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其ノ17 面倒な依頼

 昨日は本当に充実した一日であった。自分で手に入れたもので作る食事はこんなにもおいしいものなのかと、一日経ってもその余韻につくづく感心するばかりだ。これならお金がある時にでも節約の一環で、水耕栽培なんか始めちゃってもいいと思えるくらいに、サバイバル生活は刺激的で有意義な経験になった。


 次の日の朝、俺と琳は昨日の残り物を全てキレイに平らげると、万事屋の事務所に行くための準備を始める。本来は、店長に借りた竿を返すのと普通の仕事を受けるために行くはずだったのだが、借りる条件として何やら怪しい仕事を押し付けられてしまったので、その詳細を聞かなければならない。


「なあ、琳。店長の言ってた面倒な依頼ってなんだろうな」


 手に持ったジーンズに足を通しながら琳に訪ねる。琳は特に用意という用意はする必要がないので、この時間は毎朝部屋の中を適当に漂って待っているのだ。それでも、俺の着替えているところは覗かないように気を使っている。


「一体なんなのでしょうね……? でもきっと殿にしかできないことだから店長さんもマリエさんも殿にお願いしたいのだと思いますっ!」


 琳なりの、俺のことを思ってのフォローを入れてくる。こういう気配りがちゃんとできるのは、やはり生前の教育やご先祖様の賜物なのだろう。


「俺にできるものってもねぇ……力仕事はマリエさんの方ができるし、交渉とか頭を使うのは店長の十八番だしなぁ」


「行ってみればわかりますよっ」


「ん、それもそうだな。ここでうだうだ言ってもしゃーないか」


 たまにこうやって核心を突いたことも言う辺り、曲りなりにも殿様の正室候補であったことから頭の出来は悪くないんだと思う。物覚えも俺と違ってスポンジのように吸収しているし、一度怒られたことはちゃんと気を付ける。これが"生きている人間の子"だったら、どんなに優等生だっただろうか。


「早くいきましょ~!」


 いつも以上に張り切って出入り口の方に飛んでいく琳のおしりをよく見ると、ごはんのフタをしているフィルムがくしゃくしゃに押しつぶされてくっついていた。


「……おい、ケツに何付けてんだ」


「へっ? 何って……はっ! なぜごはんのフタがっ!!」


 俺に指摘されるまで気づいていなかった琳は、きょとんとした顔で振り返り自分のおしりの辺りをさする。違和感に気づいて直ぐに取って目の前に持ってきて確認すると、途端に顔を赤くして恥ずかしがったと思えば顔に両手でフィルムを押し当て、慌ててリビングの方に飛んで行ってしまった。


「頭の出来はいいんだけどなぁ……」


 何か、もう、色々と惜しい。話には聞いてないが、恐らく生前も似たようなことしていたのだろう。


(俺のご先祖様も苦労したんだろうな……)


 朝からこんなドタバタ劇を鑑賞した後、俺は今日一番のイベントが待っている事務所へと向かい始める。今日は珍しく、青空よりも雲の方が大半を占めていて日光が直接さしてこない。しかしその分湿度が高く、ムシムシとした陽気が相変わらず鬱陶しい。



――……。


――……。


――……。



「おーう、来たか~」


 事務所のドアを開けると、すぐに店長の第一声が聞こえた。珍しく俺より先に仕事を始めていて、机のパソコンとにらめっこしながらキーボードを打っている。


「ちーっす。朝から仕事してるなんて珍しいな」


「俺が仕事してない日なんてあったか~?」


「そうだな。昼寝って仕事なら年中無休だな」


 部屋に入ってまず目に入った店長と、いつものノリで軽い冗談を交わす。


「おはよー」


 そんなことをしていると、給湯室と言う名の台所の奥からマリエさんがコーヒーカップを手に持って出てきた。事務所の台所にはインスタントのコーヒーメーカーが置いてあり、スタッフはいつでも自由に飲むことができる。因みに設置を立案したのはマリエさんで、砂糖やミルクなどの消耗品とコーヒーの粉は万事屋持ちになっている。


「おはようございます。今日は何淹れたんですか?」


「今日はねー、カプチーノ!」


 パッと明るくなった笑顔で答えると、かわいいペンギンの柄がプリントされたカップを俺に見せてきた。白い湯気の立つカップの中にはモコモコの白いミルクの泡が乗っていて、中央に茶色のコーヒー色のシミが点々と浮かんでいる。

