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其ノ5 ルールを覚えよう

 相変わらず真夏の空気は蒸し暑く、じっとしていても汗が噴き出てくるので不快きわまりない。ついさっき朝ご飯を食べたばかりなのにと失せた時間を嘆きつつも、冷茶で腹を満たしながら残り少なくなった休みの午後の予定を考える。


「さてと……」


 琳は相変わらず俺の部屋をくるくる見回っては、眼に留まった物を片っ端から興味津々にのぞき込んでいる。そう言えば夜中の姿とは違って今こいつには足がちゃんとついてるのに、何故か宙に浮かんで移動をしている。さっきリビングで見たときも、こいつが来るのに気が付かなかったのはそれが原因だと思うが、音もなしに動かれてはこの先色々面倒なことになりそうだ。何故なら、例えば俺が出かけている間、または寝ている間に一人にさせておくと何をするかわからない。


またこいつは自分の意志で物をつかむことが出来るが、その逆で意識すれば通り抜けられることも可能なのだろうか? 俺の家系だけにしか見えないって説明も何か信憑性に欠けるし、この世のことをほとんど知らないこいつが何かしでかしたら、それこそ夕方のニュースのトップ記事になって町の有名人だ。


「う~ん……」


「どうかされましたか、殿?」


 真剣な顔つきの俺を、四つん這いになった琳が心配そうに顔を覗いてくる。


「むむむ……」


「……?(スリスリ)」


 琳が不思議そうに近づいてゆき、徐々に二人の距離が縮まっていく。



「ん~……」


「……?(スリスリ)」


「……よしっ!」


「ぅわっ、はわぁ~~~っ!!!」


 二人の顔と顔がほんの目と鼻の先になりかけた時、急に俺が意を決して顔を上げたので、琳は勢いにつられて後ろに跳ね飛んでいてしまった。


 俺はその場に立ち上がり、壁際に上下逆さまで崩れた琳に向かって力強く指をさす。


「おい琳! そこに正座だぁーー!!」


「えっ、えっ!? えぇっっ!?!?」


 いきなりのことが連続して起こったので琳の頭はパニックになってしまい、何とかひっくり返っていた体勢を戻すも何をどうしていいかわからず、その場であたふたしている。


「と、殿っ、ど、どうされたのですかぁ!?」


「いいからそこ座れっ!」



――……。



 朝と同じく、テーブルに対面になるように座る。俺はあぐらで腕を組み頑固おやじのような無駄に大きな態度で、琳は叱られている子犬のようにシュンと小さく正座で。


「先ずお前、そもそも幽霊なのになんで足ついてるんだ?」


「へっ?」


 琳は今正座をしている自分を改めてよく見まわしてから、


「……なぜでしょうね?」


 と、俺を見て首を傾げた。


「じ、じゃあ、足があるのに浮かんでるのは?」


「う~ん、理由はわからないですけど勝手に浮いてしまってます」


(じゃあ今なんで正座で座れるんだよっ…!)

 

 心の中で、必死に突っ込みを入れる。しかし、一々突っ込んでいては話が進まないだろうと思い、敢えて口には出さない。


「そ、そうか……あ、あと、お前の姿ってほかの奴に見えるのか?」


 俺にはごく普通姿が見えているが、他の一般人にはどう見えているのだろうか。某漫画の死神みたいに特定の人間にしか見えなかったりすると、俺が道端で独り言を言っている光景になるだろう。そんなのは、傍から見れば気味悪い変質者だ。


「それは恐らく難しいと思います。一応私も幽霊なので、普通の人は姿を見ることができないはずです」


「普通じゃない人なら?」


「気を感じ取れる者なら、多少の違和感を感じる程度かと思います」


 なるほど。つまり、霊感が余程強くないと目で認識することはできないのか。てことは、やっぱり某死神のように一般人には姿が見えないということになる。他に黒いノートを持ってるやつがいれば話は別だが。


