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其ノ21 雨が上がったら

 時刻はもう夕方の五時を回ったところだった。夏場とはいえこのくらいにもなると日は傾き始め、雨上がりの空には淡いグラデーションをした虹と、灰色の雲の切れ間に差すオレンジの光がなんとも幻想的だ。


 俺は今ここで目の前にいる幽霊の女の子を守るという、傍から聞けば愛の告白に等しい言葉を言い放ってしまった。しかしそんな不純な気はこれっぽっちもなくて、ただ単純に目の前で怖がっているこの子を守りたいという、母性本能的な何かによって生まれた言葉だ。幽霊に恋をするなんて流石の俺でもありえない。恋人にするなら、そこはちゃんとした人間を選びたいと思っている。


 腹筋もいくらか回復してたので立ち上がって外の景色を眺めながら、自分が口にした言葉の真意と責任を噛みしめ苦笑いが湧く。


(当の琳はどう解釈しているやら……)


 気になってその場で振り返ると、琳は赤くなった頬に手を当てて余韻を楽しんでいるように身体をくねらせてニヤニヤしている。ブツブツと何かつぶやいているようで、どんなことを妄想しているかが大体分かってしまう自分が怖い。


(あー、これはマズいな。完全に俺の真意の先を行っちまってる)


 琳にとっては、それほど衝撃のある言葉だったのだろう。そりゃ普通の女の子だって、「守ってやる」なんて言われたら嫌でもそっちの方向に考えが向いてしまうだろうし、そもそも琳が好きなのは俺じゃなくて先祖の殿様なのだから、告白と勘違いされたら先に好かれていた先祖に怒られそうだ。


「あれっ? じゃあ、なんで琳はあんなに嬉しそうにしてんだ?」


 過去を話して理解され、守ってくれるという約束が出来たから嬉しいのはわかるが、あの喜びようは完全にその先を意識してしまっている。でも琳が好きなのは殿様で俺じゃないはず。あれれ……?


「とーのっ♪」


「お、おぅ?」


 振り返った先では、朝の暗い琳は一体どこへ行ったのか、後ろに腕を組みまぶしいくらいの笑顔をして甘えた声で俺を呼ぶ。語尾に音符のマークがついているのが容易に分かるくらいに浮かれている。もしかして、こいつの中ではもうそういう関係として格上げされてしまっているのだろうか?


「殿がせっかく淹れてくれたお茶、一回も飲まずに冷ましてしまいました。ごめんなさいっ♪」


 ドジっ子お茶目キャラでも演じているつもりなのか、近づいてくる琳は口では謝ってるのに態度がまるで悪びれていない。さっきまでの堅っ苦しい物ほどしろとは言わないが、ここまで砕けた謝罪は流石に調子に乗りすぎてるとしか言えない。

 これはキツ~いお灸を据えてやらねばなるまい。先祖から受け継いだ幽霊少女の保護者として、物事の良し悪しはきっちり叩き込まねばそれこそ死んでから顔向けできない。


 俺は一呼吸置き覚悟を決めて、目を閉じ腕を組む。


「そうかそうか、冷めてしまったか。しかも、せっっっかく俺が丹精込めて淹れてやった物を一口も飲まずに冷ましたのか~」


 いやらしいくらい大げさに抑揚をつけて話し始める。


「はいっ♪ だから、もう一度――」


「そんな態度の奴になんか二度と淹れてやらん!」


 思っていた答えじゃなくて、「えっ」と琳が言葉を詰まらせる。俺が何を言ったのかよく理解していないようで目をぱちくりさせて驚く。


「冷めたことはしょうがない。だけど一口も飲まなかったことに対する謝罪は、そんなんでいいのか? それが心から悪いと思っている奴の態度か?」


「えっ……だってぇ……」


 俺の般若のような吊り上がった目尻にやっと気が付いて、とっさに手を当てて口を噤むとさっきまでのおふざけ態度が鳴りを潜める。


「だってもへちまもねぇ。大体、お前は何を頭湧かして勘違いしてるのか知らないけど、"お前を守る"ってのはあくまで一時的なものだ。問題が色々解決したらそこで終わり。ジ・エンド。ノーコンテニューだ。そして俺たちの関係は今までと何ら変わらない。それをはき違えるな」


 ここできつく釘を刺しておかないと、後々面倒なことになりかねない気がするので少し言いすぎるくらいにしておく。これが家城家に代々伝わる秘伝の躾け術である。尚、本当に代々伝わっているのかは全くの謎でただの思い付きなのだが、俺は幼少期から似たような感じでイバラの鞭と大粒の飴玉の教育をされてきたので多分事実だと思う。