 マリエさんは大のコーヒー好きで毎日違う種類のコーヒーを淹れているのだが、なんと本人は無意識のうちに用意したドリンクの種類で自身の今の思考を示してしまう癖があるのだ。これは店長が見つけた法則性で、カプチーノの時は"何か重要なことを考えているor隠している"らしい。


(これはいよいよ怪しくなってきたな……)


 俺はマリエさんのカプチーノを眺めながら、ますます仕事のことが気になってくる。マリエさんを軽く褒めてから自分の荷物を机に置くと、昨日借りた竿ケースを持ってすぐに店長のもとに急ぎ足で戻る。


「これ、サンキューな」


「ん? おー、そうだった。なんか釣れたか?」


 俺が差し出した竿ケースを受け取って、中身を確認しながら昨日の釣果を聞いてくる。


「黒鯛ってやつが釣れたよ。それもかなりデカかった」


「ほぅ~、てっきり坊主かと思ってたんだけどなぁ~」


「まぁ、結局そいつ一匹だけだったし釣果としてはそれほどでもないかな」


「ふ~ん。で、食ったのか?」


「おう。かなり美味かったぞ」


 店長は"食った"という言葉を聞いて、俺の方を見て目を丸くしかなり驚いている。


「お前、本当か……? あのクッサイやつを?」


「別に臭くはなかったぞ。磯のいい香りがしてて味噌汁なんか最高だったな」


 店長は「そ、そうか……」とつぶやくと、なぜか苦笑いをして俺から目線をはずす。どうやら以前に食ったことがあるっぽいがハズレを引いた模様。


「それより、こいつの条件だった面倒な仕事ってなんだよ。もったいぶらずに教えろ」


 俺がそのことを口にした途端、部屋の空気ガラリと変わる。さっきまでの陽気な空気の事務所は消え失せて、ピアノ線がピンと張りつめたような緊張感が湧きだす。

 マリエさんは丁度カプチーノを飲もうとカップに口をつけようとした瞬間で、急にはっとしてカップを離し俺の方を注視し、店長もそれまでのおちゃらけた態度から一変して表情が険しくなる。こんな顔をする店長を見るのは、ここに入ってから初めてのことだった。

 琳もその空気を察知したのか、俺の後ろで何か落ち着かない様子で辺りを見回している。

 

 店長は持っている竿ケースを横の壁に立てかけてからおもむろに立ち上がると、


「……そうだな。そろそろ話すか」


「て、店長……」


 マリエさんが不安そうに声をかける。


「マリエちゃん。もうやるしかないんだ」


 もしかして聞いてはいけないようなことだったのではないかと、背筋がひんやりとしてきて軽い気持ちで聞いた自分を恨む。


「雅稀。いいか、よく聞け」


 店長の顔が近づく。おれは口の中に溜まった生唾をゴクリと音を立てて飲み込み、店長の一挙一動に精神を集中する。


「実はな――……」


 店長の重い口が開く。


「"幽霊"を退治してきてほしいんだ」


「…………は?」


 あまりにも意外だった。何かとても重要な極秘情報を知らされるわけでもなく、危ない事件に巻き込まれるわけでもなく、ただ"幽霊"を退治してほしいと?

 俺は首を横に回して辺りをゆっくり見まわし、俺の机の傍でタイミングよく浮かんでいる琳と顔を見合わせてしまう。するとすぐさま琳が首を横に激しく振って、自分のことじゃないと抗議する。


「ど、どゆこと?」


 正面を向きなおしてから問うと店長の顔つきはいたって真剣なままだが、これはかなり面倒な要件なんだと顔にうっすら浮かんでいるようで額に汗が見えた。


「ここ一か月ほど、この界隈で幽霊の出没情報が相次いでいてな。余りにも不気味なんで町会長が坊さんや専門家なんかに声かけて退治に乗り出してるんだと」


「んで、それとウチに何の関係があるんだ?」


「そこなんだよ~ぅ!」


 店長はまさにそこが言いたいと言わんばかりに、俺に両手の人差し指を指して迫ってくる。


「ウチにだけは来ないようにって避けてたんだけど、一昨日ついに来ちゃったんだよ~ぅ!」


 絶望したかのように頭を抱え、机に向かって落ち込んでしまう。


「来て何が悪いんだよ。仕事なんだからいいじゃねーか」


「良くないから困ってるんだって」


 店長は涙目で訴える。


「実態の知れないものを追っかけるなんて手間のかかることしたくないし、見つけられたところで退治する手段もうちには無いし~」


「そんなの、見つけたら専門家に任せればいいだろ? わざわざ俺らがやる必要なんて――」


 そこまで言い出してから、はっと思考がめぐり始める。一か月もの間専門家たちがあれこれしているならば、何かしらの進展はあってもおかしくないはずだ。なのになぜ今になってウチに依頼が回ってきたのか。


