第二話『突発的ヒロイン=転校生』
西埜堂に着くと腹に抉るようなストレートを決められた後、顔に切れの良い膝が来て後ろに倒れた瞬間ヒップドロップを食らわされた。最後のは軽かったから痛くなかった。
「さて…弁明はあるかの」
「罰を食らわしてから弁明っすか!?」
俺の腹の上でふんぞり返っている優花ちゃんにじゅうなんちゃいは
「ふんっ!!」
「ぐべらっ」
場を和ませようとしたら心臓がある胸を殴られた。軽かったから良かったものの、危うく呼吸困難になるところだ。
というか心を読まないでほしい。
「本屋の店長にもなるとな?客が何の本がほしいかを心の声で聞かんと勤まらんのじゃよ」
「ちょっと信じそうな嘘を吐かんでください……」
「で、今まで何をしとったんじゃ。まさか玉ねぎ買うのに五時間もかかるわけあるまい?初めてのお使いでもなし」
「あはは…優花さんじゃないんで「次は爪かの」すんませんナマ言いました本当にすんません」
爪をどうするの?立てるの?剥がすの?
「で、結局何があったんじゃ」
「いや…それが、白昼夢を見てたみたいで……」
「白昼夢?もう夜じゃよ」
「ですよねー。いやでも、いきなり変な展開に遭遇したんだよ。なんかよくわからん空間に行って…」
いかん、今思い出すと人に言えることじゃねぇわ。
「よくわからん空間……?」
「? 心当たりあるの、優花さん」
「いや……小説みたいな展開じゃな、と」
だよな。
俺もそう思う。
「で、目が覚めたらこんな時間だったってわけ。信じてくれないかもしれないけど」
「お主がこんな下手な嘘吐くわけなかろう…しかし、まぁにわかには信じられんのぅ。あえて下手な嘘吐いてるわけじゃなかろうな?」
「勘ぐりすぎだよ。自分でも言ってて馬鹿みたいなことだと思ってるんだから」
「ふーむ…ま、白昼夢なんじゃろうな。病院にでも行くか?」
いや、そんな優しそうな顔で手を押かれても。精神には異常を来しておりません。
「あ、新しい本選別しといてくれた?」
それだけが用事でここに来たのだ。
「とっくのとうに出来とるよ。とっくのとうにな」
棘のある言い方だなぁ。自業自得…でもないけど、まぁ俺のせいか。
「ありがとう、優花さん」
「………ふん、常連じゃしの。ここのサービスは儂の勤めじゃ」
「もうツンデレは流行らないよ」
「うっさい!誰がツンデレじゃバーカバーカ!」
「テンプレ乙乙」
しばかれた。
◆◆◆
あの後西埜堂から帰ったら母親にもしばかれ、俺は精神的に満身創痍で翌日を迎えた。結局買ってきた本が一冊も読めなかったので、最悪の目覚めである。
「学校行きたくねーなー」
もはや口癖のようなレベルで呟く。学校行かずに本を読みたい。妄想の湖にダイブしたい。
勿論、そんなわけにいかないので俺は支度を済ませ、家から出た。学校から近付くに連れ同じ制服を着た奴らが増えてきて、尚更憂鬱になる。学校行きたくねーなー。
「せーんぱいっ!」
ちくしょうほら来た。
不意に重くなる背中。人一人分くらい。
「っかしいなぁ…登校時間、フェイントかけたつもりだったんだけど」
「三日間ズラして急に戻す作戦ですか?でも待ってればここを通るので道を変えなきゃ意味ありませんよ?」
「………なるほど、参考にするわ」
「まぁ先輩には発信機しかけてあるんで意味ありませんけど」
「………」
いやジョークですよ?可愛い後輩のジョーク。
………なんで俺が弁明してんだ。
「で、今日は何の用だ。ミケ」
背中の後輩を引きずり下ろす。ようやく姿を見せたそいつは、短いポニーテールをピョンピョンと揺らし、はにかんだ。
古寺 神子。
通称ミケ。
一年下の後輩。
ミケではなくミコなのだが、そんな神聖なものが似合わないのと、猫みたいな奴だからミケと愛親しまれている。
「用がなければ、先輩と登校しちゃ「いけません」…んな喰い気味に言わなくても」
何回言ったと思ってる。
もうほとんどお約束じゃねえか。
「お約束なら、別にいいですよね」
