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少し頑張って文字数増やしてみました!
眠らない街、日本のメトロポリス、事実上の首都である東京の千代田区、永田町に存在する首相官邸の中、内閣総理大臣の寝室では、現首相の岸辺正志が鳴り響く電話の受話器を取った。
時刻は新年になってから一時間の午前1時。電話は自分の秘書、守谷からだった。
岸辺は眠りから叩き起こされたことに不満を抱きながらも、秘書へと問いかける。
「どうした?」
『夜分遅く申し訳ありません。非常事態です』
「何があった?手短に話せ」
自国党の穏健派で、ハト派として有名な岸辺の顔つきは、普段の仏のような表情から一変し、鬼のような顔つきとなった。
『中国軍の駆逐艦が海保の巡視船に対艦ミサイルを発射しました』
「何?それは本当か?」
『はい、これは明らかに我が国に対する武力攻撃です。外交ルートを使って厳重に抗議すると共に、何らかの圧力をかける必要があると具申します』
「分かった。そのミサイル攻撃に晒された海保の巡視船はどうなった?」
『それは、突如現れた巨大な戦艦が至近距離でミサイルが迎撃したそうです。また、海保の巡視船にはその少し前に保護したエルフと呼ばれる種族が30数人ほど乗っています』
「戦艦?エルフ?馬鹿馬鹿しい、そんな話を信じろというのか?」
『私自身も半信半疑でしたが、海保から送られてきた映像を見れは、誰だって信じろとしか言えません』
信頼できる秘書からこうも真剣に言われれば、さすがの岸辺も日本がいま、現実ではあり得ない状況に置かれていることを理解する。
「分かった。すぐさま閣僚会議を行う。皆に召集をかけてくれ」
『分かりました。では、失礼します』
30分後、睡眠から叩き起こされた岸辺内閣の大臣たちが、大会議室へと集合した。まだ、寝ぼけている者も数名いるが、岸辺は構わず会議を始める。
「皆に集まってもらったのは他でもない。我が国の一大事だ」
岸辺の言葉とともにスクリーンに映し出されたのは、海保が亡命船から保護したエルフ、ダークエルフ、ハイエルフたちの写真スクロールと、中国公船による巡視船への衝突、同時に起こったミサイル攻撃、そして巨大戦艦のミサイル迎撃の瞬間だった。
「一言で言えば、カオスだな」
「何がどうなってるんだ?」
「総理、これは一体?」
「私が説明しましょう」
そうして歩み出てきたのは、32歳で防衛大臣というキャリアコースに就くことが出来た梶原向陽だった。若いゆえ、他の官僚からの信頼は薄いが、その実績と功績は折り紙付きだった。
「梶原くん、頼む」
「はい。本日0時頃、海自の哨戒機P-1が尖閣沖に突如現れた不審船を発見、海保本部に連絡し、《しきしま》を中心とした巡視船団が現場に急行しました。立入検査の結果、シルベリアという国から亡命してきたというエルフ達を保護しましたが、それを知った中国公船が無理やり巡視船に体当たりしました。幸い、ぶつけられたのは海保最大の巡視船だったため、損害は軽微でした。しかし、《しきしま》はSN旗をすでに高揚していたため、威嚇射撃を実行、その状況を知った中国軍駆逐艦が巡視船にミサイル攻撃を敢行、ミサイルは突然現れた戦艦によって迎撃されたという内容です」
梶原の説明に、誰もが口を閉ざしてしまった。
「国民への公表は?」
「まだです」と官房長官の木下純博が答える。
「私としては、すぐさま戦艦の制圧作戦を行いたい次第ではありますが……」
その時、まるで梶原の言葉に反応したかのように会議室の電話がけたたましく鳴り響く。岸辺の隣にいた守谷が受話器を取る。その手はひどく震えていた。
「総理、緊急事態です」
「また、緊急か、緊急は聞き飽きたよ。で、何だ?」
「中国軍が台湾への侵攻を開始しました。また、与那国島へ特殊部隊が上陸。レーダー基地が攻撃され、島が占拠されました」
「はぁ!?」
閣僚たちが揃って声を上げる。それもそのはずだ。今まで地域紛争というごたごたで進んでいた尖閣問題が、一言では済ませないような状況になっているからだ。
