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其ノ33 善意の救出

「な、なにっ?」


 出来る範囲で顔を見上げて正面にいる樒さんを見ると、四つん這いになって胸に手を当てて真剣な目つきで俺を見ている。何かいい策があるのだろうか。


「わたしがもう片方の手を取るわ。琳はわたしを引っ張って!」


 そう俺達にはっきりと指示を出しながら、自身は俺の横について叶実に向かって腕を伸ばす。 


「さぁ、掴まって!」


「ア、アンタ……」


 叶実も、このことに驚きを隠せないで息を飲んでしまっている。そりゃ、ついさっきまで封印しようと奮闘していた相手が今はこうして自分を助けようとしてくれているのだから当然だ。


「なにしてるの! 早くっ!」


 樒さんの口から檄が飛ぶ。横で聞いていて、この人は本当に表情がコロコロ変わる人だなぁと思った。最初は不気味に笑っていて、琳と会ってから女の子のようにはしゃぎ、叶実の論理をいともたやすく打ち砕く思考を持ち、そして今はさっきまで敵だった奴のことを真剣になって助けようとする。多分だけど、困っている人を見過ごせない正義感の強い人なのだと思う。じゃなきゃ、ついさっきまで自分を封印しようとしていた奴なんて助けようとはしないだろうから。


「くぅ~~~ッ、なんなのよもうっ……」


 叶実も状況の変化にうまく思考が追い付いていかず、言われるがままに右腕を上げて樒さんの右腕をつかむ。樒さんも差し伸ばされた手を上手く取り固く結ぶ。どうやら樒さんが触れられるのは、俺だけではないようだ。


 俺は目の前で起こる奇跡の数々を、頭を振ってもう今は何がどう起こっても不思議に思わないことにした。そんなのは、あとでまとめて全部聞けばいいし、今ここで説明されてもきっとすぐ忘れるだろうから。


「琳っ! 準備いい?」


「は、はいっ! 大丈夫です!」


 樒さんの指示で琳も後ろに付き、樒さんの白い着物の帯をつかむ。


「雅稀もいい?」


「お、おう……」


 いつの間にか樒さんにこの場を仕切られてしまい、俺もなすがままに指示に従う。


「それじゃあっ……せーのっ!」


「ぐっ……」


「ふん~っ!」


「みんな頑張れー!!」


 俺と樒さんで叶実を引き、樒さんの後ろで琳が帯をもって引っ張り、その上で出雲が俺達にその小さな身体を振ってエールを送っている。多分、自身が加勢したところで何にもメリットが無いと自分で分かっているのだろう。しかし何もしないのは流石にいけないと考えて、そうやって応援するポジションに着いたというところだろうか。


「くっ……」


「んっ……」


 樒さんが片方を引っ張ってくれているおかげで右腕に掛かる負担は少し減ったが、それでも床の不安定さと今夜酷使したせいで未だ上手く力が入っていかない。


 叶実は、俺と樒さんが必死になって引き上げようとする様を、穴の中からじっと不安げに見上げていた。それまでの険しい顔つきはどこへやら、不安と困惑がはっきりと見て取れる。

 その顔をよく見ると、叶実の左頬に何かがポタポタと垂れ始めていることに気が付いた。同時に叶実の方も、自身の顔に掛かった違和感に瞬きして驚く。気が付いてから、腕に入れていた力が少し抜けたような感覚を覚え、少し上がっていた叶実の姿がまた穴の中に戻ってしまった。


「――ッ!?」


「雅稀っ!?」


 樒さんも急に重くなったことに驚いて、俺に首を向けて問いかける。俺も一瞬何が起こったのかわからなかったが、すぐにまた力を入れようとしてもさっきほど腕に感覚が伝わらない。


「あ、あれっ?」


「どう、したのっ?」


「い、いや、急に力入んなくなって……」


 おかしいと疑いながらも、もう一度強く叶実の腕を握るよう自身の腕に力を籠める。が、俺の腕はそれを拒否するかのように言うことを聞いてくれない。その上、穴の開いた風船のように力はどんどん抜けていって、まるで身体の一部ではない物のように重く感触が鈍くなっていく。


