其ノ25 ミッドナイト・ヨーカン
「つまり、俺はぶっ倒れてからほぼ丸一日ベッドで寝てたってわけか」
俺は二人で久しぶりの食事をとりながら、これまでのいきさつを改めて琳から教えてもらっていた。琳の言う症状から考えて恐らくは軽い熱中症だと思う。日中ずっと歩き回っていてロクな休憩や水分補給もしていなかったから、いつの間にか体力を消耗していて帰ってきた拍子にぶっ倒れてしまったのだろう。
体力にはそれなりに自信はあったのだが、やはり今年の夏の気温は異常すぎる。
「もう体は平気なのですか?」
琳は山菜のおひたしを食べながら、俺の体調を気遣ってくる。
「あぁ、この通り一日休んだから元気バッチリだぜ!」
俺は箸を持った手で力こぶをつくり、完全回復したことを琳に見せびらかしてやる。一日寝ていたおかげで体力もすっかり回復し、手も足も今までより軽く動かせる気がした。
「それは何よりです! 殿が目覚めない間何も食べていないのでお腹空いてしまいましたよ~」
そう言いながら、琳は自分のお腹の辺りをさすりつつ小言を言ってくる。
「お前幽霊だろうが。別に食わなくても死なんだろ」
「幽霊だってお腹はすきますぅ~。死にそうなほどの空腹が延々と続くのですよ~」
自分の箸を握って、頬を膨らませ俺の意見に抗議する。極限の空腹状態が延々と続いても死ぬことはないって拷問に近いことだなぁと、想像してから少し身の毛がよだった。
「でも、殿が苦しんでいるのに自分だけ食べるのも悪いと思ったので我慢してました」
「そりゃいいことだ。そのおかげでいつもよりごはんが美味しいだろ?」
空腹は最大の調味料だと、かの先人は言ったような言ってないような。まあとにかく俺も一日ぶりの食事で胃袋が歓喜の声を上げているのがひしひしと伝わってきており、舌は味気あるものに喜び喉は勢いよく食べ物を流し込んでいる。それだけお互いにお腹が空いていたということなのだ。
しかし今食べているのは昼食には遅く夕食には早い時間で、夜はまだこれからだというのにガッツリ行き過ぎてしまっている。これではまた夜中にお腹が空いて起きてきかねない。
二人ともようやく食べ終わったところで、淹れたてのお茶をすすりながらこれからどうするかの相談をし始める。
「さて、これからだがどうするか。こんな時間ではやれることは限られてくるが……」
「殿、昨日分かったことをまとめていきませんか?」
珍しく琳が的確でいいことを言う。昨日は帰ってきてから何もできてなくて、結局二人で情報のすり合わせを行えていない状態であったのだ。
「おぉ、ナイス意見。それじゃあ……」
俺と琳はそれぞれ自分の手帳とノートを持ってきて開き、昨日までに分かった情報のすり合わせを始める。
「先ず、地図にあった目撃地点だがそのほとんどがガセだった。それは間違いないな?」
「はい。ほとんどの場所からは幽霊の残気は感じ取れませんでした」
「なるほどな。じゃあ、そのガセ情報の場所は消していくぞ」
俺は地図につけられている沢山の赤丸の中から、調べてみて関係のなかった場所を黒ペンでバツ印を上から書き込んでいく。最終的に地図上は、殆どがガセ情報の意味であるバツ印によって消されてしまった。
「……っと。こんなもんかな」
「残りはこれだけですね。これらの場所からは力は違えど残気を感じました。川の中、道端の鏡、透明な固い板、厠の鏡……」
「あと、電気屋のテレビからもな。場所は……」
商店街の電気屋がある場所辺りに新たに赤丸を付ける。それから二人して地図を見合うが、これと言って共通点やら違和感が見当たらない。
「う~ん、数は絞れましたが……」
「なんというか、手当たり次第にひょっこり出てきちゃった的な分布だな」
「手当たり次第、ですか……」
「あーでも、鏡とかわりかし多いかもな。大体の場所で自分の背後が見えるようになっているし、幽霊だから映り込めるところが好きなのか?」
「鏡……」
しかし残った赤丸だけ見ても規則性等は見当たらず、場所はかなりあてずっぽうに現れているとしか思えない。解決の糸口すらつかめない俺たちは、二人して頭を横に倒して考え込んでしまう。
「なぁ、残気の強さってその離れた時間によって変わるんだったよな?」
話の脈絡を全く無視したかのように、急に琳に尋ねる。地図を眺めながら昨日のことを思い出していた時、ふと琳との会話の内容を思い出したのだ。
「えっ? あ、はい。離れた時間が近ければ近いほど残気は強く残っています」
「なら、この赤丸の中で残気が強かった順に番号を振ったらどうなる?」
「えっ? ……っは!」
