動き出す者たち①
諸王国連合海軍の主力戦艦である魔道戦艦 《レギュオン》の艦内は、海上自衛隊の護衛艦とあまり変わらなかった。艦内を歩く永倉啓介二等海佐は、慣れない異国の戦艦に気持ちが落ち着かなかった。
乗り心地はそこまで悪くない。その巨大な胴体による安定性からか、波の揺れがほとんど感じなかった。
永倉は今、ルーラに連れられ、《レギュオン》の艦長室へとつながる通路を歩いていた。その視線は、通路のあらゆる場所へと向けられていた。
「珍しいですか?」
その様子を見ていたルーラ・レム・シュラット海軍中佐は、永倉へ声を掛ける。
「いえ、とっても洗礼された作りになっていることに驚きました」
「そうですか。この《レギュオン》は、諸王国連合海軍の持つ数少ない魔導戦艦です。主砲は超電導魔導砲を装備しています」
「どうやってミサイルを撃墜したのですか?」
「ミサイル?ミサイルとは追尾式魔導弾の事でしょうか?それなら、超電導魔道砲の近接追尾式魔導弾で撃墜しました」
ルーラの語る追尾式魔導弾、それを聞いた永倉は、追尾式魔導弾がこの世界でいうミサイルの事を言っているのだと理解する。
イージス護衛艦のシースパローならぬ追尾式魔導弾は、主砲から発射されてるため、それはこの艦に主砲以外の防空兵器が備わっていないことを意味する。
そうして話しているうちに、永倉は通路の突き当たりまでやって来た。
「着きました、ここが艦長室です。念のため、武器をお預かりします」
仕方なく、護身用の9ミリ拳銃をルーラへと手渡す。ルーラは9ミリ拳銃を丁重に受け取ると、それを憲兵に渡す。その後、憲兵による身体検査が行われる。全てに異常がないのが確認されたのか、憲兵が一礼して下がっていく。
「この拳銃は後ほどお返しいたします。では、艦長がお待ちです」
砲撃戦を考慮しているのか、造りが頑丈となっているドアが開き、永倉は中へと足をふみ入れる。
中は豪華な内装などではなく、どこにでもありそうな船の乗組員用の部屋と変わらなかった。特に、豪華な内装や高級そうな物は置かれていない。
そんな永倉を出迎えた一人の男がいた。白い海軍礼装を纏い、口髭を左右にピンと伸ばし、髪の毛を背中の中央まで伸ばした男は、右手の拳を左肩へと添える。
それが彼らの世界でいう敬礼という事を察した永倉は、同じく挙手の敬礼で交換する。
「ようこそ《レギュオン》へ、私が艦長のシヴァ・レームティン海軍大佐です」
「日本国海上自衛隊、第一機動護衛艦隊旗艦 《あかほ》航海長兼副長の永倉啓介二等海佐と申します。諸国で二等海佐は中佐と同等であります」
当たり障りのない自己紹介を行う二人は、立ちながら深い握手を交わす。
「そうですか。ではナガクラ二等海佐、立ち話もなんです、とりあえずお掛けになってくれませんか?」
「では、失礼します」
永倉はシヴァに勧められ、応接用の椅子へと掛ける。ルーラが二人分の飲み物を持ってきて、丁寧に机の上に置く。差し出された飲み物からは、ほのかに甘い香りがした。
「改めまして、この艦の艦長をしているシヴァです。この度は、ナガクラ二等海佐らカイジョウジエイタイから接触を持ちかけてもらい、感謝しております」
「申し訳ありません。本来なら艦長の篠崎がこの場に赴くべきですが、艦長と艦から離れることができませんゆえ」
「構いません。それより、我々の置かれている状況について、詳しく説明したいと思います」
シヴァはルーラと憲兵に席を外すように促す。三人が出て行ったのを確認したシヴァは、目の前にあった王国製の紅茶を啜ると、ゆっくりと口を開く。
「唐突な話ですが、我が《レギュオン》は、この世界とは異なるもう一つの世界からやってきました」