「ア、アンタ……」


 見上げている叶実が弱々しく声を発した。叶実の顔には、黒い液体のようなものが数滴かかっているような影が見える。俺の汗が垂れているのかと思い、早くケリを付けなければまた色々言われそうだなぁと下らないことを考えていると、叶実の顔色が徐々に凍り付き始める。


「……血が……」


「へっ?」


「雅稀っ! 腕! 血がっ!」


 横から樒さんが慌てて叫ぶ。何を言っているのか理解できず樒さんの方を向いて耳を疑うが、その眼は真っすぐ俺の右腕を注視しており瞳には焦燥感が滲んでいる。


 おもむろに視線を落とすと、叶実の頬に垂れている液体は俺の顔のすぐ横から垂れているらしく、その元をたどって顔を腕に向けると不気味な赤黒い筋がシャツの袖の元から下に伸びていた。


「なんっだよ、これ……」


 ようやく自身に起こっている異変に気が付くと、急に鈍痛が右肩を襲い始める。知らぬが仏とはよく言ったものだ。気が付かなければなんてことはなかっただろうに、知ってしまえばそこで後悔しても遅い。

 意識が右肩に注がれてしまったことで、気が付かなかった痛みや衝撃がそれまでの分を一気にぶちまけるように駆け回り始める。


「あぐっ……」


 どうやらさっき出雲に治療してもらった肩の傷口が長時間の力仕事で開いてしまい、それが俺の腕を伝って叶実に流れていき顔に垂れているということらしい。


「こんな時にッ……!」


 治療は完璧ではなかったのか、または酷使しすぎなのか、原因はわからないが今の状況は非常にマズい。何とか腕が身体に繋がっているおかげで落ちずには済んでいるが、樒さん一人では上げられそうにもないし、俺の方もいつまで保つか分かったものじゃない。


「もう、いいわよ……」


 急に叶実が眼を伏せうつむいて、ぼそりとつぶやいた。


「ハ、ハァ? 何をいきなり――」


「だってそうでしょ。アンタだってケガしてるし、このままじゃみんな落ちるだけよ」


「バ、バカ言ってんな! 少し黙ってろ!」


「バカなのはそっちでしょ」


 冷ややかな叶実の声のトーンが、冷静さを失った俺の思考に響く。


「その腕でどうやって上げるつもり? 強がってるんじゃないわよ。元々はアタシがしたことなんだから、そのバツを受けるのは当然。そうでしょ?」


「だ、だからってっ」


「アンタ達じゃ無理。それはもうわかってるでしょ?」


 叶実は鋭い目つきで俺を見上げる。

 実際考えないようにしていたのだが、樒さんが腕をつかんで引っ張っていてくれるのは有難いが所詮彼女も幽霊、実態はあっても肉体のない身体では助力の上限もたかが知れている。しかし樒さんや琳の好意を無下に断わるすべもないので何も言わなかったのだが、助太刀としてはかなり力不足であった。


 樒さんもそのことは薄々気が付いているらしく、叶実の言葉を聞いて横で申し訳なさそうに眼を伏せる。


「ぐっ……」


「だからもういいわ。これくらいの高さなら……どうにかなるわよ」


 叶実は足元にぽっかりと大口を開けている暗闇をちらりと見て、一瞬言葉を詰まらせるも鼻を鳴らして見栄を張る。これ以上カッコ悪いところを見せたくないという彼女のプライドなのだろうが、暗くて何も見えないうえに高さも正確にはわからない所から落ちる恐怖感はぬぐい切れないだろう。口では強気なことを言っているけど、その表情にははっきりと本音が映っている。


「離して」


「こ、断るッ!」


「離しなさい」


「っざっけんなッ!」


「離せって言ってるのッ!」


 段々と、叶実の声に熱が籠っていく。


「離すかよッ!」


「なんでよッ!! どうしてそこまでするわけッ!?」


 眼下で叶実が力の限りを振り絞って叫ぶ。その勢いで互いの腕が震え、肩の傷口から血が滴り叶実の頬に落ちる。それはさながら血の涙を流しているようで、叶実の表情にアクセントを加える。


