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Basilica di San Simone in Pietro

 僕は、この仮説をサトゥさんに語った。

 隣で聞くリィンさんは「ばからしい」って目が言ってたけど、サトゥさんは真剣な表情で最後まで聞いてくれた。


「……その仮説が正しいか否か、今はまだ結論を出し得ません。

 今後、私が余生の全てを賭けて明らかにしていくことになるでしょう」

「あの、ダルリアダに古代のイセキとか残ってませんか?

 フシゼンに良くできた神殿とか、ハルか昔の宝玉とか……つまり、アンクに似たものが」


 古代より伝わる宝玉、即ちアンク。

 もし皇国の力が古代文明の発掘によるものだとすれば、他の地にも似たような名残があるはず。

 でもサトゥさんは残念そうに否定する。


「太古より伝わる宝玉、と言われる品であれば各地に。

 でもそれらは多くが単なる宝玉か、くすんだり砕けた樹脂の固まりのような物です。

 神殿や遺跡についても、これから地道に再調査をしていかねばなりませんね。

 無論、ドワーフの地母神殿やリザードマンの神竜僧院の抵抗は予想されますが」


 そうか、太古の施設はその神秘性から、神殿などの宗教施設として利用されてる物が多いはず。

 文献も、魔界では大学だの図書館だのはダルリアダくらいにしかなくて、多くが各種族の僧院や王宮の奥に保管される古文書。

 だから古代文明について全体像が分からなくなってしまったんだ。

 これを再調査するとなると、各宗教と支配者層の基盤をひっくり返すのと同じ。

 殺されかねない。


 サトゥさんもそのことは分かってるだろう。

 けど悲壮感は全くない。

 むしろ、決意と期待で目が輝いてる。


「危険は大きいですが、元々が老い先短い身ですから。

 残り少ないかも知れない私の命、その全てを費やすに相応しい研究課題です。

 ありがとう、異界の若き友よ。

 あなたに出会えたこと、魔王陛下に感謝せねばなりませんね。

 皮肉なものです。憎き魔王陛下が同時に私の希望の光でもあるのですから」


 それではこれから各所を回って引き継ぎをしてきます、と一礼して部屋を出ようとした元執政官。

 でも僕は仮説と取り調べから導かれた最後の予想を言わなきゃいけない。

 恐らくルヴァン様なら気付く点だろうけど、念のため伝える必要がある。


「あの、ヒきツぎをするならリュクサンブール宮殿へも行きますか?

 姫様達や陛下にも会いますよね?」

「ええ、恐らく」

「フヨウかもしれませんが、伝えて欲しいことがあるのです。

 よろしいですか?」

「もちろんですよ。

 何でしょうか?」


 少し天井を見上げ、頭の中を整理して、話をまとめる。

 バカげてるかもしれないけど、それでも伝えなきゃいけない話。

 魔界にとって最悪の予想。


「もし今までのボクの説がタダしいなら、皇国がカイハツしラコナ島でウゴかしているという船には、気をつけるべきです。

 その船には、魔界のクレーターを作り出したブキが載せられているかもしれません」


 僕が考えつく最悪の予想。

 皇国が建造した船とは、古代文明が生み出した船の複製品。もしくは修理したもの。

 なら、インターラーケンの巨大クレーターを生み出した兵器も搭載しているんじゃないのか?

 そう、地球で言うなら核ミサイルを搭載した原子力潜水艦のような……。


「……承りました。

 確かに伝えましょう」


 部屋を出る瞬間の元執政官の顔、さっきまでとはうってかわった厳しいものだった。

 恐らくサトゥさんも同じ懸念を抱いたんだ。

 扉が閉められてからも、僕の頭の中には不安が渦巻いてる。

 ここは地球のパラレルワールド、地球で起こりえたことはここでも起こりうる。

 地球では全面核戦争は回避出来た、とはまだ言えなかったかもしれないけど、核弾頭の数はどんどん減らされてる最中だった。

 でも遙か昔の魔界では回避出来なかった。

 そして今、再び同じ危険が生じつつある、かもしれない。

 いや、違う。

 今は皇国が一方的に魔界を壊滅させるかもしれないんだ。


「ちょっと、ユータ。

 大丈夫? 顔色悪いわよ」

「え、あ、ああ、大丈夫だよ、リィン」


 僕は余程の顔をしていたんだろう。

 心配そうな黄色の瞳は真っ直ぐに僕の目を覗きこむ。

 細い指が右頬をなでる。

 メイド服のウェストはキュッとくびれて、フワフワなスカートから飛び出すふくらはぎは……ええい面倒臭い、言葉は不要!

