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言い伝え

「起きろおーーー!!」

 ガンガンガンガンッ!

「うぉおわああっ!?!?

 な、になになに!」


 いきなり頭上で金属がけたましく打ち鳴らされた。

 驚いて飛び起きれば、さらにガンッという音と共に火花が飛び散る。

 うおぉ頭痛え。


 目を開けたら、まだ火花が飛んでいた。

 頭をぶつけると目の中がチカチカするって本当だったんだ。

 ぶつけたのは僕の額、ぶつかったのは鉄鍋。最初にガンガンと鳴ってたのは、おたまで打ち鳴らされた鉄鍋だった。

 僕の頭上でぶっ叩かれた鍋の音に飛び起きて、その鍋にさらに頭をぶつけたんだ。


 周囲を見れば、高等法院の客室。

 窓からは冬の朝日、じゃなくて既に昼の太陽が控えめに差し込んでる。

 え、昼!?

 窓の外を見直せば、確かに太陽は既に真南の空に浮いてる。

 うおわあっ! 寝過ごしたっ!!


「オきなきゃっ! 宮殿に行かなきゃっ!

 な、ナンでこんな時間まで、ダレもオこしに来ないんだ!?」

「落ち着きなさいよ」


 横から落ち着いた声。

 そこにはメイド姿のリィンが浮いてた。

 右手におたま、左手に鉄鍋、文字通りに僕を叩き起こしてくれたワケね。

 いやそんな落ち着いてる場合じゃないって!


「リィン! いや、ヒサビサに会えてウレしいけど、それどころじゃなくて!

 宮殿が、教皇のトりシラべが」

「だから落ち着きなさいよ

 今日は無しだってさ」

「え、トりシラべは無しなの、か」

「新年の祭が終わるまではね。

 だから、しばらくは休暇よ」

「なんだ、驚いた」


 ほっと一息ついてベッドに寝転がる。

 いきなり布団から飛び起きたから、おー寒い。

 改めて今の状況を考えてみると、あらら、服も着替えないままベッドにもぐりこんでたのか。

 深夜までしゃべり続けたから、着替える気力も残らなかった。おかげでこんな時間まで寝てた。

 あれ、どうしてリィンはここに?


「あんた一人じゃ大変だろうからって、ミュウ様が世話役に寄越してくれたのよ。

 感謝なさいね」

「そっか。そりゃ良かった。

 はあ、それにしても、ズイブン寝坊したなあ」

「そりゃそうでしょうね。

 昨日は大変な会議だったんだから」


 話の途中だけど、目の前に浮くリィンの細い手首を掴む。

 そして引き寄せる。

 いきなりのことなのに、ごく自然に軽くキス。

 すぐに唇を離し、笑顔を交換し、今度はディープキス。

 舌をこころゆくまで絡ませる。

 ゆっくりと顔を離した彼女は、「それでねえ」と話を再開。

 もうちょっと余韻を楽しませて欲しいけど、ここは我慢。


「まったく、みんなビックリだったわよ。ルヴァン様をも唸らせる知恵者達だ、とか言われて。

 今まで、知恵でルヴァン様を驚かせる人なんかいなかったんだから」

「……みんなトチュウで寝てたけど」

「まあ、ね。

 はっきり言って、エルフの学者以外は何を話してたのかすら分からなかったそうよ。

 でもその学者達は一晩中慌てふためいてたわ。

 朝になったら他の種族も、特にドワーフ達が、エルフが知恵で後れを取る姿に大喜びしてたの」


 そっか、まあともかく、やるべきことはやったってとこか。

 最後は姉ちゃんにいいとこを持ってかれたのが残念だけど。

 あ、いやまて、まだ重要な仮説を言い残してる。これだけは改めてルヴァン様に言わないと。

 脳内で言い残した仮説をまとめようとする前に、リィンは客間の扉へ飛んでいった。


「でね、その学者様が急いでユータに会いたいそうよ」


 え、ちょっと待って、という前に扉が開けられてしまった。

 そこに立っていたのは老女のエルフ、寒そうな禿頭が目立つサトゥ執政官。手には鞄を大事そうに抱いてる。

 こっちはまだベッドの中だってのに、身支度も何もしてないのに。

 でも執政官は気にした様子はない。むしろ満面の笑顔でベッド横に歩いてきた。

 はて、目が赤いな。寝不足かな。


「お休みのところ、申し訳ありません。

 そのままで結構です。楽にして下さい」

「は、はあ」


 今さら格好付けてもしょうがない。

 御言葉に甘えて足だけ下ろしベッドに座る。

 執政官はエルフだけあって軽く指を振り、『念動』の魔法で窓際の椅子をベッド前に引き寄せた。

 リィンさんは壁際に取り付けられた赤い宝玉に指を伸ばす。


「少々お待ちを。

 暖を入れますわ」


 赤い宝玉が淡く輝くと、どこからか暖かい空気が立ち上ってくる。

 いや本当に足下から暖気が上がってくる。

 床暖房?