 これは色々設定が細かそうで覚えるのが大変だろうと判断すると、部屋の床に投げ捨ててあった黒いショルダーバッグの中から仕事に使っている黒色のシンプルな手帳を取り出し、今までに分かったことをメモし始める。昔から物覚えはあまりよくはないが代わりに書き残す癖がついているので、仕事やプライベートな情報もよく書き込んで使っているのだ。


「ふむふむ……」


 琳は手帳を引き出す際に一瞬ビクッと肩をすくめたが、自分に対して危害のないものだとわかると、少し安心したようにほっと肩をなでおろした。


「あとは……お前は物をすり抜けることができるのか?」


「え~っと、そうですね……自分の意志で触ることはできますけど、通り抜けられるかどうかは……」


「そうか。なら……」


 そう言いながら、立ち上がって辺りを見回す。丁度近くのごみ箱に紙くずが捨ててあったので拾い出し、おもむろに琳に向かって投げてみる。


「ひゃあっ!」


 咄嗟のことだったので琳は固まってしまいその場を動けなく、投げた紙くずは琳の額に当たることなく身体をすり抜けて軽い音を立てて床に落ちてしまった。


「なるほど。物はすり抜けられる、と」


 俺は何も悪びれず、ケロッとした顔で手帳に書き込む。


「なっ、なにするのですか殿~っ!」


 琳は飛び上がって反応すると、痛くもない額に手をあてて涙目で訴える。


「なにって、確認」


「びっくりするじゃないですか~っ!」


「あー悪い悪い」


 心の籠っていない棒読みの謝罪をしつつ、持っている手帳にまとめていく。


「でもこれで分かっただろ」


「むぅぅ、殿はやっぱりイジワルですっ」


 琳は眉間にしわを寄せ、頬を赤く膨らませて不満をあらわにする。


「よし、大体のことがつかめてきた」


 書き終えた手帳をパタンと閉じる。丁度同じタイミングで座った琳が、

 

「殿、それは何をしていたのですか?」


 俺の手元で閉じた手帳を指さして尋ねる。


「ん? これか? あーっと……」


 手帳、と言ってもわからんだろうし琳の時代にもありそうな例えだと……、


「あーあれだ。小さくなった現代版の"巻物"だ」


「巻物、ですか? 随分形が変わっていますね。巻物なのに巻いていないのですか?」


(ぐっ、なぜ余計なところは鋭いんだコイツ……)


「げ、現代じゃこういうものなんだよ! 色々物を書き留めるのに使うんだっ」


 勢いだけでなんとか丸め込めようとしてみる。


「そ、そうですか……」


「ここにお前のこと色々書いとかないと、細かすぎて覚えらんないんだよっ」


「は、はぁ……」


 腑に落ちてない顔をしているが、そんなことは気にしない。ここで細かく説明するのは、面倒くさいし。


「なっ、ならっ!」


 急に琳が立ち上がって、俺を真っすぐ見上げる。


「わ、私にもその巻物をください!」


「はぁ?」


 いったい何を言い出すんだこの幽霊は。


「わ、私も殿のことやこの世のことをもっと知りたいのでっ!」


「あ、あぁ……」


 まあ、色々覚えてくれるのはこちらとしても願ったり叶ったりなのでいいのだが、いきなり言われてもこいつが使えそうなものなんてそう簡単には――、


「……あ」


 ふと、この前仕事場で手に入れた花柄のノートがあったことを思い出した。店の備品の買い出しで、買う数を間違えてしまった上に柄も好みじゃないといわれて持ち帰得ることになったが俺自身も使うことはなく、かといって捨てるのももったいなく処分に困っていたところだった。


 机の引き出しの奥から、シンプルな花柄のついたA6サイズのノートと鉛筆を取り出す。出してから気づいたのだが、ノートの色合いが琳の着ている着物と似ていてしおりの紐も巻いている帯の色とそっくりだ。