 右腕を彼女の細い腰に回し、一気に引き寄せる。

 そして言いしれぬ不安を振り払うべく、全ての思考と感覚を少女のような女の体へ注いだ。

 耳元に囁かれるリィンの声、まさに待ちかねたかのような嬉しさが滲み出てる。


「んふふ~、この前の続きね」

「もっちろん!

 大好きだよ、リィン」


 小さな妖精の体は軽い。ヒョイと持ち上げてベッドに優しく寝かす。

 そしてまずは白いエプロンを外そうかと結び目に手をかけたら、細い指がそれを邪魔した。

 かわりにスカートの裾が控えめにめくられ、細い太ももが隠された暗がりに光さす。


「この前の続き、でしょ?

 だったら着たままでやりましょ」

「え~?」

「たまには違ったことをするのは長続きのコツって言うわよ」

「んー、それもそうか。

 それじゃ、シツレイして……おジャマしまーす」

「いらっしゃーい、ん、あん……ふふ、興奮しちゃうわ、あぅん!」


 スカートの中に頭から潜り込み、彼女の足をナデナデ。

 いえいえ変態じゃありません、愛し合ってるだけですよ倦怠期予防策ですよ。

 どうやら朝に湯浴みして香水も付けてきたらしい彼女の香り、暗いスカートの中に満ちている。

 下着も安物じゃないようで、薄さも肌触りも極上。

 ショーツに指をかけてゆっくりとずらすと、布地の感触からはきめ細かな刺繍が読み取れる。

 もちろん彼女の、柔らかく暖かな奥深い所ほど滑らかじゃないけど、極上品なのは分かる。


「こら、最初からジュンビしてきてたな?

 このアクジョめ」

「おほほほ、妖精をチビだからってバカにしたらだめよ、ん、んふ。

 リィンお姉さんは、お姉さんは……あ、あん! あはぁ」

「お姉さんは、ナニ?」

「あぅ、あ、後で、ぅん、ゆっくり教えてあげる……ん!」


 というわけで、僕らは魔王城での続きに没頭した。

 服を着たままというのもほどなくして忘れ、競争するように脱いでしまう。

 今日は仕事は休みで高等法院も年末休み中なのをいいことに、人気のない城を丸一日独占気分。

 床暖房の暖かい部屋の中、昼寝を挟んで夜まで愛し合った。


 小柄な妖精の体から溢れてしまうほどのリィンへの想い、でも彼女は持ちうる全てをもって受け止めてくれた。

 彼女からも熱くほとばしる僕への想い、その全てをこの身に受け止める。

 お互いの全てを隠さずに認め合った。



 彼女と肌を重ねるうち、さっきの不安もどこかへ消えていった。

 代わりに胸の奥から湧き出すのは、決意と覚悟。


 リィンに身を捧げよう。

 二人で幸せな家庭を築こう。

 そのために魔界の繁栄と平和を、勝利を願おう。

 別に皇国に恨みはない。でも悪いけど、僕らの幸せのためにボコられて下さいね。


 そうと決まれば明日から忙しい。

 剣も振るえず魔法も使えない僕は前線に立てない。だけど知っている、戦争において前線とは戦場だけをいわないことを。

 作戦立案、諜報、兵站、兵器製造、食料生産、広報、etc。地球の現代戦は国家の総力戦。魔界対皇国も総力戦となるだろう。

 なら戦場は前線だけじゃない。

 純軍事的には何の力もないけど、魔界の誰も知らないことを知り、魔族の誰も気付かないことに気付ける僕だ。

 この知識と頭脳は必ず魔界の役に立つ。

 文官には文官の戦争があるんだ。

 なんて気合いを入れてると、隣で寝ていたリィンが首にキスしてきた。


「どうしたの?

