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其ノ26 招かれざる客たち

 琳に渾身のギャグをスルーされて少し落ち込んだ気分の中、引き続き屋敷の捜索は継続されている。

 厨房の奥の小部屋には食糧庫のような限られたスペースしかなくて、ここにも幽霊と思われるものはいなかった。琳の方でも洋館の中にある残気を追って探してくれてはいるのだが、建物のあちこちで強さもバラバラに残っていてうまく読み取れないのだそう。

 

 そもそも琳の読み取れる範囲ってのが相当限られているらしく、自身のすぐ近くにある物からならはっきりとわかるが、対象が広範囲だったり少しでも遠かったりすると感覚がぼやけるのだそう。これは使えると思って頼りにしていた分、その能力に制限があるとわかると最初に考えていた〈残気を追って直行しよう作戦〉が崩れてしまった。


 結局、一階部分はこれと言って目立ったものや手掛かりは見当たらなかった。俺の見つけた羊羹の空箱を琳は注意深く調べていたが、残気以外の手掛かりになるものは見つけられなかったようだった。


「結局あったのは、残気が残る空の羊羹の箱だけ、ですか……」


「ここにはいないな。上あがるか」


 入り口のある中央のエントランスに戻って来た俺は、ドア入ってすぐに構えている大きな階段を目の前にして琳に提案する。琳は、まだ羊羹の箱のことを考えているようで顎に手を当てて考え事をしていたが、俺の提案に一旦思考を止めて顔を向ける。


「ん、そうしましょう。上の方からも残気を感じます」


「寄り道する気は無いんだが、直接向かうことができないなら隈なく調べておかないとな。ちょっとずつ見ていこう」


 そう琳に言ってから、目の前に伸びる広い階段に足をかけてゆっくりと上っていく。

 と、中間にあたる踊り場に大きな穴が開いていることに気がついて、その一段下で歩みを止める。


「おっと、あぶねぇな。ここの床板かなり傷んでみたいだけど抜けてる所もあるのか」


「私は大丈夫ですけど、殿は落ちたら怪我しますから気を付けてくださいね?」


 琳が俺の身を心配しつつ、さりげなく自分の能力を自慢してくるのが少し鼻につく。


「あーそうですねっ。お前は浮かんでるから穴とかあっても関係ないもんなっ!」


 俺は大きな穴を避けて通り、踊り場から左右に分かれ折り返されている階段の右側を肩を怒らせて上る。


「えっ、私何か気に障るようなこと言いましたかっ!?」


「なーんもっ」


 琳は、なぜ俺が怒っているのかわからないようで、あたふたしながら俺の後についてくる。



 二階部分、とはいっても一階の天井が思ったよりも高かったので気分的には三階に相当するような高さの階に着くと、左右に分かれていた階段は上りきったところで続いている細い廊下によって一周ぐるっとつながっていた。よくある洋館の、無駄に豪勢な廊下の作りにわざわざ分ける必要のない階段と上は廊下でつながっている造りは、建てたデザイナーの行き過ぎたこだわりがにじみ出ている。


 階段を建物の中央に構えて左右に部屋が伸びていて、俺は暫定的にそれぞれを西棟、東棟と呼ぶことに決めた。因みにさっき居た厨房のようなところは西棟の一階である。


 まずは上ってきた側である西棟の探索から取り掛かる。階段を上った先の足元に伸びる長い廊下はこの長方形な洋館の端から端までをつないでおり、雑巾がけで世界大会が開けるくらいの長さと広さを誇っていた。

 階段を曲がってすぐのところに大きな扉が閉じられており、体重をかけて強引に押し込むと軋みながらもドアは開いた。部屋の中は広く小奇麗に整えられていて、おくの中央に長い机と椅子が一組あり背後の壁には大きな絵画が掛けられていた跡の枠だけが残っている。他に目立つものと言えば、長身の人が使うような長い全身鏡が机の横の壁についているだけである。


