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其ノ52 普遍的な味

「殿、"かれー"とはなんですか?」


 琳が自分の着物の袖で鼻を覆いながら、俺の顔の横にある箱を指さして尋ねる。


「カレーとはズバリ、今の日本人なら誰もが知っている国民食だ。調理方法はいたってシンプルなのにそれでいて美味しい。季節場所を問わず、また入れる具材も決まりが無い。さらに、一度作れば三日は持つという非常に便利で、且つ美味い食べ物なんだよ」


 俺はカレーのルーが入った箱を天高く上げ、空いた手でキラキラと仰ぎながらドヤ顔をして説明する。


「そんな便利な食べ物があるのですか……しかし、この匂いは……」


 琳はカレーの便利さに納得しつつも、袖で鼻を覆いながら眉間にシワを寄せる。


「少しスパイスの匂いが強いかもしれないな。琳にわかりやすく言うならば、"野菜と肉の香辛料煮込み"だな」


「雅稀にしては、珍しく的を射ているわね」


 俺の説明に対し、沙夜姉は感心したように声を漏らし縦に頷いた。


「珍しく、は余計だ。沙夜姉はカレー知ってんのか?」


「ええ、名前も聞いたことあるわ。でも食べたことはないの」


「ほう、沙夜姉も味までは知らないと。これは都合がいい」


「都合?」


 沙夜姉は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる俺を見て首を傾げる。


「今まではずっと教えられる側だったが、今日は今の日本の国民食を是非味わってもらおうじゃないか!」


 俺はそう言うや否や自分のシャツの左袖を一気にまくり上げ、胸を張ってキッチンの方に足を向けた。


「あっ、殿は座って待っててください! 私が作りますからっ!」


 と、キッチンの台まであと一歩と言うところで、琳が咄嗟に目の前に飛び出して両腕を広げ進路をふさいだ。


「ここまでやってくれれば十分だよ。ありがとうな」


「で、でも……」


「そんなにやりたいなら、今度は俺の作業を手伝ってくれ。な?」


 俺は目の前で困惑する琳の頭に、ポンと優しく手を置いた。「はうっ」と言う声が琳から漏れ、撫でられている間琳は少し悩んでいるようだった。そして少しの時間顎に拳を当てて唸っていた後、


「……わかりました。殿がそう言うのなら……」


 そう小さく言って、琳は俺の目の前から左に身を避けた。


「ありがとな。そんじゃ、作りますか!」


 俺はもう片方の袖もまくり、気合を入れてから手を洗い始める。すると、後ろにいた沙夜姉がするすると俺の右隣りにやってきて、俺の行動をじっと観察し始めた。


「あの、そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」


「いいのいいの、気にしないで。何なら幽体に戻っておこうか?」


 首だけ沙夜姉の方向に回して尋ねると、沙夜姉はケロッとした顔であっさり答えた。


「そう言うことじゃないんだけどなぁ」


「まぁまぁ、細かいことは気にしないで。わたしも興味あるのよ。カレーの作り方」


「あー、そゆことね。邪魔すんなよ?」


「勿論です、雅稀料理長殿」


 沙夜姉は敬礼をしながら変なあだ名を俺に付けると、その場から一歩下がって宙に浮き俺の右うしろ上から覗くような態勢に収まった。


「ふぅ。じゃ、始めるぞ」


 俺は二人に向かってそれぞれ顔を合わせ、まるで手術が始まる前のように両手を上げて合図を送る。琳も沙夜姉も緊張の面持ちで軽く頷き、心の準備は万端だということを示した。


 まず最初の工程である野菜を切る作業は、琳がやっておいてくれたためもう完了している。改めて目の前の野菜の山を見ると、どれもこれも不揃いで大小がバラバラである。いつもの俺ならここまで下手くそに切ることはまずないが、それでも琳が頑張って切ってくれたものにケチをつける気は無い。むしろ、こういった物があってこそカレーの醍醐味が味わえるというものである。


