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其ノ9 三人目の仕事人(★)

 土の一件が終わった後、近所のコンビニに寄ってサンドイッチをいくつか買って昼食をとる。仕事が昼をまたぐときは大抵コンビニで済ますか、どうしても腹が減った時には牛丼のチェーン店に言ってガッツリ食うのがいつもの流れで、食べるものも大体いつも同じたまごとツナとハムのミックス。琳のほうは最初の方は興味津々に覗いていたが、それが"パン"だとわかるとすぐに身を引いて警戒し、いつもなら質問攻めにするところを外の電柱の後ろに隠れて、紅くなった瞳で睨みつけて威嚇してくる。

 

 俺は琳の威嚇を無視して、コンビニを出てすぐのベンチに座りサンドイッチを頬張りながら、次の仕事の確認をする。残りの二件はそう難しい案件じゃなさそうで、これくらいなら特に問題もなく済ませられるだろう。一通り確認し終えファイルをしまい、サンドイッチの最後の一口を放り入れてから、


「おい、そこの幽霊。次行くぞ」


 と、奥の電柱の後ろに隠れている琳に声をかける。


「……パン、食べ終わりましたか?」


 疑わしそうに顔を覗かせて、じっと俺の様子を伺う。


「お前、まだ昨日のこと根に持ってるのか? 意外と執念深い?」


「そうじゃありませんけどぉ……」


 もう俺の手に怖いものがないとわかると、紅い瞳の威嚇を止めて電柱をすり抜けて俺の後ろに着く。確かに昨日の事は事故みたいなものだし、一回死にそうになったくらいでそこまで毛嫌いするとかパンがかわいそうだ。


 その後の仕事は特にこれと言ったこともなく、俺にしてみればごく普通の内容だった。昼一にやったのは、キャバクラで働いているケバいおば――おねえさんの依頼で、仕事に使うドレスをクリーニング屋から引き取ってくること、最後の仕事は孫が熱を出して病院に連れて行かなければならなくなったおばあちゃんの依頼で、今日の夕食に使う材料の買い出し。この辺はいつもやっていることなので、別段疲れるようなものじゃない。

 結局今日一日の中で琳が役に立ったのは、午前中の一件のみだった。



――……。



 今日の依頼が全て片付いた俺は事務所に戻るため帰り道を歩く。


「お疲れさまでしたっ。今日は私、頑張りましたよ!」


「午後何もしてないけどな」


「うぅっ……もっとお役に立ちたかったです……」


 琳はすっかり肩を落としてしまっている。余程俺の役に立てたことがうれしかったのだろう、それだけに午後の存在感の薄さが悔しそうに尾を引いている。でも、そもそも幽霊が手伝えること自体が奇跡だしいつもなら俺一人でやってることなので、琳が居ることで得はあるが居なくても損はない。


「午前は確かに助かった。それには礼を言うが、いつもは午後やったことの方が大半でお前の出る幕はないんだよ。今日はたまたまお前の運が良かっただけだ」


(第一、俺が何でお前を連れて外にいるかわかってるのか? お前が変なことをしないように見張るためだぞ。だから危なっかしくて手伝いなんかさせられるかってーの)


「えぇぇ……」


「分かったら変なことしようなんてかんがえるんじゃねーぞー」


「はぅぅ……」


 俺は琳のことなど目もくれずスタスタと帰り道を歩く。琳の周りにはどんよりとした空気が漂っており、本人も口をへの字に曲げてしょぼくれてしまっていた。


 空に少しずつ夕日のオレンジが混ざり始めたころ、俺と琳は事務所のある建物に帰ってきた。

 相変わらず急で雑な造りの階段を上り事務所に入ると、店長が机に脚を投げ出し読みかけの本を顔に乗っけて、椅子の上でぐうぐういびきをかいて寝ている姿を視界に捉える。


「……ッ!」


 暢気に寝ている姿を見て、こめかみに力が入り言葉にならない怒りがこみ上げるが、そこをぐっと抑え込み自分の机に向かう。ここでキレても結局なんだかんだ被害を受けるのは俺なんだし、俺もそこまでガキじゃない。