「噂はかねがね聞いております。しかし、まさか本当に異世界が存在するとは……」
「我々も、実際に転移してくるまで半信半疑でした。ナガクラ二佐、ブドウと呼ばれる食べ物をご存知で?」
「あの、紫色の粒がいっぱい付いているフルーツですか?」
「そうです」
シヴァは紙とペンを用意すると、そこに大きな身を数個つけたブドウの絵を描く。彼が説明したのは、とある物理学者の論だった。
世界は一つではない。それは、ブドウの実のように幾つも付き合い、隣り合っている。
シヴァ曰く、この世界を含め数多く存在する世界は、ブドウの房のように両隣あっている。そのため、何らかの力を使うことによって、世界同士の仕切りを一時的に取り払うことができる。それが、大魔導士による転移魔法だった。
今回、シヴァ達が転移に用いたのは、半永久的に通行機能が働く固定型転移魔法。これを使えば、この世界とシヴァ達がやってきた世界を自由に行き来できる。
「我々の目的は二つあります。一つは同胞の救助、もう一つは我が国と同盟を結んでもらいたいためです」
シヴァは懐から筒を取り出すと、中から紙束を取り出す。髪は黒い羊皮紙で出来ており、高級さと気品溢れる作りとなっていた。
「我が国の最高位である女王陛下、シアン・リデ・エラール様からの親書です」
そうして親書を差し出される永倉だが、頑なにそれを受け取ろうとはしない。
「待ってください。一介の自衛官である私がその様な親書を受け取ることはできません。我が国の政治家の方に直接お渡しするのが良いでしょう」
「ならば、その政治家にこれを届けたいのですが。何とかできないですか?」
「我々が、首都まで護衛しましょう。先ほど言っていたあなた方の同胞も、おそらく首都へと移送されているでしょう」
「ルーシア様がご無事で?」
「はい。自衛艦隊本部から、難破船の乗組員全員の生存が確認されました。現在は、我が国の航空機で首都へと移送されているでしょう」
「そうですか。ならば、あとは連れて帰るのみ」
「ですが懸念もあります。実は、我が国はすでに隣国と戦争状態になっています。おそらく、この海域にも敵の潜水艦がうようよしているでしょう。護衛の際、信用はしてくださっても構いませんが、信頼はしないよう。万が一のこともありますので」
「分かりました。では、我々の艦をどうかよろしくお願いします」
「では、私は一度自艦へと戻ります」
シヴァと別れ、所持品を返却してもらった永倉は、よそ見をせずに一直線にヘリへと駆け出す。ヘリの乗組員たちは永倉の姿を確認すると、急いで出発準備を整える。
ヘリは戦艦の甲板を飛び立ち、再び母艦である《あかほ》へと帰還した。帰還して早々、永倉は艦長の篠崎の元へと報告しに行く。
「永倉、ただいま戻りました」
「うむ、ご苦労だった。どんな話をした?」
「彼らには我々に対しての敵意が見受けられません。彼らは国からの親書を政府関係者に手渡すのが目的らしく、もう一つは亡命してきたシルベリアの王族の救助らしいです」
「そうか。これからあの艦はどうと?」
「彼らはこれから東京へと向かいます。その間、護衛を頼まれたいと」
「分かった。私が直接大臣に問い合わせてみる」
そう言った篠崎は、衛星電話である番号へとかける。その相手は、日本の防衛大臣であり、実の娘の夫である梶原向陽だった。
東京新宿区、防衛省。その一室である大臣室では、現防衛大臣である梶原がモニターと向き合っていた。
「梶原防衛大臣。今回、一連の中国による行為だが、到底我が国としては受け入れることができない」
モニターに映るのは、年老いた白髪の白人男性。彼こそ、現アメリカ合衆国国防長官であるジェームズ・ミストガンその人だった。