「えぇぇ……」


 琳は自分の勘違いを指摘されると、口をへの字に曲げて眉を寄せてご不満なご様子。


「だって、殿は守ってくれるっていましたよっ!? そばで見てるって言いましたよっ!?」


「守るのと甘やかすのは全くの別物だろうがっ!!」


 必殺の垂直チョプをお見舞いしてやる。俺の手刀は綺麗な弧を描いて真っすぐに琳の脳天めがけて落ちていくと、ゴンッという重い音と共に琳の口から「はウッ」と声が漏れる。手をゆっくり引っ込めると、当たった場所には手の形がはっきり残るくらいの痕と煙が立ち上っており、琳はその場で脳天を押さえて涙目でうずくまってしまう。


「成敗完了っ。またつまらぬものをぶっ叩いてしまった……」


 無駄にカッコつけた決め台詞の余韻に浸り、窓辺で黄昏ている雅稀を横目で見上げながら「う~~っ」と唸る琳だったが、流石に何度も食らってればその痛みにも慣れたのか泣き顔半分と怒り顔半分といった表情でサッと向き直ると、


「なっ、なんで私が退治されてるのですかぁ~!!」


「そりゃお前が調子に乗ったからだろ。ちゃんと謝らないならもうお茶淹れてやんないからな?」


「うぅぅ~っ! 殿のイジワルっ!!」


 琳は、お茶を最初に買ってきた時に俺が淹れてやってから今日までずっと、何故か俺に淹れてもらいたがる。やり方ならいつも見ているので当然覚えているはずだし、急須や茶葉に触れないということでもないのだろうけど、それでも琳が自分から淹れることはなく家の中では勝手にお茶の当番にされてしまっている。だから逆に俺が淹れないと言い出すと、琳はおとなしくなるのだ。これは琳の数少ない弱点である。


 流石の琳も自分の弱点を突かれるとそれ以上強気に出られなくなり、行き場の失った怒りの感情が喉元で渦巻いていた。しかし、やっと自分の置かれている立場を理解すると力の籠っていた拳を解き大きくため息をついて観念したかのように、


「ご、ごめんなさい……」


「分かればよろしい」


 伏し目がちな目で唇を尖らせ、渋々といったように謝罪をする。これだけ言い聞かせておけば多分もう勘違いを起こすことはないだろう。ようやくこの問題がひと段落してくれてホッと肩をなで下ろすことができると同時に、本来やりたかった案件のことを思い出す。


「さて、お前の問題はこれで一旦お預けだ。そろそろ本題に入ろうか」


「本題ってなんですかー」


 ぶーたれた表情でまだ不満の消えない琳は、言葉に小さなトゲを付けて問う。


「本題は本題だよ。帰って来た時に言ったこと忘れたのか?」


 俺は、琳の放つ小さなトゲなど意にも介さずに毅然とした態度で答える。今の琳ごとき、文句を言われたところで怖くもなんともない。が、ここでまた機嫌を損ねたせいで今後の予定に支障が出るのは正直避けたい。重っ苦しい話やご機嫌取りに裂ける体力がもう残っていないからだ。

 

「さっさと機嫌直せ。話はこれからが長いんだからな。お茶淹れなおしてやるからさっさとやっちまうぞ」


 俺はやれやれと一呼吸置いてから、おもむろに台所に向かって歩き始める。


「と、殿……」


 途端に琳の表情が明るくなり、期待の眼差しで目の前を横切る俺を視線で追ってくる。本当に単純な性格だからこんなやり方でもコロッと態度が変わってしまう。暗い話や真剣に考えているときは、口ぶりが大人びていてしっかり者なところが見えるのに、安い手口で乗せられてしまう辺りはやはり年相応のおこちゃまなのだと改めて実感する。


「ありがとうございますっ!」


「たっく、現金な奴め」


 後ろで目を輝かせ期待の眼差しを向ける琳を首を横に向けて横目で見ながら、フンッと鼻で笑ってやる。


(やっぱり、笑ってる方がお前らしいな)


 新しいお茶を準備する俺の手は、いくらか楽しそうに仕事をこなしていった。



――……。


――……。


――……。



「さて、それでは本題に入るぞ。メモの準備はいいか?」


「はいっ! ここにっ」


 自分の袖から花柄のノートと鉛筆を取り出して両手に持つと、それを頭上に勢いよく掲げて見せる。テーブルの上には、淹れたてホカホカのお茶が入った湯呑が湯気を立てて並び、琳は両手にノートとペンを持ち、俺は手帳と依頼のファイルと須三須さんから貰った資料を広げて準備万端。