 俺は切られた野菜を、それぞれの種類別に分けてざるにまとめ始めた。これは琳にも手伝ってもらい、二人がかりですべての野菜を仕分けることができた。

 次に、キッチンの下の棚から大きな鍋を取り出した。普段は使わないので棚の奥にしまってあったのだが、この時の為と言わんばかりにスルッと素直に出てきてくれた。


「ほうほう……」


 ふと気が付くと、沙夜姉も後ろから喉を唸らせながら俺の一挙一動に目を凝らしていた。


「これをどうするのですか?」


 横で見ていた琳が、大きな鍋の方に移動してきて尋ねる。


「これから火を付けて玉ねぎを炒める。ポイントは飴色になるまで炒めることだ。見てな」


 そう言いながら俺はコンロに火を付け、強火で鍋を温めていく。


「ふおおっ! 火が付きましたよっ! 薪も炭もないのにどうやってっ!」


 琳はコンロについている青白い火を興味津々に見ながら、沙夜姉の袖を引っ張って興奮し始めた。


「あれは不思議よねぇ。わたしも何回か見たことあるけど、未だに原理が分からないわ」


 沙夜姉も物は知ってても仕組みまではわかっていないようで、琳と一緒になってじっとコンロを見つめる。


「簡単に言うと、電気を使ってガスに引火させてるんだよ」


「殿、"ガス"とはなんですか?」


「あー、それはだなぁ……あ、沙夜姉、後は頼んだ」


 俺は琳に問われたところで鍋がいい感じに温まっていることに気が付き、琳に向いていた顔を鍋に向けた。しっかり温まった鍋に少しの油をしいて、そこに切った玉ねぎを全部入れる。


「ガスはねぇ……琳でも分かるものだと、"おなら"よ」


「おなら、ですか?」


「ぶっ!」


 炒め始めようとした瞬間に沙夜姉が変なことを言ったため、俺は思わず鍋に向かって吹き出しそうになってしまった。


「さ、沙夜姉ぇ!」


「なによ~。間違ってないでしょ~?」


 沙夜姉は腰に両手を当てて、きょとんと首を傾げて答える。


「いや、まぁ、そうだけどさぁ……」


「"がす"とはおならのことなのですね……複雑です……」


 俺達のやりとりを聞いていた琳は、少し鼻をつまんで鼻声になりながら神妙な顔つきでつぶやいた。


「ほら! 琳が変な風に覚えちゃったじゃないか!」


 俺は口を尖らせて沙夜姉に文句をぶつけるも、当の本人は両手のひらを天に向けて顔の横で上下させ、私に責任はないといった顔をしていた。


「ったく……」


 そうこうしているうちに、鍋の中で玉ねぎはいつの間にか白から透明に変わり少しずつ飴色に変化していた。あともう少し炒めれば玉ねぎはいい感じになるだろう。


「これをっ……一回外に出す、と」


 俺は炒め終わって飴色になった玉ねぎを、一旦鍋から取り出して平皿の上にあけた。玉ねぎからは香ばしく甘いいい香りが上り、部屋の中に充満していく。


「ほほぅ……いい匂いですね……」


「これだけでもご飯が食べられそうだわ」


 幽霊の二人は鼻をツンと高く伸ばして、天に上る匂いを勢いよく吸い上げていた。


「次に、この鍋にまた油を敷いて他の野菜と肉を炒める」


 俺は琳が分けてくれたジャガイモ、ニンジン、キャベツ、ナスなどをそれぞれ人数分だけ取り分けて鍋の中に入れ、コンロに火を付けて炒め始める。野菜は入れて直ぐは嵩があるため炒めにくいが、火を通していく中で嵩は減っていき炒めやすくなる。そうなってきたら、さっき避けておいた玉ねぎを投入するタイミングである。


「ここで、玉ねぎを戻す」


「ねぇ、なんで玉ねぎは最初に炒めておくの?」


 ここまで静かに見守っていた沙夜姉が、玉ねぎの炒め方について尋ねてきた。


「玉ねぎは炒めると甘くなるらしい。だから最初に炒めておいて、後から混ぜるのが良いんだってさ」


「その言い方だと、誰かから聞いた感じね」


「スーパーのレジのおばちゃんが教えてくれたんだ。おばちゃんの知恵袋ってやつだな」


 そう沙夜姉に答えながら、野菜が混ざってきたところで肉を投入するために冷蔵庫から肉を取り出す。肉は豚肉のばら肉を使うのが家城家流である。

 ラップをはがしトレーから肉を取り出すと、それを丸ごと一気に鍋の中に入れる。途端に白い煙が上がり、豚肉は鮮やかなピンクから白く縮み変化し始めた。


「ふぉぉっ!」


「ほほう」


「これを、一気に混ぜる! せいやっと!」


 俺は木べらを鍋の底に差してから一気に押し上げて、野菜と肉を拡販させていく。こんな量で作るのは久しぶりなのでかき混ぜる腕が疲れてくるが、今はそれよりも二人が食べる姿を想像して踏ん張りを効かせる。


