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其ノ35 うちに帰ろう

「なんか言ったか?」


「な、何でもないわよ!」


 気になって聞いてみるも、叶実はそっぽを向いてツンとした態度をとる。

 

「そうか? んじゃ、よいしょっと」


 叶実が何かを行ったような気がしたが気のせいだったらしく、特に何も言っていないというので俺は叶実を担ぐとゆっくり立ち上がった。まだ少し足元がふらついてはいるが、どうにか叶実と上手くバランスを取って立ち上がることができた。


「どうして、そこまでするのかな?」


 立ち上がったところでふいに出雲が尋ねる。


「別に深い意味はないが、困っている奴を助けるのが万事屋だ。お前たちの決め事なんか知ったこっちゃないし、目の前の怪我人を放っておくほど俺は薄情じゃねぇよ」


 出雲が返答する前に、「それに、」と言葉を付け加える。


「『他人に助けられてはいけない』なんて決まりはないだろ? もし仮にあるなら、さっき穴に落ちた時に制止していたはずだからな」


「……フフッ。確かにその通りさ」


 出雲は俺の回答に対して、含みを持った微笑を返す。


「なら、お言葉に甘えるとしようか。カナミを家まで運んでやってくれないか?」


「フン、言われるまでもねぇ。ウチは通さないでやるから、これは貸しってことにしとくぜ」


 出雲は俺の提案に対し、了解したというように頷き、


「恩に着るよ」


 と、答えた。


 出雲とよくわからない約束を交わした後、肩に担いだ叶実の顔色をチラリと伺う。先ほどまでよりは痛みは引いているらしく、苦痛に歪んだ表情はいくらか穏やかになっていた。傷の手当はしたもののまだ万全ではないので、早めに家に連れて行ってちゃんとした処置をした方がいいだろう。

 

「よっ、とっ」


 俺は一度担ぐポジションを整え、それからゆっくりと歩みを進めていく。


「殿、大丈夫ですか?」


「雅稀……」


 進む先では、琳と樒さんが不安そうな表情をしてこちらを見つめていた。


「大丈夫、とは言いにくいな。琳、俺の歩く先を歩いて、足元を照らして行ってくれ」


 琳はこの暗闇の中でもなぜか白くうすぼんやりと光っているため、琳の周りだけうっすらと明るくなっているのだ。現状、懐中電灯もケータイのライトも使えない状況の中で数少ない光源のため、とても貴重である。琳に俺の先を歩かせれば、このくらい中を歩くのに多少心もとないが、無いよりはマシになるだろう。


「はいっ! わかりました!」


 琳ははっきりと答えてから俺の前に飛んで来て、進行方向に沿ってゆっくりと歩くように進んでいく。思ったより琳の持つ明かりは強くて、足元の木の板や天井の残骸などが割とはっきり確認できる。


 と、俺達が落ちてきた場所まで来ると、琳の光に照らされた床に鮮やかな色をしたものが落ちているのを見つけた。


「おっ? これは……」


 よく見ると、それはさっきここを探索していた時に偶然見つけた羊羹の箱だった。丁度俺の尻の下敷きになっていたらしく、綺麗な長方形をしていた外装は見るも無残にぺしゃんこになってしまっていた。それはまるで、その身を挺して落ちてくる俺を守ってくれたかのようで、その勇敢な姿勢に俺は心の中でそっと敬礼をした。


「わたしにも、何かできることはない?」


 琳と一緒になって進む俺に、樒さんが尋ねる。


「あー、そうだな。樒さんって物触れるの?」


「日に当たらないところでなら出来るわね」


 樒さんは、外の方角を指さしながらはっきりと答えた。


「ほう……なら、もしかしてそこの羊羹は?」


「うん、私が食べたのよ。美味しかったなぁ……」


 樒さんは羊羹のことを尋ねられて、その時のことを思い出しウットリとした表情をする。余程おいしかったのだろうか? 


 樒さんの実体化は、琳とはまた違った条件下だった。琳の場合は自分の意志で物を触ったり動かしたりできるが、樒さんが言うには太陽の光が当たらない場所でなら実体が現れ、色々な物に触れることができるらしい。だから俺や叶実にも触れることができていたのか。ここで羊羹を食っていたことにも納得ができる。


「よし。なら、俺達の進む先の障害物をどけて行ってくれないか? ドアを開けるとかだな」


「わかったわ」


 ニコッと笑みをして返事をすると、樒さんはひらりと身をひるがえしてから、一っ跳びで厨房のドアの前まで飛んでいき重いドアを押し開けた。


 こうして、俺は叶実を肩に担ぎ、琳は俺達の前で照明の役割を果たし、樒さんは進路上の障害物をよけてくれ、みんなで協力しながら洋館を脱出することに成功したのだった。途中、例の階段の大穴は1人づつ、幽霊の二人にぶら下がるようにして運んでもらい、最後の難関である黄色の立ち入り禁止テープは樒さんにスキマを大きくしてもらって這い出ることができた。

