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其ノ23 軌跡を辿って

 それから俺と琳で、地図上の印のある場所を片っ端から調べ歩いた。その結果、二か所目のカーブミラー以降に行ったところのほとんどはガセ情報で、大体が通報した人の見間違い、あるいは勘違いだったということが判明した。町中に幽霊のうわさが立っている以上、必要以上に身の回りを警戒してしまうことから見間違うこともおかしくはないのだが、流石にこの町の人は警戒しすぎである。

 

 それにしても情報の多いこと多いこと。最初に地図を見た時にも思ったことなのだが、目撃地が尋常じゃないくらいに多すぎて、場所と場所が十メートルも離れていない事なんてしょっちゅうだった。これは町会長の情報収集力がすごいのか、単にお人好しで通報を全部細かく印付けただけなのか分からないが、とにかく人任せにしようとしていることだけはなんとなくわかった。あの忙しい町会長がこんなにも多くの場所を自分たちだけで調べようとするはずがない。


 次に俺たちが幽霊の居たことを示す残気を見つけたのは、商店街の中にある小さな家電屋の店先に置いてあるテレビだった。その時既に時刻は昼過ぎに差し掛かっており、昼食と休憩を兼ねて近くのイートインができるコンビニで休憩した後たまたま前を通った時に琳が反応して発覚する。


 「ここは情報には無かったな。目撃されてないのにこんなところにも残ってるもんなんだな」


 俺は、ガラス戸の奥に整然と並んで野球中継を流している数々のテレビたちを、腰を曲げて屈んで眺めながら顎に手を当てて感心する。ガラス戸越しなのに台数が多いためか、大音量の歓声が俺たちのいる道端まで流れてきていて、ここだけ異様なくらい騒がしく思える。


「先ほどのところよりは残気の力が弱いですね。ここを離れてかなり時間が経っているということです」


 琳も俺に倣って横に付き、膝に手を置いて野球中継を眺めながら答える。琳が飛び上がってはしゃがず既にテレビ慣れしている理由は、俺が毎朝食パンをかじりながらニュースを眺めているのを一緒になって見ているからである。


 発端は少し前のとある朝――……、



―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―



「殿っ、殿っ! これはなんというものですかっ!?」


 琳が、朝早くから目を見開いて輝かせ腕を大きくぶん回しながら、食パンをかじろうとしている俺に騒がしく尋ねてきた。


「あー……テレビがどうかしたか?」


「てれびっ! てれびとはどんなものなのですかっ!?」


 そういえば、こいつが来てからテレビを一度も点けたことがなかった。毎朝騒がしくてロクにニュースや天気情報なんかも見れてない上に、琳に一から説明することも最近減ってきていたせいでつい話した気になっていたのだ。

 とはいえ、一度気になりだしたら後には引かない性格なのはもうご存知の通り。説明してやらないと気が済まないのだろうが、琳に電化製品を理解させようとするのは宇宙の真理を説明することに等しいくらい骨が折れることである。


「ん~、言葉で説明するのは難しから、とりあえず何も言わずに見てくれ」


 そう言いながら机の上にあるリモコンを手に取り電源を入れる。ブゥン、と低い音が鳴って二十六インチの液晶の画面に電流が流れ始めると、黒一面だった画面に徐々に色味が出てくると共に今朝の天気予報を知らせる予報士の声が聞こえ始めた。


「ふおおぉぉぉっ……!」


 琳は、真っ黒だった画面に映像が映りだし声が聞こえてきたことに、驚きと感動を秘めたよくわからない声を漏らす。そのまま暫く画面の真正面に正座でかじりついて天気予報を凝視し、瞳を充血させたかのように紅く染めながら、映像の移り変わる毎に「わっ!」とか「おおっ!」とか大げさな反応を返していた。


『――……以上、今日の天気予報をお伝えしました』


 そう言って画面の中の綺麗なお姉さん予報士がぺこりとお辞儀をすと、琳もそれに合わせて正座に座りなおしてから両手を床について深々と頭を下げる。


「今日も暑くなるのかぁ……」


 天気予報の悪い知らせを聞いてぼやきながらテレビの電源を消すと、琳が勢いよく立ち上がり慌てて俺の居る方に詰め寄ってくる。


「殿っ!! あの方はどこの巫女様ですか!? 今日の天気が分かるなんてすごいですっ!!」


 丁度冷茶を飲んでいた拍子だったので、琳の思わぬ問いかけに吹き出しそうになってむせる。直ぐに口に含んでいた液体をコップにお返しして口から離したことで、幸いにもそれ以上の惨事には至らなかった。