 難しい顔をして」

「うん、これからはもっとガンバろうって思ってたんだ。

 思い切りハタラいて、エラくなって、タクサン稼いで、ステキな家を買って。

 皇国との戦争も終わらせて。

 二人でずっと幸せにクらそうって」

「……戦場へ行く気?」

「うーん、まだ分からない。

 でも、ボクなら戦争を終わらせれるよ。

 魔界の勝利で、ね」

「大きく出たわねえ。

 まあいいわ、頑張ってね」


 そういうと、彼女は再び健やかな寝息を立て始める。

 僕も心地よい疲れから眠りの世界へと足を踏み入れる。

 その合間にも、自分に出来ることを少し考えた。


 既に抗魔結界を持つ地球の新素材を提供した。

 空港で撮影した旅客機の映像は新型飛翔機の設計に生かされるだろう。

 携帯用ソーラー発電パネルは魔力以外のエネルギーへ目を向けさせる。

 ハッキングなどによる電脳戦も教えた、対アンク戦術も新しい段階へ移れる。

 まだまだ教えれること、伝えれることはあるはず。

 皇国が古代文明なら、魔界は地球文明だ。科学の恐ろしさを教えてやる。

 さあ、頑張るぞ!









 金三原裕太が対皇国戦への決意を固めていた同日。

 神聖フォルノーヴォ皇国国教会聖地、ピエトロの丘。

 教会総本山たる聖シモーネ大聖堂(Basilica di San Simone in Pietro)、通称大聖堂は歓喜と興奮の坩堝るつぼと化していた。

 荘厳で厳粛、なおかつ前に立つ者を等しくかしづかせる威容を誇る大聖堂。

 その正面に広がり、コロネード(colonnade:回廊のような列柱の並ぶ建物)で囲まれた円形広場を埋め尽くす大群衆は、一人残らず一点を見つめている。

 教会に認められた聖人福者の像が上部に並ぶ大聖堂の建物、その最上階バルコニーに立つ人物へと。


 それは金糸で編まれ色取り取りの宝玉が配された法衣に身を包む人物。

 左手には錫杖を持ち、杖の上部に取り付けられたクリスタルのアンクが貧弱な冬の陽光ですら眩しく輝く。

 それはアンクのレプリカに過ぎないが、そこから生み出された神々しい光のシャワーは地上の群衆へとそそいでいる。

 金色の法衣に包まれるのは、初老の人物。

 額は禿げ上がっているが、側頭部や後頭部から垂れる長い金髪は瑞々しい光沢を維持している。

 両の碧眼も、いまだ活力を失ってはいない。

 外見からは老いによる衰えは見せない男。

 にもかかわらず、その作り笑いはどこか自信なさげで気弱そうだった。

 錫杖を握る手にも、バルコニーに起立する足にも、僅かな震えが見えている。


 新教皇万歳……!

 神聖フォルノーヴォ皇国ばんざーい……!

 我らの聖地を穢す魔族を討ち滅ぼしたまえ……!


