結論
「ケツロンを言います。
魔界の人達は、人間もエルフもドワーフも妖精もリザードマンも、全ての人達はハルかムカシ、一カ所で暮らしていました。
全種族が手を取り合い、力を合わせて生きていたんです。
それは、ゴブリンの聖地ロムルス。
今はピエトロの丘と呼ばれるバショ。恐らくは、その近くにあるパラティーノもフクむハンイのはずです。
そしてそこに皇国の国力を飛躍的に向上させる秘密が隠されているんです」
反応は、沈黙。
誰も口を挟まない、反論も何もない。
リアクションを知る必要はない。
間髪入れず話を続ける。
「これはオソらくは数千年かそこらのアイダのことです。
数千年マエに、ミナさんはロムルスから各種族部族にワカれて魔界各地に広がったんです」
しゃべり出したら止まらない。
まださほど上手くない魔界語で、必死に語り続ける。
各種族にはそれぞれに古代から伝わる神聖言語がある。それは各種族が元々持っていた言語。
数千年前、ロムルスという一カ所で暮らしていた魔族人間は同じ言葉を使って会話していた。
次第にそれが主たる言語となり、元の言葉は忘れられた。
魔界語は大方が共通だけど、各地に散って時間経過と共に差異が生じた。それが方言となって現れてる。
でも全く言葉が通じなくなるほどじゃない。つまり、長くても数千年以内の時間しか経過していない。
つまり、数千年前に何かがあった。
魔界の各種族がロムルスという狭い地に集まらなければならなかったことが。
他の地に暮らしていた者が、おそらくほとんど生き残れなかったような大事件大災害が。
今、その事実を知るものがいないのは何故か。
各種族がバラバラになり群雄割拠の時代となってしまったため、過去の知識が完全に散逸し消失してしまったから。
それが今になって明らかとなったのは、魔王による魔界統一のため。
各種族が顔を合わせて知恵を束ねることで、再び明らかとなる可能性が生じた。
だがそれでも、それに気付くことが出来うる者は少ない。
条件が厳しいためだ、
各種族に偏見も何もなく、普通に語り合うことが出来る。各地を安全に自由に移動出来る。つまりフィールドワークが出来る。
情報収集や研究や勉強に時間を割くことが出来る資金的時間的余裕がある。
なにより、この分野へ好奇心を向ける資質や理由、必要性を持つ者
即ち、陛下と魔王一族の庇護を受けて魔界の勉強を続けていた異邦人の僕と姉。
だから僕は気が付いた。
この世界の真実に。
《はあ~……あんたってヤツは……》
姉の溜め息。
心からの、本当に呆れ果てたかのような、姉の呟き。
そして一言。
《今頃、何をいってんのよ?》
「え?」
今頃、いまごろって言った?
今頃何を言ってんのよ、てことは、当たり前ってこと?
呆れてしまうほど、当たり前だってのか?
《そんなの……この魔界の地図を見た瞬間に分かることじゃないの》
「え、え……えええ!?」
地図を見た瞬間に分かるって、どゆこと?
ドウイウ事ですかーっ!?
僕は今さっき気付いた世界の真実なんですよ!?
凄い歴史的事実なんですってば!
それに、最初から気付いてたって、どういうことなんだー!
ポカンとしてる魔王一族や魔族達を尻目に、姉は一つのデータを表示させた。
それは魔界の地図。
魔界中央、インターラーケンを拡大する。
《これ、よく見なさい》
「インターラーケン、だね」
《飛空挺とか上空からも、見たでしょ?》
「み、見たよ」
《どう思う?》
「どー、どう思うって、インターラーケン山脈内のボンチにある、妖精の国……」
《だー!
あんたって、どうしてそんなにバカなのよ!》
「ば、バカってなんだよ!?」
《この地形をよく見なさいよ!
アルプス山脈には無くて、インターラーケン山脈にはある地形。
それを見て何か気付くことはないかって聞いてるの!》
地形?
地球と魔界の地形の違い……。
パラレルワールド間で双子のように対応する山脈。
時空が異なるせいで、全く同じ地形ではない。
アルプス山脈の方は、さすがに山脈内だけあって平地がほとんどない。渓谷とか切り立った崖とかでデコボコだ。
でもインターラーケン山脈には大きな平地がある。山脈に囲まれた盆地が……盆地。
丸い、巨大な盆地?
妙に丸い、真円に近いほどの大きな盆地が……山脈の中に……え?
