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其ノ37 お茶を囲んで

 おばあちゃんは自分のと来客用の湯呑にお茶を淹れ、俺と叶実にそれぞれ手渡す。熱湯が注がれているにもかかわらず、素手で持っても熱くないこの湯呑は中々の品質であることがよく分かる。


「そちらの二人は飲める?」


 おばあちゃんが、宙に浮いている琳と沙夜姉の方を向いて尋ねた。


「あ、はい、私はいつも飲んでいますので……」


「あたしも飲めます。(出来れば美味しい羊羹があった方がもっといいな……)」


 二人が口々にそう答えていくと、おばあちゃんは眼鏡を掛けなおしてから琳の方をじっと見つめて、それからニッコリと笑った。


「そう……お茶が好きなお友達って言うのは、あなたのことだったのね」


 琳はおばあちゃんの笑顔に、少し恥ずかしそうにうつむきながら小さく頷いた。

 俺はそれを見ていて、ここに初めて来た際、なんでお茶が欲しいのかと尋ねられた時に「お茶好きな友人がいる」と答えていたことを思い出した。琳が頷いたことで、ここで俺が何でお茶を買ったのかをおばあちゃんに知られることとなった。


 おばあちゃんは奥の戸棚から小さな湯呑を二つ取り出して、また新たにお茶を淹れ始める。わざわざ一度使った茶葉を捨てて新しいものとすぐに交換できるのは、ここが茶屋でおばあちゃんがその店主だからだろう。普通なら二番煎じくらいはしてもいいだろうに、わざわざ茶葉を取り換える辺りおばあちゃんも相当こだわりを持っているのだろう。


 ようやく全員分のお茶が行き渡り、全員で合わせた訳ではないが一斉に湯呑をすすった。


「……ふぅ」


「あぁ……美味い……」


 思わず感嘆の声が出てしまった。家を出てから水しか口にしていなかったため、久しぶりに味のある物を摂取できたことを身体が喜んでいることが分かる。


『はふぅ……』


 琳も沙夜姉もほっとした顔をして、おばあちゃんのお茶を味わっていた。


 ふと、店内の壁に掛けてある時計に目が行った。時刻は夜中の一時を過ぎたころで、それほど長いことあの洋館にいたのかと時間間隔の差を思い知る。


 更にその視界の中に叶実を捉え、目線を下ろすと彼女の服装が鮮明になって見えた。暗がりの中で見た時より色鮮やかだったり、所々に入っている細かな刺繍が職人芸のようで見ていて飽きが来ない。ふと、その羽織っている白い着物に目が行ったとき、それをどこかで一度見たような気がした。が、疲れているからなのか、それをどこで見たのかまでは思い出せなかった。