「中国は一体何を考えてるんだ!?」
「やっと関係も修復してきたところなのに。これでは米国が黙ってはおらんぞ?」
「総理、これは明らかな戦争行為です。我が国は、これ以上彼らの好き勝手にさせるわけにはいきません。沖縄も、尖閣も、我が国の領土です」
梶原が腕を組んで考え込む岸辺に強く訴えかける。
梶原がそこまで自衛隊推すのには理由があった。前政権の憲法改正によって、日本は集団的自衛権の行使を認めた。それはすなわち、日本が念密な関係にある他国の軍を援護するために、より強力で精鋭化された組織へと変革させることが可能になったということだ。
梶原は早速、三自衛隊の強化を図った。これまで、給料や習得できる資格目当てに自衛隊に入隊してきた人間は解雇され、より国防意識の高いエリート達が代わりに集められた。これにより、全自衛隊員の定数は前年度の2パーセントほど減ったものの、アメリカなどの先進国軍に負けじ劣らない組織へと変貌を遂げた。
しばらく考え込んでいた岸辺は、ようやくその瞳を開けた。そして、ゆっくりと口を開く。
「そうだな……分かった。全自衛隊に防衛出動を発令する。第一護衛艦隊は先島へ、佐世保の水陸機動団を那覇へと移動させろ。空自は沖縄周辺の制空権の確保を最優先目標としろ」
「ですが、アメリカは?」
梶原の言葉と同時に、岸辺は守谷から渡された書類に目を通す。
「米国が動いたそうだ。米国は全米軍部隊にデフコン1を発令、状況を察知した第七艦隊がすでに先島諸島へと向かっているらしい。第一護衛艦隊はこれに同行してもらおう」
「戦艦はどうしますか?」
「新設された第一機動護衛艦隊を向かわせろ。彼らなら上手くやってくれるだろう。国民と陛下には私自ら説明する。皆、これからが正念場だ、負けるわけにはいかん、やるぞ」
首相官邸で防衛出動の発令が決断された同時刻、東シナ海を進む艦隊があった。
海上自衛隊第一特別機動護衛艦隊。有事の際に侵攻してきた敵への直接的な防衛など、大幅な自由行動が許可された、言わば既存の護衛艦隊から独立した機動艦隊である。
そんな第一機動護衛艦隊は、いなべ型イージス艦 《あかほ》を旗艦とし、いずも型ヘリ搭載型護衛艦 《かが》はやて型護衛艦 《はやて》《りゅうじょう》《ふるたか》《もがみ》《とね》おおすみ型輸送艦 《やえやま》《いつくしま》補給艦 《つがる》の10隻で編成されている。輸送艦の《やえやま》と《いつくしま》には、離島防衛のために上陸させる戦力として陸上自衛隊の混成大隊が乗り込んでいる。
海上自衛隊、DDG-191イージス艦 《あかほ》
海上保安庁の巡視船から、中国軍駆逐艦によるミサイル攻撃と、それを迎撃した巨体不審船の報告が舞い込んできてから3時間半が経過する。この時、尖閣諸島に向かったのは、牽制として東シナ海の中国ガス田付近で訓練を行っていた第一機動護衛艦隊だった。
自衛艦隊本部から通達されたのは、防衛出動だった。中国軍による台湾侵略と与那国島の上陸を受け、政府がついに重い腰を上げ、防衛出動を発令した。防衛出動は、海上警備行動などと違い、日本が明確な武力攻撃にさらされている場合に、自衛権を発動する際に発令される。
艦隊の先頭を進むイージス艦 《あかほ》の艦長である篠崎悠治一等海佐は、尖閣諸島沖に堂々と居座る巨大な戦艦に目を奪われていた。全長はゆうに400メートルに及び、前後部甲板には大口径砲九門三基が備え付けられている。
自分たちに与えられた任務は、この戦艦とコンタクトを取ることだった。戦艦は海保の巡視船へのミサイルを迎撃してから、特に目立った動きはしていない。時たま、主砲をぐるりと回転させたりするぐらいだった。
その外見は、過去に存在した戦艦と違って近未来的で、まさにSFで登場しそうな架空艦らしさを強調している。物好きの人間から見れば、アニメにでも出てきそうだと言うだろう。
篠崎の隣にいた副長兼船務長の永倉啓介二等海佐が唸る。彼も、双眼鏡の先に見える戦艦から目を離さなかった。
「艦長、一体どこの船でしょうか……」
