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其ノ43 待ちに待った日

「それじゃあ、これが報酬だよ。二人ともよくやってくれた!」


 次の日、俺は先ず朝一で猫の手に向かい店長から今月分の給料を受け取った後、町会長の須三須さんの所に幽霊の件の報告をするために向かった。そうしたら、何故か入り口に入ろうとした同じタイミングで叶実とばったりと鉢合わせをし、そのせいか二人仲良く(?)須三須さんに部屋へ呼ばれてしまった。経緯の説明と幽霊は退治したということで話をすると、須三須さんは思った以上に喜んでくれて用意してあった報酬金を快く手渡してくれた。


「ありがとうございます」


「ありがとうございました。ですが……」


 報酬金入りの封筒を受け取った叶実が、俺の方をチラッと横目で見る。


「なぜ、この人と一緒なのでしょうか?」


 叶実は文句があると言いたげに、目の前の須三須さんへ尋ねる。


「いやぁ、一緒に話をした方が手間が省けると思ってね」


 須三須さんは、「ほっほっほ」と指で髭を触って笑いながら答える。今日も相変わらず、頭のアレが斜めにズレているのに気が付いていない。きっと忙しくて直す暇がなかったのだと、そう思いたい。


「それはそうですけどぉ……」


「なんだよ。俺が居たら都合が悪いのか?」


 ジトッとした眼で睨まれた俺は、同じくジトッとした目で睨みつけ言い返す。


「べっつに~ぃ」


 すると叶実はフンッと鼻を鳴らし、ぷいっと俺のいない方を向いてしまった。


「お二人さん、ひょっとして仲が悪かったかな?」


 須三須さんが一連のやり取りを見ていて気になったのか、正面に座っている俺に尋ねてくる。


「あ、いやぁ……色々ありまして……」


 須三須さんに顔を覗かれた俺は苦笑いしながら、お茶を濁すような曖昧加減で答えた。なにせ、あの夜に洋館で鉢合わせた挙句大怪我までさせられたなんて、ここでは絶対言えないのだから。さらに、その話の流れで叶実が陰陽師の末裔だと言うこともばれてしまう。一応、ここでは表向きの退魔師として仕事を受けたらしいので、叶実本人がバラしていない以上そのことは秘密にしておくべきだと思うのだ。


「ふむ……まあ、二人とも無事に帰ってきてくれて良かったよ」


 須三須さんは顎を指でさすりながら俺の顔色をうかがうと、それ以上踏み込んでは来なかった。流石、見た目に反して頭の切れる町会長だ、俺の顔色一つでそれ以上聞いていいかどうかの判断が出来るのは、やはり町会長という仕事柄だからなのだろう。


「叶実君もよくやってくれたね。退魔師なんて俄かには信じがたかったのだが、雅稀君によれば君が大活躍してくれたそうじゃないか」


 須三須さんは叶実の方を向いて、テカる額を蛍光灯の光でさらにテカらせ笑顔で腕を伸ばす。今までそっぽを向いていた叶実も、自分の名前を呼ばれたことに気づいて正面を向いた。


「え、えぇ、まぁ……仕事、ですから」


 叶実は少し恥ずかしそうにどもると、"仕事"と言う部分を強調して答え苦笑いの照れ隠しをする。そして、須三須さんに伸ばされた腕を取り軽い握手を交わした。


「それでも、退魔師の実力は見せてもらったよ。ありがとう」


「どういたしまして。また何かあれば、ご相談ください」


 須三須さんも叶実も、お互いに最後は笑顔であいさつを交わし、俺も依頼完了のサインをもらって部屋を出た。出入り口の所で須三須さんが一言、「工藤店長に、またよろしくと伝えておいてね」と言伝を頼まれ、俺は快く返事をした後叶実に続いて引き戸のドアをくぐった。



「あっ、殿っ!」


 石の門を抜けた先で、右手の石レンガの壁から明るい声が聞こえてきた。


「おう、終わったぞ」


「思ってたよりも早かったわね~」


 俺の帰りを外で待っていた琳と沙夜姉が、俺と叶実の元に元気よく漂って近寄る。琳は俺の足元に来ると、俺の顔に向かって見上げ、絵に描いた子供のような大きな笑顔で出迎えてくれた。


