其ノ8 初めての共同作業
本日最初の仕事は盆栽を趣味でやっているおじいさんの依頼で、植え替えに使う砂利と石を買ってきてほしいとのこと。またなんでこんな夏場にやるんだか。最近は、熱中症で病院に運ばれる人の大半がお年寄りだって言うのに、ロクに水分採らないでこうやって外で作業するから倒れるんだろうが。少しは面倒見る若い世代のことも考えろってーの。
歩きながらブツブツ文句を漏らしつつも、仕事を受けたのはうちの店長でそれを任されたのは雇われている俺なんだからどうしようもないと、割り切るように両頬をパシッと叩き活を入れる。
――……。
街外れにある園芸屋さんに着いてから目的の品を探し始めようとするが、このお店、かなり広い。大きな建物の横にホームセンター並みの敷地面積を持っていて、土や砂利が何十種も山のように積み上げられているので、素人目にはどれがどれだか全く見分けがつかない。しかもこの炎天下。敷地内で屋根のある場所は限られているので、休みながら探そうとすれば日が暮れてしまうだろう。
「あー……頭湧きそうだぁ……」
まるで迷路のような通路に陽炎が幻を見せて、延々と砂の山が続いているように見えてしまう。体力よりも先に気力が底をつきそうだ。
「これ、どうすんだよ……」
依頼したおじいさんもおじいさんで、赤いのと黒いのと細かいのという超曖昧な事しか言っていなかったらしく、店長もこんなに種類があるとは考えなかったのかあまり深くは聞いてないみたいだった。だから、商品名や粒度なんてものの情報が手元に全くない。
「あんのヤロウっ……」
まずい、このままじゃダメだ。
座っていても額から垂れてくる汗は、俺の思考を妨げ視界をどんどん奪っていく。
「だ、大丈夫ですか……?」
見るに見かねた琳が心配そうに様子を伺いながら、自身の着物の垂れた長い袖を頭上でパタパタと仰いでくれている。もちろん幽霊のすることなので実際の効果はないが、視覚的にいくらか涼しく思えたような気がした。
「あぁ、サンキューな……」
俺は今、小さなパラソルのある日陰のベンチに座り、頭をもたれてうなだれる。まだ午前中だって言うのに、夏場の太陽が発する熱は一切の容赦がない。
「いったい何を探しているのですか?」
「……土と砂利」
俺は力なく、ボソッと一言だけ答える。
「それならそこにいっぱい――」
「それじゃダメなんだよ~ぅ」
墓場から蘇ったゾンビのようなホラーな顔で、琳の言葉を否定する。琳は思わずぎょっとして、日よけのパラソルの上に飛んで逃げて行ってしまった。
「依頼主は相当な盆栽好きで、なんかの賞に選ばれるくらい真剣にやってるらしい。だから使うものにも相当のこだわりがあるんだとよ。しっかし、まさかこんなところで探させるとは……」
「な、なるほど……」
琳は、パラソルの陰からそーっと頭を出して話を聞いている。
「……ちなみに、その盆栽とはどんなものですか?」
「盆栽って言ったら……松とか?」
そういえばファイルにも盆栽について何か書いてなかったかなと、バッグからおじいさんの情報が書いてあるファイルを取り出した。
「……あ、このおじいさん、桜の木を使った盆栽で賞をとったことあるってさ。今回のもそれのために使うんだと。土なんかどれも一緒だろうが……」
ファイルに挟まっている書類を見ると、見事な桜の盆栽を持って笑顔で写っているおじいさんの写真が添付されていて、その補足説明まで細かく書いてある。店長はこういうところだけは無駄にマメなのだが、肝心の依頼内容に関係のありそうな情報はなさそうだ。
「桜……ですか……」
いつの間にか琳がパラソルから下りてきていて、顎に手を当てて何やら考え事をしていた。またよからぬことを考えているのではないだろうかと思い、眉をしかめ背筋には冷や汗が流れる。
