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誤字脱字にご注意ください
陸上自衛隊の第一混成大隊に所属する第一小隊長の飯塚和樹二等陸尉は、輸送艦 《いつくしま》の甲板にいた。
陸上自衛隊の部隊を載せた輸送艦が、第一機動護衛艦隊にいるのには訳があった。
それは数年前、新たに設立された第一機動護衛艦隊は、離島防衛を主な任務としており、侵攻してきた敵への攻撃は、《かが》の艦載機によって行われる。
そのため、敵から制空権と制海権を握った後、離島防衛を念頭に置いた陸上総隊直轄の水陸機動団の到着を待つまでの間の戦況の変化に対応するため、上陸戦に特化した陸自部隊を随伴させる事になった。それが、第一混成大隊である。
第一混成大隊は後方支援要員を合わせて500名に及ぶ。彼らは輸送艦 《やえやま》《いつくしま》に分乗している。
主力兵器は10式戦車、水陸両用装甲車であるAAV-7、新型軌道装甲車の18式装甲車。個人火器は89式自動小銃を基本とし、無反動砲や対戦車ミサイルなど充実している。
そして、他の部隊と違う点は、独自の航空部隊を保有していることだ。
主力航空兵器であるAH-1SS《コブラ改》は、AH-64D 《アパッチロンクボウ》の配属で地方の対戦車部隊から順次退役していったAH-1S 《コブラ》を、第一混成大隊が譲り受け、米軍のAH-1Z 《ヴァイパー》を参考に独自の改造を加えた発展型攻撃ヘリコプターである。
また、海上自衛隊は第一機動護衛艦隊のためにAV-8B《ハリアー II》を導入しており、機数が揃わないF-35Cに変わって、第二十五航空隊として四機が《かが》に配備されている。
これらの経緯を経て、水陸機動団に負けじ劣らない海兵隊能力を持った部隊となった。
甲板の隅で海を眺める飯塚に、部下で小隊副隊長の岸本順次陸曹長が声をかける。まだ幼さの残る顔つきをした岸本は、迷彩服さえ着ていなければ何処にでもいそうな好青年だ。
とは言ったものの、外見に似合わず射撃の腕は群を抜いており、陸自内の射撃大会では二年連続優勝、海外の多国籍軍射撃大会では個人の部で準優勝という素晴らしい結果を残していた。
「飯塚二尉」
「どうした岸本?」
「大久保一佐がお呼びです。なんでも、第一小隊全員が呼び出しとか」
「お前ら、何かしたのか?」
バツが悪そうな顔をした飯塚だったが、岸本は首を振る。岸本曰く、とにかく来いとの事だったので、服装を整え、同じ部隊の部下を連れて《かが》の第一混成大隊司令部へと向かうことになった。
「隊長、迎えが来ました」
誘導員の指示に従って《いつくしま》の甲板に着陸してきたのは、汎用輸送ヘリコプターであるMCH-101だ。
「飯塚二等陸尉ですね!?」
ヘリの機上整備隊員が、ローターよダウンウォッシュに負けないよう、大声を張り上げる。
「そうだ!」
「お迎えに来ました!機内へお乗りください!」
飯塚たち第一小隊は、《いつくしま》に迎えに来た《かが》のアグスタウェストランドのMCH-101《マーリン》へと乗り込む。
そして飛び立って五分もしないうちに《かが》の甲板へと着陸する。甲板にはSH-60Kの他に、V-22《オスプレイ》や、《ハリアーⅡ》などが駐機していた。
乗組員に案内され、一同は《かが》の艦橋へとたどり着く。
「失礼します。第一小隊長の飯塚です」
「入りたまえ」
「はい」
《かが》は、艦橋と司令部が一体化している。そこには、飯塚の上司で第一混成大隊を率いる大隊長、大久保俊雄一等陸佐がいた。彼は、補佐の三等陸佐や各隊長達と共に、ディスプレイに移された艦隊と海図を眺めていた。
「第一小隊、飯塚和樹以下12名、集結しました」
「楽にしてくれ」
「失礼します」
横一列に並んだ第一小隊の前まで歩いてきた大久保は、後ろで手を組みながらゆっくりと口を開く。