「……必要以上にくっつかなければな」
「やぁん♪スキンシップですよぅ」
「次気持ち悪い声上げたら殴るから」
「え、酷い…」
虫酸が走ったんだもん。それから嘆息しながらも、学校までの道のりをミケと共に歩く。
「今日の放課後のカウンター当番、先輩でしたよね?」
「ん、あぁ」
俺とミケは図書委員会に入っている。月曜日の放課後は俺が当番なのだ。
「来てほしい?ねぇねぇ可愛い後輩に放課後来てほしいですか先輩。放課後終盤あたりに二人っきりになりますか?」
「あ、そういうのはちょっといいです」
「うわ真面目にスルーされた…こっちを見てすらない…」
やかましいな、まったく。
「というか、どうせここで拒否しても結局のところは来るんだろ?」
「はぁ?当たり前じゃないですか。それだけで私のこと分かってるみたいな顔しないでくれます?」
「え?なんで今キレられたの?」
相変わらずノリで生きている後輩だ。
こういう台詞言うからこの扱いなんだが、分かってないんだろう。
「そういえば、聞きました先輩?」
「何を」
「先輩のクラスに転校生が来るそうですよ。なんでも」
「どうして俺の知らない俺のクラス事情をお前が知っているんだ」
「今思ったんですけどお前お前って夫婦みたいですよね。あ・な・た(はぁと)キャッ」
「失礼。どうして俺の知らない俺のクラス事情を古寺さんが知ってるんですか」
「知り合いレベルに下がった!?」
元々知り合いレベルだろうに。
まぁいいか。こいつに詳細を聞かなくても朝のHRになったらわかるだろう。
と、校門が見えてくるところだった。
目の前に長い黒髪をユラユラと揺らし、見るからに清楚でお淑やか、学園のアイドルという死語が生まれ変わるくらいのオーラを放つ女生徒が歩いていた。
「背中見ただけでそこまで考えるって若干引きますよ、先輩」
「どうして俺の周りの人間は人の心を読むんだ」
エスパーの町なのか、ここは。
密かに超能力開発してレールガンなのか。
「でも、確かに後ろから見ても美少女ってオーラ出してますよね、都富先輩は。なんでしょう。エロゲに出てくるヒロインみたいな存在ですよね、あの人」
「どうしてお前がエロゲ事情を―――いや、なんでもない。人の趣味はそれぞれだよな」
「最後までツッコんでくださいよ!」
あ。
ミケがうるさいから都富が振り替えちゃったじゃん。
俺らを見てニコリと微笑む。
うん、美少女だ。惚れそうになった。
「先輩先輩!」
「ん?」
「キャハッ!(ニコッ)」
「あ゛?」
「なんでキレそうになってんですか!?」
キレそうじゃねえよキレてたんだよ。
お粗末なもん見せやがって。
例えミケが平均以上の美少女だとしても、都富の笑顔を見た後だと、ピクリとも感動しない。
「お前も都富を見習って」
「私を見習わない方が良いですよ」
「うぉっ!?」
いきなり横から都富の声がした。
驚きのあまりシェーッみたいなボーズを取ってしまった。
「あ、都富先輩はよっす!今日も美少女オーラムンムンですね」
「そんなことないわ古寺さん。地味って自覚してるんだから」
それは自覚とは言わない。謙遜だ。
というか都富を地味って言うものなら、ミケなんかどうすればいいんだ。頭の出来しかないぞ、地味じゃないの。
「今、先輩から失礼なことを思われてる気がするんですが」
「そんなことはある」
「認めるんですか!?」
「事実、都富に比べたらミケなんか頭の出来以外地味じゃないかと思っていた」
「悪口を本人の目の前で言うもんじゃないですよ!?」
「ミケ」
「な、なんすか…」
「事実は、悪口じゃないんだ」
「先輩最低ですね!!でも嫌いじゃない…嫌いじゃないですこの感じ!!」
ミケが何かに目覚めていた。
怖いから触れないでおいた。
「貴槇くん、酷いですよ?」
「いいんだよ、悦んでんだから」
「そう、ですか……」
「?」
「そういえば、貴槇くん。この頃何か変わったことありましたか?」
「は?」
変わったこと?