「この後は、水を加えて煮込む。それで工程はほぼ終了だ」


「えっ、もう終わりなのですか?」


「意外と早いわね」


 琳はもっと見たかったといった表情で鍋の中を見つめ、沙夜姉はあっけなく終わった作業手順を思い出して意外だったというような顔をしていた。


「言っただろ? 簡単だって」


 俺は鍋に水を加えながら、冷蔵庫にくっついているキッチンタイマーを目標の時間にセットする。


「これで煮込んで、後はコイツを使うんだ」


 そう言いながら、机の上に置いてあったカレーのルーを手に取る。俺がいつも使うのは固形タイプのルーで、中でも中辛が好みである。お菓子のメーカーが出しているルーで、コクとうまみが強く、具材が貧相でもちゃんとカレーになることから昔からずっとこのルー一筋なのだ。


 琳たちと雑談しながら約二十分間ほど煮込んでいると、タイマーが時刻を知らせるベルを鳴らす。


「よし、ここからが最後の工程だ」


 俺は煮込んでいた鍋の火を一旦消し、カレーのルーをパッケージから取り出して鍋の中に入れる。途端に、あのなんとも言えない食欲をそそる香りが部屋中に充満し始めた。


「ほぉぉ……さっきまでのいい匂いとはまた別の匂いになりましたね……」


「うんうん、この匂いは知ってるわ!」


 琳は最初こそ鼻を袖で覆っていたものの、ルーを溶かし始めるころにはその匂いにも慣れ始めていて、いつの間にかすっかりカレーの虜になってしまっていた。沙夜姉も匂いを嗅いだ途端ににんまりと笑顔になり、二人の幽霊はもう早く食べたくてうずうずしてしまっていた。


「さあ、ルーを溶かしきって……完成だ!」


 鍋の中では、深いブラウン色のとろみがついた液体の中に色とりどりの野菜たちがクタクタになっていてしっかり味がしみ込んでいるようだった。部屋中に立ち込める芳醇な香りとスパイスの刺激が鼻をくすぐり、それは俺達の胃をこれでもかと言うほどに鷲掴みにしてくる。

 俺も琳や沙夜姉と同様に作っている最中からもう待ちきれなく、一刻も早くこいつを胃の中に流し込みたくてしょうがなかった。


「琳っ! ご飯の用意をっ!」


 俺は香りを目一杯堪能してから鍋に蓋をして、後ろで涎を垂らしそうになっている琳に指示を飛ばす。琳はたるみきった顔をグシグシとこすって元に戻し、「了解しましたっ!」と威勢よく敬礼してキトウのご飯が積み重なっている棚に向かって飛んで行った。


「沙夜姉は棚から大皿を!」


「かしこまりっ!」


 残った沙夜姉には、リビングの横にある食器棚から大皿を三枚取ってくるように伝える。沙夜姉は快く返事をして食器棚の方に向かって行く。こうやって連係プレイがとれると、幽霊たちはものすごく頼りになる。そんないつも頼ってばかりな幽霊たちに是非ともこのカレーを食べてもらいたい、その思いで胸が熱くなってくるのを感じた。

 

「さあ、準備は整った。後は食うだけだ!」



――……。



「ふぉぉぉっ……!!」


「これが……カレー……」


 二人の目の前には、琳が温めてくれたご飯を半分とカレールーが山盛りに掛かった大皿が堂々と鎮座している。琳は眼を紅くしてレンゲを片手に、今すぐにでも飛びつきそうな体勢に構えていた。沙夜姉は顎を手で掴み、目の前のカレーの姿をまじまじと眺めている。


「冷めないうちに食おうぜ。いただきまーっす!」


 二人に促しながら俺は手を合わせ、食事を始める挨拶をする。琳も沙夜姉も俺につられて手を合わせ、待ちに待った夕食が幕を開けた。


「さて、今日の出来はどうかな……」


 銀のスプーンに白いご飯とカレールーを程よく取り、それを一気に口の中に運んでいく。舌先からルーの持つ熱が全体に広がっていき、それから香りと同時に酸味、辛み、そして旨味とコクが舌全体に絡んで味覚全体を覆ってしまった。野菜たちも琳が細かく切ってくれたおかげで全体に火が通り、口の中で噛まなくてもホロホロと崩れていってしまう。肉やご飯との相性も文句なしの、超絶品カレーに仕上がっていたのだ。


「……うん、美味い! 久しぶりの味だぁ!」


 俺はあまりの久方ぶりの味で感動してしまい、思わず持っていたスプーンが手から零れ落ち眼からは涙が溢れ出していた。


「殿が涙するかれーとは……いざっ!」


 続いて俺の様子を見ていた琳がレンゲにご飯とルーを乗せ、一瞬戸惑いを見せたが意を決して一気に頬張った。琳だけレンゲなのは、沙夜姉が持ってきたスプーンがそれぞれ銀、木、レンゲの三種類で、琳が特に気に入ってしまったからである。


