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其ノ18 真犯人の正体

「取りあえず話はついたから、まずは町会長のとこに言ってきて情報をもらってきてちょ~」


 長い話を終えて電話の受話器を本体に戻した店長は、俺の顔を見ながらにこやかに話を進め始める。町会長とは文字通りこの町、結ヶ丘(ゆいがおか)町を収める町長であり、自警団や商会の取締役もやっているかなりの権力者である。今までの調査結果や進展状況を把握していて、ズブの素人な俺はまずそこに行く事が必要とのこと。


「あと、さっきも言ったけどこの依頼は恐らく長期になるだろうから、他に受けてた仕事はマリエちゃんが代わるから心配しなくていいよ~」


「そーゆーことっ! だから雅稀くんは遠慮せずに行ってきなさいっ!」


 奥の机からマリエさんがウインクとグーサインを出して元気溌剌に応援してくれる。


(まるで他人事だなぁ……)


 あまりの空気感の変わりようにまだ頭がついてこなくて困惑が残りつつも、俺は言われたとおりに町会長のところへ挨拶もかねて向かうべく、机の周りを整理して荷物をまとめ依頼のファイルを受け取るため店長の机まで歩いていく。


「ほい、今回の依頼の詳細ね。あとの詳しいことは町会長に直接聞いてね~」


「あいよ」


 差し出された黄色のファイルを受け取り自分のバッグにしまっている時、「気をつけてな」と店長が少しほほ笑んでささやいた。


「心配ねーだろ。話聞きに行くだけなんだし」


「そうだな。あ、町会長には無礼の無いようにな~?」


「へいへい、わかってますよ~」


 店長といつものような砕けた会話をしたのち、俺は出入り口に向かって進みだす。ホワイトボードのあるところまで来ると、出勤表の名前の横に赤いマグネットを張り付けてからさらにその横に、"幽霊退治中"とペンで書きこんでおく。


「こんでよしっと」


 ペンを元の場所に戻し、ゆっくり振り返ってから事務所のドアを開けて曇り空の広がる外へ一歩踏み出す。



――……。



 未だシャッターがまばらに閉まっていて、人気の少ない商店街に差し掛かり始める。町会長は商店街の端にある古びた一軒家の会館でいつも仕事をしているらしいが、そもそも俺には面識が全くないので人物像が想像つかない。この町に住んでいてもあまり縁のない場所であったが、ここを通る際に建物は何度か見ていてその特徴的な見た目と威厳のありそうな木製の看板をよく覚えている。

 

「殿っ。"ちょうかいちょう"さんとはどんな方なのですか?」


 事務所では一切喋らず黙って聞いていた琳が、目的地に向かって歩いている俺の背後でボソッと尋ねてくる。


「俺も会ったことはないんだ。だからどんな人かはわからん」


「そうなんですか……厳しいお代官様のような方でしょうかね?」


「あほ。こんな世の中に賄賂まみれの代名詞のお代官がいてたまるか」


 俺はくるっと振り返ると、自分で言って自分で怖がり始めた琳を垂直チョップで制裁する。「あたっ」と声が漏れ出し小さく喉を唸らせ脳天を手で押さえて、相変わらずの黄緑色の瞳を潤ませて俺を見つめる。


「とにかく、行けばわかる。そうだろ?」


 俺はまた振り返って、商店街に向かって歩き始める。


「そう、ですねっ。って、ちょっと待ってくださ~い!」


 いつの間にか置いて行かれていた琳は、話し終えてから目の前に雅稀がいないことに気づいて、慌てて前方に小さく見える後ろ姿に向かって飛んでいく。



――……。


――……。


――……。



 まだ活気が十分じゃない商店街を通り抜け、入り口近くにある一軒家の建物の目の前まで来る。いつも横目で流していた物を改めて目の前にしてよく見ると、その堂々としたたたずまいに思わず圧倒されてしまう。町会館というよりは、テレビなどでよく見る暴力団の事務所のような木製の格子調のガラス戸が、俺の背丈をゆうに超える分厚い壁のように思えて少し足がすくむ。