「それに、尖閣諸島に所属不明の戦艦が現れたそうでじゃないか?しかも、不審船から保護したのがSFに出てくるエルフと言った種族だと言うのかい?」
ジェームズは、「まるでジャパンアニメーション」だと言って笑を漏らす。
「えぇ、そちらに映像を送ったはずです。彼女たちは現在、我が国が難民として保護しています」
「ほう、実に興味深い。だがまぁ、今回の中国の件、日本が防衛出動を発動したことに関しては感謝する」
「我が国としても、重い決断でした。しかし、これ以上中国に好き勝手させるわけにはいきません」
「そうだな。大統領も、日米安全保障条約に基づいて、日本を必ず助けると言っておられる。問題は、火事場泥棒の存在だ」
「ロシア……ですか?」
国連の常任理事国の一つであるロシアは、ソビエト政権だった90年前の第二次世界大戦中における日露不可侵条約の一方的破棄、それによる北方領土の不法占拠。2015年には、露中工作員による民自党、前内閣総理大臣の富山晴夫暗殺未遂事件などを起こしており、日露の関係は良いものとは言えない状況になっていた。
暗殺未遂で終わったのは、警視庁の外事警察である公安の活躍のおかげだった。
「今回のゴタゴタで、ロシアの北海道侵攻の危険性が大幅に高まっている。すでに、ロシア軍は中国国境と北方領土へと部隊を集結させている。我が国の空母機動艦隊が太平洋ベーリング海付近に展開しているため派手には動けないだろうが、何らかの行動はとってくると予想する」
「分かりました。十分に注意します」
「では大臣、明日には国連で安全保障理事会が開かれる。その時、我が国が何とか貴国をバックアップする手立てがあると、シノサキ総理に伝えていてくれないか?」
「いいでしょう。では」
話を終え、モニターを消した梶原はふと、机に置いていた自分のスマホが鳴っていることに気づく。
「誰だ、こんな忙しい時に?」
スマホの画面を見た梶原の表情が変わる。そこには、自分の義理の父親である篠崎の名前があった。
お義父さん?何かあったのか?
「もしもし、梶原防衛大臣です」
『向陽君か?私だ』
「篠崎一等海佐、どうしましたか?」
『いま、私が信頼できる部下の一人が、交渉を終えて不明艦から戻ってきた。彼らは、セルジュオン連合諸王国から、シルベリアの王族を救助しに来たと言っている。そして、彼らは自国の最高位からの親書を総理に直接手渡したいと言っている』
「それは、本当ですか?」
『あぁ。ところでだ、彼らの乗る戦艦はどう考えてもどこの国にとっての脅威となる。従って、標的にもなる。これが何を意味すると思う?』
「撃沈、もしくは特殊部隊による拿捕……」
『まぁ、そうだろうな。そこでだ、そのもしもの時に備えて、私たちへの大幅な自由行動を許可されたいんだ』
「大幅な、自由、ですか?」
『そう。で、どうだ?』
「我が国は、すでに防衛出動を整えています」
『なら、大きな海の友達にも気を遣わなくていいんだな?』
「構いません。思う存分暴れてください」
『分かった。総理には頼むと言っていてくれ』
「はい、では……」
『ちょっと待て』
「は、はい?」
『娘とは上手くいっているか?』
それは、いつもの厳粛な自衛官と政治家の会話ではなく、父と義息子、家族の会話になっていた。
「唯子は、いつも私に優しくしてくれて、毎日楽しい生活をしてるよ」
『そうか。向陽、もし私に何かあれば、唯子によろしくと言っててくれ』
「任せてください」
そう言った梶原は、静かに通話終了ボタンを押した。
「失礼します大臣、総理が至急NSCへ来てくれと」
「分かった」
秘書から呼び出された梶原は、スーツを正し、執務室から飛び出した。
またの投稿をお待ちください!