「第一小隊の諸君。諸君らの訓練の成績を聞いている。強靭な精神力、体力、冷静さ、どれを見ても非常に優れたものだと感じている」
「お褒めに預かり光栄であります」
「そこでだ。君たちにはこれから特別な任務を与える」
「特別な任務ですか?」
「そうだ。特務と言ってくれても構わない。具体的には、もしもの時に備えて、友軍艦艇に侵入した敵を排除する訓練を行ってくれたまえ。いけるか?」
「了解しました。やってみましょう」
「よし、いい返事だ。では早速、14:00(ヒトヨンマルマル)までに装備一式を持って甲板へ集まってくれ。質問はあるか?」
「ありません」
「では、解散」
「分かれます!」
司令部から退室した第一小隊の面々は、各々の装備を取りに行くため一度 《いつくしま》へと帰還し、そこからバラバラになる。飯塚と岸本は、同じ幹部自衛官室へと向かうため、通路を歩いていた。
「そういえば、先島諸島で戦闘が始まったようですよ?」
「中国も相手が悪かったな。海自の中でも特に精鋭と言われる第一護衛艦隊と、アメリカの第七艦隊が相手じゃ、中国も好き勝手できないよ」
「いくら国家予算を軍事費につぎ込んでも、汚職だらけのできの悪い国のために戦う真面目なんかそうはいない。誰しも長い棒が欲しくなるものだが、大切なのはそれを扱う人だ」
「そうですね。戦いが上手くいけば良いんですが……」
「これだけは分からん。八百万の神に彼らの武運を祈ろうとしよう」
陸上自衛隊の迷彩服とは少し違った模様が描かれている第一混成大隊専用の迷彩服 《四型迷彩作業服》を着込み、タクティカルベストを装着する。ボディーアーマーは、アラミド繊維とケプラー繊維を用い、セラミックプレートをはめ込んだ最新鋭アーマー。ヘルメットは、強化繊維プラスチック製であり、アメリカ海兵隊のLHMと似た形状をしている。
中でも第一小隊は、米海兵隊武装偵察隊を模範としており、所持する武器も銃身が切り詰められ軽量化された89式カービンを装備している。
二人は甲板に到着する。すでに小隊が10分前から集合しており、残るは隊長の飯塚と副長の岸本だけだった。
「全員いるか?」
「はい、誰も欠けてません」
しばらくして、第一混成大隊第二中隊の中隊長である霧宮三等陸佐が書類を持って甲板へとやってくる。
「飯塚二尉、君の部隊の名称を第一偵察隊とする。これより、《いつくしま》の艦内で、近接戦闘を想定したCQC訓練を始める」
「了解しました」
「では、まず中距離射撃訓練を開始してくれ」
そう言われた第一偵察隊は、甲板の端に造られた射撃訓練施設へと向かう。屋外射撃場に着いた飯塚たちは、すでに用意されていたマガジンやスコープなどを受け取り、マンターゲットを正面に見据える。
「距離50、目標敵胴体、単射」
隊員たちは89式カービンを構えて、安全装置を解除し、ホログラフィックウェンポンサイト、通称ホロサイトを覗く。
「撃て」
飯塚の号令で、隊員たちは一斉に的に向けて射撃を開始する。それらの弾丸は、50メートルの距離から立射で撃ったのにも関わらず、撃たれた弾丸は的の中心、人間でいう胴体部分を撃ち抜いていた。
「距離40、目標敵胸部、移動、三連射」
次に前に進みながら敵を制圧する射撃を行う。なお、第一偵察隊では不測の事態に備えて、基本的に三点バーストのセレクタを使用しない。構造的にも難しく、トラブルが起こりやすいため、隊員たちはフルオートで引き金を引く時間を調整して使用している。
「距離20、目標敵頭部、連射」
最後に軽快なリズムで撃ち出された銃弾が、的の頭部を撃ち抜いていく。しばらくして、飯塚が射撃を停止させて確認しに行くと、ほとんどが指示した箇所に命中していた。
「平均命中率80パーセントぐらいか。まぁ、船の上じゃあ上出来だろう」
「あと5パーセント頑張りましょう」
「よし、もう一度だ」
