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其ノ38 おばあちゃんの秘密道具

「おやおや、もうそんなに仲良くなったのかい?」


 と、話がひと段落したところで声が聞こえ、振り返ってみると出て行ったはずのおばあちゃんがいつの間にか席に戻ってお茶をすすっていた。


「うわっ! いつの間にっ!?」


「あ、おばあちゃん。もう戻ってたのね」


 俺はいきなりのことでビックリし、叶実はいつものことだと言うように平然としている。


「お兄さん、待たせてごめんなさいね」


 おばあちゃんは「よっこいせっ」と声を出して椅子から立ち上がると、手に何か持ちながらゆっくりと俺の方に歩み寄ってきた。


「これをどうぞ」


「あ、ありがとうございます……」


「あ、それって……!」


 俺は渡されたものを素直に手に取ると、それは古く黄土色に変色した紙の束を黒いひもで纏めてあるだけの、本のようなものだった。それを見た叶実は何故か、横で眼を丸く開いて驚いている。


「これは……?」


 一見してもよくわからなかったので、振り返ってまた自分の席に戻ろうとするおばあちゃんに尋ねる。紺色の着物を翻して据わりなおしたおばあちゃんは、俺を見つめながらそのシワの多い口を開いた。


「それは、"秘封(ひふう)の書"と言って、書いたものを編んである術を使って隠すことができるものよ」


「秘封の書?」


 俺は渡された本のようなものの表紙を開き、それから中をパラパラと捲っていく。枚数は三十枚程度の程よい量で、大きさも俺の手帳とほぼ同じくらいで手に馴染む。全てのページは表紙と同じく変色してしまっているが、どのページにも書いた後が見当たらない。


「なんかよくわからないなぁ」


「んもぅ! 貸して!」


 俺が小難しい顔つきでそれを眺めていると、横で見ていた叶実が俺の手から秘封の書を取り上げた。


「あ、おいっ!」


「こう使うのよ」


 俺の制止を無視し叶実は長椅子から立ち上がって高いカウンターの前まで行くと、そこにあるペンで何かを書き込み、それからまた俺の横に戻ってきた。


「まず、ここに何か書く」


 叶実が、書の最初のページを開いて俺に向けてくる。見るとそこには、『日戸叶実 出雲』と名前が書かれていた。


「次に、その書いたものに線を引く」


 叶実は言いながら、自分で書いた名前の上に真っすぐな横線を引いた。


「すると……」


 引いた傍から、叶実の名前が横線もろとも薄くなり始め、数秒で書いた文字が全て消えていってしまった。


「ま、マジか……」


「へへん、どうよ!」


 俺の驚いた顔を見るなり、叶実は胸を張って上機嫌にドヤ顔をする。


「それ、消えた文字は復活しないのか?」


「あぁ、それは……こうやって、書いたところを指でなぞると浮かんでくるわよ」


 上機嫌なのをいいことに、俺が尋ねたことを叶実は簡単に答えてくれる。やはり、こいつはチョロい。

 

 叶実が人差し指で名前の書いてあった場所を撫でるとぼやぁっと文字が浮かび始め、数秒でさっきと同じように叶実の名前がはっきりと読み取れるるようになった。また、消える際に書いた打消し線は消えてなくなっていた。