「……さて、先ずは何から話そうかしらね」


 おばあちゃんも椅子に腰かけて湯呑をすすり、口を潤したところで湯呑を机に置いて膝に手を添えた。


「叶実、出雲はどこまで話したの?」


 黙ってお茶を堪能していた叶実は、急に話を振られて背中を電流が流れた様にビックリするも、すぐに冷静さを取り戻して湯呑から口を離し、目を閉じて少し考える。


「そうね……なんか私も知らないことを話していたけど、私達の素性は大体言っちゃっているわ」


「ふむ……なるほどね」


 おばあちゃんは叶実の話を聞いて、少し考えるしぐさを取った。その姿は、どことなく叶実のそれにも似ているような気がした。


「あ、そうえば、その出雲は?」


 俺は、さっきまでいたはずの子ぎつね式神がいつの間にかいなくなっていることに気が付いて、二人に尋ねた。


「あぁ、出雲ならもう寝たわよ」


 叶実が、首にぶら下がっている深い蒼の勾玉を指さしながら答えた。


「力を使いすぎたり、日中の間はそうやって勾玉の中で眠っているの。今日はもう会えないでしょうね」


 おばあちゃんも叶実に続いて補足説明を加えてくれる。


「へぇ~……」


 意外と漫画チックな仕組みになっているんだなぁと、お茶をすすりながらその青く輝いている勾玉を眺める。


「な、なによっ」


 と、叶実が急に顔を赤らめて怒ったような表情で問うてきた。


「いんや、何も」


「そ、そう……」


 叶実は、「フンッ」と鼻を鳴らして首をそっぽに向けてしまった。


「なんだぁ?」


 叶実の訳の分からない行動に疑問を残しつつも、出雲とは今日はもう離せないということを理解した。


「そ、それでっ」


 それまで静かに話を聞いていた琳が、急に俺達に割って入ってきて声を出した。


「あなた方は、いったい何者なのですか?」


 琳の表情は真剣そのもので、力の籠った眼は気分が高揚したときに現れるあの深紅色の瞳になっていた。


「急がなくても、話せることは話すつもりよ、幽霊のお嬢ちゃん」


 おばあちゃんは顔色一つ変えずに、柔らかい表情のまま琳の方を向いて答える。


「あ、はい……」


 琳も、そんなおばあちゃんの据わった態度にすっかり威勢を落し、宙に浮かせていた身体をそっと床におろした。


「さて……私たちの正体はもう知っての通り、平安の時代から続く陰陽師の末裔です」


 おばあちゃんは再び湯呑を口にしてから机にそっと置きなおし、膝に両手を置いてから静かに語り始めた。


「私は日戸千代(ちよ)。叶実の祖母に当たるわね。今日は孫娘がお世話になりました」


 そう言いながら、おばあちゃんは曲がった腰をさらに曲げて深々と感謝の礼をした。


「あ、いや、そんなつもりじゃなかったんですけど、成り行きと言うかなんというか……」


 その謙虚な姿勢に、俺は言葉が上手く出てこず、しどろもどろしながらもおずおずと頭を下げる。


「叶実はとてもそそっかしくてねぇ、いつもどこかしら怪我をして帰ってくるのよ? いい年の女の子なのに、生傷が絶えないんじゃあみっともなくて……」


「あぁ、なんとなくわかります」


 頬に手を当てて心配そうな表情をするおばあちゃんを見て、叶実が眼を見開いて赤面し始めた。


「ちょ、ちょっとおばあちゃんっ! そーゆーのは言わなくていいからっ!」


「あら、ごめんなさい。歳を取ると、世間話もしたくてねぇ」


 おばあちゃんは叶実の制止にも一切動じることはなく、おほほほと笑って返した。


「ったく、いつもそうなんだから……余計なことは言わなくていいのっ!」


「あ、あははは……」


 二人のやり取りは俺に付け入るスキを与えず、黙って傍観しているしかなかった。これじゃあどっちが上か分かったもんじゃない。


「すみませんねぇ、お話しできる相手が出来て嬉しいの。許してね」


「あ、ハイ……」


 確かに、陰陽師だなんて今時公に出来ることでもないし、身内以外にこの話をできる人はそういないだろう。世間話が好きなおばあちゃんでも流石に裏の顔のことは簡単に話せないだろうし、それを俺達みたいな幽霊を引き連れた友好的な人物が目の前にいれば、必然的に溜まったものが出てくるのはしょうがないことだ。俺としても、仕事柄よく年寄りの相手をさせられることも多く、こういう者にはもう慣れっこなので苦ではない。


「さて、どこまでお話しましたかね?」


「まだ何にも話してないわよ。名乗っただけじゃない」


 叶実が半目を開いて、呆れた様におばあちゃんへ答える。


「あらあら、ごめんなさいね。歳をとると――」


「その下りももうやった! さっさと続き話しなよ!」


 叶実は怒った顔をして言葉を投げつける。


「ははは……」


(殿、お婆様は痴呆なのでしょうか……?)


 横で聞いていた琳が、二人のやり取りを見ていて気になったのか俺に尋ねてきた。


(琳、それは絶対に口に出すなよな? 絶対だぞ?)


 小声で耳打ちしてきた琳に対し、言い合っている二人に聞こえないようにそっと小声で返す。合ってても間違ってても、絶対本人の前で口にしてはいけない事柄だ。


(は、はい……)