第一偵察隊の隊員たちが二度目の射撃訓練を行っている時、飯塚は霧宮が女性自衛官と何かを話しているのが見えた。
WAVE?それにしては長い髪をしている。
自衛官は女性であっても、管理職以外であまり髪を長い者はいない。しかし、女性自衛官が来ている服は、防衛省の制服だった。
「飯塚二尉!」
「はい!」
「格納庫でのCQC訓練、準備ができたそうだ。小隊を連れて格納庫へ降りてくれ」
「了解しました」
射撃訓練を終え、飯塚は小隊を率いて格納庫へと降りる昇降エレベーターへと乗る。ふと、隣でレミントン社製のM24狙撃銃を点検していた栗原祐希二等陸士が、思い出したかのように口を開く。
「そういえば、あの女性、どこかで見たことがあります」
「なんだ栗原、お前知ってるのか?」
「昨日、格納庫で車両を調べてるのを見ました。護衛の自衛官も居ましたので、声はかけなかったのですが……」
何かあるなと思いながら、愛銃の89式カービンのマガジンを確認する。着いた先は《いつくしま》の格納庫で、訓練用に様々な場所にターゲットを設置した簡易近接戦闘訓練施設となっていた。
『飯塚二等陸尉、聞こえるか?』
「聞こえます」
『これより、CQC訓練を開始する。コースは後部甲板下の格納庫まで続いている。なお、ターゲットの数、人質の数は一切不明とする』
「了解しました」
『では、始めてくれ』
「了解、加藤、宮島、前へ」
「了解」
フロントマンの二人が89式カービンを構えながら通路のT字を確認する。続いて、ポイントマンの二人が左右の通路に展開する。
「異常なし」
「分隊、前へ」
残った隊員は、後部警戒であるテールガンを連れながら、ゆっくりと前へと進む。通路は、角があるごとにポイントマンが警戒して前へと進む。
「ドアを発見」
「紫龍、福宮、フラッシュバン」
「了解」
陸上自衛隊が採用したPDW(個人防衛火器)FN P90を構えた二人の隊員が、ドアの両サイドに張り付く。懐から取り出したのは、約100万カンデラ以上の閃光と、160-180デシベルの爆音を放つくせに非致死性兵器という極悪なM82スタングレネード。
「突入三秒前」
「GO!GO!」
扉を蹴破り、スタングレネードを内側へと投げ込む。爆音が鳴り響いたのと同時に、隊員が一斉に突入する。
「撃て!」
飛び出してきたマンターゲットに向けて射撃する。機関銃を持つ標的、物陰からこちらを狙う標的、人質を取る標的、すべての頭部に向けて弾丸を撃ち込む。
その様子をモニターから見つめていたのは、先ほど霧宮三佐と甲板で話していた女性、防衛省内に新たに新設された情報機関 《錦》の特等情報官、穂村明日香、コードネーム《コウヨウ》
日本版モサド、《錦》は一部の人間からそう言われていた。
「コースAの攻略時間、3分25秒。誤射なし、敵全員を射殺。被害なし」
「さすがは陸自の誇る第一偵察隊。なかなかの物ですね」
穂村はそう言うと、霧宮に対してニコリと微笑んだ。
悪魔め。霧宮は心の中でそう思っていた。
「交渉が失敗した場合、この部隊を戦艦の強制制圧へと向かわせます」
「なら、心配はいりません。彼らは第一混成大隊の中でも選りすぐりの猛者たちです」
そんな時、艦内放送が流れた。
『全艦の全将兵に告ぐ、こちらは旗艦 《あかほ》艦長の篠崎である。これより我ら第一機動護衛艦隊は、東京へと向かう魔導戦艦 《レギュオン》を護衛する。なお、道中に中国軍による攻撃がある可能性も否定できない。各員、万全の状態で護衛任務にあたるよう』
「どうやら、交渉は上手くいった様ですね」
「では、引き続き彼らの訓練をお願いします。私は一度、報告のために市ヶ谷へと戻ります」
そう言った穂村は、モニタールームから出て行く。霧宮は、重すぎた空気から解放されたことに喜びを感じていた。
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