第三話:『ラノベ的展開=予想斜め上』
前方から強烈な殺気を感じ、すぐに机から横へと跳んだ。
バキッ
するとさっきまで俺の頭があった場所に白いチョークが突き刺さり粉々に砕け散る。直撃するとそのまま放課後まで気絶は免れないだろうその威力は、俺ら生徒の間から『本末転倒』と呼ばれている。
「ちっ…」
小さく、それでもハッキリと舌打ちを漏らしたのは数学の女教師である新田先生だ。暗めの性格で殆ど言葉を発しないが、綺麗で解りやすい板書なので勉強面でいえば生徒からは好評である。
ただし居眠り、私語、遅刻、宿題忘れなどには滅法厳しいので、必殺チョークをチャージラグなしで投げてくる。
「貴槇……問2、読め…」
「あ、えと…」
「早く」
「は、はい…」
威圧感に気圧されて返事するので精一杯だ。ただ今起きたばっかりで、教科書すら机にないから探すところから始めなければならない…。
新田先生の怒りランゲージMAXまで十秒くらいだから…。
(ぶ、物理的に無理だ…)
このまま黙ってればチョーク。
開き直ってもチョーク。
Daed or Die!
その時、机に数学の教科書が投げつけられた。ご丁寧に指定のページも開かれていて、過程と解答まで書かれていた。
誰だか知らんが、助かった!
俺はとりあえずそこに書いている問2を読み、そこに書いてある通りに答える。
無事に答えられた俺に新田先生は舌打ちをした気がするが、一息吐いた俺はそんなことを気にする余裕もなかった。
となりに教科書を返そうとして、
「これ、ありが―――と、う?」
隣を見る。
にこやかに笑う美少女。
固まる俺。
見惚れた訳じゃあない。
決してない。
そこにいたのは―――
「そんな気はしてたけどええええ―――がふぁっ!?」
絶叫を衝撃によって詠唱キャンセルさせられた。
例によって新田先生の必殺チョーク『本末転倒』だった。
衝撃に絶えられず椅子ごと倒れた俺は、その美少女の驚愕に満ちた顔を最後に、意識を手放した―――
最近意識を手放しすぎてる気がする。
◆◆◆
「うるさい…静かにしてろ……」
ちょっとぉ!!
せっかく私に気付いたのに!!
数学教師はタカマキタマキが気絶したのを確認すると、一つ頷いて真ん中辺りにいる男子生徒に目配せした。男子生徒は何も言わず立ち上がり、タカマキタマキを担ぎ上げ、教室から出る。保険委員にようだ。
それが日常風景のようで授業は淡々と行われ、重い空気は授業終わりまで持続した。休み時間になった瞬間に、私は教室から飛び出して保健室に向かう。
もちろん、タカマキタマキと接触し、私の魔法を解いた謎を解決させるためだ。
自惚れるつもりはないが、ただの一般人の、それも高校生に私の魅了が解けるわけがない。
「なら、やっぱりタカマキタマキは、貴重な"資源"ってことよね―――!」
魔女にとって、"資源"とはこの世で一番重宝する代物だ。
こんなただ餌場として寄ったところで思わぬ発見、私はなんて幸運なのだろう。
にしても、この学園は無駄に広い。保健室に行くまでの道が遠すぎる。
なんとか休み時間の間に保健室に着いておきたいところだけど―――まぁ、最悪転校初日を利用してサボることにしよう。
そうこうして急いでいる内に、保健室に着いた。休み時間も残り僅かだからか、辺りに他の生徒はいない。
休み時間使い果たして保健室の片道まで行くというのは、学園的にどうなのだろう。
「さて…」
タカマキタマキを我が手に納めに行こう。
そう意気込み、私は保健室の扉を横に引いた。
引こうと、した。
「なっ―――!?」
扉は、物理的などではなく、"魔術的に動かなかった"。
ガタリとも音を出さない扉。
この現象は、間違いなく、魔術の結界であり、
「私以外の、魔女が―――!?」
このとき私は、自分の甘さを痛感することになる。
私以外にも、もちろん"資源"を狙っている魔女がいるということを。
◆◆◆
ズキズキと悲鳴をあげる額の痛みに、俺は起こされた。
記憶を失っている、なんてことはないと思う。直前に、あの時の変な女がいたことも覚えている。多分転校してきたのだろう。HRの時寝てたから気付かなかった。
彼女は俺に用があって、この学園に転校してきたかは定かではないが、俺のラノベ知識上、この保健室に特攻してくる可能性がある。
だとしたら、マズい。実にマズい。
何故なら彼女の用が、自分を拒絶した相手の復讐なら、最悪俺は殺されるかもしれないからだ。