 琳もおばあちゃんの方をチラチラと見ながら小さく頷いた。


「……話を折ってしまってごめんなさいね。それじゃあ、続きを話しましょうか」


 おばあちゃんと叶実は、言い合いを終えて再び俺の方を向きなおした。心なしか、叶実の方が疲れたようなやつれ顔をしているように見える。


「私達は、その昔は平安時代から続いている陰陽師の家系でして、今でも叶実に夜な夜なに見回りや妖怪退治に行ってもらっているの」


「叶実だけ? おばあちゃんは?」


「おばあちゃんは見ての通り腰が悪くて陰陽師の仕事ができないから、代わりに私がやっているのよ」


 おばあちゃんに聞いたことを、代わりに叶実が答える。


「私はもう引退していて、今はただのお茶売りですよ」


「なるほどねぇ」


 俺はここまで聞いてから、ふと手元が寂しいことに気が付き、身辺を見回し横に置いてあったバッグから穴の開いた黒い手帳を取り出した。


「それは?……あ」


 叶実が手帳を見て尋ねてきたが、その中央に開いた大きな穴を見て思い出したらしく言葉を詰まらせた。


「気にすんな。いつものことだから。忘れやすいんでメモ取らせてもらいます」


 叶実にはフォローを入れ、おばあちゃんにはメモの許可をとる。


「あらあら、真面目なこと。叶実にも見習ってもらいたいものだわ」


「いいのっ、そういうことは言わなくてっ!!」


 叶実はまた赤面して、恥ずかしがるように身振り手振りで言葉を帳消しにしようとしている。


「あら、でもその手帳、大きな穴が開いているわね。どうしたの?」


 おばあちゃんも手帳に開いているその穴に気が付いて、不思議そうに尋ねてきた。


「あー、これは……」


 そう言いながら、俺はゆっくりと首を叶実の方に回し、冷ややかな眼で見つめる。


「ぐっ……」


 ついにその話題に触れてしまったため、叶実は視線を合わそうとせず宙を彷徨わせながら必死にごまかそうとする。額には冷や汗が滲み、態度もどこか忙しない。どうやら叶実は顔や態度に出るタイプの人間らしい。良くも悪くも素直で裏表がないのはいいことだとは思うが、これはちょっと素直すぎる気が……。


「ふぅ……叶実のせいね」


 おばあちゃんは目を閉じて深く息を吐くと、叶実の名を静かに呼んだ。


「ス、スミマセン……」


 叶実もすっかり萎縮してしまい、視線を下に落として大人しくなってしまった。


「ちょっと待っててね」


 そう言っておばあちゃんは席を立つと、また奥の部屋に入っていってしまった。


「……雅稀~、あたし飽きた」


 と、おばあちゃんの姿が見えなくなったタイミングで沙夜姉がしびれを切らし、俺の頭に両腕を置いてダレてきた。


「もう少しの辛抱だと思うからさ。暇なら髪でもとかしてたら?」


 俺は顔を上にあげて沙夜姉に答える。相手は霊体なので頭に両腕を乗せても大した重さはなく、帽子をかぶっているくらいの違和感しか感じないので首を動かすのも何の苦労はない。


 沙夜姉に髪をとかせと言ったのは、そのみすぼらしい見た目に流石に我慢できなくなっていたのと、生前によく鏡で化粧をしていたという琳の情報があったためである。


「あー……帰ったらやろうと思ってたんだけどね。ここじゃ鏡も化粧道具もないしさ」


 沙夜姉は口を尖らせて自分の髪の先を指でいじり、周りを見渡しながら答える。


「なるほどね。でもうちには櫛くらいしかないぞ?」


「な、なんですって!? チークは? ファンデは? ライナーやビューラーは!?」


 沙夜姉は凄い形相で、俺の肩を後ろからガンガンと揺らす。


「んなもん無いわ! 男の家にそんなものがあってたまるかっ!」


 俺も負けじと首を振り向かせて沙夜姉をキッと睨みつけ、歯を向いて怒鳴る。


「そ、そんな……琳だっているのに……」


 沙夜姉はフラフラと俺の頭から離れていき、傍の床へ両足を片側に揃えて倒れこみ、白い着物の袖を顔に近づけてホロホロとなくような格好をする。


「つーか、なんでそんなこと知ってんだ? あんた曲がりなりにも昔の幽霊だろ?」


 俺は腕を組みながら沙夜姉に尋ねる。さっきの名前の候補に挙がったものや、今の化粧品の名前だって、昔には存在すらしていなかったはずのものがある。なのにそれを平然と口にし、しかもちゃんと意味合いまで合っているのは少し腑に落ちない。


「だって……この世に幽霊として蘇ってから長いんですもの……当然、いろんなものを見てきましたわ」


 急に沙夜姉が元の丁寧な口調に戻った。砕けた方が楽だとは言っていたが、本当はこっちの方がしっくりくるのだろうか? それとも単なる昔からの慣れのせいで、琳同様に気分が変動すると勢いで素が出てしまうのだろうか?