「これは、執務室ってところか? 随分アニメチックに作るもんだなぁ」


 あくまでここが執務室っぽいということはわかるのだが、仕事をしていた痕跡や私物などは全くなくて、まるで引っ越しした後のようにきれいさっぱりとしている。


「ほほぅ……」


 琳もここまで広く大きな部屋は見たことがないのだろう、中身はからとはいえ今だ残っている洋館の厳かな空気に感嘆の声しか出てきていない。部屋中をゆっくりと浮遊しながら、柱一つ一つに刻まれている細かな彫刻をじっくりと観察している。


「これほどの職人がこの世にいるなんて……」


 琳は、ゆっくりと柱の彫刻を撫でながら造った人間のことを考え感心している。確かに、日本でまだ象とか狩って食ってた時代に外国ではデカい神殿やらピラミッドなどをつくる技術があって、はるかに文明として先を進んでいた点はある。最も、今ではどっちが時代の先端を走っているかは一目瞭然尚だが。


「いつつくられた物かわからんけど、今の技術もスゲーだろ?」


 自分が造ったわけでもなく造形に携わったわけでもないのに、俺は世界中の職人を代表して琳にどうだと言わんばかりの自慢をする。


「はいっ! いと美しいですっ!」


 琳は振り返って俺の自慢を素直に受け入れ、まるで遊園地に来た子供のようにキラキラした笑顔で答えた。その嘘偽りのない純粋な尊敬の意を表されると、自分は全く関係ないのに造って良かったなぁという変な気分になる。


「彫刻はいいとして。ここにはいそうか?」


 俺の問いに、「あっ」と目を見開いて小さく声を漏らした琳は、即座に口を噤んで大きな瞳をキョロキョロと慌ただしく動かし始めた。どうやら観察に夢中で、本来の目的を忘れていたようだ。


「お前なぁ……」


 俺は頭を掻きながら大きくため息をついて琳のアホさ加減を嘆く。ここまで来るのにも琳の力があってこそなので、頼みの綱がそう簡単に目的を忘れられてはどうしようもない。


 琳は忙しく瞳を動かして周囲を見渡した後、眼を閉じて集中し幽霊の残気を探る。部屋の中だけに限定すれば、琳の探知能力は確かなものになっていく。


「……ここではありません」


「そうか。わかった」


 幽霊は執務室でもない。こういう場所になら、当時の家主に何らかの恨みがあって出てきていてもおかしくないだろうと踏んでいたので、当てが外れて少し気落ちする。


「まあ部屋はまだあるし、まだ諦めるには早いな」


「そうですね。ここにいるのは間違いないのですからっ!」


 琳も気落ちしている俺の様子を察したのか、前向きに希望を投げかけてくれる。


「よし、次だ!」


 俺は改めて気合を入れなおすべく、頬を一発平手でたたいてから執務室を後にした。

 廊下に出て尚も右手に部屋が一つあったので覗いてみると、たくさんの空の本棚に洋書がいくつか残っているだけの書庫後のようだった。どれも英語表記の本ばかりで分厚い物や擦り切れて紙くず同然の物、紙が変色して文字の色と一体になってしまっている物と、どれも保存状態が酷く悪い。因みに俺は高校を中退してしまっているのでろくに英語も勉強してきておらず、中学レベルの英単語だって読めるかどうか怪しいくらいだ。

 

 だから琳に、これはなんと読むのか、とか聞かれても答えることができない。


「殿、これは何と読むのですか?」


 ほらみろ、言わんこっちゃない。


「知らん。読めん。分からん」


 予想通り、全く期待を裏切らない琳の思考は返って俺を安心させてくれる。こう暗くて心細い所に幽霊と二人だけなんて、神経が余程強い人でも正気を保っているだけで精いっぱいだろう。それをこの天真爛漫な幽霊が、いつものポンコツな質問を投げかけてくれることが、一種の安定剤として上手く機能してくれているのだ。


「えぇっ!? 殿でも読めないのですかっ!?」


 琳が予想外の俺の反応に、眼を見開いて驚きを露にする。


「これは全部外国の文字だ。日本に住んでいる俺には縁の少ないものだし、読めなくても死にはしない」


 読めないとわかっていながら、パラパラとページをめくりつつ琳に理由を説明する。中には英文がびっしりと刻まれていて見ていて、流し読みをしているだけでも頭が痛くなってきた。