「殿……大丈夫ですか?」


 琳が俺のこわばった表情を見て心配そうに問う。


「あ、あぁ。大丈夫だ。少し緊張してるだけだ」


 そう、これは緊張だ。初めての場所に足を踏み込むから緊張しているんだ。決して畏怖などでは――、


ガラガラガラ……


「――えっ?」


「ん? 邪魔だ。どけ」


 急にガラス戸を開けて俺の目の前に出てきたのは、ジャージ姿の背が高く筋肉隆々でガタイの良いスキンヘッドの大男で、その手のひらより小さく見える紙をもって眉間にシワを寄せなにやらうなっていた。左眉と右頬に大きな傷跡がついていて、いくつもの修羅場を抜けてきたようないかつさが伺える。


「あ、あ……」


「あんだぁ? 人の顔をじろじろ見やがって」


 立ちすくんで見上げる俺のことを、大男は細い眼をして見下ろしながらイライラを募らせていく。


「あ、えっと、すいません……」


 俺ははっとして、すくむ足を無理やりに動かして恐る恐る一歩後ろに下がる。大男はフンッ、と鼻息を荒くふき俺の目の前を横切って商店街の方に歩いて行ってしまった。


「た、助かったぁ……」


 俺は大事にならずに済んだことに心底ほっとして気が抜ける。と、同時にさっきから背後に琳の気配がしない事に気が付く。

 

 不思議に思い辺りを少し見回すと、自身の右側にある商店街の門柱の後ろに着物の袖らしき白い物がひらひらしているのが見えた。姿までは柱のせいで見えないが恐らくあれは着物であると、この数週間琳を見てきた俺だから自信がある。


(あの幽霊め、自分だけ隠れやがってっ!)


 出かける際の約束を破った上に一人だけ隠れやがって、一言くらい文句を言ってやろうと門の方へ身体を向けた瞬間だった。


「と、殿……」


 俺の後ろから聞き覚えのある声が降ってくる。


「はっ?」


 不意な声に驚いて後ろに振り返ると、ゆらゆらと空中に浮かんで少しおびえている琳の姿があった。今さっきまで琳は後ろの門のところにいたはずなのに、なぜ今俺の後ろにいきなり現れたのだろうか。


「あ、れ? なんでお前そこにいるの?」


「うぅ……怖くて私だけそこの赤い箱に隠れてしまいました……」


「赤い、箱?」


 琳がおずおずと指さしたその先には、町のいたるところにあるごく普通のポストが立っている。


「お前、今さっきまで門の柱の後ろに隠れていなかったか?」


「門の下、ですか? 私はずっとこの赤い箱の中にいましたけど……」


「そ、それじゃあ……」


 直ぐに門の方に振り返ってもう一度よく見ると、ついさっきまで見えていた着物の袖はもうなくてなんの気配も感じられなかった。


「なんだったんだ……?」


「殿? どうされたのですか?」


「あ、いや、何でもない。見間違い、かな」


「そこにさっきからいるのはどちらさん?」


 俺たちの会話を遮るように、会館の中から知らない声が聞こえた。門の方に集中していた俺は急に現実に戻されたような衝撃が体中を襲い、聞こえたそれはとても恐怖に満ちたものに思えた。


「え、あっと、その……」


「あぁ、もしかして万事屋の子かな?」


 中で俺に向かって話しかけている人物が、部屋の中から外に向かって歩いてくる。


「えっ? あ、はい、俺は万事屋――」


「いやいや、待っていたよ! さあさあ、早く中に入って!」


「え、うわっ! ちょっとっ!」


 そう言われると、その人は俺の右腕をつかんで室内に引っ張り始める。かなり強引で、俺の抵抗もむなしく、部屋のあるほうに引きずられてしまう。


「と、殿っ!?」


 琳は一瞬の出来事に唖然として、その場を動かずただ光景を眺めてしまっていた。扉がぴしゃっとしまった拍子に我に返り、急いで殿の元へ向かわなければと意気込んでガラス戸に手を掛けた瞬間、琳の体に悪寒のようなものが走り伸びた手を反射的に引っ込ませる。