「また消したいときには同じように線を引いて、完全消去の場合は二重線を引くのよ」


「す、すげぇ……」


「そうでしょう? なんたってこれはおばあちゃんが作ったものなんだから!」


 叶実はここぞとばかりに声を張り上げて、作った本人ではないのに得意げな顔をした。


「お恥ずかしい出来ですけどね」


 横ではおばあちゃんが、こんなにすごいものを作り出したのにもかかわらず手を顔の前で振って謙遜をする。


「凄いのはわかったけど、お前が作ったわけじゃないのに、よくそんなデカい顔できるな」


 俺はふんぞり返ってひっくり返りそうな叶実に一言返して、それから書を受け取っておばあちゃんに顔を向ける。


「でも、どうしてこれを?」


「あなたの手帳は私の孫が傷付けてしまったし、それじゃあ不便だと思って」


 おばあちゃんは眼鏡を掛けなおしながら、優しく答えてくれた。


「まぁ、確かに不便っちゃ不便ですけど。でもまた買えばいいし、何もこんなものを貰うようなことしてませんから」


 俺は手に持っている書を机に置いて、端をそっと押しておばあちゃんに返した。


「お気持ちは有難いですけど、これはお返しします」


 しかし、おばあちゃんに向けて押した書は、またおばあちゃんの手によって俺の方に押し返されてきてしまった。


「叶実の世話をしてくれたこと、それから私のところにいつもお茶を買いに来てくれること。それだけでも、十分な理由になると思うのだけれど?」


 おばあちゃんは優しくほほ笑みながら言い、「それから」と言葉を続ける。


「私たちのことは他人に知られると色々と面倒なことがあるから、こうやって隠せるほうが便利じゃない?」


 おばあちゃんは書を俺につき返すと、その手を両膝に置き笑顔で尋ねてきた。


「うん……まぁ、一理あるな……」


 突き返された秘封の書を見つめながら、少し考える。

 原理はよくわからないけど、こいつはかなりヤバい代物である。陰陽師と言う存在があることが真実なら、その人たちが使う謎のグッズがあるのも必然。今ではおとぎ話程度にしか出てこないような存在がこの世にいて、その人達が使う魔法に近い術で作られた本があって、どうやら俺の知らない世の中の裏事情てのはとんでもないことになっているみたいである。


 幽霊の少女がうちに来てから、その少女と暮らし始め、幽霊の存在が身近になってきたと思った矢先に幽霊退治があって、その幽霊は実は琳の知り合いで。と思えば、その幽霊を退治するために陰陽師が裏で動いていて、その末裔にケガさせられたり謎の書を渡されたりと、ここ一か月のうちにいろんなことがありすぎて頭がパンクしそうだ。


 でも、この陰陽師達はその事情を話せる数少ない人物であり、この書もこれから二人と関わっていく上で重要なものになることは間違いないだろう。書いたものを消したり呼び出したりすることができるのは、琳や沙夜姉の存在をばれないようにするためには非常に有効な機能である。


「……本当にいいんですか? こんな貴重なものを」


「貴重じゃないわよ。おばあちゃんの手に掛かれば、いくらでも作り出せるわ!」


 そう叶実は言って、傍の棚の引き出しから同じような書を数冊取り出してヒラヒラと見せてきた。大きさは違えど、その古びた外観と紐で括ってある形式は、机の上にあるものと全く一致している。


「ま、マジか……」


「そうよ。だから遠慮なく受け取りなさい。……その、その手帳の弁償だと思えばいいでしょっ」


 叶実が言ったことは、最後の方までよく聞き取れなかったが、要はこの手帳の代わりに使えということを言いたかったのだろうか。


「そ、そういうことなら……」


 俺は目の前にある書を手に取り、おばあちゃんの方に顔を向けた。


「有難く、使わせていただきます」


 そう答えて最初の一ページ目をめくると、おばあちゃんは何も言わずにっこりと笑顔で微笑み返してくれた。



「それで、どこまで話したかしらね……」


「おばあちゃん、またそれ……」


 長く席を外していたわけではないのに、ついさっきまで話していたことが思い出せないでいるおばあちゃんを見て、流石の叶実も呆れて言葉が続かない。やはり琳の言った通り、歳でボケが始まっているのだろうか。


「えーと、自己紹介されただけですね」


「あらそう? 中々話が進まなくてごめんなさいねぇ」


 おばあちゃんは、俺が代わりに説明すると申し訳なさそうに答えた。


「いえ、慣れっこですから」


「あら、優しいのね」


 おばあちゃんは「フフッ」と微笑をして、側に置いてある自分の湯呑を口に近づけた。


「……ふぅ。それじゃあ続きを話そうかしらね」


 湯呑を口から離して座っている膝の上に置き、両手をそれに添えながらゆっくりと語り始めた。


「私たちは、元はもっと沢山の仲間がいたんだけれど、年月が流れるにつれて徐々に数が減っていったの。昔は、幽霊やら妖怪やらの退治や封印が主な仕事だったのだけれどそれもだんだんと減っていって、今では叶実一人でどうにかなるほど仕事は減ってしまったわ。それだから、誰も後を継ぎたいって人がいなくて、結局私たちだけになってしまったのよ」