 左手で本の背を支え、パンッと高い音を立てて本を閉じてから元あった場所に戻し、琳に一声をかけて書庫を出る。琳が何も言わないということは、ここもハズレなのだろう。


 西棟はこれ以上部屋はなく、二階部分で残っているのは東棟だけである。俺は元来た廊下を引き返し今度は東棟の捜索に取り掛かるが、東棟には部屋が三つあるだけで特に変わったところや物はなく幽霊の残気も他のところに比べて弱かった。


「無駄足だったかぁ……」


「で、でもっ、まだ上はあります! 根気よく行きましょうっ!」


 流石は夜の住人の幽霊。俺は慣れない場所に慣れない仕事で神経がかなり消費してるというのに、琳はいつにもまして元気がその小さい身体から溢れ出している。

 琳からの励ましを受けながら階段のある所まで戻ってきて、それから次に三階部分を調べるべく階段をまた上り始める。


 三階と繋がる階段の床板に穴は開いていなく、板もそれほど傷んでいる様子はなかった。ということは、三階以上はあまり使われていなかったのだろうか。だとしたらそんなところに幽霊が行くのだろうか。

 

 そんなことを推理しながら、足はいつの間にか三階の廊下まで俺の身体を運んできていた。


 見た感じの印象としては、建物の構造として二階と差ほど変わらない光景が広がっている。やはり自身の足元に左右に長く伸びる雑巾がけ会場と東、西に分かれた部屋の数々。こうも光景が変わらないと、自分が今一体どこにいるのかすらふとした拍子に忘れてしまいそうだ。


「また一緒ですね……」


 俺の後ろについている琳も、廊下を見渡して俺と同じようなことを口にする。


「見た目は一緒でも中身は違うだろ。多分」


 萎えそうな自分をどうにか勇気づけてから、また西棟から捜索を始める。

 西棟の三階には階段横にドアがあるくらいで他に部屋は見当たらなかった。一部屋だけ、ということはそこそこ大きな部屋なのは予想がつき、少し警戒しながら歩を進めてく。中に入ると短い廊下に手前と奥で部屋が分かれている。


「琳、手前の部屋を頼む。俺は奥だ。何かあったら通り抜けてでも知らせろよ?」


 琳に手分けをして捜索する案を提案する。一個一個二人で見るよりはこうした方が効率的に良い。


「分かりました。殿もお気をつけて」


 琳も意図を理解してくれて、快く奥の部屋の前に飛んでいく。定位置に着いたところで二人で一呼吸合わせてから、


「いざっ!」

「行きますっ!」


 金色のメッキがはがれているドアノブに手を掛ける。


――……。


 二人が部屋に同時に侵入してから暫く時間が経ち、ほぼ同時のタイミングで部屋から出てきた。お互いに正面を向いたままで二人同時に声を発する。


「風呂だ」


「お風呂ですね」


 ふいに言葉が重なったのに気が付いて、お互いがお互いの顔を見合う。居るとは思っていなかった相手が横にいてしかも同じ答えが返ってきたことに暫し思考が追い付いてこなかったが、それが理解できた時どちらからともなく笑い声が噴き出してきた。


「なんだ、お前の方もかぁ」


「殿のところもですか~」


 なるほど、ここは男女別々の風呂場だったってことか。豪邸なら一個デカいものがあると思っていたのだが、ここは律儀に男女でそれぞれの浴槽と洗い場を完備しているらしい。後から琳から聞いた話では、内装もほとんどが一緒の造りになっているらしく、中もホコリと剥がれたタイルしかなかったようだ。


 浴場を出てからまた東棟の捜索に当たるが、こちらはなんと二階の造りと全く一緒の客室が三つ並んでいるだけで、目立った特徴やおかしなものは見つからなかった。

 

 流石にここまで何も見つからないでいると、琳の表情にも陰りが見え始めてくる。元から不安定な能力なのにこんな広範囲に意識をめぐらせていれば、当然機能としても弱まってしまう。