「んっ……んんっ!?」


 ぎゅっとつぶっていた琳の眼が一気に大きく開かれ、それからレンゲを咥えたままピクリとも動かなくなってしまった。


「お、おーい、琳?」


 俺が目の前で手を振っても、一切微動だにしなかった。それほどに衝撃的だったのかわからないが、完全にフリーズしてしまった琳をどうするか考えようとした時だった。


「殿……」


「お、おうっ?」


 急に琳がそのままの顔の状態で、俺の方に首を向けた。まるで壊れたからくり人形のようなその動き方は、初めて琳が怖いと錯覚してしまうほどの物だった。

 俺の方に首を向けた琳は口からゆっくりとレンゲを取り出し、そして眼を見開いたまま徐々に頬格が上がり始めた。


「これは……いと、いと美味しいですっっっ!!!」


 我慢していた感情が爆発したかのように、琳はこれまでに聞いたことの無いような大声で叫ぶとその場に思いっきり飛び上がって部屋の天井を貫通していってしまった。


「ちょっ、えっ、嘘だろっ!?」


 あまりの衝撃的なことに、俺も咄嗟にスプーンを机に置いて天井を見上げたまま、ポカンと空いた口が塞がらなかった。


「嘘でしょ……」


 沙夜姉も天井を見上げたまま、狐に化かされたような驚いた顔つきで絶句してしまっていた。と、数十秒後に空から何やら声が降ってきて、それは段々と俺達のいるところに近づいてきていた。


「……の、との、殿、殿っ、殿っ!!」


 そして、とんでもない勢いをつけて天井から興奮した琳が降ってきたのだった。俺の目の前に着地するや否や、勢いよく目の前まで迫ってきて俺の両手を取り顔をしっかりと見つめてくる。


「おわっ!」


「殿っ! いと美味しいですっ! こんなに美味しいものを今まで食べたことがありませんっ! すごいですっ、かれーと言うものはっっ!!」


「お、おう、気に入ってくれたなら良かった……」


 余りの琳の気迫に押されてしまい、俺はカレーの味のことなんかすっかり飛んでいってしまっていた。


「ほほう、琳がそんなに感動するものなのね。どれどれ……」


 琳の興奮した様子を眺めていた沙夜姉も、半信半疑というような表情で木のスプーンにカレーを乗せ口に運んだ。目利きのセンスはピカイチな沙夜姉は、果たして俺の作ったカレーをどう評価するのか見ものである。


「ん……んんっ! なるほど、確かに美味しいわね!」


 沙夜姉は口からスプーンを出し、頬に手を添え笑顔で頷く。どうやら古い幽霊の口にもあったらしい。流石、万能カレー。


「美味いなら良かった。まだお代わりはあるから食いたかったら食ってくれ」


「本当ですかっ!? 私、沢山食べますっ!」


「琳、食後にリンゴと羊羹があることを忘れないでね?」


「はわっ! そうでしたっ!」


 すっかりカレーの虜になってしまい、欲しかったリンゴのことをすっかり忘れていた琳の顔を見て、俺は腹の底から大声で笑ってしまった。



――……。


――……。


――……。



 結局、三人前以上はあったはずのカレーのルーは空っぽになってしまい、キトウのご飯も半分以上を消費してしまった。これはまた今度買い出しに行かなくてはならない。もっとも、琳や沙夜姉がまたいつ「カレーが食べたい」と言い出すか分からないので、その"今度"は比較的近しい日になるだろう。


 そんなことを考えながら、俺は食後のデザートに切ったリンゴを一かけら頬張った。琳の許可を得て買ってきた大玉のリンゴを均等に八等分し、さらにその半分を琳から貰い受けたのだ。沙夜姉は自分でいそいそと冷蔵庫から羊羹の入った箱を取り出し、一人でサッと切り分けて自分一人で楽しんでしまっている。買ってきたのは俺なんだから少しくらい分けてほしいものだが、今くらいはそっとしておいてやろうと何故か珍しく思ってしまうくらい今日の夕食に満足していた。