 帰ってきてから行うのは仕事の報告書作りで、今日やった仕事の結果報告と問題点、改善等をまとめて提出する。また仕事にかかったお金もここできちんと申請しておかないと、後々の給料日に返金されなくて夜に枕を濡らすことになる。

 俺はさっさと今日のことをまとめ上げ各ファイルに挟み込んでから、未だ起きる気配のない店長のもとへずかずかと歩いていく。しかし机の前まで来てもまだ起きない。ならばと、手に持っているファイルを思いっきり目の前にたたきつける。


「報・告・書っ!」


 俺の後ろでは、琳が驚いて背筋をピンと張る。叩きつけた衝撃が着ている服と長い髪を後方になびかせた。


「んぁ……あぁ、帰ってきたのか。お疲れサン」


 顔に乗っかっていた本がずり落ちてやっと目を覚ました店長は、大きなあくびを一つして座り直し伸びをしてから雅稀の顔を見て、何事もなかったかのようにスッキリした表情で振る舞う。


「なに昼間から寝てんだよっ! 少しは仕事しろっ!」


「そう目くじら立てんなって。俺より早く老けちゃうぞ~?」


「誰のせいだとおもってんだっ!」


「あはは、悪りぃ悪りぃ」


 コイツ絶対悪びれてない。そういうのが丸わかりなへらへらとした顔をしている。


「これが今日の分ね~。何か面白いことでもあったか?」


 俺の作った報告書を手に取ると、中身に目を通しつつ店長が問う。


「……別にっ」


「ふ~ん。午前中の依頼、俺も詳しいことほとんど聞けなかったんだけど、上手くやれたみたいじゃない」


「そ、そうだっ! あの盆栽の土の仕事――」


 言いかけてふと午前中の琳の働きが脳裏に蘇る。一生懸命俺のために土を選びに行ってくれた琳。怒られるの覚悟でも、俺の役に立ちたかったから頑張ってくれたんだった。まだ色々納得できてないところはあるけど……、


「ん~? どうした?」


「……いや、何でもない。丁度知り合いに盆栽に詳しい奴がいて、手伝ってもらったから上手くいったんだよ」


(えっ……? 今、殿が……)


 琳は後ろでそれを聞いていて、はっとしてから少し恥ずかしそうに頬に手を当て顔を赤らめる。


「知り合い、ねぇ~。雅稀に友達がいたなんて初耳だなぁ~?」


「うっさいわっ! 友達の一人や二人いるわっ!」


 相変わらずつかみどころのない話術で翻弄されるも、さっさと切り上げて自分の机に戻り荷物をまとめる。


「そんじゃまた明日ね~」


 店長が後ろで手を振っていることには目もくれずに、出勤表の自分のプレートを外してかごに入れる。遠くで「あ、そういやぁ……」と、ふいに店長がつぶやくのが聞こえた時にはもう出入り口のドアノブに手をかけていたが、次の刹那にはドアノブに触れている感覚は無く俺の手は空気をつかんでいた。

 いつの間にか目の前の扉は開け放たれていて、夕焼け色の空の真ん中に西日に照らされた黒い一本の太い棒がたたずんでいるのが見える。真っすぐに歩いていた俺は、つい勢い余ってその黒い棒に頭から突撃してしまった。


「うおっ……ぷっ!」


「きゃあっ!」


 しかし思っていたような痛みはなく、むしろ柔らかいクッションのような弾力が俺の顔を包み込んだ。それも、両頬に一つずつありなかなか大きい。そしてやたらいい匂いもするし……。


「な、なにしてんのかなぁ~?」


 真っ暗な視界の中であれこれと考えていると、不意に頭上で黒い棒が喋った。俺はその声に現実に引き戻され、急にハッとして気が付いた。聞き覚えのある、この声の主は――、


「え、いやっ、これはっ、そのっ――」


「このッ変態っ!!!」


 必死に顔を離そうとした時にはもう遅かった。宙ぶらりんになっていた俺の腕をつかまれ、一瞬目の前が明るくなったと思ったら次の瞬間には視界が一回転していて、入り口前の通路に背中から思いっきりたたきつけられた。


「ぐっはぁッッッ!!!」


「……フンっ」


 見事なまでの一本背負いを決められて背中から電流と痛みが走り、俺はしばしの間身体の自由を奪われる。視界が逆さまな状態で目の前を見ると、俺を投げ飛ばしたその人――(女性だった)はドアの前で仁王立ちをしてこちらを見下していた。


