其ノ22 幽霊探偵現る
おどろおどろしくなりそうな琳の機嫌を損ねまいと、頭を横に大きく振って思考の中から最初の案を消し去る態度を見せる。
「……ふぅ。取りあえず、幽霊は俺たちがとっ捕まえる方向で」
「はいっ!」
琳の顔から暗い影が引き、いつもの明るく元気な琳に戻る。
「しかし、とっ捕まえるにしても有効な方法がないし、やっぱり最後は専門家に任せるべきなんじゃないか?」
「う~ん、確かにそうなんですけど……」
あくまで俺達ができるのは幽霊を見つけあわよくば捕縛、もしくは人に害の出ないところまで追い出して近づかなくさせるくらいしか思い浮かばない。琳にも、そんな都合よく捕獲できるような能力があるわけでもないし、知り合いにお坊さんやエクソシストなんかがいる訳でもない。よって、かなりの手詰まりな状況であるのは明白である。
「取りあえず、今日までに目撃されたところを周ってみるか? なんかヒントでも見るかるかもしれないし」
「そうですねっ。これだけ沢山現れているということは、何かしらの共通点があるのかもしれませんし」
目の前を行ったり来たりして考え込んでいた琳が、顎を指でつまんで探偵のようなポーズをして答える。どこで覚えてきたのかわからないがそれなりに様になっていることから、どこかでそういうものを見たことがあるのだろう。
「それでは早速っ……」
「おいちょっと待て」
その場の勢いで、さりげなく玄関口に行こうとする琳の襟首をつかんで静止させる。掴んだことで首が固定され、身体だけが勢いよく前方に放り出され自然と自分の首を絞める結果になり、「ぐえっ」と潰れたカエルのような声を発した。
「もう今日はやめておこう。色々疲れた」
「でっでもっ! 幽霊ならきっと夜に出てきますよ? なんたって幽霊は夜にしか活動しませんから!」
琳が即座に振り返って拳を握り、夜の捜索に行きたいとせがんでくる。
「あーそれなら大丈夫だ。俺は真っ昼間でも元気に活動してる幽霊を知ってるから、きっと昼間でも動く奴は動く」
「そ、それは何とも不思議な幽霊ですね……」
斜め上を行くド天然な回答に、思わず声を失いドン引きしてしまう。目をぱちくりとさせて無言になった俺を見て、当の本人は自分が何を言ったのかよく理解していないようできょとんと首を傾げる。
(……コイツ、自分が幽霊だってことを忘れてんじゃないだろうな?)
「そ、そんなことはどうでもいい。とにかく、捜査は明日だ」
気を取り直してから、俺は机の上に散らばった書類や地図を畳み始める。
「え~」
琳が横で頬を膨らませ、じとーっとした目つきをしてむくれる。
「誰のせいで疲れてると思ってんだ。少しは生身の人間の体力を考えろ」
むくれる琳を横目に、まとめた書類たちを机に叩いて整えファイルに挟み込む。ふと顔を上げると、正面のガラス戸から見える景色はもうすっかり闇夜に染まっていて、遠くのビルや向かいの家々に光が灯っている。いつの間にかリビングを照らすライトが明るさを際立たせていて、それほどまでに時間が経ってしまったのかとしみじみとした気分になる。
「そろそろ飯にするか。琳、ごはんパック温めといてくれ」
ファイルをバッグにしまってから琳の頭にポンと手を乗せて、ごはんのお願いをしてから自室に向かって歩き出す。琳は乗せられた際にビクッと背筋を震わせたが、何をされたのか理解すると顔を赤らめて表情がニヤつきはじめ声にならない声を上げ、見えない尻尾をブンブン振って喜んでいた。
――……。
――……。
――……。
次の日、俺は琳に前日言ったようにこの町の中で幽霊が目撃された場所を周って行くために、いつも通り支度をして外に出た。前日の大雨は嘘のような日本晴れで、気温も快調に上昇を続け雲のひとつでも欲しいくらい直射日光が厳しく、日焼けを通り越して火傷しそうなくらいだ。相変わらずのセミたちの大合唱と、海に遊びに行くであろう子供たちの奇声が鼓膜を虐めにかかってくる。
「あ……あっっちぃぃぃ……」
暑さと湿気で目もろくに開かず顔から汗が噴き出てびしょびしょな俺をしり目に、散歩に連れ出してもらえた犬のように元気よく飛び回る琳がうざったくて仕方ない。