「分からん。海保からの報告によれば、海上に突然現れ、中国軍の対艦ミサイルを迎撃したと言っている」
「それだけのスペックを持っているということですね」
「いかがなさいますか?」
艦橋で戦艦を眺める篠崎の隣、28と若くして《あかほ》の砲雷長となった部下の塚本康太二等海佐が、不敵な笑みを浮かべながら問うてくる。塚本は、永倉と防衛大で同期でもある。
塚本の防衛大での成績は優秀で、教官からの評価も高かったが、一つ欠けているものと言えば自制心だろう。なんでも先走ってしまう塚本の悪い癖を、篠崎は知っていた。
「Mk45 5インチ砲、CIWS20mm機関砲、Mk41垂直ミサイル、Mk32短魚雷、SSM、1B、ハープーン対艦ミサイルなどなど……」
「ん?」
「我がイージス艦 《あかほ》のフルスペックなら、戦艦ごとき圧勝です。ですよね、篠崎艦長?」
「塚本砲雷長、我々は海上自衛隊だ。先制攻撃はしない。それに、向こうからは攻撃の意思が感じられないし、何よりも数十キロ先には中国艦隊もいる。第一護衛艦隊と第七艦隊はまだ到着しない中で、我々は与えられた任務をきっちりと遂行しなくてはならない」
篠崎の言う通り、不明戦艦の砲は全て艦隊がいる方向とは逆に向いており、敵意が感じられなかった。しかし、注意すべきことは他にもあった。もし、不明艦がミサイル兵器等を装備している場合、第一機動護衛艦隊は至近距離から攻撃を受けることになる。そうなれば、装甲が紙同然な現代の艦艇など、木っ端微塵に吹き飛んでしまう。
その上、第一機動護衛艦隊が自衛艦隊本部から与えられた命令は戦艦とのコンタクト。
日中の境界線付近には、海保の巡視船にミサイル攻撃を行った蘭州級駆逐艦の所属する東海艦隊が待機している。篠崎は、中国軍がおそらく未知の戦艦をなんとかしたいと考えていると思っていた。それほどまでに、この戦艦のスペックは計り知れないものだった。
政府は、外交ルートを通じて厳重に抗議したが、中国政府は聞く耳を持たず、現場は領土紛争の一言では終われない、もはや戦争間際まで迫っていた。否、すでに日中の戦争は始まっていた。
幸い、海保の巡視船は全て那覇へと帰港できた。戦艦の威圧に圧倒された中国軍が巡視船団に手を出せなかったためだ。
「永倉副長、司令部は何と?」
「何らかの接触を取れるかと聞いています」
「了解した。これより不明戦艦とのコンタクトを取る。回線を開け、コンタクトを取る間、一切の攻撃を禁ずる。全艦に通達せよ」
「了解!」
《あかほ》は、戦艦に向けてありとあらゆる方法で交信を試みる。しばらくして、不明戦艦から電文が帰ってきた。
「我、魔道戦艦 《レギュオン》旗艦と交信されたい、と」
「魔法戦艦 《レギュオン》だって?どこの所属だ?」
「セルジュオン連合諸王国海軍と名乗っています」
「セルジュオン連合諸王国?聞いたことがないな」
篠崎の記憶には、古今東西アフリカにも、そんな名前の国は存在しない。
「どうしますか艦長?」
「私が行きます艦長。塚本は、俺のいない間あかほを頼む」
「分かった。ヘリを手配しよう」
永倉は制服を整えると、後部甲板へと向かった。後部甲板にある格納庫では、すでに連絡を受けた整備員たちが、いつでもSH-60Kを発進されるため準備に取り掛かっていた。
《あかほ》の右舷200メートルの海面に浮かぶセルジュオン連合諸王国海軍、魔道戦艦 《レギュオン》
《レギュオン》の艦内は、上から下まで大騒ぎだった。異世界にやってきて早々、現地の軍隊の軍艦に取り囲まれてしまったからである。
帝国海軍を壊滅させるため、王国の技術を集めて造られた魔道戦艦 《レギュオン》の艦長であるシヴァ・レームティン大佐は、自艦の周囲を囲む艦隊との交信を試みていた。
魔道戦艦 《レギュオン》は、母国の大魔導士が構築した大規模な転移魔法陣を使い、はるばるこの異世界へとやってきた。目的は、シルベリアから亡命したエルフ達の保護だった。