「うぅっ、ここまで何も見つからないと流石に落ち込みますね……」


 今度は琳の方が元気をなくし、肩を落としてしょんぼりとしてしまう。


「なにゲンナリしてんだ。頼りのお前がそんなんじゃ俺はどうすりゃいいんだよ」


「そうですけどぉ~」


「まだ終わったわけじゃないんだ、諦めんな。そういったのはお前だろ?」


 琳に散々浴びせられてきた一言を、ここぞとばかりにお返ししてやる。この言葉があったからこそ今ここまで来ることができてるのに、それを言い出した本人が裏切ろうもんなら俺は家から叩き出してやるつもりだ。


「そう、ですね。私、諦めません! 殿が諦めないのなら私だってっ!」


 上手く琳の気持ちに火を付けられた様子で、意気消沈していた琳の瞳にはまたやる気と元気がみなぎってきている。


「その調子だ。残りもさっさと片付けるぞ」


「はいっ!!」


 元気を取り戻した琳と俺はまた西棟から攻め始める。

 建物自体は四階建てのようで階段もここまでで上昇を止めていた。相変わらず階段横の部屋に通じる角の扉は半円にくぼんでいて、映画館のそれを思わせるような造りはここに来ても変わることはなかった。


 階段横の部屋はただの空き部屋で家財は何一つ置かれていなかった。それらしい雰囲気も感じ取れなかったのであっさりとパスしていく。もう一つ奥にあった部屋は倉庫のようで、木箱や麻袋が部屋中に転がっていた。ここが一番ホコリと木くずで充満していて思わずむせかえってしまうほど息が吸いにくかったので華麗にスルーしていった。


 そして、この洋館に残る最後の部屋の前にたどり着く。場所は四階東棟のど真ん中。他のところより明らかに大きく派手なつくりをしている扉の前にただ静かにたたずんでしまう。


「ここで最後、か」


「そのようですね……」


「だとしたらここに……」


 琳もいつにもまして緊張しているようだ。ここに求めていた奴がいるかもしれない。しかも確率的に非常に高く。だったら流石の琳でも身がたじろいでしまうのは無理ないだろう。


「大丈夫だ。作戦は立ててある。いざとなったら挨拶だけして逃げればいい」


「逃げるのですか?」


 琳が少し怒った表情で俺に顔を向ける。


「ち、違う。戦略的撤退だ。うん、決して尻尾巻いて逃げるわけでは――」


「どう違うのか分かりませんよ」


 琳の的確な意見に、俺は言葉を濁らせる。しかし、怒り顔をしていた琳はその緊張をフッと解き今度は俺を見つめてほほ笑む。


「判断は殿がしてください。私はそれに従います」


 琳は全権を俺にゆだねる意思を伝えてきた。逃げるか戦うか、はたまた話し合いで解決するか、すべての権限を俺に託すように俺の服の裾を左手でつかむ。


「お、おう。わかった。後から文句言うなよ?」


「はいっ」


 笑顔な琳の返事を聞いて決心がつき、俺は一度目を閉じて深呼吸をしてからパッと見開いてドアノブに手を掛けた。

 押して少し開いたスキマから冷たい風が溢れ出してきて、俺と琳を荒々しく撫でていき進む足を一瞬躊躇させたが、それでも俺は押す力を緩めることなく風もろともドアを押し切る。



 大きくうなりを上げて開かれたドアの先には、長い机と左右にいくつもの椅子が綺麗に並んでおり、直線上、つまり俺の正面奥に一際背もたれの長い椅子が月明かりに照らされて堂々と鎮座していた。他の部屋とは空気そのものが別格であり、他に誰もいないのに空気がピンと張りつめられていてなんだか息苦しい。


「ここは……会議室か何かか?」


 あまりの威圧感に思わず息を飲んでしまう。裾をつかんでいた琳の手もかすかに震えているのが分かる。


「ここに、奴が……」


 そう、残っている部屋はここしかないのだ。つまりここに例の幽霊が居ることにほぼ間違いはない。

 

 俺は、押し返されそうな空気を全身に受けながらも一歩ずつ部屋に入っていく。やはり机の上や壁には何も飾られていなくて、空気の割にはとても殺風景である。椅子の背もたれにはうっすら白くホコリが積もっており、これらがもう長いこと使われていないことが読み取れる。

