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残響

 私は立ちつくしていた。


「……」


 もう空は黒に染まり、天気予報どおりしとしとと奏でる水音と、懐かしい時代の思い出が、外と内から響いていた。


(俺がお前たちを育てるから……守るから……)


 私は先ほどの男を見送った後、シャワーを浴びるために一階の廊下を渡り浴室に行こうとしたら、リビングの扉が少し開いていたため横切る際にちらっとのぞいたら、人影らしきものが揺れて見えたので驚いた。

おそるおそる扉を開け、暗かったので部屋の電気をつけてみると、そこにはカーテンのレールから白く太いロープを巻きつけて、首を吊ったまま体をだらんとさせているお兄がそこにいた。


「……!」



ロープには赤いものが滲んでいて、

近くには雑誌の束をガムテープでぐるぐるととめて作られた台らしきものが放り出されていた。


「お兄……」


 私は近づけなかった。呆然と棒立ちするだけだった。

けれど、どうして首を吊ってしまったのかは分からないのだが、私はなぜかもうずっと前からこうなるのではないのかなと思っていた。

理由は、家の庭にある。

私の家の庭の土の中には、死体が二つある。

パパとママの死体だった。



 私たち家族は今思い出しても普通の幸せな家族だったと思う。あの頃までは。

なぜなら幸せだった時間しか思い出せないから。だから、なぜこんなことになってしまっているのか理解できなかった。

パパは穏やかであたたかな心を持っていて、あまり怒ることはしない人だった。

ママは朗らかで勝気で、怒ると怖いけど、後でぎゅっと抱きしめてくれる優しい人だった。

お兄は普段は大人しくてあまり口数は多くなく、そこはパパと似ていたけれど、私たちが何か悪いことをしてしまった時にはちゃんと叱ってくれて、そこがママに似ているところもあるような、大きな心で包んでくれる頼もしい人だった。

妹の未玖は、怖がりで、でも壊れたおもちゃにも痛そうなどと感じることのできる心の優しい子だった。



 あれは私が物心つき始めた頃。穏やかな日差しが風とともに触れてくる4月。

パパ、ママ、お兄、未玖と私の家族全員で家から少し離れた公園にお花見に行ったことがあった。

到着した公園は小高い丘があって、私や未玖と同じような歳の子たちが遊んでいた。

私たち姉妹は早くそこで遊びたかったのだが、ママたちにまずは場所取りをしないといけないと制止された。

桜の木の下にはこれまた同じような家族たちがいっぱいいて、作ったお弁当を広げてにこにこ笑っていた。

それを見ているだけでも心がふわふわして、楽しい気持ちになる。


「あ、あそこにしようかな。あそこ良いんじゃない」


 ママが少し先を指差して小走りに向かった。

他の二人も、


「おっ。ちょうどいいんじゃないか」


 とママがみつけた場所を気に入ったようだった。


「ふふふ。こういうところを見つけるのは得意なのよ」


 ママは誇らしげだった。

パパはシートを広げ、お兄はその辺にあった石でシートを固定させる。

ママは持ってきたピクニック用バスケットと水筒をその上に乗せた。


「ママ、あそこで遊んでもいい?」


 と未玖が丘を指差して言った。


「ん? あぁ、いいわよ。危険なことはしちゃダメよ」


 そう聞いた私たちは目を見開いて破顔し、手をつないで丘まで走った。

丘まで着いた私たちは、吹き抜ける風を感じながら、晴天の下で大きく手足を開いて寝転んだ。

草がふさふさにてくすぐったかった。

私は太陽の下で手をかざす。逆光によって手が黒く見えた。

それがとても不思議に思った私は、


「ねぇねぇっ。手を上にやって! くろいっ!」


 と、未玖に私と同じことをさせた。

見様見真似で同じポーズをした未玖もまた、


「ほんとだっ! くろい!」


 未玖はとても驚いていた。


「おきたら、いつものいろだよ」

「ほんとだ! でも、ちょっとチカチカする……」

「ほんとだ、チカチカするね」


 私たちはその後も走り回ったり、お互いの影を踏みあったり、色んな遊びを作り出して遊んだ。

そのうちにママが私たちを呼びに来た。


「ふたりともー。ごはん食べるわよー」

「はーい」


 いつも家でごはんを食べるときのように私たちを呼んで、私たちもその時のように返事をした。

でもその日のごはんはいつもと違うのだ。

なぜなら、お花見のごはんというのもあるのだが、朝早く起きた私が手伝ったからでもある。

手伝ったと言っても包丁を使ったり、食材を炒めたりということはせず、あらかじめ下味をつけ長方形に切っていた食パンの上に具材を乗せて食パンではさむだけのサンドイッチを作る係だった。