「ちゃんといい子にしてたか?」


「もちろんですっ! 沙夜子さんとここでお話していましたっ」


「そうか、偉いぞ~」


 ちゃんと言いつけを守るいい子には、ご褒美が待っている。それが家城家伝統の躾け術である。俺が足元にいる琳の頭を優しく撫でてやると、琳はとろけた笑顔をして「えへへ~ぇ」と声を漏らした。


「まるで親子ね」


 その様子を横で見ていた叶実が、腰に手を当て呆れたようなため息をついてつぶやく。今日の叶実はこの前の着物姿ではなく、白のロング丈のTシャツに黄色のパーカーを羽織って腕まくりし、デニムの短パンとスニーカーに斜め掛けのバッグと言うとてもスポーティーな服装で、年相応の今時の女の子と言った装いだ。前髪の触覚についている黄色のひもで編んだ花飾りが太陽の光を浴びてキラッと輝き、首元の深い蒼の勾玉はファッションの良いアクセントになっている。


「えへへっ、親子ですってぇ~」


 親子、と聞いた琳が顔を一層ニヤケさせて俺の腹にすり寄ってくる。まるでご主人様大好きな子犬の如く、見えない尻尾がブンブンと音を立てて左右に振り乱れているのが想像できた。


「親子じゃねえしっ」


 俺は顔を叶実に向けて答え、頭を撫でていた手を琳の頬にあてて軽くつねる。


「い、いひゃいれすよ~ぅ」


「うふふ、琳カワイイわぁ~」


 目をぎゅっとつぶって腕を振り抵抗を試みる琳を眺めていた沙夜姉が、手のひらを口に当ててほほ笑みながら琳の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「……ぷっ」


 その様子に、流石の叶実も笑いを堪え切ることが出来なく小さく吹き出してしまった。


「こんなんだぜ? これが娘だったらどうよ?」


「フフっ、そうね。確かに大変そうだわ」


 叶実は、困ったようにクスっと笑いながら答えた。


「だろぉ? ほれほれほれっ」


 俺は眼下の琳の方を向き、今度は両手で琳の頬をつねって上下に回し始める。


「うひゅひゅひゅふふぅ~」


「あーんもうっ! 琳か~わ~い~い~っ!」


 声にならない声を上げてなすが儘に弄られている琳を見て、沙夜姉のシスコンっぷりがさらに高まっていく。

 今更だが、俺はこの人を沙夜"姉"と呼ぶことだったり、琳の世話を見てくれることから琳の姉的な位置付けで考えるようになった。よって、琳のかわいさに対して沙夜姉のテンションが上がって興奮する癖のことを、重度のシスコンであると決めたのだ。