 網戸の小さな隙間から夏の夜風が、カレーで火照った身体を優しく涼ませてくれる。


「……ふぅ、落ち着きますねぇ……」


 琳は自分で淹れたお茶を一口すすり、ふやけた顔をしてリビングの窓から外を眺めていた。


「ほんとねぇ……カレーの後の羊羹も中々乙なものよぉ……」


 沙夜姉は琳のお茶と買ってきた高級な羊羹にふやけた顔で舌鼓を打ちながら、夕食のカレーの余韻に浸っていた。まるで酔ったおっさんみたいに椅子に膝を立てて、歯に楊枝を刺しながらシーシーと下品な音を立てている。普段の振る舞いや見た目からは想像がつかない行為だが、今までずっと男の武士たちと酒を酌み交わしてきた沙夜姉だから自然とそうしてしまうのだろうと、心の中でそう納得しておく。


「まさか、ほんとに全部食っちまうとはなぁ……お前たちってどんな身体の構造してんだ?」


 そう思えば、確かに琳や沙夜姉は食いこそするが出すところは見たことが無かった。一体食ったものはどこに行ってしまっているのだろうか、非常に不可解である。


「どうって、普通よねぇ?」


 首を後ろにだらんと垂らして天を見上げていた沙夜姉が、くいっと起こして琳を向き答える。


「はい? 何かおかしなところでもありましたか?」


 続いて琳が、お茶をすすろうとしていたところに沙夜姉からのパスが飛んできて少し驚いたような顔で答えた。


「琳たちが食ったものってどうなってるんだ? 普通ならトイレに行くだろ? でも俺は二人が行ってる所は見たことないし」


 俺は、目の前のリンゴに刺さっている楊枝を指でこねくり回しながら尋ねる。


「あー、そのことね。いい機会だから教えてあげるわ」


 沙夜姉は急にニヤっと不敵な笑みを浮かべ、爪楊枝を咥えたまま目の前に座っている俺へ身体をグイッと近づける。


「さ、沙夜子さん! それは言わないって……」


 急に琳が慌てて沙夜姉を止めようとするが、沙夜姉は全く聞く様子はなかった。


「いいのよ。どうせいつか言わなきゃいけなかったことだったしね」


 なんだか、急に話が重くなってきたようだった。俺はごくりと生唾を飲み込んで、沙夜姉を正面から見つめる。


「いい? よく聞きなさい。幽霊の女の子は……」


「女の子は……?」


 俺と沙夜姉の距離が徐々に縮まっていく。近づく毎に冷や汗が滲み始め、聞きたくないけど気になってしまう葛藤に悩まされる。


「トイレに……」


「トイレに……?」


「……行かないのよっ」


「……へっ?」


 瞬間、一気に血の気な引いたような錯覚に襲われた。全身から熱や力が一気に抜け、フッと宙に浮いたような感覚だった。沙夜姉は飛び切りの笑顔で、語尾に星が付くほどのぶりっ子気味に答えたのだ。


「ど、どゆこと?」


「だーかーらっ! 幽霊の女の子はトイレにはいかないのよっ!」


 沙夜姉は近づいていた距離をパッと離し、元の椅子にドカッと座りなおした。


「じゃ、じゃあ、お前らはどこで用を足してんだ? そもそも用を足すのか?」


 疑問が疑問を呼び、俺の頭の中はますますぐちゃぐちゃになっていく。聞きたいことが山ほど出てきてしまったが、とりあえず大事なところを食いぎみに訪ねてみる。


「殿……」


 すると、横で聞いていた琳が苦い顔で俺を見つめ、何やら引き気味に持っている湯呑を机に置いた。


「え、なに? どした?」


「雅稀、あんたねぇ……」


 沙夜姉も何故か俺を憐れむ様な目つきで見つめ、二人が何でこんなに態度が急変したのか俺にはわからなかった。


「えっ、えっ?」


「普通、女の子にそれ聞くぅ?」


「殿、下品です……」


 俺は琳と沙夜姉から至極真っ当な理由を聞いて、ハッと我に返った。


「あ、そっか……悪い。――って、それじゃ何にも解決しないだろっ!」


「あはっ! そんなこと教えるわけないじゃないっ!」


 沙夜姉はいたずらっぽく答え、羊羹の乗った皿を持って飛び上がった。


「あ、おいっ、待てこの自由霊! そこんところキッチリ教えろやぁ!」


「追い付けたら教えてあげるわよ~」


 飛び上がった沙夜姉は、羊羹をつまみながら部屋中を飛び回り、それを俺が必死に追いかける構図になってしまう。それを椅子に正座をして静かに見つめていた琳は、


「ふふっ、今日も一日楽しかったです」


 そう微笑を浮かべてつぶやき、自分の湯呑を口に付けてすすったのだった。




雅稀メモ:幽霊の口にもカレーは合う


琳メモ:かれーはいと美味しいです!


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