 群衆の中から聞こえてくる歓呼と祝福の叫び。

 どうやら重責への緊張に震えが止まらないらしい教皇は、それでも左手の錫杖を高く掲げる。

 途端に喧噪が静寂へと入れ替わる。

 掲げられた錫杖は、まるで聖地に満ちる神の息吹を吸い込むかのように、掲げられたまま力を溜めて静止する。

 そして、力を込めて下ろされる。

 錫杖の先端は大理石の床に打ち付けられ、金属音が広場全体へ広がり、コロネードの列柱と壁に反響する。

 群衆の鼓膜を心地よく揺らす鈴の音が消えたとき、人々は金色の法衣をまとう男の声を聞いた。


「ここに、聖シモン八世の教皇就任を、宣言するっ!」


 観衆から驚喜の叫びが上がる。

 コロネードの列柱の間に配された聖歌隊の少年少女が、天使の歌声を合唱する。

 極彩色の紙吹雪が、いずこからか冬だというのに花吹雪すらも舞い上がる。

 大聖堂前に集いし全ての臣民が、新たなる教皇の誕生を感涙の涙と共に受け止めた。


 だが、バルコニーの奥にいる人々は涙していなかった。

 地上の民からは見えないバルコニーの奥、薄暗い部屋の中にも人間達がいる。

 それは黒を基調とした法衣をまとう枢機卿達と、カーキ色や濃緑の軍服を着た者達。そして豪奢な赤いマントをまとい宝冠を戴く人物。

 枢機卿達の目は感動にうるんでいるわけではなかったが、それなりに満足げではあった。

 軍服を着た者達の目は、冷めていた。

 そして宝冠を戴く人物は老人。大根役者の寸劇でも見ているかのように、群衆を見下ろす人の後ろ姿を視界の端に入れているだけ。

 宝冠を戴いた人物の意識は、新教皇就任式典ではなく、背後から声をかけてきた部下達からの報告へと向けられていた。


――七世はオルタ山中で消えたままです。死体も発見されていません。

――システマ-アッツェラメント稼働、『ゴリアテ』帰還。

――『ゴリアテ』からの情報収集は順調。他の勇者達は潜伏中、宝玉への魔力充填は数日中に完了する模様。


 その報告に、宝冠は小さく上下して応える。

 老人は長い白髪を垂らしていたが、黒い瞳には老いを感じさせぬ鋭さが宿っていた。

 相当の高齢にも関わらず、杖もつかず背筋を伸ばして起立している。

 痩せてはいるが骨張っているわけでもなく、いまだ活力を失っていない

 やがてバルコニーから戻ってきた新教皇シモン八世は、背後のガラス戸が閉められカーテンが引かれてから老人の前にひざまずいた。

 ずっと部下の報告を聞いていた老人は、ようやく視線を教皇へと戻す。


「アダルベルト皇帝陛下、以上をもちまして拙僧の教皇就任式は滞りなく終了致しました」

「うむ」


 淡々と、簡単に返答した皇帝。

 まるで通りすがりの知人に挨拶されたかのような簡素さ。

 教皇から向けられた最上の礼を、それが当然であるかのように流してしまった。

 事実、皇帝にとっては一連の新教皇選出会議から就任式まで、全て臣民向けに書かれた台本通りの茶番に過ぎなかった。

 皇帝にとっては教皇も部下の一人に過ぎない。


「面を上げよ。

 今からは卿の地位は余と同格となる。

 我が半身として皇国を支えよ」

「承知致しました。

 この身に代えましても、陛下と皇国を繁栄に導くいしずえとなりましょう」


 神の僕である司祭のかしらは、人である教皇に仕えることを誓った。

 皇帝と同格であることを皇帝自身から宣言されて、ようやく皇帝の許しを得ずに立ち上がる。

 全く同格ではないこと、あくまで形式的一時的な地位でしかないことは明白だ。

 それはこの場にいる誰にとっても当然すぎる大前提であり、あえて口にする必要のないことだった。

 だから皇帝は別のことを語った。


「それでは早速だが、お前に見せたいものがある。

 ついてこい」

「はっ」


 教皇は金糸の法衣と、華美な装飾がしゃらしゃらと音をらする錫杖を手にしたまま歩き出そうとした。

 だが皇帝は教皇の姿を、ふん、と鼻で小さく笑う。


「そんな余計な飾りはいらん。

 これから工廠の最深部へ行くのだ」


 皇帝は頭上の宝冠を右手で無造作に掴み挙げ、部下の一人へ投げ渡す。

 羽根飾りの付いたマントも上着も軽々と脱ぎ捨て、シワ一つ無い動きやすそうなシャツとズボンとチョッキ姿になった。


「おお、工廠ですか。

 では途中まで案内致します」

「奥にはそのままでは入れんぞ。

 汚れても良い服に着替えておけ」

「承知しました。

 着替えて参りますので、しばしお待ちを」

「うむ。

 だが、余へのそういう改まった物言いも控えろ。

 前のヤツは、もっと気楽にやっていたぞ」

「……あれと一緒にしないで頂きたい」


 ヤツとあれとか呼ばれた前任者を会話の潤滑油として、新教皇の震えは収まり歩みも滑らかとなる。

 聖シモン八世の名を皇帝から賜った新教皇は、今は簡素な黒のスータン(僧衣)だけを身につけて、皇帝の前を歩いた。


次回、第十七章第三話


『工廠』


2012年2月2日00:00投稿予定


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