琳も俺の考えが分かったのか、頭の上に白熱灯が灯り目を見開いて俺を見ると、すぐさま地図に目を落としてじっくりと観察し残気の強さを思い出していく。
「ここが強くて……ここは弱かったです」
俺は琳の指示を受けて残気の強さ順に赤丸の中に番号を振っていく。そして……、
「……ふぅ。ビンゴ、だな」
「ですねっ!」
一件すると何の規則性も見当たらず、ただあてずっぽうに見えた幽霊の目撃地点。そして幽霊の残していった残気の強さ。これらが結びついていって出た答えは……、
「古い洋館……やっぱりあそこか」
残気の強さは洋館に近ければ近いほど強くなっていて、離れれば離れるほど弱くなっていた。しかも残気の強さ順に線を引いて結んでいくと洋館を中心にして渦を描くように近づいているのが分かった。つまり、その幽霊が洋館に潜んでいることはほぼ間違いないことが判明する。
「時刻は夕方過ぎて夜の七時。幽霊は夜に活動するもの。そして俺らは食事を終えて元気チャージ済み。条件は大いに整っている」
「もう今夜の予定は決まりですね!」
そう言って琳は机に手を立てて、眼を大きく見開いて立ち上がる。
「だな。だが念には念を入れてもう少し色々対策を練る。お前にも新たに約束を付けてやるからメモしろよ?」
約束、と久しぶりに聞いた琳は少し苦い顔をしたが、すぐにそれも引いて大きく返事をした後俺の言う新たな約束事をノートに書き記していく。
――……。
「よし、それじゃ行くか!」
「はいっ! 行きましょうっ!」
俺と琳は勢いよく玄関のドアを開け、星々の光る夜空の下に躍り出ていった。
――……。
――……。
――……。
「ここ、かぁ……」
「大きいですね……」
ちゃんとその姿を見るのはこれが初めてだった。どうせなら昼間の間に一度下見に来ればよかったと思うくらいに広く大きくて、とても壮観なたたずまいをしている。周りに街灯はなく、手元の懐中電灯一個に照らされているだけだがレンガ造りの外壁は所々崩れかけていて、ツタやコケが壁のいたるところを覆っているのが見えた。
大体マンション四階建てに相当するくらいの高さのようで、中央の屋根の上には三角の尖った煙突のようなところに鐘が小さく顔を覗かせている。
洋館の周りを囲っている長い鉄柵は所々折れていて錆びてしまっている部分もあり、門のある所には黄色の立ち入り禁止テープが何重にも巻かれているだけである。建物はすべての窓がガラス戸で閉め切られていて、中の様子までは外からはわからない。庭というべき広い空間には雑草やごみが散乱していて、見るも無残な状態だ。この洋館の持ち主が見たら発狂しそうなくらいの有様である。
「何でまたこんなに放置したんだかなぁ。管理下にあるなら掃除くらいした方がいいんじゃねえのか?」
金髪のズラがズレた町会長のことを思い出しながら、洋館の酷い有様を見て思う。
「それで、何か感じるか?」
琳に幽霊の有無を尋ねながら居る方を向くと、その姿は光が無くてもうっすらと白く縁どられていて暗がりでも目視で確認することができた。
琳は眼を閉じて洋館の中に意識を集中させる。暫くして目をゆっくり開けて洋館を見つめながら、
「……はい、います。この中に」
「よし、予想通り。約束と作戦は覚えているか?」
「勿論です! 殿と洋館捜索するときのお約束! 其の一、押さない駆けない驚かさない! 其の二、怪しいものは触らない! 其の三、幽霊を見つけたらまずはお話してみて、ダメそうなら逃げる! ……って、最後は逃げるのですかっ!?」
「フハハハハハ! 今更気づいてももう遅いっ! いざ突入!!」
琳が、自分で約束したことに今更不満を言い出してももう遅い。俺は、琳の文句を一切聞かず洋館の敷地内に足を踏み込んでいく。黄色のテープは何重にも巻かれてはいるが、人一人くらいは通れる隙間があって難なく入ることができた。これなら、肝試しとか言ってバカどもが勝手に不法侵入できてしまうだろう。町会長の管理体制のずさんさを改めて思い知り、仕事の正確さを疑った。
石畳の道をズンズンと進んで行き、洋館の入り口にあるドアの前で一度立ち止まった。薄汚れた金色の手すりに手をかけて引いてみても、裏から鍵がかかっているらしくびくともしない。そういえば、須三須さんにここへ入る許可は貰ったが入るための手段は貰っていなかった。鍵がかかっているなんて聞いてないし、そもそもどうやって俺が入ることを想像していたのだろうか。これでは傍から見れば不法侵入に間違われてしまうが、その時は須三須さんを証人にして無罪を証明してやろう。
さて問題なのは今ここでドアが開かない事なのだが、こんな非常時に便利なのは今俺の後ろにいます、なんでもすり抜けられる幽霊がとても便利なんです!