「み、巫女様だぁ? 違う違う、あの人は天気予報士。今の世の中じゃ一週間後の天気だってわかるぞ。当たり前だ!」


「それがすごいのです! 私の生きていた頃では、力のある巫女様でさえ雨ごいをするだけで精一杯でしたのに……」


 それに、と言葉を付け加えながらテレビのある方を振り返ると、


「天気の分かる巫女様もさることながら、それを綺麗に映し出すその黒い鏡もまたいと不思議です……」


「黒い鏡、ねぇ……お前にはそう見えるのか」


 琳がこの世にあるものを説明するとき、一般人では思いつかないような表現をするので逆にこっちが分からないこともあるのだが、そういう見方もあるのかと勉強になる一面もあるのだ。


「この"てれび"という黒い鏡はいと素晴らしいですっ! また巫女様を映すことができますかっ!?」


 俺に向き直って、今度は期待の眼差しで見つめてくる。紅い瞳が一層輝きを増していて、これは無下に断わると後々機嫌を直すのに手間がかかるやつだろう。それに幽霊がテレビを見たところで何か害が出る訳でもないし、俺にとっても情報の収入源であることから断る理由もない。ただし……、


「あの巫女様は照れ屋さんだからそう簡単には姿を見せてくれない。毎日決まった時間、朝と夜にしか教えてくれないからいつでもは無理だ」


 リモコンを手に持って腕を組み、思い切りドヤ顔をして知ったような口で話す。


「それと、この鏡を扱えるのは生きている人間だけだ。幽霊がこれに触ると一瞬で溶けてしまうからな。大事なものだからくれぐれも触らないように!」


 琳の目の前に黒いリモコンをちらつかせて、勝手に触らないようにと嘘の情報を教え込んだ。家にいる時四六時中つけられていては、それだけ電気代もかかるし騒音で近所迷惑になりかねないからだ。


「な、なるほど……巫女様に選ばれた者にしか扱えないと、そういうことですね。わかりましたっ!」


 琳は俺の口車にまんまと乗せられてしまい、それからはリモコンとテレビには大きく敬意を払うようになったのだった。



―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―



 てなわけで、琳はテレビを見慣れているのだ。天気予報以外にも、休みの日にはバラエティやドラマなど一通り見せてはいるので野球中継ぐらいでは驚かなくなっている。また、こういう年頃の子供ならアニメにはまりそうだと思い見せたことがあるのだが、本人にはどうも理解出来なかったらしくて天気予報の方がずっと興味があると、すぐにチャンネルを変えるよう頼まれてしまったことがある。


「その幽霊も巫女様の予報が聞きたかったのですかね?」


 琳が俺を見上げながら訪ねる。


「お前と一緒にすると幽霊がかわいそうだ」


 ここに本人がいる訳じゃないのであれば長居することもないと判断して、琳の疑問をスルーしながらガラス戸を離れる。


「あっ、待ってください殿~!」


 琳は俺の後をついていこうとして飛び出すも、はっと思い出したようにテレビの前に戻ってくると、手をパンパンっと二度叩いて一度お辞儀をしてから再び俺の後を追いかけ始める。咄嗟に出た呼び声は、テレビから聞こえてくる大きな歓声にかき消されて空に消えていってしまった。



――……。


――……。


――……。



「ありました。ここです」


 そう言って琳が立ち止まったのは、日も暮れ始めて人気もまばらになった公園の一角、古く汚い公衆トイレの目の前だった。

 家電屋の一件からまたそこそこの数を調べてきていて、正直俺は早く帰って休みたかったのだが琳がどうしてもあと一個行きたいとせがむので、帰り道の途中にある個所を最後にしようと話していた矢先のことだった。公園の中に残気を感じると言い出して、一人で入っていった琳を追いかけてここに辿り着いてしまったのだ。