事実、ここまでラノベ的展開がなされているのだ。今後もラノベ知識が役立つだろう。自分に隠された能力とかは仮定しないようにするが、世界設定は現実の斜めを見据えることとしよう。
「よし、もう何が起きても驚かない」
声に出して、決心する。
とにかく、今はあの女が保健室に特攻してくる前に、脱出することが最優先だ。
そう決めたところで、ベッドから身体を動かそうとして気付いた。
ベッドに拘束されていた。
「はぁっ!?」
驚かない!(キリッ
とか決心してた割には大きな声が出た。
いやいや、これは予想していなかった。まだまだ自分が甘かったことを痛感する。
あの女が、俺が目覚める前に保健室に来ていることを、まったく考えなかった。
とにかく助けを呼ばなくては。
見た限り、魔術的な拘束ではなさそうだ。光のような魔法陣が敷かれているわけでもないし。
ただこの拘束具が魔道具、もしくは魔術的なものが仕掛けられている場合、一般人にはどうしようもない。
一か八か。
「だ、誰かぁあああ!!」
情けない声だと思った。
ラノベの主人公ならもっと格好いいことだろう。
残念ながら、俺には美声の声優は着いていないのである。
そんなどうでもいいことを考えて、現実逃避していたら、誰かがカシャリとベッド周りに広げられていたカーテンを開けた。
「だ、大丈夫ですか?頭は…じゃなくて、具合は!!」
今、なにか致命的な言い間違いをしたのは、この保健室の主、保険医の種子島先生だった。
美人で巨乳でミニスカでおっとりしてて…つまりは、男子が考える理想の天使をそのまま具現化した、保健室の天使、というか女神の先生である。
「せ、先生一人ですか?他に…女生徒は。具体的には美少女の女生徒は?」
「な、なんですかその言い方。私より、美少女のが良かったんですか!?そ、それは…確かに年増ですけど…ま、まだ二十代前半なんですよ…」
違う、そうじゃない。
だが、この言い方。今、あの女はここにいないらしい。なんだか知らんが助かった。
「せ、先生一人なんですね?良かった!」
「ひ、"独り"って…!良かったって…!!だ、駄目よそんな、教師と生徒でなんて…私もちょっとは期待したことあるけど…」
腰をくねりくねりと曲げながら自分の世界に入る保険医。
違う…そうじゃないっ!!
ちょっとアリかもと思ったが、今はそんな場合じゃない!!
ナイスラノベ的展開!!とか歓喜してる場合じゃないんだ!!
「と、とにかく、この拘束外してくれませんか?このままだとヤバいんですが…」
「えー、駄目ですよー」
「は……ぁ…?」
今、なんと言ったこの保険医。
「せっかく拘束して、貴槇くんと2人っきりになったのに」
痛感する。自分が予想していたよりも、さらに斜め上に展開が急でカオスなことを。
敵が、あの女一人ではなかったことを―――!
「あ、あんた…あの女の仲間か!」
「えー、仲間、ですかぁ?違いますよー。あんな半人前、仲間にするだけ無駄ですもん」
ですもん、って。
あんた自分の年齢考えてから喋れよ。
くそぅ、美人じゃなかったらそう言ってやるのに。
可愛いから許す。
「それにー、分け前が出るわけでもないですし。仲間なんて、基本いらないですよねー」
「なに訳わかんない当事者だけのこと話してんだ。俺に分かる話題で話せよ。いいからこの拘束具を外せ」
「えー、どうしよっかなー」
「お礼に、某男アイドルグループのコンサートチケットあげますから」
「マジでっ!?」
うおぅ、食い付いた。
しかも良い引きだ。
咄嗟に口走ったが、やはり男アイドルグループには目がないらしい。
「ど、どうします?今ならコンサート前のグッズ販売時に列に並んどきますよ!?」
「ぐぐぐ……」
自分でも何言ってるか分からないが、しかし種子島先生は葛藤しているようだ。
「県外なら宿泊代込みで全て俺が持ちます!!タダですよ。タ、ダ!!」
「…………ふっ」
種子島先生は、少し下を向いて表情は分からないけども、鼻で笑った。
「だが断る」
そこには血涙を流している二十代前半の保険医がいた。
どんだけ葛藤したんだよ。
「ふ、ふふ…貴槇くんが提示した条件は、確かに最高だよ…。でもね…ごめんね。それ以上に、貴槇くんは」
種子島先生はペロリと舌で唇を舐め、その官能的なエロさを醸し出し、しかし血涙で台無しになりながら、言った。
「極上の、果物なの」