「まさか、何も解決できなかったのか?」


「その通り」


 困り顔をしつつも、ご名答とばかりに握り親指を立てて答える。


「専門家たちもそれぞれメインの仕事があるわけで、ここにばっかり手を裂いていらんなくなって撤収しちまったんだと。だからここらで評判のいいウチに、町会長直々に頭を下げに来ちゃったってわけ~。断りたくても店の体裁ってものがあるし、町会長がどうしてもって言うもんでさぁ……」


「それで受けちゃったと?」


「面目ない……」


 俺は、店長の人柄の良さと受けてしまった依頼の規模に呆れてため息をついてから、


「んで、なんで俺なの?」


「そりゃあねぇ……」


 そう言いながら店長はマリエさんの居る方に首を回した。俺もつられてその方を見ると、マリエさんは俺たちに背を向けて両耳を両手で塞ぎ、話が全く聞こえないように必死に無視しようとしている。


「……なにしてるんすか?」


「あーあーあー、なんにも聞こえない! 私には聞こえないっ!」


「マリエちゃんは幽霊とかオカルト系が苦手なんだよね~。だからこの依頼が来た時も、ずっとあんな感じでさ~」


「だから、俺がやれと?」


「俺はこの通り他の仕事の書類に目を通さなくちゃいけないし、何よりこの依頼は長期になりそうだから、店長の俺がここを長く離れるわけにはいかないだろ?」


「……そういうことか」


「報酬は町会長からも出るらしいから期待していいはずだ。金欠のお前にとっても悪い話じゃないだろう? 幽霊を信じちゃいないお前に頼むのも間抜けな話だとは分かっているが――」


 確かに俺はもともと幽霊なんて信じちゃいなかったし、そんな下らない噂なんて鼻で笑っていただろう。しかし今はそうじゃない。俺の後ろに幽霊が付いて回るようになってからというもの、そういった噂でも少しは信じてもいいのかもしれないと思うようになった。現物を一度見てしまうと絶対にありえないとは言い切れなくなるものだ。


「いいよ。やるよ」


「……へっ?」


 店長は話をしていた途中だったため、口が開いたまま驚いて俺を見る。マリエさんも遠くの方で俺の答えを聞くとすぐに振り返り、目を見開いて見つめてくる。


「どうせ最初から俺にやらせる気だったんだろ? 俺が断れば次はマリエさんに飛んでいくんだろうけど、その様子じゃ無理そうだし」


(今この空間に幽霊がいる、なんて言ったらマリエさんぶっ倒れるだろうな……)


 心の中で琳のことを考えながら、ほんと人使いの荒い店長だなぁと頭を掻きながら俺は依頼を承諾する旨を伝える。


「そ、そうか! やってくれるか!」


「雅稀くんありがとうっ! 本っ当にありがとう!!」


 いつの間にか飛んできたマリエさんと店長、二人して俺の手をつかんでブンブンと振り回し言葉以上の感謝の意を体で表現する。


「いやぁ、受けてくれてよかった! ここで断ったらうちの評判も落ちるところだったし、町会長に借り作っとくと何かと便利だからさぁ~!」


 店長はさっきまでの真剣な表情と打って変わり、いつも通りの軽い口調に戻って大口を開けて笑いながら俺の肩をたたく。


「雅稀くんっ! 何か必要になったら遠慮なく相談してね! 特別にお店の貯金使ってあげるわっ!」


 マリエさんも自分のところに仕事が回ってこなくて心底ほっとしているのだろう。目をキラキラとさせて、豊満な胸をドンと張り仕事の援助を約束してくれる。ていうかさりげなく職権以上のことしようとしてますがそれ本当に大丈夫ですか。


 俺は二人の推しに根負けして依頼書にサインをする。店長はすぐに町会長に依頼の受諾を知らせる電話をかけ始め、マリエさんは意気揚々と軽い足取りで自分の机に戻っていく。


「はぁ……」


 俺にはもうため息しか出てこない。今年の夏はどうやら幽霊と関わることが多い年になりそうだ。今まで全然信じていなかった者たちを無理やりにでも受け入れていくしかないのかと思うと、まだ仕事を始めてもないのに疲れがどっと沸きあがってくる。


「……幽霊なんて、どうすりゃいいんだよ……」










雅稀メモ:➀店長は黒鯛を食べたことがあるがハズレだったらしい

     ②マリエさんは幽霊が苦手





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