右手には須三須さんから貰った地図を持っていて、そこに書き込まれている印を元に片っ端から確認していこうというのが今日の流れなのだが、どうしてこう屋外作業をしなきゃいけない日に限って天気が良くなるのだろうか、俺には全く理解ができない。こういう時だけは雨男が羨ましく思ってしまう。
「あ、ありましたよ! 石の橋です!」
琳がいつの間にか俺の先回りをしていて、橋の入り口で手招きをしている。
この町には海浜公園の横に通じている川に掛かる橋がいくつか存在し、そのうちの一つの一番古い石造りの橋で目撃情報があった。自宅からも近かったのでまずはここから探ってみようと事前に話してあったのだ。
橋の中央まで来ると、下を流れる水の音と柱に当たって飛ぶ飛沫が周りの空気を冷やしてくれていて、体感温度だけでも下がっているように感じる。一番古いだけあって所々にコケや雑草が生えまくっており、石も変色したり欠けていたりで安全面にいくつか不安がある。長さは二十メートルほどで、幅も車二台は通れるだけの余裕がある。水面との高さはそれほどなく橋の両端には河原に降りる階段があり、よく子供たちが下りて釣りをしているのを見かけたのだが、幽霊が出てくるようになってから自然と人気が減ってしまい日中でもほとんど人通りがなくなってしまっている。
「情報によると、深夜ここを通った人が水面を覗いた時に背後に白い影を見た、と」
バッグからファイルを取り出し、書類の中から該当する項目を見つけて確認する。それから目撃された時と同じように柵に手をかけて上から水面を覗くと、流れる川の上に確かに自分の顔のシルエットが見て取れる。はっきりと輪郭までは模れない分、幽霊と思われる白い物が見えた時は一層の恐怖を煽ったのだろう。
「どうですか? 何か見えました?」
琳も俺の真似をして、横から顔を出して水面を覗いてくる。
「不細工な琳の顔」
「ぶ、ブサイクってどういうことですか~っ!」
顔を勢いよく上げて俺の方を向き、頭から湯気を立ててぷんすかと怒りだした。当然これは俺の冗談であり、琳の顔が水面に映ることはありえないので不細工も何もない。
「冗談だって。お前が映るわけないじゃん」
柵に肘をかけて頬杖をつきながら呆れた顔をして答えてやる。
「あっ、そうでした……って、それでも酷いですぅ~っ!」
怒って、すぐ収まって、またすぐ怒りだして、表情が忙しい奴だ。
「まあまあ。んで、俺の方はなんも見つけられなかったんだがお前の方はどうだった?」
柵に背を向けて寄りかかりながら琳に捜索の成果を問う。俺が水面を見ている間、琳は河原や橋の上空から色々見て回って調べてもらっていたのでそれなりに効率はいいと思う。さらに、琳は他の幽霊や霊感のある物の気を感じ取れるらしいので、居た痕跡があれば見つけることができるらしいのだ。
「私の方も、それらしきものはありませんでした。やはり夜に来た方がよかったのではないでしょうか?」
「昼間に一通り見て回って、明らかに怪しそうなところを夜にもっかい見に行くんだよ。その方が効率がいい」
「なるほど……流石殿です!」
何を納得されたのかわからないが、とりあえずここでの成果はナシ。目撃されたのが幽霊じゃなかったのなら夜に来るのもあまり有効ではなさそうだ。
俺は今行った調査結果を手帳にササっとメモする。これだけ情報が乱立していると、中にはここのように幽霊ではなかったのに幽霊だと勘違いして通報してしまった場所も少なくないだろう。だから正確な目撃場所を割り出すために足を使って精度を上げる必要があるので、こうやって一個ずつ確認していって情報の信憑性と場所の的を絞っていく作戦である。
「……よし、琳、次行くぞ」
「はーいっ!」
手帳をパタンと閉じ、次の目撃地へ歩を進める。この暑さでも、琳の元気とはしゃぎっぷりは全くと言っていいほど減ることはなく、捜索は順調に進みそうだった。
そう、"だった"のだ。
――……。
――……。
――……。
「殿。ありましたよ。ここに」
場所に着くなり琳の声のトーンが急に低くなって、さっきまではしゃいでいた態度が急変する。
「ここに……幽霊の残気があります」