「――ッ!?」


 戸に触れた右手を胸の前で握り、驚きのあまり目が見開いて据わり呼吸が小さく荒くなって呆然と佇んでしまう。


「そんな……」



――……。



 俺は今、この家の応接間のような畳の部屋に通されて机の前で正座させられている。そして目の前には、明らかに少し位置がズレている金髪をした小太りなおっさんがニコニコしながらこちらを見ている。


「改めて、この街で町会長をしている須三須(すみす)と言います。以後よろしくね」


「あ、はい……」


 改まって町会長の須三須さんが自己紹介をしてくれる。どんな派手な人かと思っていたら予想は大外れで、全然普通のどこにでもいそうな中年のおっさんキャラである。半袖のワイシャツに黄土色のズボンを履いていて、特筆するべきところがズレている金髪と額のテカリくらいしか見当たらない。


「それで、家城雅稀君、だっけ? 君が工藤店長に指名されてきたのかな?」


「そうですね。こちらで依頼の詳細を聞いて来いと言われまして」


 そう言いながら、俺は持参したファイルをバッグから取り出し机の上に置く。


「なるほど。それじゃあどこから話そうか……幽霊の話は聞いているよね?」


 須三須さんが手元の別の書類をいくつか手に取りながら、訪ねる事に首を縦に振って答える。


「ここ一か月ほど幽霊の目撃情報があって、専門家たちが解明に乗り出したもののいっこうに進展することなく引き上げてしまったんですよね?」


「おぉ、流石万事屋。情報が早い早い」


 俺のファイルに書かれている前情報を聞いて、感心したように喉を唸らせる。


「ぶっちゃけ、その幽霊ってどんなものなんですか?」


 俺はいきなり話の核心に迫った質問をする。ただの勘違いならいいのだが俺にも一人幽霊の心当たりがあるので、早い話それが琳かどうかの確認がしたかった。


「はっはっは。さっきの子もそうだったけど最近の若い者は事実を先に知りたがるようだね。焦らない焦らない」


 須三須さんは声高々に笑って答える。さっきの子、という単語に少し違和感を覚えたが些細なことだったため言及する気は起きなかった。


「まず、幽霊の情報なんだがここ数日は見られなくなっていてね。止んだ、とは言わないまでも目撃情報は減ってきている」


「なんだ、それなら俺たちを呼ぶまでもなくないですか?」


「いや、そういう訳にはいかないのだよ。一度騒ぎになったことは、ちゃんとした形で収まったことを知らせなければ住民にいつまでも不安が残ってしまう。信憑性のないことは誰だって本気にはしないだろう?」


 須三須さんはどっしりと据えた眼差しをして答える。

 この人、見た目に寄らずなかなか頭がキレる人のようで、自治体や商会を束ねる長なのは伊達じゃないってことかと改めて肩書の意味を理解した。

 俺は、辛くて少し崩し気味だった正座を元の形に座り戻して話を聞き続ける。


「だから、君たちやその手の専門家ような有名どころで調査してもらって、何もなかったということを証明させたいのだよ」


「なるほど……」


 つまり退治そのものが依頼の目的なのではなく、調査(場合によっては退治)をしたことによって自身の発言に信憑性を持たし、この町の人の不安を無くそうってのが目的なのか。

 町会長の思考の深さに感心するとともに、自信が考えていた依頼内容の浅はかさに少し恥ずかしくなる。


「それで、君が知りたかった幽霊の正体なのだが、すでに大体は予想がついている」


 ついに幽霊の話が聞ける。しかもいきなり核心の正体から。


「そ、それはっ!」


「それは……」


 冷や汗が額を流れ、生唾を飲み込んだ喉が低い音で鳴る。


「それは――"貞子"だ」


「さ、貞子?」


 貞子って言ったら、よくホラー映画や漫画とかで出てくる井戸とか鏡から這い出てくる、長い黒髪で白い服着た女性のことだよな?