「はぁ……ほんと、幽霊に好かれてんのかなぁ俺」


 疲れと諦めの混ざった大きなため息を吐きながら、自分の置かれている境遇を苦笑いしながら嘆く。


「んで、ここのどこにあるんだよ」


 半ば投げやりに琳に尋ねる。もう膝にもガタが来ていて歩くのもしんどい。


「この先、鏡の中、です」


 ゆっくりと腕を上げて人差し指を向けたのは、障碍者用トイレの開いたドアの先、自分たちの正面に構えている洗面台の鏡だった。


「鏡、ねぇ。どうも貞子さんは反射するものがお好きなご様子でっ」


 確かに、映画や漫画の中ではテレビ画面から這い出てきたり手鏡に映っていたりと、この幽霊との共通点が多くある。やはり、本当に貞子本人が二次元の世界から出てきてしまったのだろうか。


「それはそれで問題だよな。俺らじゃどうしようもないわ」


「殿っ! そんな簡単に諦めるのですかっ!?」


 俺の零した独り言を聞き逃がさなかった琳が、眉間にしわを寄せて俺を睨む。


「あ、いや、独り言だから。気にするな」


「むぅ~~~っ」


 頬を膨らませて怒りを露にし、俺がこの仕事を降りることを許そうとしない。


「なぁ、なんでお前はそんなに俺にやらせたいんだ?」


 この際だからと、前から疑問だったことを琳に問う。実際かなり気になっていることで、どうしてそこまで"俺"にやらせたがるのだろうか。別に解決できるなら俺じゃなくてもいいだろうし、須三須さんも店長も最悪俺以外に任せる手段は残していたはずだ。なにも俺だけがやらなくてもいいだろうに。


「それは……」


 琳が膨らましていた頬をすぼめ、目を閉じて一呼吸してから俺の目をしっかり見つめて、


「私が、同じ幽霊だからです」


「は、はい?」


 琳の口から帰ってきたのは、思ってもいなかった答えだった。


「私もその貞子さんも、元は同じ人間だったはずで今は同じ幽霊です。ということは、貞子さんも何らかの未練を持ってこの世にいるのだと思います。幽霊なら未練を断ち切れば成仏できると私は聞いたことがありますが、逆にこの世に幽霊として居座り続けることで未練が増しいつかは怨霊になってしまいます。貞子さんの現状を見るにまだそこまでは至っていないようですので、今なら私たちで未練を断ち切って成仏させてあげられるかもしれません。それを陰陽師のように無理やり冥途へ送りたくないのです」


「っ……」


 俺は黙って琳の言い分を聞いているが、琳の中にそんな考えがあったとは知らなかった。

 こいつは自分と同じような境遇の幽霊に対して、"自分たちで成仏させたい"という風に考えているようだ。なぜそう思っているのかはわからないが、陰陽師に一度無理やり封印された琳だからこそ分かることがあるのだろうし、それを他の幽霊に受けてほしくないという優しさが根底にあるのだろう。

 

(だから「陰陽師より先に」ってことか)


「……それで、なんで俺なんだ?」


「殿は私が見えても驚きもしませんでした。むしろ『礼儀知らずだ』と怒られてしまいましたし」


 琳が口元に手を当ててクスッとほほ笑み、俺たちのファーストコンタクト時のことを思い出して話す。


「あー、そのことか。あの時のことはあんまし覚えてないんだけどなぁ」


「だから、幽霊を恐れない殿になら安心してお願いできます。よろずやさんの殿ならきっとできますからっ!」


 そういう琳の言葉には、言葉以上の何かが含まれているような気がするくらい重く響く何かがあったのだがその正体はわからなかった。


「なるほどな。だけど別に俺は幽霊見つけても成仏させる方法なんて知らないし、元は退治って依頼だったからなぁ……」


 頭をかきながらちらりと琳の方を見ると、完全にお任せする(けど否定はさせない)と言わんばかりにくすみのない笑顔で俺を見ている。夕日のせいか、琳の頬がいつにもまして紅く染まっているような気がした。