(叶実一人って……実際は出雲がいないとダメなような気がするが……)


 そう思いながら、チラリと横の叶実に目を向けてみる。叶実はそれに気が付くと、その澄んだ琥珀色の眼をキッと尖らせて般若のように睨み返してきた。まるで、『私一人でもどうにかなるからっ!』とでも言いたそうである。


「陰陽師の家系って言っても、今それを引き継いでいるのはもう私たちしかいないのよ? それなのに大層な肩書でお恥ずかしい限りだわ」


「そ、そうなんですか……」


「あ、なら、叶実さんのお父様とお母さまは継いでいないのですか? 継承は親から子にかけてのはずですが……」


 叶実とは反対で聞いていた琳が、ふと気になったのかおばあちゃんに尋ねる。と、急に空気がズンと重くなったように机の周りに沈黙が生まれる。


「それは……」


 おばあちゃんも少し困ったような顔つきになり、ゆっくりと首を回して叶実の方を見つめる。俺もつられて叶実の方を向くととても辛辣な顔をしていて、下唇を噛んで何かを必死に我慢しているようだった。


「ッ……!」


「あっ……」


 琳もこの状況を理解することができ、自分が口にしたことが触れてはいけない話題だったことを悟って口ごもってしまった。

 さらに後ろで全体を眺めていた沙夜姉も、何か険しい顔をし押し黙って叶実を見つめている。


(こりゃマズいな……)


 空気がおもっ苦しい。重圧で肺が押しつぶされて息苦しくも感じる。折角いい感じの雰囲気だったのに、琳が聞いたことで見事に粉砕されてしまった。こんな悪い空気を打開するなら……、


 ゆっくりと、両腕を上げていく。胸の前まで上げてから手のひらを向かい合わせにし、そして――――



パンッ!



 その破裂音は、周りにいた者全てが一瞬の出来事に目を丸くして硬直してしまうほどの威力があった。

 数秒の間があって、それから皆一斉に破裂音のした方へ目を向ける。


「……ふぅ」


 俺は、目を閉じながら胸の前で合わせた手のひらをゆっくりと離していき、それから一つ深呼吸をした。肺に新しい酸素が入り込み、血流にのって全身に新鮮な軽い空気が運ばれていくのを感じる。


「世の中には、聞いちゃいけない事の一つや二つはある。知らなくていい事の三つや四つはある。だから、この話は今はやめておこう。まだ俺達が知るべきことじゃない」


 言葉をつなげながら、横に浮いている琳に話しかける。


「は、はいぃ……」


 琳は眼を丸くしたまま、訳も分からずコクンと頷いてしまう。


「――てなわけで、話を割ってしまってすいませんでした。続きをお願いします」


 琳が頷いたのを確認してから、おばあちゃんに向き直って一言謝り続きをお願いした。


「え、えぇ、そうね。お兄さんの言う通り。お嬢ちゃんは良い保護者の元にいるのね」


 おばあちゃんも気を取り直して答えると、琳を見てほほ笑みながら褒めた。琳は何のことか分からず、ただ首を傾げて眼をぱちくりとさせていた。


「……それで、今はおばあちゃんと叶実だけが、陰陽師としての仕事をしているのはわかりました。で、俺が知りたいのは、今回の幽霊退治の件をどうやって知って、どうやってあの場所までたどり着いたのかなんですけど」


 俺はおばあちゃんから貰った書(以後ノートと呼ぶことにした)に、これまでのことのおさらいを書き纏めながら、取材している人のようにノートを手に持って尋ねた。

 実際、叶実が須三須さんのところに行ったこと以外にこの件を知る方法が無いわけで、そもそも須三須さんが叶実たちの存在を知っているとは思えない。そりゃ町の運営の何から何まで知っているあの人でも、裏で働いている陰陽師の存在を認知しているかどうかまでは怪しい。