そう言って琳がゆっくりと指を指し見上げたのは、道端でよく目にするごく普通のオレンジ色のカーブミラーだった。ここは住宅街の中にある丁字路の真ん中に位置していて、左右の見通しをよくするために設置されている物だと思う。
石の橋の次に向かったのがここだったのだが、まさか二か所目で見つけてしまうとは夢にも思わなかった。もしかして、俺は幽霊とお近づきになるような星のもとに生まれてしまったのだろうか。考えただけで、なぜか無性に悲しくなってきた。
「まさか、今そこに潜んでたりする?」
「いえ、もうここにはいないようです。ですが気が残っているということは、それほど日時は経ってないと思います」
琳が言うに、幽霊や霊感のある物本体から発せられる気は場所を移動してもある程度の時間の間その場に気を残しているのだそうで、時間と共にその気の強さが失われていくらしい。強く残っているということはそれだけ居た時間から離れてないということだ。
「そうか、良かったぁ」
流石に日中堂々と幽霊とバトる気はないし、十中八九こっちが不利なのは目に見えている。今幽霊はここにいないことを確認できて、安堵のため息が出てくる。
「ここではどんなものが見られたのですか?」
琳が振り返って俺に尋ねる。
「えーっと……夜犬の散歩をしていた時、背後に違和感を感じてミラーを見たら白い服の幽霊が立っていた、らしい。振り返っても誰もいないし犬も反応しないから怖かったんだと」
「なるほど……」
「こりゃ本当に"貞子"で間違いなさそうだなぁ。設定に忠実すぎる」
「さだこ?」
琳が聞きなれない単語に首を傾げる。
「あ、話してなかったっけか? 町会長が言うには貞子って幽霊の線が濃厚なんだとよ」
「"さだこ"とはどんな幽霊なのですか?」
「なんかこう、髪が恐ろしく長くて白い服を着た長身の女性で、井戸とかテレビ画面から出てくるやつ」
自分の知っている貞子の特徴を身振り手振りで琳に伝える。もともとオカルト系の話には興味がなかったので詳しくは知らないし、知り合いが話しているのを遠くで聞いていて覚えている範囲の情報だが、大まかには合っているはずだ。
「ほほぅ……つまり、こんな感じですかぁ~?」
特徴を話すと、それをなぞるように琳が貞子の真似をし始める。髪をわしゃわしゃとかき乱しボサボサにしてから前の方に垂らし、腕を前に突き出して声真似でホラーな雰囲気をつくっていく。
「そうそう、そんな感じ……って、お前知ってるんじゃんか。見たことあるんだろ」
顔にかかる長い髪の分け目から目を出す琳に尋ねる。聞かれると即座にホラーな空気を止めてボサボサな髪をしたただの琳に戻る。
「いえ、殿のお話を聞いて私なりに想像してみたらこうなりました。過去にやったことがあるので簡単でしたよ?」
「過去?……あー、なるほどね」
琳は手櫛で髪を整えながら話す。手櫛程度で見る見るうちに整えられていく髪を見て、世の女性たちはさぞ羨ましがるだろうなぁと想像してしまった。
「しかし、こうもあっさり尻尾をつかませてくれるとは、案外大したことない奴かもな~」
「幽霊を甘く見てはいけませんよ? この世に居座っているということは、何かしらの思念や恨みを持っている可能性が高いですから」
俺が軽く捉えようとしていたところを、人差し指を俺の目の前に突き出して腰に反対の手を当て、漫画の中に出てくる母親のようにやさしく釘を刺す。
「はいはい、わかりましたよー」
俺は目の前に突き出された指に手のひらを当てて押し返す。
「分かればよろしい、ですっ」
突き出していた腕も腰に当てて、フフンっと得意げに俺の言葉を使ってくる。自分が言ったことをうまい感じに返されるとは、かの有名な黒田官兵衛もビックリな策士である。
「これで夜に来ることは決まった。が、他にも回る場所は沢山残っている。さあ、どうする?」
腕を組んで自信満々な琳に、顔をズイっと近づける。琳は勢いで一瞬顔を引くも直ぐに元に戻してから、
「勿論、全部周りますよ。陰陽師に先を越されたくないですからっ!!」
両拳を胸の前で強く握り、捜査続行の意思を示す瞳には本気の証である真紅が滾っていた。
雅稀メモ:琳は幽霊探知機になる
琳メモ:貞子さんは私にも真似できる