「なんでってッ……アホか! 頭湧いてんじゃねぇのか?」


「なッ!?」


 いきなり飛んできた罵倒の言葉に、叶実は開いた口が塞がらない。


「人助けに理由なんかいるかよ!」


 叶実は俺の言葉を聞いて目をぱちくりとさせ言葉を失う。


「目の前で人が落ちていくのを黙って見過ごすほど、俺はどっかの誰かさん達みたく薄情じゃねぇ! さらに言うと俺は万事屋だ。困っている人を助けるのが俺の仕事だ! 万事屋が人助けしないでどうするってんだよ!」


「うっ……」


 叶実は、見上げていた視線を少し下げて辺りを彷徨わし始める。何か反論でも考えているのだろうか。


「で、でも、アタシはアンタの商売敵だし、その肩だって……」


「だからどうした。もうお互い仕事もクソもないだろ? 肩の件はこれが助かった後でじっくりいびり倒してやるから――」


 また腕の力が抜け出ていった感触がした。叶実の姿がまた一歩穴の中に落ちていき、顔によりくらい影が伸びる。


「ま、雅稀ッ……」


 横で支えている樒さんももう限界が近いようだ。歯を食いしばり両手で叶実の左腕をつかんでいる。


「だからっ……黙って助けられろ! それが俺の仕事だッ!」


「――ッ!!」


 叶実は眼を見開いて俺を見つめ、息を飲んで押し黙る。瞬間、叶実の全身から張っていた力が抜けフッと軽くなったような気がした。


「今、だッッッ!!」


 ここ一番のタイミングを見逃すまいと、最後の力を振り絞って右肩を奮い立たせる。入る力はもうほとんどないが、腕が使えないなら全身で引き上げてやると踏ん張っていた左腕を床に立てて引き上げる。


「フーーンッ!」


「くそッ、たれッッッ!!」


 樒さんも琳も今までで一番力を込めて引っ張り出す。助力が足りないとはいえ、ゼロではないため居る方がマシなのもまた事実。少しづつではあるが、また叶実の姿が穴の中から引き上げられていく。


「もう、少しだッ!」


「マサキ、あと少しだ! 踏ん張るさ!」


 出雲の応援にも熱が入る。てか、ぶっちゃけ一番使えないのは出雲だったりする。式神なら、主の危機に何かしら手を貸してくれてもいいんじゃないのだろうか。


「お前っ! さっきから応援だけしやがって、なんか手伝えよ!!」


 頭上で腕をブンブンと振っている出雲に歯を向いて叫ぶ。


「オ、オイラには今そんなこと出来る力がないのさ。だからせめてこうやって応援を……」


「こ、このッ、ポンコツ式神めッ!」


 非常時になんと使えない式神だろうか。これでは叶実もさぞ苦労して使役しているのだろう。ここまで使えないと逆に同情したくなってしまう。


「くそっ! こうなりゃ俺がッ……」


 みんなの踏ん張りのおかげでもう叶実の拳まで部屋に戻りつつあったが、最後の一息で全部上げきるつもりで左腕により一層力を籠め踏ん張ったその時――――、



バキッ!!



「えっ?」


「あっ」


「おっ?」


 左手で踏ん張っていた床板の感触が無い。重心がゆっくりと前へ移動し始め、視線が徐々に下がっていく。身体を襲うのは――気味の悪い浮遊感。


「あ、あれっ?」


 おかしいな、確か俺は後方に向かって引っ張っていたはずなのに、なんで体制が前のめりに――――。


「雅稀っ!!!」


「殿っ!!!」


「マサキっ!!!」


 声が、後方から聞こえる。琳や出雲ならともかく、樒さんまで後ろから聞こえるのはおかしくないか?