「町であんだけ噂になってれば、嫌でも耳に入ってくるわよ」


 まず先に答えたのは、叶実からだった。明るい栗色のポニーテールを腕でなびかせてから、俺の方を真っすぐに向く。


「夜に活動していて他の仕事をしていると、色んなところから幽霊や怨霊の目撃情報が集まるの。それを持って町会長のところに行ったのよ」


「情報って? どうやって集めんの?」


 素朴な疑問を叶実に投げかける。


「陰陽師のメイン活動だけじゃなくて、他にも日中はお祓いや魔除けなんかもしているのよ。その時に依頼主から聞いたり、実際に被害があった人の話を聞けたりするの」


 叶実は釈然とした態度で素直に答えた。


「……なるほど。表向きは除霊師として活動して、その時に聞いた情報を元に夜のうちに本格的な退治を行うってわけか」


 これで謎が一つ解けた。叶実は昼間副業の魔除けや除霊なんかをやりながら情報を集め、それを元に夜中にこうやって退治や封印なんかの陰陽師活動を行っている。だから、巷で噂になっていた幽霊の件もすぐに情報が集まったのだろう。そしてそれを須三須さんの所へ持って行って、更なる詳しい情報を聞き出そうとしたのだろう。表向きの除霊師として。


「ならなんで、須三須さんは先に叶実の所に連絡しなかったんだろうなぁ……」


「私たちは極小規模で、且つお寺や神社から依頼が来ないと動けないのよ。だから、その存在を知っている人はごく少数だわ。当然、町会長も知らなかったわ」


 なるほど。そういう理由なら合点がいく。そして同時に、ある一つのことが急に晴れていく。


「……琳、確か俺達が須三須さんの所に行ったとき、陰陽師の気を感じたって言ってたよな?」


「えっ? あ、はい。そうでしたね」


 琳は急に話を振られて一瞬戸惑いを見せるも、すぐに冷静さを取り戻して受け答える。


「叶実、お前が須三須さんの所に行ったのは、三日前の朝じゃないか?」


「えっ? えーっと……」


 尋ねられた叶実は自分の指を折りながら、記憶を遡って数えていく。


「……三日前の朝、だわ」


 叶実はきょとんとした顔で、俺を見返しながらつぶやいた。


「やっぱり。これで全部納得がいった」


 つまりはこういうことだ。

 三日前の朝、俺と琳が須三須さんの所に行く前、丁度あの元ヤクザの人が行く前に須三須さんの元に叶実が行って先に話を付けてしまった。それから元ヤクザの人が入っていって、最後に俺達が話を聞きに行ったという流れがあったのだろう。だからあの時、須三須さんが"さっきの子"と言っていたのだと思う。

 恐らく自分たちの正体を明かし、その上で情報を要求して仕事として正規に受けていたのかもしれない。そうならそうとなんであの場で行ってくれなかったのか、その日の須三須さんを少し恨みたい気持ちになる。

 

 そして、叶実の着ている白い羽織着物についても、さっきから妙に気になっていた理由がようやくわかった。俺が琳と間違えて商店街の入り口付近に見たあの白い着物と同じだったのだ。俺の記憶力は乏しくても視力だけは他に自慢できるくらい良いもので、これは見間違えるはずがない。


 その真新しい残気を直に受けてしまい、琳は固まって険しい表情をしたのだろう。理由はそのあとに聞いてあるので、今になってパズルのピースが全て埋まったような快晴な気分が心を埋める。


「な、なに一人で清々しい顔になっているのよ」


 叶実が、俺の済みきった顔を見て、眼を細めながら首を傾げる。琳も同様に口元に指を添えて首を傾げながら、俺の顔の意図を探ろうとしていた。


「いいんだ。こっちの話だ」


「ほほほ。お兄さんは面白い人ね」


 前で見ていたおばあちゃんも口に手を添えて品よく笑い、微笑ましいと言ったように目を細めていた。






雅稀メモ:これで叶実が幽霊退治に来ていた理由が分かった


琳メモ:殿はなぜ晴れやかな顔をしているのでしょう?




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