「な、なんで貞子だって断定できるんですか?」


 須三須さんは手元の資料をめくってゆき、あるページのところで手を止める。


「目撃情報をまとめると、➀黒くて長い髪、②長身の女性、③白い服、と、見た目がほとんど一致していてね。見た場所も人気のない道端や暗がりのカーブミラーなど、条件が全く同じなのだよ」


「そ、そんなに設定とかみ合って出てくる幽霊もなかなかですね……」


 ほんと、まるで照らし合わせたかのように作られた設定に忠実である。まるでその配役を完璧にこなしている役者のよう。


「しかし最近はめっきり見られなくなって情報が無くてね。今教えられるのは目撃地点と時間帯くらいしかないかな」


 資料の一番下にたたまれていたこの町の地図を引っ張り出して、机の上に広げはじめる。地図には赤い丸で目撃されたところを印づけられていて、特にこの町の中へ集中していることがよくわかるようになっていた。隅から順に追っていくと、一見法則性の無いような現れ方をしているようだがある一部の地区だけは印がついていない事に気づく。


「この地区だけ、目撃されていないようですが……?」


「そうなのだよ。この地区にはそもそも人がほとんどいなくてね」


 人がいない地区、とはどういうことだろうか。地図上でも他とはあまり大差ないように見えるが……


「ここには、私が生まれる前からあるという古い洋館があって、今は誰も住んでいない廃墟になっている。普段は立ち入り禁止になっていて人が寄り付けないようにしてあるのだよ」


「だから、目撃例がないと?」


「そういうことだね」


 須三須さんの言うことはもっともだ。見る人間がいなければ当然情報も入ってこない。


「じゃあ、専門家の調査は行ったんですか?」


「行おうとしたのだが、事あるごとに災難が続いてね。結局洋館の周りまでしか手が出せなかったのだよ」


「災難、ですか……」


 幽霊と言い古びた洋館と言い、まさに漫画の中の世界の話が現実に起こっているということを俺はまだ完全に呑み込めていなかったが、とりあえず事態の大まかなことは分かった。


「つまり、その洋館を調べた方がいいってことですね」


 雅稀が地図上の洋館のある当たりを指さして言う。


「そうなるね。立ち入りの許可はこちらで出しておくから君はくれぐれも気を付けて行ってきてほしい。私たちでさえ立ち入れなった場所だ。何が起きても不思議ではない」


「確かに、幽霊取りが幽霊になったら洒落になりませんもんね」


 お互い冗談で笑いあったところで、須三須さんがその地図といくつかの資料を手渡し、玄関まで送りだしていく。


「くれぐれも、頼んだよ」


「分かりました。万事屋として頑張ります」


 あ、そう言えば、と雅稀は思い出したように戸口で振り返える。


「さっき出て行ったいかついおじさんは何だったんですか?」


 ここに来た時、俺の肝を震え上がらせたあの大男のことが気になっていたので、折角ならと聞いてみることにした。


「あぁ、あの人はこの近くに住んでる元ヤクザの人だよ。今度やる夏祭りの出店の件で、出店の希望を出しに来たそうだ」


「そ、そうなんですか……」


 まさか、ほんまもんのヤクザ経験者だったのか。人は見た目に寄らないとさっき学んだばかりなのに、こればっかりは当たってほしくなかった。

 俺は、複雑な心境で少し目線をずらし苦笑いを浮かべた。須三須さんは不思議そうに顔を覗くが、何でもないとごまかしてから戸口に向き直りドアをスライドする。


 外に出るといつもと違う立場だったので視界が新鮮で、一瞬どこの街並みかと疑ってしまう。空は未だ優れず所々灰色く染まっていて、これから訪れるであろう天気の予兆を示していた。










雅稀メモ:➀あの大男は元ヤクザ

     ②須三須さんはズラ

 




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