それでも、初めての料理に私は少しあった眠気が吹き飛んだ。

何個か作っていると、同じように未玖も起きはじめた。

未玖は何か楽しいことを二人きりでやっているのではと思ったらしく、最初は機嫌が悪かったが、ママが手伝ってほしいというと、すぐにこやかな顔になって一緒にサンドイッチを作り始めた。


 色とりどりの料理が並べられ、それだけでママの気合の入りようが見て取れた。

サンドイッチだけは形が悪かったのだが、私にはキラキラ輝いて見えた。


「サンドイッチは二人が作ってくれたのよ」


 とママが言うと、パパとお兄は、


「おっ。そりゃすごい。うまそうだ」

「最初にたべようか」


 と言ってくれた。

私も初めに自分の作ったサンドイッチを手に取る。ハムと、カツと、ウインナーと、からあげ入りの、なんともスタミナ溢れるサンドイッチだった。

手に取ったは良いが、食べるのがなんだか惜しかった。

紙皿の上に乗せてじっとみつめる。


「どうした? 食べないのか?」


 とお兄に聞かれたが、


「食べたらなくなっちゃう……」


 と言い、自分が作ったものが全部なくなってしまうような切なさを感じていた。

しかし、


「食べなきゃ俺が食べちゃうぞー」


 とお兄に言われたので、やだっ! と言いながら私はサンドイッチを頬張った。

味付けはママなのだから、おいしいのは当たり前なのだが、自分が作ったものというプラスのおいしさが加わった。

横をちらっと見ると、未玖も食べていて、同じようににこにこと笑っていた。


「このサンドイッチはいつもの倍以上おいしいな!」


 パパが私たちのサンドイッチをべた褒めする。


「じゃあ、いつものサンドイッチの味は二分の一以下ですかそうですか」


 ママがチクリと皮肉を言うと、「いや、そうじゃなく……」と戸惑ったパパの顔をみて、ママとお兄があははと笑った。

私も意味は分からなかったがつられて笑った。未玖も同じように笑った。

笑い声が桜の花に響き、その振動ではらはらと舞い落ちているような気がした。


 とても幸せな日だった。

これがずっと続くと信じていた。

信じていたというよりは、そうじゃない日が来るなんて思ってもいなかった。

自分で作ったサンドイッチが、あまりにも不恰好だったため食べにくく、力加減を間違えていきなりぐちゃっと具材がはみ出て崩れ、紙皿の上に落ちた。

この音に違和感を覚え、脳裏に響いて離れない。

その崩れたサンドイッチのように、私たち家族は崩壊した。



 その日は急にやってきた。

私が小学校に上がりたての頃、新品のツヤツヤの赤いランドセルをゆさゆさと揺らしながら、同い年の未玖と手をつないでいつものように家に帰ってきた。

入学当初はママが送り迎えを途中までしてくれていたのだが、そのうち未玖と二人きりで行き帰りが出来るようになり、それが大人に近づいたような気がして誇らしかった。

家に着き、私たちは持っていた鍵で開錠し家に入った。


「ただいまぁー」


 と二人揃って仲良く言う。

いつもは専業主婦であるママがすぐに駆け寄って来てくれていたのだが、その日は来なかった。

それについて特に気にせず、いつものようにリビングに向かった。

そして、扉を開けたら、そこにはお兄とパパとママがいた。

お兄は、泣いていた。ぽろぽろと、泣いていた。手には包丁が握られていた。

傍らには、パパとママが横たわっていた。二人の体のいたるところから血がどろっと流れ、床に血だまりが出来ていた。

私は子供ながら、異様さを感じ、もしかしたらもう二度と今までのような幸せは来ないのかなと思った。

未玖をちらっと見ると、同じように怯えた表情をしていた。

お兄の方を向き直すと、お兄もこちらに気づいて振り向いた。


「禾子、未玖……ごめん」


 そういうと、ぶわっとかすかに垂れ目気味のお兄の瞳から涙が溢れ出す。


「おにい……ママとパパとなにしてるの?」


 私の質問に答えず、お兄は私たちに近づき、血だらけの手で私たちを抱きしめた。


「ごめん……。お前たちは何も悪くないのに……。俺がお前たちを育てるから……守るから……」


 そう言って、涙を流しながら、お兄は言っていた。

私たちの服も赤く染まり、共犯になった気がした。

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