 琳はすっかり雰囲気にのまれてしまっているらしく、俺の服から手を放そうとしないでずっと後ろをついてきていた。


「……見当たらない、な」


「そ、そうですね……」


 空気は冷たく重たい。無言の緊張感(プレッシャー)がピリピリと伝わってくる。しかし、肝心のそれらを発しているであろう"本体"が見当たらない。姿形はもとより、音や声も一切聞こえず部屋には静寂が満ちているだけである。


「ここでもないのか?」


 後ろにくっついて離れない琳の顔を見て問いかける。琳の方はというと、重い空気と緊張感のせいで残気を読み取る力がかき消されてしまっているらしく、俺を見上げて力なく首を横に振る。


「そっか……」


 俺はその場で目を閉じ少し考えてから、琳の方を向きなおして、


「一度部屋を出よう。頼りのお前がそんなんじゃ出くわしても勝ち目がないからな」


 琳は少し悔しそうに、でも怖かったのか少し安堵の表情を浮かべると目を伏せてゆっくりと頷いた。

 琳の承諾を得た後、俺はこの会議室に背を向けて廊下へと歩みを速めた。入るより出ていく方が気が楽なのは、きっと今も残るこの部屋の空気のせいだろう。俺自身ももう二度と来たくないとさえ思ってしまったほどに、ここは俺の立ち入れる場所ではないと本能的に察したのだった。


 取りあえず琳が比較的元気に活動できていた、二階の執務室まで下りてきた。ここまで来ると、琳もさっきまでの元気を取り戻して一人で浮遊することができていた。

 執務室に入った途端に、一気に気が緩んで二人して大きく息を吐いてしまう。


「ふぃ~、キツかったぁ~……」


「疲れましたね~……」


 余程あの部屋にいた時に気を張りつめていたのか、俺は執務室の奥にある椅子に勢いよく体重を預ける。床板がきしむ音がしたが抜けることはなく、椅子も悲鳴こそ上げたものの崩れ落ちることはなかった。


「しっかし、これだけ探してもいないなんて、どういうことだぁ?」


 疲れ切った声で琳に尋ねる。琳も空中で腕をだらんと垂らし、疲労の表情をにじませている。


「私にもわかりません……ただこのお屋敷にいることは確かだと思うのですが、残気がいたるところに残りすぎていて私にもどれがどれやら……」


「もう出て行ったあとって可能性は?」


「出て行った形跡は見当たりませんでしたので、恐らく低いかと」


「ふむ……」


 ここに来て本当の本当にドン詰まりだ。部屋も全部見回ったしそれらしいのが居そうな場所も隈なく調べたはずだ。尻尾はつかんでいるはずなのに一向にその姿を現してはくれない。他に居そうなところって言っても見当つかないし、こればっかりは琳の力を借りていかなとどうにも――――、



「やっと見つけたわ」



 それを"声"だと認識した時には、既にことは終わっていた。


 何か物音がしたかと思いふいに琳の浮いている方を見上げたが、そこに琳の姿はなくただ薄暗い壁が目の前に立っているだけだった。おかしいと思って懐中電灯を手に取りゆっくり目線を下ろしていくと、俺のすぐ足元の床に何やら大きなものが転がっているような影が見える。

 椅子から下りて顔を近づけてよくよく見ると、その見た目はついさっきまで一緒に洋館を調べていて、ほんの少し前まで俺の隣に浮かんでいた幽霊の少女の見た目に合致する。


「……え?」


 淡いピンク色の着物に水色の帯。腰まである黒髪に細く透き通るような色の腕。まぎれもなく、俺のよく知る人物であろう子が目の前に力なく倒れている。


「……おい。なぁ、おいったら。返事をしろっ! 琳ッッッ!!!」


 身体を揺さぶる手に段々と力が籠っていき、乱暴に揺らされても琳はピクリとも動かない。


 ハッとして我に返ると、その場に勢いよく立ち上がりすぐさま事の原因を探す。怒りと焦燥が思考を食い散らかしていきつつも最後の理性を必死に保ち、暗い部屋の中を目を見開いて懐中電灯で照らす。



 それは、立ち上がってすぐに見つけることができた。いや、最初からそこにいたのだ。


 この執務室の入り口付近、ドアを進んだ先の俺の真正面に、その声の主は俺を真っすぐに見つめて立っていた――――。



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