八、
ボーイズラブ(腐向け・女性向け)要素を含みます。苦手な方、意味がわからない方は閲覧をしないでください。
ひとまず話をくぎります。
「疑り深いのは職業病だな」
扉が開く。
そうかもしれない。見知らぬ場所に来た時に、目の配り方が違う。観察する対象が違う。そこから導きだす答えも違う。
僅かな違いだが、他の生き方を選ぼうとすると邪魔をしてくるのが、そんな些細なことだった。人をどう殺すのが効率がいいのか知っていることも、どうやって人を騙すのか知っていることも障害にはならない。一般人に”普通の人間”ではないと思わせ、軋轢を生むのは日常生活の中でにじみ出る差異だ。
馬酔木もこうしていると普通に生活を営む人間のように見えるが、自分と同じ隠密なのだ。
「もし助けてくれたのが、農民なら私もここまで疑いはしなかった」
本当にそうだろうか。
うつむく。古びた床板は黒く沈んだ色をしていて、手を置くと相応の冷たさを返してきた。
私の心はとっくに人を信用できないほどに暗く沈んでしまっていたのではないか。それを信じたくないから、馬酔木が隠密であることを言い訳にしているのではないか。
「お前の場合信じるのが、怖いだけかもなぁ?」
心のうちを言い当てられた気がした。
顔をあげると、馬酔木はまっすぐにこちらを見ていた。余裕のある笑みは、どこかへ消えている。
「俺も、怖い」
それは聞かせるつもりのない言葉なのかもしれない。小さなつぶやきを聞き逃さなかったのは偶然としかいいようがなく、聞き間違いで片付けることも充分にできたのだ。
「嘘だ」
思わず、口をついて出ていた。
戦いの場においてあれほど強く、さしたる理由もなく敵を助け、感情をあらわにして笑ってみせる。自由に振る舞う人間とは、強いものだ。
「嘘なもんかよ。つまるところ、俺は話す相手が欲しいだけのような気もしてるんだぜ」
少年のような顔で、馬酔木は笑う。
「お前は俺を信じたい。だから、疑い抜かずにはいられない」
馬酔木は実は隠密ではなく、呪術師か何かでこちらの考えていることの一つ一つを読み取っているのではないだろうか。
なぜ、ぴたりと言い当てるのか。
己の中で形になっていないことでさえ、馬酔木はぴたりと言い当ててみせるのだ。
「どうして、分かる」
「ただの願望だ。案外うまくやっていけるんじゃないか、俺たち」
何も負う所のない、清々しい笑みだ。
「怪我が、治るまでだ」
どうせ、しばらくは動けないのだから。敵の情報も手に入れるかもしれないし、あるいは馬酔木の使う毒の情報だとか。
それらを否定するだけの勇気が、自分にはまだない。
怪我が治るまで。
それが今秋雨にできる精一杯の言い訳だった。
まだ続ける予定です。エロなどもできれば、書いてゆきたい。