「……その子も大変ね。別の意味で」


 流石の叶実も、これにはドン引きしてしまいその場で呆れて見ているしかなかった。


「そういや、出雲は?」


 ふと思い出したかのように琳を弄る手を止めて叶実の方を向き、相棒の子ぎつねのことを尋ねた。今日叶実と会ってから、その姿を一度も見ていなかったのだ。


「今日はお留守番。おばあちゃんのところにいるわ」


「ほ~ぅ。またなんで?」


「いいでしょ別に。こっちのことよ」


 そう言い切って、叶実は一人でスタスタと先に進んでいってしまった。


「あ、おい、ちょっと待てよ」


「なによ。今日はアンタに用事無いんだけど?」


 叶実は俺の声に引き留められ、仕方なしにといった具合にゆっくりと振り返って問う。


「せっかくだし、ちょっと付き合えよ」


 俺は琳から手を放して沙夜姉に身柄を預け、叶実の正面に立って話す。


「つ、付き合えですってっ!? な、なにをっ……!」


 そう言った途端、急に叶実の顔が赤くなり挙動が怪しくなり始めた。目線を合わせようとはせず、終始視線を泳がせ瞬きが多い。


「ん? もしかして忙しかったか?」


「えっ、いや、あのっ……!」


 返答がどうもちぐはぐで回答になっていない。一体どうしたというのだろうか。


「んんっ? なんかよくわからんけど大丈夫か?」


「あっ……へ、平気よっ! 大丈夫、大丈夫……」


 叶実は俺の質問に対し口で平然を装ってはいたが、呼吸は乱れ胸に手を当てて何やら苦しそうにしている。


「おまっ、ほんとに大丈夫か? 病院行った方が――」


「ち、近寄らないでっ!!」


 俺が叶実に手を差し出して一歩近づこうとしたとき、叶実は大声でそれを拒絶し一歩下がった。瞬間、周囲にいた買い物客と幽霊二人が声の発された場所を見る。


「お、おいっ……」


「あっ……」


 その場が一瞬凍り付いたような、夏の陽気なのに冷ややかな視線を感じる。俺はその場を動けなく、目だけで辺りを見回すと、数名の買い物客が何やら変人を見るような目つきでこちらを見つめており、買い物帰りのおばちゃん達は俺を見てひそひそと話し合っていた。


「と、殿……?」


「およ? どうかした?」


 琳と沙夜姉も、不思議そうに俺達のことを見つめる。


(これは……なんかマズいことになった……?)


 これは完全に、傍から見れば変質者の扱いだろう。目の前の女の子に何かふしだらなことをしたのではないかと噂されても、すぐに反論できるだけの証拠がない。俺が何か変なことをしたのだろうか? いや、していない。断じてしていない。俺はただ、この後の時間少し付き合って欲しかっただけなのだ。だから……、


「あ、あのさ、何か勘違いしてるんじゃないか?」


 俺はその場を動かずに、ゆっくりと人差し指を向けて叶実と対話を試みる。


「な、何をっ!?」


 叶実は未だ興奮が冷めておらず、身をよじってまた一歩後ずさりをしてしまう。


「いや、俺はただ、この後"買い物"に付き合って欲しかったんだよ!」


「……か、買い物ぉ!?」


「そう、買い物」


 叶実は、大きく裏返った声で俺の言った単語を繰り返した。


「……それ、本当?」


「ほんともなにも、最初からそれ以外の目的はないけど」


 俺の言葉を聞いて理解したのか、叶実は少しずつ警戒を解いていく。


「そ、そう、買い物ね……買い物……ブツブツ」


「さっきからなんかおかしいぞ? 何だっていうんだ」


「え、あ、いや、なんでもないわっ! 買い物ねっ! 仕方ないわね、一緒に行ってあげるわよっ!」 


 叶実はさっきとは打って変わって堂々と胸を張り、しかし顔は焦った様子で大きく答えた。


「お、おう、そんじゃよろしく……」


 俺はその勢いに押され、言葉が少し引っかかってしまう。


「叶実さん、何かおかしかったですね」


「あれは……ふ~ん、そう言うことかな?」


 後ろでは琳と沙夜姉が何か話していたようだが、何を言っていたかまでは今の俺では聞き取れなかった。



――……。


――……。


――……。



「あ、あの、さっきはごめん……」


「あぁ、いや、いいんだ。ちゃんと説明しなかった俺も悪かった」


 叶実と俺は横並びに商店街を歩いているのだが、お互いにさっきのことが引っかかっていてどうにも顔を合わせて話しづらく、無意識のうちに相手の居る方とは逆の方を向いて話してしまう。


「そ、それで、何を買うつもりなの? まさか、ただの荷物持ちなんてことはないわよね?」


「んぁ? あ、まぁ、それもあるが……」


 そう言いながら、俺は今朝店長から受けとった給料の入った封筒と、さっき須三須さんから貰った報酬金の入った封筒をバッグから出す。


「今日貰ったやつの合計は……むふふ、期待できるぜ!」


 手の中に感じる、確かな札束の重み。それも一つじゃなくて二つもある。今俺は、億万長者にでもなった気分で給料の重さをひしひしと感じていた。

 