まるで皿を置いたかのように、不自然なほど、丸い盆地って、ええええ!?
こ、これって、まさか!!
「く、クレーターッ!?」
《そう、巨大なクレーターよ。
だいぶ土砂で埋まったり削れたりしてるけど、よくわかるでしょ。
今頃気付いたの?》
それは、巨大なクレーターだ。
偶然や見間違いじゃない。山脈のど真ん中が、丸く切り取られてる。
多少は雨風の浸食で削れたり歪んだりはしてるけど、間違いない。
まさか、ジュネヴラがスイスのジュネーブより標高が数百メートル高いのは、クレーターから吹っ飛んで巻き上げられた土砂が積み上がったからか!
あそこは、巨大なクレーターの縁にあったんだ!
「そ、そんな、山脈を削るほどの、巨大なクレーターが、こんなトコにぃ!?」
《地球の恐竜を絶滅させたっていう、ユカタン半島沖の海底クレーターほど巨大じゃないけどね。
隕石か魔法かは知らないけど、山を削っちゃうくらいの大爆発が大陸のど真ん中で起きたら、そりゃみんな滅ぶわよ》
「き、気付かなかった……」
《ついでに言うなら、風雨による浸食の激しそうな山で、これだけクレーターの形が残ってるとなると、それほど古い話じゃないわね。
あんたじゃないけど、だいたい数千年くらいの昔じゃない?》
本当に気付かなかった。
今まで何度もインターラーケンの地図を見たし、上空からも眺めた。
けど、まさかこんな巨大なクレーターが、堂々と山脈内にあっただなんて。
いや、最初から気付くべきだったのか。
地球のスイスはグルリと回って来たってのに、こんな巨大な盆地は無くて山あり谷ありの山岳国家だったのに、地形の違いの意味が分からなかった。
姉ちゃんは、ずっと前から気付いてたのかー!
つか、何で言わないんだよ!?
「ネエちゃん!
そんなダイジなこと、なんで黙ってたんだよ!」
《どこが大事よ》
「だーだーダイジだよ!
この魔界と皇国のセンランをオサめるヒントが隠された、世界のしんじ」
《ンなもんどーでもいーわ!》
うわあい。
人の話を遮って、どうでもいいって。
そして姉の意見が、つか愚痴と文句といいがかりが降ってくる。
《そんなもの、あたしに何の関係があんのよ!?
魔界の昔話なんか興味ないわよ!
そういうことはエルフの学者がやってりゃいーわ。なんであたしが調べなきゃいけないの!?
つか、この会議に引っ張ってこられたせいで、あたしがどんだけ迷惑してると思ってるのよ!
マルチェッリーノとのデートとか、幾つも約束あったのに、どうしてくれるのよ!
もしかしたらプロポーズだってされたかもしれないのに!》
「ぷ、プロポーズって、いつの間にそんなことに!?」
《あんたが鈍感なだけよ。
つーかあんただってリィンとイチャイチャしてるじゃないの。
頭の中は自分のことばっかりで、このお姉様のことなんか、見事に忘れてたくせに》
い、いやそこは否定しないけど。
僕だって自分のことでイッパイイッパイだったし。
てか、魔界の重鎮が勢揃いした重要な会議を前に、デートがどうとかって。
何を考えてるんだ。
《第一、そういうことはエルフの学者様が、とっくに調べ済みなんじゃないの?
それを何よ、まるで大発見でもしたかのように偉そうに。
ちょっと何か手に入れれば、すぐに鼻高々でいい気になって、まるで全てが自分の手柄みたいに大騒ぎ。
そーゆーとこがガキとか中二病とか言うのよ!》
エルフの学者が、調べ済み?
あーえーと、それは、もしかしたら、そうかも。
チラリとルヴァン様を見てみる。
黒メガネを下にずらし、細い目を見開いてる。それでもやっぱり細いけど。
「あの……ルヴァン様は、インターラーケンにあるクレーター、いえ、大穴のことは、ごゾンジでしたか?
カコに全ての種族が一カ所にクらしていたこととか……」
《……知りませんでした。
山脈を穿つ大穴など、今まで気付きませんでした……。
気にしたことが、なかったのです》
驚愕の余り汗をかく第二王子。
あんな動揺した姿、初めて見た。
僕も驚いた。まさか驚異的知能と知識量を誇るルヴァン王子が、こんな地図上の見たままなことを見逃していたなんて。
まさに灯台もと暗し。
鏡の中にいる、恐らくはエルフの高位魔導師や高名な学者達も、全員が唖然愕然としてる。
本当に、本当に今まで誰も気付かなかったのか?