 どちらにせよ、今のこの状況は立場の低い女性を虐める悪いお代官のようだ。

 ちなみに琳は、話についてこられなくてポカーンと口を開けて固まってしまっている。


「長いって、どれくらい?」


「最初に見たのは、お侍さんが剣を振るっていた時代でした。あとから知ったのですが、『戦国時代』と言うのでしたね」


「せ、戦国ゥ!?」


 思わず体勢を崩してしまいずっこける。戦国時代って言ったら織田信長や豊臣秀吉、徳川家康なんかが天下統一を目指して戦っていた時代で、ざっと五百年くらい前の話のはず。


「ま、まじで?」


「はい……あ、お侍さんの子供に求婚されたこともありましたよ。確か……竹千代、と言いましたかね」


「竹千代? 聞いたことねぇな」


「竹千代!?」


 急に大声を出して話に食いついてきたのは、隣で暇つぶし代わりに話を聞いていた叶実だった。


「竹千代って言ったら、後の徳川家康よ!? アンタそんなことも知らないの!?」


 叶実は血相を変えて叫び、俺の歴史の知識が乏しいところを突いてきた。


「う、うるせえ! こちとら高校中退してんだよ! 知らなくて悪いかっ!」


「あっ……」


 俺が叫ぶと、急に叶実は顔を俯かせてばつの悪そうに黙ってしまった。恐らく、さっき話した俺の過去を思い出したのだろう。


「ごめん……」


「いや、気にすんな。浅識なのは自分でもわかってるから」


 叶実のフォローを入れた後、俺は改めて沙夜姉の言ったことを考える。竹千代ってのが後の徳川家康なら、それはものすごい人と面識があるってことになる。そうなると、他の偉人のことも気になってきた。


「沙夜姉、さっきから口調変わってるよ」


「あ、ほんとだ。うっかりしてたわぁ」


 沙夜姉はパッと思い出したかのように口調を元に戻し、「テヘヘ」とはにかんで頭に手を乗せた。


「それで、他にあった事のある人は?」


 俺はまだ他にもいないかと尋ねる。


「う~ん、いろんなお侍さんいたけど、片目を隠した人や猛烈に暑苦しい人や……あ、頭が河童みたいに剥げてた人もいたわね!」


「それ、多分ザビエルじゃね?」


「片目……独眼竜政宗に、熱い人は真田幸村かしら?」


「名の知れた戦国武将たちと面識あるんだな。でもどうして?」


 そんなに有名な武将たちと面識があるってことは、それだけ当時はモテたのだろうか? 今の風貌からは想像できないが、当時の人たちからは美しく見えたのだろうか? まぁ、確かに背もそこそこ高くて母性もあるし、面倒見もよくておまけにアレもデカい。今なら魅力的過ぎて逆に近寄りがたいくらいなのだが……って、何を考えているんだ俺は!


「あぁ、みんなお酒」


『……へっ?』


 思わぬ答えに、俺と叶実は目をぱちくりとさせお互いに顔を見合う。


「あたし、羊羹と同じくらいお酒が好きでね。よくお侍さんのとこに行ってお酒をもらってたんだけど、いっつも道に迷うから取りあえず大きな家に行こうってしてたら、そんな人たちとばっか飲むようになっててねぇ」


 樒さんは手をお猪口を持つように輪っかにしながら、当時のことを思い出して思いを馳せている。


「みんな先に潰れちゃうんだもの、張り合いのある人はなかなかいなかったなぁ」


 しかもとんだ酒豪ときた。時の戦国武将たちがみんなやられるなんて、裏の天下統一は沙夜姉がしてたのか!?


 ふと、その時のことを想像してみる。

 武将たちが夜な夜な酒をたしなんでいると、ふと迷い込んできた美女が酒が欲しいとせがんでくる。これを断る武将はいないのでみんな喜んで酒を出す。そして飲みに飲んで潰される。がしかし、当の沙夜姉は平気な顔をして飲み続け、ほろ酔いで赤くなった肌を着物の隙間からさらけ出しながら、更に妖美にお猪口を持ってそれから……、


(だーっ、これ以上はダメだ!! 何かとてつもない大きな力で粛清される気がするっ!!)