「おぉ~、見事な背負い投げだこと」


 女性の背後からにょきっと顔を出して、店長が額に手で日よけをつくり高みの見物をしている。琳も店長とは反対側の背後から、心配そうにそーっと様子を窺っていた。


挿絵(By みてみん)


「あ~あ、マリエちゃんも雅稀もタイミングが悪かったね~ぇ」


 店長に"マリエちゃん"と呼ばれた女性は、尚も俺を見下しつつ威嚇の表情を緩めない。瑠璃色に染まった瞳は俺の姿をしっかりと捉えていて、すぐにでも第二波を浴びせられる準備のできた構えをしていた。 


「まったく、いきなりなにするのよ雅稀くんっ!」


「いちちち……」


 暫くしてやっと体の自由が戻った俺は、仰向けだった体勢をうつぶせにしてからゆっくり立ち上がった。直にダメージを受けた背中が、まだジンジンと熱を帯びて痛みを訴えている。


「マ、マリエさん……すいません……」


 俺は立ち上がって、前方を改めて見直してみる。未だ怒った表情を崩さないで腕を組んでいるこの人は、雲井(くもい)マリエさんだ。俺がここに入る前に先に仕事をしていた人で、歳も俺より上であるが詳しいことは知らない。ちなみに俺とは違って彼女は正社員扱いで、俺が来る日にはほぼ毎日いてここの仕事のほとんどを行っている。もちろん現場にも出るし受付や相談役もこなすため、正直店長よりも仕事ができるから男二人そろってこの人には頭が上がらない。真面目でしっかり者の、キャリアウーマンってところだ。

 

 背は俺よりも少し低いがそれを思わせない気迫を見せることがあり、それは高校生の時に柔道で全日本覇者になったという経歴からきている。もちろん黒帯所持者。さっきの一本背負いも、大の大人が軽く気絶するくらいの威力を出すこともあり、そのせいかマリエさんの仕事は浮気調査やボディーガードが多いのだ。

 髪は紺色のミディアムヘアーで毛先が外にハネており、首元が広くあいた白いTシャツは腰の上ほどの丈しかなくへそ出しスタイルである。今日はデニムのショートパンツとスニーカーを履き、夏場にぴったりのスポーティーな印象だ。


「はぁ……次から気をつけなさいよね」


 組んでいた腕を下ろしやれやれといった顔で、疲れを吐き出すように息を吐いた。


「丁度マリエちゃんが帰ってくる頃だと思ったんだ~。まさか雅稀と鉢合わせになるとはねぇ」


「あ、店長。さっきお願いしたものはできてますか?」


 俺の方を向いていたマリエさんが、くるっと向きを変えて今度は店長の方を向く。お願いしていた物、と聞いた瞬間に店長の顔色が変わった。


「んえ? あ、いやぁ、俺も忙しくってねぇ……ほ、ほら、今日は依頼の電話が多くって――」


「出来てないんですね?」


「ア、アハハハ~……」


 頭をかきながら必死にごまかそうとする店長を見て、マリエさんはまた「ハァ~っ」と深くため息をしながらジト目で睨む。なぜか店長の後ろにいた琳まで、その波を受けてビクビクと震えている。

 それからくるっと身をひるがえしたかと思うと、またその視線を俺に向ける。


「雅稀くんはもう今日はあがり?」


「は、はい……」


「そう、お疲れ様。私は店長ともう少し残ってやっていくから。ホラっ、中行きますよっ」


 そういってマリエさんは店長の首根っこをつかんで事務所の中に入っていく。「アハハハ、お疲れサ~ン」と、苦笑いして襟を引きずられる店長を見て背筋に寒気が走った。ご愁傷様、店長。


 二人が中に入って嵐が去った後のように静かになった通路に、後ろを気にしつつおずおずと琳が出てきた。


「……行くか」


「……は、はい」


 夕暮れ時の空にはカラスが飛んでいて、街中にはヒグラシの鳴き声が響く。








雅稀メモ:マリエさんは中々立派なものをお持ちである


琳メモ:殿の周りには怖い人がいる





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