「えーゴホンっ。それでは第一回、幽霊退治大作戦会議を開始する」


 俺は机の端に立つと直立して開始の意をそれっぽい口調で宣言すると、琳は片腕を天高く突き出して声を上げ応答する。


「さて、今俺たちの手元にある情報と、琳の見つけてくれた商売敵のことを踏まえて状況を確認するぞ」


 町の地図をテーブルに広げてから、二人で頭を突き合わせもう一度じっくり観察し始める。そういえば琳はこの地図を見るのは初めてだったので、初めての物に興味津々なのとあまりの精密さに目を凝らして観察している。


「この赤丸が幽霊の目撃ポイントだ。結構あるだろ?」


「ほほぅ……随分と細かい地図ですね。彩りも鮮やかでなんと美しい……」


「そこじゃないだろ!」


 俺は、持っているペンで地図を見てうなっている琳のおでこを小突く。


「あうっ」


 勢いをつけた気は無かったが、小突かれた琳は勢いで乗り出していた身をゆっくりと椅子に戻す。


「ったく、カラーもの見るといつもこうなんだから。これ見て何か気づくことはないか?」


「そうですねぇ~……」


 琳は片手でおでこを押さえながら、改めて高い目線から地図を眺め始める。いくつか見回してから急にはっとして目を見開くと、例の洋館のある付近を力強く指さして、


「殿っ! ここっ! ここだけ印がありませんよっ!!」


 そうだよな、そこには誰でも気づけるんだよな。でもそこはすでに須三須さんと議論した後だから、大して驚きもしない。


「あー、そうだな。よくやったぞー」


「な、何か素直に喜べないです……」


 俺の棒読みなほめ方に流石の琳も違和感を覚えたようで、褒めてやったのにいつものニヤケ顔をしないで俺の考えを疑っている。


「そこんところはもう町会長と話はついてんだ。そこら辺に古い洋館があるらしくてな、辺りは人気がないから目撃もされてない。だから印はついてないんだ」


「なるほど……」


「そんで、今回調査しなきゃいけないのはその洋館だ。専門家たちも調べたかったらしいんだけど、色々あって踏み入ることすら叶わなかったらしい」


 地図の洋館のある場所に、ボールペンの青色で印を書きつける。


「幽霊の仕業ですか?」


「さあな。でもその可能性は否定できないだろう」


 琳も頷きながら、自分のノートに俺が話したことを必死にメモしていく。


「こんだけ広範囲をふらふらしていて、最後はここに籠城とはな。あ、幽霊だからやっぱそーゆー雰囲気の所に行きたがるのか?」


「私は殿の屋敷が好きですよ!」


 琳は待ってましたとばかりに勢いよく飛び立って、両腕を広げ大好きアピールをする。


「お前のは参考にならないから座ってよし」


 ふてくされたように「えー」と唇を尖らせて、無視して話を進める俺のことをジト目で睨む。


「ここ最近は目撃例も少ないことから、現状ここに潜伏していることはほぼ確定だろう。だがしかし、いきなり向かってってご対面してもとっ捕まえる手段がない。さてどうする」


 俺は、一通りの説明と地図の印をつけ終えてから腕を組んで唸り始める。琳はないがしろにされた自分の気持ちをいたわるように、何かブツブツ言いながら丁度良く冷めたお茶をすする。


「なぁ、幽霊ってそもそもどうやって退治するんだ?」


 ふいに琳に聞いてみる。こういうのは、当事者なら一番よく知っているのではないかと思う。


「う~ん、そうですね……私たちの時には、陰陽師や退魔師などが働いていましたのでそれほど気にはしていなかったのですが……」


「完全に業者任せか。……いっそのこと調べてるふりだけして、陰陽師に退治を丸投げするとかは?」


 その方が専門家に任せたということでの安心感も上がるし、手段を持ち合わせていない俺らにとっては賢い選択だと思う。何より、琳が陰陽師に合う確率が減らせるのならそれも大事なことだろう。


「殿」


 急に琳が怖い顔をしたと思うと、低く真剣なトーンの声で俺を呼ぶ。


「お、おう?」


「途中で投げ出すのは……禁止、ですよ?」


 空中にゆらゆらと浮いている琳の顔は、頬格は上がって笑っているのに眼は据わっていて全然笑ってない。初日の夜のアレや昼間のそれを連想させそうな、ともすれば怨霊のような執念を感じて思わず背筋がゾクッと震え冷や汗が出る。仕事のこと以外にも色々な意味を含んでいるように聞こえて、言葉の重さが頭上にずっしりとのしかかってくる。


「は、はい……」


 恐ろしい顔をする琳を前に、俺の拒否権は無かった。









雅稀メモ:実は怨霊時代の名残が残っているんじゃないか?



琳メモ:うふふふふ……




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