 俺は一体――……。


「きゃあああああッッッ!!!」


 突如目の前から突き刺さるように聞こえてくる悲鳴に、ハッとして我を取り戻す。がしかし、時すでに遅し。前のめりになった体制を元に戻す方法はなく、勢いと叶実につられて頭から穴の中に吸い込まれていく。


「なあぁぁッ!?」


 眼下には両手で必死に俺の腕にしがみつきながら絶叫している叶実が見える。両手と言うことは、樒さんが驚いて咄嗟に手を放してしまったのだろう。他に掴まれるものも無く俺の腕にしがみついたという訳か。


(なんて冷静に分析してる場合じゃないッ!)


 そう、事態は最悪だ。俺は叶実に腕を握られ頭から穴の中に落ちて行っている。叶実は訳も分からず叫び続けていて、眼をぎゅっと閉じ何も見ないようにしている。これでは指示もロクに通らず、助けるための協力をすることは不可能だ。


「くッッ!!」


 折角さっき恰好よく決めたのに、落とすものかと覚悟をしたのに、これではみんなから口だけの男だと思われてしまうだろう。万事屋として、一度すると決めたことを自ら放棄するなんて真似はできない。せめて、最後くらい体張って意地でも守るのが男だろうが。


「こんのッ!!」


 真っ逆さまに落ちていく中、叶実の身体を強引に引っ張り上げて腰を抱え、自分の身体を下の床と叶実の間に滑り込ませ腕の中に抱き込む。


 そして――――次の瞬間に俺の腰を爆発したような激しい衝撃が襲った。


「ぐはぁッッッ!!!」


「うぐっ!!!」


 衝撃はすぐさま脳天にまで響いて、後から激痛が全身を激しく駆け回る。全身が痺れた様に感覚が遮断され、気道が衝撃によって詰まり息ができない。全身から血の気が引いていくような寒気を感じ目がぐるぐると回る。自分が今どうなっているのかすらわからない。わからないけど意識はある。取りあえず生きてはいるみたいだ。少なくとも、痛みを感じている間はそうだと思う。


「ガッ、ガハッ! ぐッ……!」


 辺りにはバラバラと音を立てて木くずが降る音が聞こえ、暗闇と土埃で辺りは何も見えない。


「んっ……ぐふっ!」


 いよいよ痛みと酸素の不足で意識が飛んでいきそうになるが、ここでようやく気道が機能を再開して肺が酸素を激しく求め始める。埃が宙を舞うのにも一切構わず、強引に酸素を肺に満たしていく。血中に酸素が行き渡り始めると、視界のぐらつきや手足のしびれも徐々に引いていき、その中でふと腕の中でモゾモゾと動く気配を感じる。


「うぅぅっ……」


「か、叶実……?」


 衝撃から少しして、俺の身体の上でうずくまっていた叶実はゆっくりと目を覚ました。上体を起こしてから恐る恐る辺りを虚ろな眼で見回し、それから眼下に伸びている俺に目が止まると途端に眼を見開いて意識が鮮明になる。


「ア、アンタ!! 大丈夫!?」


「あ、あぁ。見ての通りだ……」


「見ての通りって、えっ?」


 今の状態は俺が叶実の下敷きになって伸びていて、叶実は俺の腰の上で俗にいう女の子座りをして俺の顔を心配そうに見つめている。これはあれだ、いわゆる"騎乗位"ってやつだ。

 しかし叶実はそんなことには全然気が付かないで、不明瞭な俺の状態を酷く心配している。このことは口に出さんでおこうと、下らないことが考えられるほどの思考が出来るまで回復した脳で判断する。


「取りあえず、お前が無事ならそれでいい」


「あ、うん……」


 叶実は俺の言葉を素直に聞いてから下を向いたまま、おずおずと俺の腰から下りて横にずれた。それから今度は叶実の方から俺に向かって右手を差し伸べられる。


「……起き、れる?」


「あ、多分な」


 俺は叶実に差し出された手を左手でつかみ、息を合わせて体勢を起こす。が、腰と腕に痛みが走り一度失敗するも、もう一度手をつかんで今度は上体を起こすことに成功する。

 