 天井近くをふわりと舞うリィンさんが丁寧に解説してくれた。


「床石の下に『炎』の術式を組み込んであるのよ。

 ユータは魔法が使えないし、ル・グラン・トリアノンのは壊れたままだったから、知らなかったでしょ」

「あ、うん、ありがとう」

「まったく、やっぱりあたしが世話したげないとダメねえ」


 うぅ、反論出来ない。

 魔法世界では魔法が使えないと生活しにくいったらありゃしない。

 暖炉はあるけど薪を燃やし続けるだけでも手間だもんなあ。薪もタダじゃないし。

 それはともかく、暖まりつつある部屋の中、サトゥ執政官は嬉しくてしょうがないという口調で語り始めた。


「まず最初に言っておきましょう。

 私は既に執政官ではありません。ルテティア市長権限においてDismissalされました。エルフ街区議会も承認済みです。

 今の私はルテティアの一市民に過ぎないのです。

 よって、私への気遣いなど無用ですよ」

「え、Dismissal……?」

「ああ、クビという意味ですよ」

「クビって、いきなりそんな」

「当然です。何しろ市長への不信不敬を口にしたのですから」

「シチョウへの?」

「ルテティア市長、即ち魔王陛下です。

 魔王陛下はルテティア市長であり、警視総監であり、最高判事であり、ルテティア第三防衛陣たる都市防衛軍司令なのです」 


 納得。

 ここは魔王直轄都市なんだから、全ての権限は魔王陛下に集中してるんだ。第三防衛陣って変な名前だけど、防衛軍司令も市長も陛下なんだな。

 それにしても「諸悪の根源」の一言で突然クビだなんて。

 普段の陛下からは想像つかない厳格な裁断だ。


「そして、不敬罪への処罰としてLabor punishmentが下されました。

 魔界全種族の歴史を、伝統を、文化を調査しCompilateせよ、と」


 単語が難しくて、何を言ったのか分からなかった。

 首を捻る僕の様子に、小さく咳払いしたサトゥ執政官、いや今はサトゥさんが言い直してくれた。


「つまり、罰として魔族達の歴史を調べて本にしなさい、という刑ですわ」

「なるほど、さすが陛下ですね」

「結果として、あなた達姉弟のおかげで若い頃の夢が叶ったのです。

 是非とも礼をいいたく、お休みのところを押しかけてしまいました。

 申し訳ありません。

 そして、有り難うございました」

「いえそんな、ボクは何も」


 いやホント、ボクは何もしてないんだよな。

 成り行きでそうなっただけで。

 いや、魔界の歴史に埋もれた真実を解き明かした、ということで凄いと思う。きっとそうに違いない。

 そんな風に頭の中で自画自賛していると、サトゥさんは鞄から紙の束を取り出した。


「そして、早速刑罰を受けてみました。

 まずは手始めにと、昨夜の会議の後に各種族からとある伝承を集め、まとめてみたのです」

「え、もしかしてテツヤですか?」

「ええ!