 この脱出の間、出雲は「オイラは疲れたからやすませてもらうさ~」と言って叶実の頭の上に乗っかって休んでいた。多分一番何もしてないであろう奴が一番休んでいるのは少々気に食わなかったが、それでも俺達の傷を治したり叶実を止めてくれたりと、その小さい身体に似合わない仕事をしたと考えれば怒る気になれなかった。



――……。



「ふぅ、やっと抜け出せたな」


「えぇ、何とかね……」


「やりましたねっ、殿!」


「よく頑張ったわ。偉い偉い」


 出てきたメンツが、それぞれに思い思いの気持ちを口にする。外にまでくれば、中の暗さが嘘のように月明かりが煌々と照らしていて、俺や叶実はホコリと傷だらけでズタボロなのに対し、幽霊の二人は全くと言っていいほど無傷で、ピンク色と白色の着物が良く映えている。


(そりゃそうか……)


 幽霊だもの、いくら実態があるとはいえ肉体があるわけではないので、傷がついたり服が破ける心配は全くない。最初から最後まで無傷で生還しているのは、正直羨ましかった。


「さて、これからどうすればいいんだ? 家まで送っていくとは言ったけど……」


 肩に担いでいる叶実に、左手で彼女の左手を叩いて尋ねる。


「本当ならそこまでしてくれなくてもいいんだけど」


 叶実は、またあの強気な姿勢を少しづず取り戻してきているようで、言葉に小さくトゲが生え始めているのが分かる。それだけ回復しているということなのだろう、今はそのトゲもかわいく感じてしまう。


「お前の監視役からお願いされてんだ。お前に拒否権はない」


「うっ、確かに……」


 しかしやっぱりすぐに折れる。最初に会った時の印象とはだいぶ変わってしまっている。多分、根は真面目で頭もいいのだろうがすぐに感情的になってしまう癖があって、それが冷静な思考の邪魔をしているのだろう。全くもって惜しい、冷静さと見た目だけならモテるだろうに残念な性格である。


「という訳で、お前の家とやらに案内しろ」


「へっ? ええっっっ!?」


 叶実は思ったより大げさなくらい驚いて、目を大きく見開いてしまっている。


「な、なんだよ。別に驚くところじゃないだろ?」


「ななな、なんで私がっ! (家になんて、はわわわわ……)」


 急に叶実の顔が赤くなり、態度がそわそわし始めた。

 

「ん? なんか言ったか?」


「い、いや、べ、別に? ていうか、なんで私が連れてかなきゃいけないのよっ!」


 慌てふためきながらも、叶実は眼尻を吊り上げて叫ぶ。


「だって出雲は使えないし、他に誰がお前んちを知ってるんだ?」


「で、でも……」


 叶実は顔を少し伏せて、考えるしぐさをする。


「なら、俺の家来るか?」


 と、言った瞬間に、叶実は顔をバッと上げて驚いた表情を見せる。


「それはっ……! い、嫌よっ! (まだ早すぎるわよっ……)」


「だろ? 最初から行くとこは決まってんだよ」


「うぐっ……」


 そこまで言い争ってようやく大人しくなる。何故か顔を赤くして息も切れ切れになっているのだが、そんなに俺の家が嫌なのだろうか。確かに、年頃の男女(プラス幽霊二人と式神一匹)が、夜更けに一つ屋根の下にいるのは教育上よろしくない。まぁ、やましいことをするわけじゃないが断る理由も分かる。


「ならさっさと案内してくれよ。俺の右腕もいつまでもつかわからんからな」


 そう、怪我をしているのは何も叶実だけではないのだ。むしろこいつのせいで、俺はずっと前から大けがをしているのだから。後でご家族に文句のひとつでも言わせてもらおう。


「わ、わかったわよ…………左」


「うい、わかった」


 俺は、叶実の指示通りの道順を進んでいく。俺の背後では、琳と樒さんが仲良く浮かんで思い出話をしている。もしこの光景を見ることができるのならば、それはもう相当なカオスな状況だろう。しかし、今は時間の分からない真夜中。人気は昼間より無くなっていて、俺達以外には一切見当たらない。なので、こうして色々おかしな状況下でもある意味気楽でいられた。


 月はもう俺達の頭上より少し傾いた位置で煌々と輝いており、その周りには数えきれないくらいの星々がちりばめられている。雲一つなくなった夜空は、漆黒とも濃紺とも見える深く暗い色をしていた。



――……。


――……。


――……。



 洋館の建っている小高い丘を降り、市街地の方に向かって歩いて行き、街灯が多く立ち並び始めたところで商店街までやってきていた。


「結構距離あるんだな」


「ま、まあね。男なのに疲れたとか言い出さないわよね?」


 俺の右側で、叶実がこなれた様に煽ってくる。


「バカ言え。このくらいで、と言いたいところだが、どこかの誰かさんに傷を負わされてなければこれくらい余裕なんだけどな」


「な、なによ! 男のくせに女々しいわね……」


 叶実は俺のことを横目で、ジトッと蔑む様な目つきで睨む。


「さっき言ったろ、この話題は後でたっぷりいびり倒してやるって。この先十代くらいまで語り継いでやるぞ」


 俺もお返しにと、不敵な笑みの悪人面をして叶実を脅してやる。


「な、なんでよ! そんなにしなくてもいいじゃない!」


「冗談だ。真に受けんな」


「キーーーッッッ!」


 俺の迫真の冗談にまんまと引っかかった叶実は、お得意のサルみたいな鳴き声を放って悔しがる。その光景が見られて、俺は内心でほくそ笑んだ。


「ところで、お前の家ってどんなのなんだ?」


 俺は、急に話題を変えて真面目な話をする。流石に馬鹿にしたままで遠回りさせられたら、こっちの体力が持たなくなるからだ。お互い協力関係にある以上、相手の期限を損ねっぱなしにするのはよくない。