 叶実は俺の状態を起こし上げてから、またその場に座り込んで俺の顔を弱々しく見つめる。


「あー痛ってェ……腰とか折れてねぇよな?」


 そう冗談っぽくつぶやきながら、自身の手足を色々動かしつつ変な感触がないか確かめる。四肢の方はどうやら折れた様子もなくしっかりと機能していた。


「多分、平気だと思う。こうやって起こせてるんだから」


「あぁ、なるほどな」


 俺のあっけらかんとした返答に叶実は少し驚き、それからまた目を伏せてしまった。


「あの……アタシ……」


「気にすんな。助かったんだし」


「でも……」


「殿ーーーっ!!!」


 急に叶実の言葉を遮るように、甲高い叫び声が頭上から降ってくる。


「あ、琳?」


 白くぼやっとした影が真っすぐ俺の上に降りて来たかと思うと、その身体が俺を力強く抱きしめる。


「殿っ! 殿っ!!」


「うぐっ! 痛ェ! ちょ、まて、折れるって!!」


 俺の必死の制止も琳の耳には入っていない。抱きしめる力はより一層力を増していき、マジで骨が折れるんじゃないかと思うくらいの圧迫感が全身を覆う。


「殿っ……とのぉ……」


 段々と叫ぶ声が鼻声になっていき、胸元に生温かな温度を感じ始める。


「雅稀! 生きてる!?」


 続いて頭上から樒さんが声を張り上げて降ってきた。幽体なのでわざわざ階段を使って下りる必要が無く、上の穴から真っすぐ下に降りて来る。

 フヨフヨと髪と着物をなびかせながら辺りを忙しく見回して、俺の姿を捉えると一目散に飛んで傍に来た。


「あぁ、この通りな」


「あぁ、良かった……一瞬のことで思わず手が伸びなくて。ごめんなさい……」


 樒さんは自分のふがいなさを嘆き俺に心からの謝罪する。


「いいって。これはもうしょうがないさ。一応目立った怪我はしてなさそうだし、なんとかなってるよ」


「そう、ならいいけど……本当にごめんなさい」


 樒さんはそう言ってまた頭を深く垂れてしまう。彼女も、自分から言い出した方法で助けられなかったことを気にかけているのだろう。正義感が強いだけに、失敗したときの責任感も人一倍大きくなるのはよくわかる。


「樒さんが居なかったらもっと大変なことになってたかもしれない。だから、手伝ってくれてありがとう」


「雅稀……」


 ゆっくり頭を上げた樒さんの眼にはうっすら涙が光っており口元が震えていた。


「マサキ、なんとか生きてるみたいだね」


 最後に出雲がゆっくり頭上から降りてくる。その口調からして一部始終を見ていたのか、俺が無事だということを既に知っているようだった。


「……お前なぁ、もう少し労わる言葉とかないのかよ。お前の主を助けた恩人だぞ」


 頭上に降りてきた出雲を見上げながら皮肉を漏らす。


「勿論感謝するさ。カナミを助けてくれてありがとう。主に代わって礼を言うよ」


 出雲はそう言いながら、空中で頭を伏せて誠意を露にする。


「主に代わって? 叶実が主じゃないのか?」

  

「まぁ、そこは色々あるのさ。それより……」


 謎の言葉を残しつつ、俺の辺りをぐるりと見回してから、


「幽霊の女の子を二人とも泣かせるなんて、"愛人"の約束をした側としてどうなのかな?」


「は? 何を言って――」


 改めて見回すと、俺の眼下では胸に顔を埋め声にならない声を上げて泣きつく琳がいて、横ではほろほろと静かに雫を落として座り込んでいる樒さんがいる。


「あ、あぁ……」


 出雲の言った言葉をやっと理解する。理解はしたが、


「俺は二人の愛人じゃねぇっつぅの……」


 出雲の小突きに返す言葉は、酷く力の抜けた弱々しいものだった。








雅稀メモ:なんとか助かった


琳メモ:殿は無事だった




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