第三話
「はい、お土産」
ジャックはローズに生のままの林檎を手渡した。それのへたには、ピンクのリボンが不器用に結び付けてある。
「あら、色気のないプレゼントありがとう」
ローズは皮肉混じりにそう言うと林檎をうけとり、何を思ったのかそのままかじった。
「あ、でもおいしい」
意外だったようでおもわず口に手をあてている。
「だろ?花束なんかよりローズにはこっちのが似合うかとおもって」
「なんですって?!」
ローズはきっとこちらを睨むとジャックのほっぺをむにぃと引っ張った。
「痛いって。わかった、わかったから。俺が悪かったって」
それで手は放したものの拗ねた顔をしてこちらをみていた。
「あ、ほら、キミの出番が始まるよ」
ジャックはあわてて言うとステージの方へとローズの背を押しやる。
しかたなしにローズはしぶしぶとステージへと歩いていった。
‥‥あの日からもう3年が経っていた。
そう、二人が出逢ったあの日から‥‥。
近ごろはジャックもローズと先程のような馴れ合いをして、冗談を言い合う仲にまでなった。
そして…
ジャックはローズにひかれてはじめていたのだった。
ローズがスポットライトを浴びたステージにあがった。
ステージの上では先程の子供のような拗ねた表情はない。
りっぱな威厳をたたえたその端麗な顔立ちとその歌はここにいるすべての人を魅了するものだった。
男も女も関係なく、彼女の歌声に酔い痴れる…。
そしてそれはジャックも例外ではなかった。
出番が終わり拍手喝采と供にステージをおりたローズに何人かの男が何か話かける。
それを笑顔でふりきって彼女はジャックのところへやってきた。
「今日、用事ある?」
戻ってきたローズがジャックにいきなり尋ねた。
「いや、暇だけどなんで?」
ジャックは軽い口調で以て答える。
「なんでって、本来ならこういうのを誘うのはレディーじゃなくて男の方でしょうが」
「え?」
ジャックはグラスを持ったままさっと振り向いたので、中身がこぼれそうな程ゆれた。
「だぁからぁ、食事にいこうって言ってるの。二人で」
二人の間に沈黙が漂う。
彼女が、誘ってくれてる…?
これは、彼女も同じ気持ちなのか?それとも、ただの自惚れか?
周りがジャックをじろりと睨む。
「俺でいいのか?あんたに言い寄る男は五万といるだろ?」
その視線を感じ、うれしさとは裏腹にこう言ってしまった。
とたんにローズの顔色が変わっていく。
「ジャックはあたしが他の人と仲良ーくお食事にいってもいいってわけね」
ジャックの言葉はローズの静な怒りを招いたようだ。
「なにいって…」
そんなわけないだろう!!
完全否定しようとして躊躇ったジャックがいた。
ここでうまくいっても、また…。
そんな思いが頭をよぎった‥‥。
* * *
「彼は恐かったんです……ここで彼女との関係を壊すことが……付き合った後、彼は前の恋人達のようになることが恐かった」
バーテンはそう言うと洗い終わったグラスを棚にもどした。
「それで…どうしたんだ?そのジャックは」
男はいつの間にかバーテンダーの話に引き込まれていた。
「それはですね…彼は臆病で、彼女との別れがいやで、心にもないことを言ってしまったんですよ」
* * *
「いや、平気かっていわれても……俺がなんでローズのそんなことまで気にしなきゃいけないんだよ」
言ってしまった……。
後悔してももう遅い。ジャックは恐る恐る彼女の方を見た。
「そう‥‥そうよねっ。ゴメンね、変なこといっちゃって」
えっ…?
怒るかとおもっていたジャックは驚いた。
ローズは今までに見たことも無いくらい悲しそうに見えた。
「じゃぁ、いいや。ご飯は他の人といく…」
じゃぁ、バイバイと手を振ってジャックの元を後にする…。
これでいいんだ……
ジャックはそう自分に言い聞かせた。
これからは友達として、この想いをひた隠しての偽りの関係でもいい……。
だからこの女性を失いたくないんだ。
今までの関係を続けていけば二度と会えなくはならない。
ジャックはそう信じていた。
違う。信じたかったのだ。
だが、彼が自分で思い込もうとする度に余計に胸が詰まる想いが彼を苦しめた。
そんな根拠はどこにもない。
心ではそうわかっていたのだから…。
あれから数日経った。
ジャックはやはりこないだのことを謝ろうとバーへとやってきた。
ローズのことを探しながらいつものカウンターの席に着く。
ローズはまだ来てないようだった。ジャックはいつものを注文して、ローズが現れるのを待っていた。
その時、後ろから聞き慣れた足音が聞こえた。
ローズだ…。
「こないだは…ゴメン」
ジャックは隣に座ったローズに静かに言った。
「えっ?何が?」
ところが、ローズは何のことか解らないとでもいうように首をかしげた。
ジャックはローズのその反応に動揺した。
…何が?って…
「こないだ食事誘ってくれたのにさ、ひどいこと言ったろ?」
ぁあ、っとローズは合点いったように頷く。
「そんなことまだ気にしてたの?」
くすっと笑うローズはいつものローズだった。
「だぁから、あたしが来たときなんかよそよそしかったんだぁ」
「悪かったな」
ジャックはほっとした反面むっつりとして答える。
「なぁんだ。あたしの話がばれちゃったのかと思った」
あたしの話……?なんだそれ‥‥。
「あたし結婚きまったんだ」