「どうって、普通よ」


「お前陰陽師だろ? なんか、こう、先祖代々伝わる屋敷に住んでいるとかないのか?」


「はぁ? 何を妄想してるのよ。そんなもの現代にあると本気で思ってるわけ?」


 フン、と鼻を鳴らして、人を小馬鹿にしたように嘲笑う。

 

「むっ……じゃあどんな家なんだよ」


「いたって普通よ。どこにでもあるような小さな家。でも、一階でお店をやっているわ」


 叶実は真っすぐに前を向いて、商店街の夜景を見つめながら答える。


「店ねぇ……総菜屋か何か?」


「違うわよ」


 叶実は、顔色一つ変えずにバッサリ否定した。


「じゃあ八百屋」


「不正解」


「えー。じゃぁ、布団屋!」


「アンタ、絶対バカにしてるでしょ。違うわよ」


 叶実は目を半開きにして、半分呆れたような口調で返す。


「じゃあ何なんだよ」


「行けばわかるわ。でも、今の時間はやってないけれど」


「なら分からねぇじゃんか!」


「うっさいわねぇ……男のくせに細かいこと気にし過ぎなのよ!」


 はぁ、と大きくため息をついて、呆れた顔を向けてくる。


「お前がもったいぶるからだろうが!」


 ガルルル、とお互い歯を向いて唸り合っている姿を叶実の頭の上から眺めていた出雲が、「ニシシ」と叶実の頭上で小馬鹿にしたように笑う。


「犬も食わない、とはこのことさ~」


  

――……。



「もうすぐよ」


 商店街の中盤に差し掛かった時に、ふいに叶実が教えてくれた。


「もうすぐって、商店街に家あるのか」


「そうよ。悪い?」


「いや、悪いとは言わねぇけどよ、なんか意外というか」


「何がよ」


 叶実が、眉間にシワを寄せてキッと睨みつけてくる。


「いや、何でも。それより、こんな時間に帰って両親心配しねぇか?」


「両親はいないわ。おばあちゃんと二人で住んでいるの」


 睨みの強かった眼を少し弱め、また遠くを眺めるように正面を向く。


「そうか。俺と一緒だな」


「一緒?」


「俺は、両親が事故で死んでから高校を中退。そんで今は万事屋で働きながら、小さなアパートに一人暮らし。お前は?」


「アタシは……」


 叶実は少し言葉を詰まらせた。何かマズいことでも聞いてしまったのだろうか。


「……家出、かな」


「そうか……」


 目を細めてそうつぶやいた叶実は、なぜか少し悲しそうな表情をしていたように見えた。それ以上は今、聞くべきでないと本能的に察知した俺はそれ以降首を突っ込まないように決めた。


「アンタも大変ね。両親を亡くして一人暮らしして、そしたら幽霊二人と住まなきゃいけないなんて」


「哀れに思うなら二人とも貰ってくれよ」


「フフッ、嫌よ。あんなに好かれてるんだもの、引き裂く方が無粋ってものよ」


 俺の心の叫びを、叶実は軽くいなして小さくほほ笑んだ。


「畜生……」


「さぁ、あと少しだから頑張ってもらうわよ、万事屋さんっ」


「調子乗りやがって……」


 段々と元気を取り戻してきた叶実が、左手で俺の背中をドンと叩き催促する。この時、出会ってから初めて叶実の、年相応の女の子の笑顔を見ることができた。無邪気でくすみのない笑顔は年相応とはいえなかなかカワイイものだったが、それを本人に言うとまた何をされるかわからないので、その光景を心の中のノートにそっと刻み込んだ。



――……。



「さぁ、もう着くわよ」


 叶実は俺に担がれながら、空いた右手で正面を指さしながら言った。

 さっきから感じていたのだが、俺はこの道順を良く知っている。いや、知っているなんてもんじゃない。ほぼ毎日通い詰めていた時期すらあった。商店街にこそ用事はないものの、このルートを辿って行った先にはよくお世話になっている、あるお店がある。


 叶実は言った。自分の家は小さな普通の家だが、一階はお店をやっている、と。そこでおばあちゃんと二人で住んでいる、と。そして、この道の先にあるお店は一軒しかない。



「ここよ」


「おい、嘘だろ……」


 

 叶実が連れてきたその場所は、俺と琳もよく知っている、あの日本茶の専門店だった――――。






雅稀メモ:叶実の笑顔はそこそこカワイイ


琳メモ:屋敷から出られました!




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