 思えば、この一か月弱は山菜の収穫から始まり魚釣りで黒鯛を釣り上げ、公園に生えている食用の植物を採ってはおかずにする毎日だった。それもこれも、すべては琳が家に来てから家計の支出が増えたことが

原因なのだが、半自給自足生活もまあまあ楽しかったし琳も手伝ってくれたおかげで、今では山菜採りがすっかり日課になってしまった。魚釣りも、たまに店長から竿を借りて海浜公園で行いそれなりに魚種は釣ることができたと思うが、初日の黒鯛に勝る大物は釣れなかったのが唯一の心残りである。


 そんな極貧生活を、今日、この時を持ってようやく抜け出すことができる。もうキトウのご飯だけの生活とはおさらばだ!


「フハハハハ! もう何も怖くない! 今日は目一杯買い物するぞ!」


 俺は両方の封筒から札束を取り出すと、目をドルマークに変えてニヤニヤしながらお札の枚数を数える。


「き、気持ち悪いわ……」


 横で歩きながらその様子をチラ見していた叶実は、背筋をブルッと震わせ引きつった顔で俺を罵倒するが、今の俺にそんなことはどうでもよかった。


「……おし、これだけあれば色々できそうだ! 叶実!」


「ふぇっ!?」


 急に名前を呼ばれて、叶実はぎょっとした顔で眼を丸くして返事をした。


「お前は沙夜姉と一緒に、化粧品買ってきてくれ」


 そう言いながら、俺は手の中にある札束の中から数枚を抜き出して叶実に渡す。


「えっ、えぇっ!?」


 叶実はどういうことなのか理解できておらず、眼をぱちくりと瞬きさせながらあっけにとられている。


「この前約束しただろ? 男の俺じゃ買えないから、沙夜姉の分の化粧品買ってくれるって」


「へっ? ……あ、あー……」


 気の抜けた返事をした後、上の空を見ながら何か考え事をしていた叶実が、段々と思い出してきたのか返事のトーンが下がっていく。上を見ていた目線も徐々に下がり始め、最後には俺の後方に漂っている沙夜姉に向けられた。


「そう言うことだから、よろしく。二時間後くらいに商店街の入り口で。行くぞ、琳」


「あっ、はいっ!」


 ボーっと立っている叶実に集合時間を伝え、俺と琳は早速買い出しに出ようと歩き始めた。


「……あ、ちょっと、待ちなさいよ! なんでアタシが、この人と一緒に行かなきゃいけないわけ!?」


 急に我に返った叶実が、去っていこうとする俺の腕を素早くつかんで声を張る。


「な、なんだよ。俺じゃ買いに行けないって言っただろ?」


「だからって、なんで幽霊と一緒に買い物しなきゃいけないのよ!」


「わたしは別に構わないけど? 欲しいものが手に入るなら、雅稀でもあなたでもいいわ」


 二人の話に、暇を持て余していた沙夜姉が急に割って入ってくる。


「アナタには聞いてないわ! この人に聞いてるの!」


「えー。俺も行くのぉ?」


 俺は、肩を落としてかったるそうに叶実へ尋ねる。


「当たり前でしょ! この人たちの保護者なんだから」


 叶実は、さも当然というように堂々と胸を張って答え、受け取った金銭を俺の胸に突き返してきた。


「ちょっ! え、マジかよ……琳、どうする?」


 俺は、横で眺めていた琳の方を向いて問う。


「私はどちらでも構いませんよ? 殿が一緒ならどこでも行けます!」


 琳は手をグっと握ってガッツポーズをし、気合十分と言った様子で答えた。


「ほら、この子もそう言ってるんだし、アンタも来るのっ!」


 そう言いながら、叶実は俺の腕を引いて今度は俺の前をスタスタと歩き始めた。


「お、おいっ、待てって!」


「待たないわ。時間は有限! さぁ、行くわよっ!」


 叶実の元気な掛け声につられて琳と沙夜姉も気合が入り、三人の女子たちは俺の前に並んで商店街を進み始めた。






雅稀メモ:今月はいい買い物が出来そうだ


琳メモ:殿と久しぶりのお買い物ですっ!



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