなるのです。これで修道会派から面倒なちょっかいを出されることもありません。」
「だが秘匿するにしても、どうだ、病の床に臥してしるとはいえ、欠席できぬ公式行事もある。隠し切ることはできまいぞ。」
副団長は困惑の色を露わにする。こんなふうに肝が小さいからこの男は副団長止まりなのだ。
「その時には、それ、そこに影武者がおりまする。」
そう言ってアーベルは、誰あろう、マルガレーテを指し示した。
マルガレーテは目を丸くして絶句するより他はなかった。
「死体は穴に埋めておきましょう。大丈夫。騎士団長殺しを知るのは、副団長と、わたくしと、犯人のマルガレーテだけなのです。」