(今日は勘弁してくれ……)
ふと、何か閃いたように琳の頭の上の白熱電球が灯る音がした。そして、
「殿っ! ついてきてください!」
と、俺の腕を引っ張って目の前に広がる迷路の中に引き込んでいく。
「なっ、なんだよっ! おい、琳っ!」
俺の制止は一切聞かず、自信たっぷりに迷路を突き進んでいく。琳は空中に浮いているので進むのに抵抗はないのだろうが、暑さで消耗している俺を気遣ってかいつもの歩くスピードを意識して手を引きながら、対向者にも気づかれないように上手く避けてくれている。
少し行ったところで赤い土の山々のある場所にたどり着くと、いくつもの山々を順々に周って土を手に取って行き、ある一つの山の前で止まった。
「殿っ。この土がいいですよ!」
「は、はぁ? 何を言って――」
「これで大丈夫ですっ!」
そう自信たっぷりに言いながら、山の前にある商品札をとって俺に渡す。ここでは、山の前にある札をレジに持って行って買う量を指定しスタッフが詰めて持ってきてくれる仕組みになっているので、わざわざ背負って運ぶ必要が無くて買い物が楽に行えるようになっている。
琳は札を渡すと、また俺の腕を引いて次の場所に向かい始めた。俺は、ここ数日の寝不足気味なのとこの暑さとですっかり思考が停止してしまい、琳の暴走をロクに止めることができない。
次は黒い土の山の前に来て、眼を細めて喉を唸らせながら吟味する。数分後、持ってきた札を受け取り、最後の砂利がある場所に連れていかれる。
(こうなりゃもうどうにでもなれ……)
最後の砂利は割と早く見つけることができたらしく、場所についてからすぐに札を渡された。
「はいっ。これで全部揃いましたっ!」
いつのまにか俺の手元には赤土、黒土、砂利の三つの商品札が揃っていた。時刻はすでにここについてから一時間も経っており、これ以上長居すると次の仕事に間に合わなくなるので仕方なく札をレジに持って行って会計を済ませる。琳は会計の間、自信ありげにあまり大きくない胸を張って満足げにしてた。
琳とは真逆に俺は暑さと不安で意気消沈しながら、会計の済んだ土や砂利を持って目的の家まで土を運んでいく。ちなみにどれも一キロ近くあるのでいつぞやのビニール袋三つの時よりキツイ。
――……。
――……。
――……。
園芸屋から歩いて三十分ほどで、依頼主の家に着いた。俺は店長の情報不足と荷物の重さと暑さとで半ばやけくそになっていて、例え希望のものじゃなかったと怒られるようならその場で逆ギレしてやろうと考えていた。ロクな情報もなく依頼されてもこっちだって選びようがないわけで、それで怒られても理不尽なだけである。
玄関先にまで足を進め、ドア横のインターホンを鳴らして中の住人を呼ぶ。
「すいませーん。万事屋猫の手の者でーす」
少しして鍵の開く音がすると、中から少しいかついガタイをしたおじいさんが出てきた。
「おおぅ。待っとったぞ。して、お願いしたものは買ってきてくれたんじゃろうね?」
ムスッとした顔で、俺の顔を睨むようにして見つめる。
(来た。ついにこの時が)
俺は意を決して、苦労して担いできた袋をおじいさんの前に差し出す。
「これは……なんと……」
(さあ、なんとでも言ってみろ。文句ならこっちにだってあるんだからな!)
「ふむふむ……」
おじいさんは俺のことには目もくれずにその場にしゃがみ込み、土の入った袋を素手で引きちぎり中身を触って確認している。
「……お前さん」
俺は目をぎゅっと瞑り両拳に力を込めた。来るぞ。来る――――、
「でかしたものだ! 若いのに良くわかってるじゃないか!!」
「――へ……?」
え、どういうことだ?