あったのは、あったけど…。
「何にもないよ。こんな時期に転校生が来ることくらい」
「…そうですか」
「なんだよ、煮え切らないな」
「いえ、気のせいでした」
「ふぅん?」
まぁ深くツッコむとあの事がバレるかもしれないからやめておいた。
白昼夢の件は忘れることに決めたのだ。
下駄箱に着く。
ミケは学年が違うので早々に別れ、都富はクラスが違うのでさっき別れた。
教室で自分の席に座り、すぐに突っ伏す。周りからの声が耳に入った。
―あいつ、今度は都富に声かけられたってよ。
―学園のアイドルにか!? うわ、マジうぜぇ…。調子乗ってんじゃねえの。
―いつも美少女傍らに着かせてんのにな。それだけでも死んでほしいわ。
うっせぇ、と毒吐きながら、俺は周りからの嫉妬の目を受け続けた。
このクラスは、俺には居心地が悪い。
どうせ、俺が起きたら、何食わぬ顔をして笑顔を向けてくるくせに。
うとうとした意識を、俺は簡単に手放した。
おやすみなさい。
◆◆◆
「じゃあ、教室は担任の川崎先生について行きなさい」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
ふふふ…チョロいもんだわ、人間界。
ちょーっと書類誤魔化せば、簡単に侵入できるんだもの。
川崎先生とやらに教室までを案内されている間、私はあのタカマキタマキというイレギュラーに付いて考えを巡らせる。
彼の極大な魔力の量。
生まれつきなんだろうけど、それだけでは説明が付かない。何らかの意図で手が加えられているはずだ。
私たち、魔女の手によって。
(他人の熟れた果実を横からかっさらうのって快感よねぇ…NTRっぽくて)
いけないいけない。
ついつい顔がニヤケてしまう。
慎重に迅速に、タカマキタマキを捕獲し、その魔力を吸収しなきゃ。
教室の外で待たされ、担任の合図で中に入る。ざわめきが耳に入った。ふふふ、みんな私のことを高く評価してくれてるわね。
黒板に自分の名前を書き、そして告げる。
「スクウァ・ウォンゲートです。よろしくお願いします」
私が自己紹介した瞬間、男子共から歓声が上がった。悪くない気分になる。
私みたいな美少女が転校してきたのだから当たり前だろう。
さて、タカマキタマキは…と。
前に見た姿を思い出し、キョロキョロと教室内を探す。
ふふふ、驚愕のあまり腰を抜かしているでしょうね。
だが、当のタカマキタマキは…
「(爆睡)」
(ね、寝てるぅぅぅ――――っ!?)
まさかの予想外!!
私のような美少女に反応せず、睡眠欲が勝ってしまっていた。
というかさっきの歓声で起きないの!?
「じゃあ、お前は…貴槇の横で良いな。あの席に着いてくれ」
「あ、は、はい…」
「? どうかしたかね。気分が悪そうだが」
「…いえ、なんでもないです」
睡眠欲に負けた睡眠欲に負けた睡眠欲に負けた………。
私はどんよりと気落ちしながら、席に着いた。転校一日目、まさかの『ドッキリハプニング!まさかのあの子は転校生?』作戦が無に帰してしまったのだ。
出鼻を挫かれた。
(いやいや…まだよ。目を覚ませば、きっと驚きのあまり腰を抜かすはず…)
目的がなんだかすり替わっている気がするが、しかし私は諦めない。
イレギュラーは、早々に潰しておかなければ。