最終話
「そして二人は別れました。再会を信じて‥‥」
しかし、とバーテンダーは続けた。
「二人はそれから二度と逢うことはありませんでした」
「…二人とも、新しい恋を見つけたのか?」
男は、バーテンに尋ねる。
いいえ、とバーテンダーの男は首を振った。
「ジャックはその思い出のバーで待ち続けました。自ら従業員になり、そして、店長から店を譲ってもらい二代目の店長になって。
そして、何年も何十年もまった。…だが、ついに彼女は、ローズはこの店にあらわれることはなかった…」
この店、って‥‥。
男は繰り返すと混乱したようにいった。
「え、二人の思い出の店ってここ……?」
バーテンは男を指差すと笑いながら言った。
「ぇえ、このバーですよ。二人がいつも座った席はあなたが座っている、その席と右隣。あなたのほうにジャック、その右にローズです」
「なんで、あんたそんな詳しく…もしかして、あんたの名は…?」
おやおや、と言ったバーテンの瞳にははっきりと男の姿が写っていた。
「はぃ、ジャック・ホワイトと申します」
バーテンダーはにぃっと笑うとまた洗ったグラスを拭き、かたずけた。
「あんたはまだ待ってるのか?」
男はバーテンダーに尋ねる。
「はい、いつまでも待つと約束しましたから」
バーテンダーはそう言って頬笑んだ。 それを聞いた男はぽつりと呟いた。
「俺にもいつかそんなに待ち続けることができるほど愛することができる人があらわれるのかな」
「はぃ、きっと」
バーテンダーは目を伏せておだやかな顔で答えた。
ここからは余談となるが、のちに男があのバーを訪ねたところジャックというバーテンダーはいなくなっていた。
…いや、ジャック・ホワイトというバーテンは元々いなかった。
男が若いバーテンダーに尋ねたところ、今うちにはそんなバーテンダーはいないと言われた。…何年か前に他界している、と
そしてこれも後の調べで解ったことだが、ローズ・オルニティアは列車事故で若くに亡くなっていた。
彼女の故郷からこの街へとを結ぶ汽車での事故だったそうだ。
男は辺境の街の共同墓地にあるジャック・ホワイトの墓を探し出し、彼女の故郷からとって来たひとつの真っ赤な林檎を彼の墓前にそなえてやった……。
あのジャック・ホワイトというバーテンダーは未だに来ることができなかった恋人、ローズを待ち続けているのだろうか、と思いながら。
* * *
「ジャック」
「ローズ…!!」
男が去ったのちジャックの墓の前で抱き合う男女の姿とその声を聞いた人がいたとか、いないとか――。
そのとき、彼の置いていった林檎が二つに割れたそうだ‥‥まるで二人が仲良く分け合ったかのように。
「ローズ、逢いたかった」
「ずっと待たせてごめんなさい。ジャック」
そんな囁き声が汽車に乗ろうとした男の耳には風となって届いたのだろうか。
彼は後ろを振り向いて来た道を見つめていた。
それからしばらくして、彼は汽車にのりこんだ。
そして、降り始めた粉雪が、墓地に残された男の足跡に降り積もっていった。
最後まで読んでくださってありがとうございました。今度また他の作品でお会いできたら光栄です。