一瞬何を言われたのか分からなかった。おじいさんはばっと立ち上がったと思ったら、その顔はとてもにこやかで口には金歯がまぶしく輝いている。
「菊丸印の赤玉土に、黒洋さんとこの黒土、さらに金閣屋の桐生砂まで! ワシがお願いしたものそのまんまじゃ!」
「そ、そうなんですか……あ、あははは……」
その後はおじいさんにべた褒めされまくり、感激したと気を良くしたおじいさんから冷茶とアイスまで頂いてしまった。帰り際に受取書にサインをもらい代金を受け取ると、
「またよろしく頼むわい!」
といって金歯の光る笑顔で見送ってくれた。一連の流れの中、俺は何がどうなっているのか全く分からずずっとフワフワした気分だった。
琳はおじいさんの家を出るまで後ろでずっと無言を貫いていたが、依頼を終えて一息つこうと自販機で飲み物を買おうとした時にようやく口を開いた。
「どうでしたか?」
その顔はいかにもしてやったりというどや顔で、声色には自信がたっぷり入っていた。俺は受け取り口に落ちたペットボトルを受け取り口から取り出し、
「……お前、何をした」
中の水をグイッと飲み込んでから琳に問う。
「何もしてませんよ~?」
琳は、ニヤニヤと含みを持った笑みで意地悪く答える。
「何もしてないわけないだろ。でなきゃあのおじいさんの態度はなんなんだよ!」
「うふふ~~~知りたいですかぁ~~~???」
すごく腹立たしい笑みをして、文字通り上から見下ろしつつ俺の周りをくるくる回っている。
「いいから教えろっ! 何をしたっ!」
「教える代わりに、後でおいしいお茶買ってくださいね?」
明らかに最後に星のマークが見えたくらい語尾を上げ、右手を腰に当て左手を口元に添えて決めポーズをとる。
(うぐっ……なんて小悪魔な幽霊なんだ。こんな風に育てた記憶はないぞっ!)
「……わかった」
琳の提示した交換条件を不本意ながら承諾すると、その言葉が聞けて安心したのか飛び回ることをやめて俺の目の前に降り立つ。
「実は私、お父様の趣味の植木をお手伝いしたことがありまして」
「お父さんの趣味?」
「はい。よく屋敷の庭で植木の手入れをしていまして、その中には松も桜もありました。特に桜はお気に入りだったようで、私のこの着物にも桜があしらわれています」
そういって和服を着た身体をふわりとひるがえす。確かに所々桜の花や花びらが綺麗にちりばめられていて綺麗な模様になっている。
「土を触っているときによく入れ替えのお手伝いをしていましたので、その時のと同じものがあればと思ったのです。運よく全部見つけられて良かったです!」
「ま、マジか……」
「お役に、立てましたか?」
琳は優しく微笑んで問いかけてくる。
「……おう、助かった。ありがとう」
琳の頭をこれまでで一番優しく撫でてやると、やっぱり「えへへぇ~」とデレデレのにやけた顔でくすぐったそうにしている。まさか幽霊の、それも俺より年下の女の子にこんな才能が隠されていたなんて驚きだ。
「それで……あの……」
撫でられてる琳がもじもじ私ながら言う。
「ん? なんだ?」
そういうと、目の前の自販機と手に持っているペットボトルを交互に指さして、
「その後ろに立っているものと、殿の手に持っている緑色の水は何ですか!?」
眼を大きく開き、キラキラと輝かせて俺に尋ねる。
(あー……忘れてた。こいつに現代の物はわからないんだった)
「教えてくださいっ! なんというものなのですか!?」
「あーーーっっ!! 鬱陶しい!! 離れろっ!」
しきりに詰め寄ってくる琳を引きはがそうと腕を張って応戦する。
「ちょ、ちょにょ~~」
琳の顔が俺の手のひらで押しつぶされ変な顔になっている。俺はそれを見て思わず吹き出してしまった。
雅稀メモ:琳は植木に詳しい(特に土)
※作中に出てくる商品名は空想上の物です。作者が思い付きでつけたものなので、もし仮に同じ名前のものがあったとしても全く関係ありません。