「琳、頼む」
俺が顎で扉を指すと、「はーいっ」と元気よく返事をしてから木製の大きな扉をすり抜けて入って行き、少しの時間裏側でガチャガチャと鍵をいじる音がしてきて最後に一発、「ガチャン」と大きな音がした。
音が収まってから琳が顔だけを扉からひょこっと出し、満面の笑顔で、
「開きましたっ! どうぞ!」
と、嬉しそうに解除の成功を教えてくる。流石なんでもすり抜けられる幽霊。気になるお値段は後程。
「よし、よくやった」
俺は口で感謝を言ってから再度扉に手を掛ける。さっきとは違い、取っ手に力を込めて引くと鈍い擦れた音を奏でながら扉が開いていく。片方を開け放つと、ホコリと木くずが降ってきて煙たくなってしまい、むせながら顔の前で手を仰いで避けていく。
「ほう……」
懐中電灯で中を照らすとそこまで荒らされたような様子はなく、飾られている花や絵画はボロボロになっているも机や椅子などの家財はそのまま残っていて、足元の赤いカーペットもホコリこそ被っている物の、そこまで汚れているようには見えなかった。よくあるホラーゲームのような生き物の気配や血なまぐさくもなく、高級な家の気の香りが充満していて気品を感じさせてくれる。電飾等も形は残っているものの全く機能していなく、月の光が差し込む以外に明るさが微塵も感じられない。
「中は案外普通だな。荒らされた形跡もないし」
「ほほぅ……中々立派な建物ですね……」
琳は興味深そうに洋館の中を見渡していく。多分生きていた頃には無かったものだろうから見るのは初めてなのだろう。吹き抜けになっているエントランス部分で上に浮かんでいくと、壁に貼られている絵画やステンドグラスなどをまじまじと見つめている。
「あまり遠くに行くなよ? 約束だからな」
「は~い!」
俺の呼びかけに、琳はすぐ答えて俺のもとに帰ってくる。いつもなら多少時間がかかるところなのだが、今日はやけに素直である。
そこから先ず、一階の捜索に掛かり始める。床板はかなり傷んでるようで、歩くたびに今にも崩れそうなくらいの軋む悲鳴を上げていて、歩みを進めるのが恐怖を煽る。部屋はいくつかあったが、何処もホコリや家財ばっかりが散乱していて、幽霊でも近づきたくないような有様になっていた。その部屋の中で大きな厨房らしき場所に着くと、中央の机の上に何やらこの場にふさわしくない派手な色をした箱を見つけた。
「ん? なんだこれ」
琳は俺の見つけたものに気が付かず、厨房の他の場所で捜索を続けている。
俺はその箱に近づいて行ってみると、それは紙でできた長細い箱でその中身は入っていなかった。ホコリをかぶってはいるが表面に書いてある文字は現代の物のようだ。
ホコリを手で払ってから箱を照らして文字を解読してみる。
「……羊……羹……、羊羹?」
まさか、こんな洋風な建物の中に和菓子の箱が置いてあるなんて驚きだ。しかもよりによって羊羹とは。
「洋館の中に羊羹。わが市の"洋館"に和菓子の"羊羹"、ってか?」
≪ガッシャーーーン!!!≫
「うわっ!?」
突然後ろの方で大きな物音が立ち部屋中に響いた。急なことで背筋がゾクッと震え上がり、慌てて音のした方を確認すると、
「はわわ……ごめんなさい……」
琳が鍋のフタを持って、もう片方の手を口に当て俺の方を見て固まってしまっていた。どうやら鍋を持ち上げようとしたら、手を滑らせて下の方だけ落ちてしまったようだ。
「な、なんだよっ! 脅かすなって言ったろーがっ!!」
「ご、ごめんなさ~い!」
俺の渾身のギャグは、タライ落としのごとく琳の鍋落としによってかき消されてしまった……。
雅稀メモ:渾身の一発が……
琳メモ:殿、何か言いましたか?