しかし、転移して早々自艦に向かってきた飛行物体を、近接防空魔法で撃ち落としてしまい。近くにいた白い船は全速力で遠ざかっていった。亡命船の船内を捜索したが、すでにもぬけの殻で、シヴァはエルフたちがすでに保護されていると考えた。しかし、こちらからの接触が出来ない以上、迂闊な行動は取れなかった。
「艦長!軍艦から電文が入りました!」
「よし、読んでみろ」
通信兵がこちらに来てから発信していた通信魔法が反応した。
「我、日本国海上自衛隊。第一機動艦隊の旗艦 《あかほ》なり。我々に敵意はない。貴艦との接触を図りたい。これより数名の海上自衛官を向かわせる」
「ニホン、カイジョウジエイタイ、聞いたことがない名前。まさに異世界って感じだな」
「以下がなさいますか?」
副長である女性エルフのルーラ・レム・シュラット中佐がシヴァに問う。
セルジュオン連合諸王国は多民族国家である。そのため、軍や政治のトップに特定の種族を抜擢するのではなく、ローテーションで各種族から任命し、様々な人種から選び抜かれたエリートをその幹部としている。これにより、種族間での摩擦はほぼ無くなっていた。
「艦長!不明船より飛行物体!」
シヴァが双眼鏡で前方を確認すると、軍艦の一つから回転翼機が飛び立った。回転翼機はそのまま《レギュオン》に向けて接近し始める。砲撃長が慌てて指示を求める。
「撃ちますか艦長!?」
「待て!攻撃するんじゃない!あれは特使だ!」
「こちら副長、射撃室。前方の回転翼機への攻撃を禁じます」
「ルーラ副長、あの航空機を開いている前部甲板へと誘導させてくれ。彼らを出迎えてもらいたい」
「了解しました」
ルーラは敬礼すると、艦橋を出て前部最上甲板へと向かう。
その頃、護衛艦の搭載機であるSH-60Kに乗り込んでいた永倉は、目の前に迫る巨艦に目を奪われていた。
水平線に伸びる巨大な戦艦は、不必要なものを徹底的に排除したと言えるぐらいシンプルな姿をしていた。長く伸びる甲板は前後ともに三階で構成されている。
何もない開けた前後部二階甲板、少し下がって乗組員の通路となっている一階甲板、その後ろには第一主砲が設置されている前部二階甲板、そして艦橋と第二砲塔が設置されている最上甲板。
艦橋は的を絞らさないためか、司令室と見張り台だけのビル三階相当ほどの高さしかない。艦橋のてっぺんには、巨大なレーダーが二基設置されている。
主砲は、旧式の戦艦でよく見られた砲塔が備わっておらず、代わりに縦に二本連なったレールが三基備わっていた。レールのサイドには、幾何学的な紋章が浮かんでいる。
「機長、何か見えるか?」
「い、いえ。あっ、待ってください。あそこに誰かいる」
SH-60K機長が、開けた前部甲板で数名の水兵と手を振る金髪の女性を見つける。どうやら、彼女はここに着陸しろと訴えているようだった。
「誘導も信号もなしか……」
「やれるか?」
「もちろんですとも」
SH-60Kは船上でホバリングする。そして、徐々に高度を落としていき、ゆっくりと甲板へと着陸する。
「ようこそ《レギュオン》へ、我々セルジュオン諸王国連合海軍、魔道戦艦 《レギュオン》乗組員一同は、あなた方の到着を歓迎します。私は《レギュオン》副長で中佐のルーラと申します」
「日本国海上自衛隊、第一機動護衛艦隊旗艦 《あかほ》の航海長兼副長の永倉啓介二等海佐です。あの、失礼ですが……」
永倉はルーラの耳元へ視線を向ける。ルーラの両耳は、長く尖っていた。
「ルーラ中佐は、エルフですか?」
「はい、私はシルベリア出身のエルフです。この耳も自前です」
「ほ、本当にエルフ……」
永倉は驚いて言葉を失うが、しばらくして雑念を消して気を取り直した。
「この艦の最高責任者に会わせてもらえませんか?」
「元々そのつもりでした。どうぞこちらへ」
「どうされますか、二佐?」
「せっかくの好意だ、行ってくる。お前たちはここで待っていてくれ」
「了解しました」
永倉はルーラに連れられ、船内へと入っていく。両脇を固められながらも、懐の9ミリ拳銃のグリップをさりげなく握った。
というわけで、事実上の日中戦争が始まりました。次回は永倉二佐とシヴァ大佐の会談、先島諸島海戦まで行けばいいかな……