 俺は想像から妄想に変わった思考を、頭を左右に振りながらかき消して急いで話の線路を戻した。


「凄いわね……歴代の有名人と知り合いで、しかもお酒で酔い潰せるなんて……」


 叶実も思わず、感嘆の声が漏れ出てしまっている。歴史にはそこそこ詳しいらしく、少なくとも俺よりは成績は上なのだろう。


「本当に、この世に出てきて長いんだな」


「そうよ~? だから、この時代のメイク道具にも詳しいの!」


 沙夜姉は急に立ち上がると、大きく胸を張ってにこやかなドヤ顔で俺を見下す。


「おぉっ! なんだかよくわからないですけど、樒さんすごいです!」


 今まで黙っていた琳はやっと話が理解できたのか、それとも単に今の状況が読めただけなのかはわからないが、堂々としている沙夜姉を誉めたたえ始める。


「これから行く家の家主を見下すな」


 俺は腕を組んで、座りながら沙夜姉を見上げる。


「だから、帰ったらメイク道具買って欲しいな? お・ね・が・い?」


 沙夜姉は腰をかがめて、俺の顔の前にズイっと体勢を伸ばしてくる。両手を胸のあたりに置いて、少し赤くなった顔を近づけて甘ったるく強請(ねだ)る。そして、手を置いた胸の辺りをしきりに動かし、大きな双丘の谷間をチラチラと見せびらかしてくるのだ。


「う、うぐっ……」


「はぁ、サイテー」


 叶実は膝に腕を立てて手のひらに顎を乗せ、蔑んだ眼と声でつぶやいた。


 こんなお願いされたら、時の戦国武将たちもイチコロだったのだろう。が、しかし、俺の全財産をもってしてもそんなもの買う余裕はないし、何より琳がいるせいで財政難なのだ。それに、男が化粧品を買いに行くなんてそんな気味の悪いこと出来るはずがない。


「ん? 待てよ……」


 そういえば、確か店長が、『報酬は町会長からも出る』って言ってたっけ。そうなれば、通常の給料に加え臨時ボーナスとなり、我が家の財政難も大分回避できるだろう。そこまでいけば多少の余裕はできる。あとは……、


「叶実」


「は、何よ?」


「手帳の件と、肩の件、その他諸々悪いと思ってんだろ?」


「え、い、いきなり何よ!」


 俺が首を回して鋭い目線で睨むと、叶実は怯えた子犬のような顔で焦りだした。


「悪いと思ってるよな? どこかでその償いがしたいと思ってるよな?」


 俺は尚も顔を近づけて、叶実を威圧していく。


「え、あ、その……」


 叶実は天を仰いで顔を合わせようとしない。が、決して反論の言葉は出てこないところから本心ではそう思っていることを確認する。


「そうだよなぁ、悪いと思うよなぁ。俺の手伝いとかしたいと思うよなぁ?」


 俺は大げさに身体を大きく動かして、さりげなく袋小路へと誘導していく。


「えっ、えっ?」


 叶実は勢いに押されて、何が何だかわかっていない。


「叶実!」


「は、はいっ!」


 俺は叶実の両手をしっかりと握り、叶実の眼を真っすぐに見つめた。

 叶実は顔を耳まで真っ赤にして、生唾を飲んで緊張している。


「化粧品……買ってくれるね?」


「な、なんでアタシがっ――」


「買ってくれるね?」


 叶実の反論を一切無視して、さらに威圧する。


「……ハ、ハイ」


 叶実は俺の威圧に負けて折れ、小さく頷いて答えた。


「よーし、よく言った! 流石陰陽師の末裔だ!」


 叶実が答えた途端に俺は手をパッと離し、すがすがしい顔で叶実に微笑みかける。


「そ、それは関係ないでしょ!?」


「おーい沙夜姉。叶実が買ってくれるってさー」


 俺は叶実の声を無視して、後ろにいる沙夜姉に結果報告をする。


「ほんと!? ありがとう!」


 沙夜姉は目を輝かせて喜びの表現をし、それから叶実に向かって一直線に飛んで行った。


「わふっ!」


「ありがとね~。いい子いい子してあげる!」


 沙夜姉は叶実の頭を何度も撫でて、喜びと感謝の意を伝える。叶実のポニーテールと左右のおさげが横にブンブンと揺れていて、沙夜姉の撫で方がいかに激しく情熱的なのかがよく分かる。


「な、なんでアタシが……」


 叶実も口では不満を言っているが、顔は少し赤くまんざらでもないようだった。


「金は後で満額返すから、あっち行って品物を沙夜姉と決めてくれ」


 俺はそう言いながら、手元の手帳にササッと今決まったことを書き記していった。





雅稀メモ:化粧品担当は叶実、っと


琳メモ:よくわからないですけど、樒さん嬉しそうです!




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