「ほらよ」


 机の上にノートと鉛筆を置く。琳は興味津々にそれらを眺めている。


「殿っ、この細長い棒は何ですか?」


「それは鉛筆だ。文字を書く道具」


「ほほぅ~、この世では筆を使わないのですね。筆や墨はまだあるのですか?」


「あることにはあるけど、そっちの方が一般的だ」


 習字なんて小学生の時にやったくらいだし、最近は触る機会も使うこともないから当然うちには無い。


 琳は、尖った鉛筆の先に恐る恐る人差し指を当ててはすぐに離す動作を繰り返している。「このようなもので……」と、半目で半信半疑だがとりあえず話を進める。


「それを使って書いてみ」


「……わかりました。それでは……」


 琳は急に凛とした表情に変わると一息深呼吸したのち、意を決して一ページ目をめくる。鉛筆の持ち方は……どうやら説明しなくてもよさそうだ。恐らく、生前に筆を使っていたのが体感として残っているのだろう。鉛筆の頭の方をつまむようにして持つ独特な持ち方ではあるが、本人が困っていないのならそれでいい。


「んっ……」


 白紙のノートに、スラスラと流れるように文字を書いていく。


「……すごいです。これは、すごく便利ですっ!!」


 文字を書きながら、黄緑色の珠のような瞳がめっちゃ輝いているのが分かる。文字書くだけでそんなに感動するか?


「筆のような柔らかさはありませんが、墨を付け足すこともなく書き続けることができて、かつ細い線もしっかり途切れることなく書けますっ!!」


 鉛筆の高性能っぷりに、なんかもの凄く感動していらっしゃる。


「墨も使わず文字を書くものがあるなんて……この世のものとは思えません」


「お前が蘇ったのがこの世だ。生前と一緒にするな」


 琳は「えへへ~」と、楽しそうににんまりした顔で鉛筆を走らせる。少しして満足いくものが書き上がると、


「殿っ、どう、でしょうか?」


 と、少し恥じらいつつ自身が書いたものを見せてきた。よく見るとこれはあれだ、ものすごく、


「……読めない」


「えぇっ!?」


「読めない」


 そりゃそうだ。琳の時代の達筆すぎる文字を、現代の一般ピーポーが読めるわけがない。百人一首の俳句のような見た目ではあるが、それが何を書いているのかはさっぱりわからない。


「これは……私が死ぬときに殿に送った歌です」


 琳が少し目を伏せて、悲しそうな笑みを浮かべる。俺が分からないといったことが、案外ショックだったようだ。


(うっ……)


 今までの陽気な空気から一転して、重い空気が俺たちの周囲に漂い始めた。直ぐに雰囲気を改善したいと思ったが、なかなか次に続く言葉が出てこない。


「……それ、なんて意味なんだ?」


 さんざん考えた挙句、何とか口に出せたのがこれ。しかし琳は目を閉じてノートをたたむと、


「教えませーん」


 と、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


「な、なんだよっ、気になるだろっ!」


「教えてあげませんよーだっ!」


 琳は意地悪く、でも楽しそうな笑みをして答える。



――……。


――……。


――……。



 気の済むまで散々書きまくってからようやく鉛筆を置いた琳は、横にいる俺の顔を見てやりきった顔を見せる。


「殿。この巻物は大切にします。ここに、殿のことやこの世のことをいっぱい書きます!」


「そうか、しっかり覚えろよ?」


「はいっ!」


「よし、言ったな? それじゃあ……」


 おもむろに俺の目が光りだし、禍々しいオーラが周囲を包み込む。琳がこんなにも書くことが好きだとは思っていなかったが、あれこれ考えていた俺にとってこれはむしろ好都合だった。自身でも実践している、覚えるのに一番大事なこと。それは……、


「……へっ?」


「今からこの世で生きていくために必要なことを叩き込んでいってやるから、全部残さず書き残せぇぇぇっ!!!」


 般若のような顔をした俺が、琳の前に躍り出る。


「ええぇっ!? い、今からですかぁ~!?」


「いっぱい書くって言ったよなぁ……??」


「ひ、ひええぇぇぇ~~っ!!」


 琳の悲痛な叫が部屋中に響き渡る。その後、琳がどうなったのかは誰も知らない。







雅稀メモ:幽霊だけど思ってたほど高スペックじゃない


琳メモ:この世の殿は鬼より怖い




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