横にいるサトゥ執政官は……顎が落ちそうなほど、あんぐりと開きっぱなし。
僕の視線に気付いた執政官は、オホンゴホンと必死に咳払い。
「ゴホン、ウン……失礼しました。
そ、その、ですね。知っての通り、魔界は群雄割拠の戦国時代だったのです。
そのため魔界全土の正確な地図を作る測量調査も、つい最近まで行うことが出来ませんでした。
また、インターラーケン山脈はこれまで、妖精以外の種族は自由に出入り出来ない人跡未踏の地だったのです。
そしてかつては山脈の盆地から出ず、自由に空を飛べる妖精達は、道に迷うことがほぼないので地図も測量も必要なく。
加えて言うなら、魔界の多くの種族は識字率も極めて低く、ダルリアダの大学のような専門的教育機関はリザードマンの神竜僧院など、ごく一部だそうでして。
つまり、なんというか、つい最近まで正確な地図が無く、地形や各種族の伝承について調べる学者も予算削減や即物的短期的利害によって排斥され続け!
つまり……諸悪の根源は魔王陛下とルヴァン様です!
学問に無理解な魔王陛下と、社会科学を軽視し予算を削ったルヴァン様と大学理事会のせいでっ!!
私達、地道な研究を続ける者達を軽んじたから、こんな若輩の流浪人にすら『見れば分かるでしょ』なんて最悪の侮蔑を受ける事態に陥ったのです!
こ、この責任は理事会にも長老会にも問わねばなりません、ええ問わねばなりませんとも!」
まだまだ続くサトゥ執政官の激怒と叱責と憤怒と怨恨の叫び。
さすがに騒ぎすぎて呼吸困難を起こしたか、突然胸を押さえてゼイゼイと喘ぎながら膝を付いた。
ようやく我に返った周囲の他のエルフ達が、今度は青ざめた老執政官の背をさすり肩を支える。
まさに、本当に灯台もと暗しだ。
インターラーケン山脈のクレーターは巨大で、堂々と存在していた。
あまりに巨大で堂々とし過ぎて、かえって往来する魔族の目に止まらなくなってしまったんだ。
そして姉は、『こんなのは魔界の人が既に調べ済みだろう、ここにクレーターがあるからって私には関係ないし』と思って黙って無視してた。
あーあ、なんてバカなオチだか。
ふと、妙に部屋が静かなのに気が付いた。
椅子に座る魔王陛下の姿を見ると、寝てた。
こっくりこっくりどころじゃなく、見事にぐーすか寝てた。
学問に無理解な魔王陛下、ね。
ここで、ようやく我に返って周囲を見渡す。
そしたら、ワーウルフとかワーキャットとか、多くの種族が寝てた。
壁際で立ってたオーク兵も、壁にもたれてコックリしてる。
ドワーフ達も大あくび。
巨人族は鼻ちょうちん。
ラーグン王太子以下のリザードマン達は、いない。席が空。
他の何人かの王子王女もいなくなって、半分寝かけの部下が少し残ってるだけになってる。
横を見ると、オグル頭取以下のゴブリン達は、書類に目を通しサインをしたり。自分達の仕事をしてる。
つまり、何ですか?
最後まで僕の話を、大発見をキチンと聞いててくれたのは、エルフの学者達とか一部の人だけだったんですか!?
呆然愕然とする僕の姿に、書類を書いてた頭取が気付いてジロリと見上げてきた。
「話は終わったか?」
ぎこちなく、頭を上下させる。
こ、こんなに頑張ったのに、そんなぁ~……。
視線を書類に戻したオグル様は、つまらなそうに言ってくれた。
身も蓋もないことを。
「お前の話は難しすぎんだよ。
エルフの学者共はともかく、他の連中にはついてこれねえ。
魔力もねえのに言霊より眠いじゃねえか。
聴いてる連中の頭に合わすのが発表者の義務だ」
そ、そんなこと言われても……。
かくて彼らは真相の一端を明らかにした。
だが過去の真実から現在の事実まで至る因果、その全てが白日の下にさらされたわけではない。
ましてや地球からの因子まで組み込まれ、複雑怪奇に変化する因果全てを未来まで見通せる者などいない。
次回、第十七章『Rinascita』、第一話
『言い伝え』
投稿日時ですが、少し思うところがありまして……次章は明日夜より連日投稿致します
2012年1月31日00:00投稿予定