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UNKNOWNな引きこもり  作者: 砂を持った猫
2/5

2 帰宅

「あれ?死んだかな?」


 倒れた体を起こして周りを見る。

 どうやら死んではいないみたいだ。なぜなら僕は今、昼に来ていた土手の野原にいるからだ。目の前にも川が見える。

 あれが三途の川と言われたら死んでるのかもしれないが、遠くに見える高層ビルの光が生きていることを僕に教えてくれた。


 最後に覚えているのは、黒い塊が落ちてくるところだけ。「あぁ、僕はここで死ぬのか」なんて思ったのに、夢だったのかな?


 身体に異変は感じないし、見た目も外傷があるようには見えない。周りを見渡しても、黒い塊は見当たらないし、何かが落ちてきた痕跡も無い。

 あれは夢だったのだと、僕は判断した。野原で寝そべっていたら、いつの間にか寝ていた。なんてことは、少なくとも経験したことはある。

 いつもよりも現実的な夢を見たというだけだろう。


 そんなことよりも困ったことがある。時計を見てみれば、現在の時刻は20時である。父さん以外は大体17時~19時の間に帰ってくる。父さんは22時だ。


 今帰れば確実に家族と対面することになるだろう。


「どうしよう、本当に困った」

 

 家族には本当に会いたくないのだ。


 外で野宿するわけにもいかないので、腹を決めて帰宅することにする。

 帰路には着いたが、家に近づくにつれて尋常では無いほどの汗が流れ始めた。足取りは重くなり、家が目に見えてきた頃には、呼吸も乱れていた。


 家族に会いたくない理由で、身体がこんなにも拒絶反応を起こすだなんて。

 

 本当に情けない。



 門の前で立ち尽くす。なかなか家に入る勇気が持てないでいた。腰から下が石像になったようだ。どうしようかと悩んでいると、突然後ろから声をかけられた。


「……昇輝(しょうき)か?」


 父さんの声だった。一気に汗が噴き出る。

 いつもよりも帰りが早かったみたいだ。


「……」


 声を出すことが出来ない。


「こんな時間に外に出ているだなんて珍しいな」

「……土手で寝ちゃって」

「そうか」


 なんとか父さんの問いに答えることは出来たが、冷や汗は止まらなかった。

 父さんはそれ以上何も問いかけてくることは無かった。先に門を通り、家のドアを開ける。


「ほら、いつまでも突っ立ってないで、家に入れ」


 父さんに促され、石のように動かなかった足を家へと動かす。家に入ると小さい声で「ただいま」と言って、一目散に自室へと向かった。

 自室までは誰とも会わず、自室のドアの前にはご飯が置いてあった。


 下の階からは。父さんが「ただいま」と言い、それに対して母さんが「……今、昇と帰ってこなかった?」という声が聞こえてきた。

 僕はその後の会話を聞かずに、部屋の中に入って扉を閉めた。


「父さんと話すのは久しぶりだったな。何ヶ月ぶりだろう」


 ベッドに横たわりながら1人つぶやく。


 家族の顔を最後に見たのはいつだったか。


 母さんと最後に顔を合わせたのは4ヶ月くらい前だった。夜中にトイレに向かったら、たまたま起きてきた母さんに出くわしたのだ。

 母さんは「あっ……」と声を出していたが、僕はすぐさまUターンをして、本格的に声をかけられる前に部屋へと逃げた。

 トイレは2~3時間我慢して、母さんがいないことを確認してから用を足した。


 1つ上の姉、美輝(みき)と4つ下の妹、明輝とは2年も顔を合わせていない。理由としては、絶対に顔を合わせたくなかったので、外に気配を感じればトイレに行きたくても部屋から出なかったからだ。

 といっても、姉ちゃんと明輝の部屋は僕の部屋を挟んで両隣なので、2人が部屋にいる気配を感じてからトイレに行っていたので、出会うことが無かったのだ。


 父さんはさっき顔を合わせた。会いたくなかったはずの、久々の家族との会話に少し嬉しさを感じたのは何でだろうか。


 そんなことを考えて、この日は寝た。


 朝起きると家族の声が、すぐ隣から聞こえたような気がして目を覚ました。

 部屋を見渡しても、家族の姿は見えない。いつも通り薄暗い部屋で、置いてあるものも少ない、いるだけで気分が暗くなる部屋だ。

 しかし家族が話している会話だけは、はっきりと聞こえる。


「お父さんが昨日、昇と会ったんだって」

「へ~、部屋から出てきたんだ」

「俺があったのは外だがな」

「お兄ちゃんが外に?何で?」

「土手で寝てたらしいぞ」

「私も会いたかったなぁ」

「お母さん、あいつのことなんて、いないもんとして扱えば良いのよ。社会に出られないならまだしも、自分の部屋からすら出てこないんだから」

「美輝。そうゆうことを言うんじゃない」

「だって~お父さん。明輝もそう思うでしょ?」

「……私は何も」

「この裏切り者」


 聞こえてきた会話の内容を理解して、姉の言葉に落ち込み、母の言葉で申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 この体験を不思議に思いながら、徐々に意識を覚醒させていく。

 意識が覚醒すればするほど、不思議な体験は異常事態へと変わっていく。



「おはよう」「おい、今日の飯はまだか」「お兄ちゃんにおかず食べられた!」「今日、着る服無いんだけど」「行ってきます」「ねぇ、おはようのちゅーしよ?」「今日はシシャモか……」「うるさい!もう少し寝かせろ!」「早く起きないと遅刻するわよ」「ワン!!」「ちーよーちゃーん!学校に行こー!」「……今日も仕事か。死にたい」「ねぇ!何回言ったら分かるの!パパの洗濯物と私の洗濯物一緒にしないでよ!」「母ちゃん、おかわり」「夜勤しんどかった。寝よ」「母さんや!わしのカツラどこか知らんか?」「やばい、電車に乗り遅れる!」「父さん、寝癖ひどいよ」「……眠い」「おはようございます。今日も暑いですね~」「猛君を迎えに来ました!「「お母さん!俺のYシャツどこ!?」「ちょっと、お弁当忘れてるわよ」「今日は何時に帰ってくるの?」「姉ちゃん、パンツ見せないで」「我が目覚めるときが来た!」「お隣さんは今日も元気ねぇ」「今日もニート。明日もニート。はぁ、俺何やってんだろ」「今日の晩ご飯は、オムライスを希望します」「私の第一希望選手は餃子なので却下」「洗い物しといて~」「ほれチビ、30円上げるから新聞取ってきて」「ママ。私のクマさんどこ」「親父!!寝坊だ!!」「愛してるよ」「今日は、早く帰れそうだ」「頑張るか」



 家族以外の声が僕の頭を埋め尽くす。


 普通では考えられない情報量に脳が攻撃を受け、僕は意識を手放した。


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