「~ったくっ! 幽霊の成仏なんて依頼にはなかったんだけどなァ!」


 琳の無言の笑顔に負け、俺は頭を両手で抱えてその場でうなりだす。暫く頭をかきながら唸っていて、それから何か吹っ切ったように荒く息を吐いてから琳に向き直り、


「お前がそこまで言うからには協力してもらうからな! 成仏なんて専門外な仕事俺に押し付けるくらいなんだから、当然方法くらい知ってるよな?」


「知りませんよ?」


 琳に指を突き出して問いただした質問にあっさりと否定を入れてきて、力の入った体勢が一瞬にして膝から砕け落ちる。


「おいお前! 無知なくせに無能な俺に頼むとか、頭湧いてんじゃねぇか!?」


 思い切り肩透かしを食らった俺は、あり余った勢いで琳に愚痴をぶつける。


「貞子さんを成仏する方法は私にもわかりません。だって貞子さんの未練が分からないのですから」


「あっ……」


 確かにそうだ。みんな同じ未練を持っているわけじゃないのは当たり前だし、一体一体居座っている理由が全く違うので、それに合わせて方法を選ばなければいけないのだ。

 なぜそれを先に気が付かなかったのだろうか、自分の思考能力と視点の低さに嫌気がさす。


 琳は腕を後ろで組んでその場でくるっと身を返し後ろを向くと、


「でもきっと大丈夫です。例え、今はわからなくても殿と一緒なら絶対見つけられます! だって殿には――」


 そこまで口に出してからからまたくるっと回って俺に向き直ると、目を細め今日一番の屈託なない笑顔を浮かべて俺の顔を見つめる。


「殿には、"幽霊の私が憑いています"からっ!」


「……はぁ」


 琳の精一杯のエールに対して俺の出した答えは、大きなため息一つだった。


「と、殿?」


 流石に琳もこの反応は予想外だったようで、急に熱が冷めた様に顔色が変わり心配そうに見つめてくる。


「なんかよく知らないけどそこまで期待されちゃあ、おちおち尻尾巻いて逃げる訳にもいかないじゃねぇか……」


「えっ?」


「やってやるよ、できるかわかんねぇけど。その依頼、万事屋『猫の手』の家城雅稀が心して承りましたっ」


 俺は、いつも事務所で依頼の受付の際に使う万事屋の営業文句を口にして、右手で左腕の上腕二頭筋を掴み左腕を胸の前に斜めに構え拳を握るポーズをとる。これは店長直伝の依頼承認のポーズでいつも対面の受付の際にはやるように義務付けられているのだ。最初は恥ずかしくてできないと思っていたのだが、相手に対して誠心誠意を込めた仕事をするという約束を意味するものだと教えられてからは、自然とこのポーズをするのが内心では好きになっていた。


 琳の言葉の意味、「万事屋の殿ならできる」「殿には幽霊の私が憑いている」は、完全に俺のことを信頼しきっているから言える言葉である。琳が言うほど俺は何でもできるスーパーマンじゃないし、この先どんなことが待ち受けているか分かったものではない。しかし、そんな俺を全力でサポートすると、俺と一緒なら絶対に見つけられると言い切れるだけの何かを琳は持っていた。それが何かはわからないが、言い出した以上は絶対に約束を守るのが琳だ、きっとどんなことがあっても俺を助けてくれるのだろう。そこまでしてもらって、俺がおちおち逃げ帰るわけにはいかない。万事屋として、一度受けた依頼はどんなことがあっても完遂させて見せる。そう、一人じゃ無理でも一緒ならきっとできる、そう思わせてくれる相手がいてくれるのだから。


「と、殿ぉ……」


 琳もやっとそのことが理解できたようで、今にも泣きそうなくらいのとても嬉しそうな顔をする。


「約束、しましたよ? もう忘れないでくださいね?」


 琳はおずおずと自分の右手を差し出すと、拳を握り小指を立てて俺に向けた。


「おう、任せときな。だけどもう今日は帰る」


「……え?」


 琳の小指に合わせるようにして、俺も自分の手を握り小指を立てて先を合わせる。しかし、今の今までいい感じだった雰囲気を一気にぶち壊す俺の発言に、琳も思わず目を白黒させてフリーズしてしまった。


「今日はもう疲れてやる気にならん。帰って寝る」


 そう言い残して俺は最後の運動指示を膝に伝えて、パッと琳に背を向けて公園の出口へ一直線に早歩きし始める。


「と、殿~っ! せっかくカッコ良かったのが台無しですよぉ~!!」


 泣き言を言いながら俺の立ち去った後を必死に追いかけてくる琳だったが、その顔には安堵と少しの哀感が混じった微笑みが浮かんでいた。







雅稀メモ:依頼が「幽霊退治」から「幽霊の成仏」に変わった


琳メモ:幽霊はみんなてれびが好き?




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