 これからの日々を思うと寝ようとしても寝れないくらいに心躍るもので。

 若かりし頃を思い出しましたわ。あの頃も寝食を忘れて書物をあさったものです」


 紙の束を胸に抱き締め、楽しそうに語るサトゥさん。

 目が赤いのは徹夜で伝承を聞き回ったせいか。

 本当に夢だったんだな。


「そうですか、良かったですね。

 ところでナンの言い伝えをアツめたんですか?」

「魔王伝説ですわ」


 魔王伝説、昔に存在した世界を滅ぼす悪の魔王。

 それは、それこそが僕の引っかかっていた事実。

 言い残した仮説だ。


「まだ始めたばかりですけどね。

 恐らく、あなたも興味があるのではないですか?」

「もちろんです」


 深く頷く僕に、サトゥさんは心から嬉しそうな表情。

 今まで黙って話を聞いていたリィンは僕の右に腰を下ろす。一緒に話を聞いてくれるらしい。

 元執政官は、会議の後に聞き回った魔王伝説について、エルフらしからぬ簡潔さで要約してくれた。

 それでも十分長いけど。



――いつか分からないほど昔、神と魔王がいた。又は絶対的な力を持つ複数の存在。

 それらは仲が悪かった。

 激しく争い、魔界を地獄へ変えた。

 最終的に、相打ちになったり討ち取られて死んだ。

 人々は破壊された世界から船に乗って新天地へ辿り着いた。もしくは故郷へ帰った。

 そして世界は平和になった――



「大筋はこうです。

 でも、各種族で微妙な差異が生じています。

 例えばあなたが語ったゴブリン達の話、聖地ロムルスに眠る船。

 神と魔王が出てくる場合は神の戦士も登場します。でもワーウルフ達のように魔王が複数登場する場合、神の戦士も船も出ない場合が多いのです」

「……リィンさん。

 妖精達では?」

「神も船も出てくるわね。

 妖精は船を導く光となり、人々を新天地へといざなった。

 話の最後では、魔王の呪いで地獄になった山の怒りを静めるため、インターラーケンに住む山神様へ自らを捧げる、となってるわ」

「魔王のノロいで地獄……あのクレーターのことか」

「恐らく」


 おごそかに同意する元執政官。

 そして紙の束から何枚かに分けられた魔界の地図を取り出した。

 インターラーケンを始めとした地図上の各所に赤丸が記されてる。


「今朝からキュリア・レジスの学者達が総掛かりで、インターラーケンと同じようなクレーターが無いか調べたのです。

 結果として、インターラーケンのような巨大なものではありませんが、それらしき地形が幾つか発見されました。

 不自然に真円を描く湖や、丸くえぐれた湾などです。

 正確な測量を待たねば結論は出せませんが、恐らくこれらは過去に同じ原因で生じた地形なのでしょう。

 それも、一般に知られる自然現象以外の原因で」


 地図の赤丸を見ると、よくよく見なければ分からないけど確かにクレーターと思える地形が幾つもある。

 流星雨、隕石が大量に降り注いだのか?

 それとも、まさか古代の兵器か、大魔法の撃ち合いか……。

 いや、神と魔王、もしくは複数の魔王。種族による伝承の違い。

 これってまさか、所属してた勢力の違いなんじゃ?


 味方は神だ敵は魔王だ、と言って戦争を始めた連中がいたんじゃなかろうか。

 戦争は拡大し、しまいには巨大なクレーターを生むほどの兵器を撃ち合い始めた。

 神を名乗る連中にとっては、全ては悪魔側の仕業。自分達は悪魔を討ち滅ぼす神の戦士。全ての勢力が自らを神だ敵を魔王だと言い出した。

 でも、それとは関係なく暮らしてた人々にとっては、どっちも世界を破壊する悪魔でしかないだろう。

 最終的に戦乱は終わった。双方全滅魔界壊滅で。

 文明を維持する力も無くした。口伝しか残すことが出来ないほどに。

 かろうじて生き残った人々は、最後の力を振り絞り一カ所に集まった。力を合わせて生き延びるために。それが船の辿り着いたロムルス。

 各種族、ごく少数の人々が一カ所に集まって力を合わせるため、自然と言語は混じり合い共通語が出来上がった。それが現在の魔界語。

 けど魔王伝説は完全には共通化されなかった。言語と違って、その必要が無かったから。だから各種族の立ち位置が反映されてる。


 現在の魔界は、一度は完全破壊された世界の上に再び築かれた。

 だがロムルスには過去の文明の名残が隠されていた。

 それを守っていたゴブリンは人間のナプレ王国に追放された。

 ナプレ王国は聖地を発掘し古代文明を復活させた。

 だが同時に、敵を魔王呼ばわりし完全抹殺する神の教えまで蘇らせてしまった。

 だからナプレ王国は神聖だの皇国だのを名乗り、人間以外を敵として虐殺し始めた。



 そして、いや、全くの予想というか仮定だけど、まだ考え得ることがある。

 それは重力実験。現在でもルヴァン様がジュネヴラで重力魔法実験を行った。なら遙かに高度な魔界古代文明は、さらなる頻度で行っただろう。

 地球ではLHCすらいずれ旧型になり、高出力の新型が世界中で造られる。

 だとすれば、僕らが魔界へ飛ばされたように、地球と魔界を漂流してしまった人や物は過去にも存在したんじゃないか?

 極端な話、22世紀から数千年前の魔界へ飛ばされた人や物も、その逆も、色んなパターンがあり得るはず。

 事故か故意か自然現象かは分からないけど、これなら両世界に共通点が多いのは頷ける。



 あ……まさか!

 地球の伝説に魔界のドワーフやエルフや巨人が出るのは、そのためか!? 魔界から転移してきた人々が伝説を作ったんじゃないのか?

 それだけじゃない、地球の各地で見つかるオーパーツ。例えば日本最西端の与那国島近海に沈んでる海底遺跡群、あれはエジプトのピラミッドよりより古い一万二千年前の巨石文明だと言われてる。

 もしかしたら、それが理由だったのかもしれない。

 でも在る程度の自由な往復、は難しいだろう。自由に往来出来るほどならオーパーツ扱いされず歴史にも残るはず。

 必要なエネルギー量・技術的な困難・危険性……やはりごくたまに、偶発的に発生する程度だったはず。


 そして、僕らが魔界に転移してきて『即座に病死しなかった』理由でもあるんだ。

 両世界に在る程度の交流があったということは、細菌やウィルスも両世界で在る程度は共通する。

 魔界の細菌やウィルスに全く免疫を持たないはずの僕らが、魔界に来てから一回だけしか病気で死にかけてないのは、魔界の病気にも有効な免疫を持っていたからだ。

 でなければ、とっくにありとあらゆる病気にかかって、ほぼ即死だ。

 まあ、もちろんあの後も何度か病気にかかってるんだけど、ちょっと数日くらい布団から出れない程度で済んでる。

 これは幸運じゃなくて、必然だったんだな。


 最終的に僕が至った仮説。

 でも、これこそが真実だろう。


次回、第十七章第二話


『Basilica di San Simone in Pietro』


2012年2月1日00:00投稿予定

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