言語
鏡の中、ルヴァン様が僕の疑問点を要約する。
《君の疑問点は非常に多岐に渡るため、一旦話をまとめましょう。
この大地は極めて広いのに、知的生物が魔界と皇国以外で発見されない。
各種族が同一言語を使用している。
チキュウにおいては、我らが交流も調査もしていない地に生息するはずの生物や植物が、魔界にある。
ナプレ王国がロムルスを占領する時期に、いきなり神聖フォルノーヴォ皇国へと改称したり不自然に技術革命が行われた。
皇国の資源量は、チキュウのイタリア半島では絶対に産出されないほどに多量。
こんなところでしょうか?》
ルヴァン様の言葉を脳内で繰り返し、慎重に反芻してから頷く。
そう。これらは僕ら地球人からすると、極めて不自然な点だ。
他にも言い出したらきりがないけど、主立ったモノはこれくらいだろう。
だが、魔界でずっと暮らしてた人々にとっては当たり前すぎて疑問にも思わない点。
彼ら魔界の人々が『なぜ地球には知的生物が人間族しかいないのだ? 同じ世界に住んでいて、何故に別々の言語を使うなんて無駄な事をする?』と疑問に思うのと同じこと。
そう、これが視点の違いなんだ。
これらの疑問点を聞かされた人々の反応は、まさに様々。
興味津々という顔のルヴァン様とエルフ達。
あくびをするベウル司令官。
もう丸くなって寝てるネフェルティ姫。
ゴブリン達は小声で何かを話し合っている。
巨人族は……やっぱりボンヤリしてる。あの人達、話を聞いてるのかな?
オーク達は、兵士は夜番との交代をしてる最中。オークの上官達は、何が何だか分からないって感じか。
そして姉は、ふはぁ~、と深い溜め息と共に首を振った。
《あのさあ、ユータ……だから、んなこと言い出したらきりがないんじゃないの?》
「まあ、ねえ。
一言『パラレルワールドだから』でスませても良いと思うよ」
《そうね。
そして『ファンタジーな魔法世界』なんだから。
何があっても不思議はないでしょ?》
「そこはチガうね」
そう、違う。
ここは確かに魔法世界。
だが、それは物理法則が違うというだけの話。この世界の法則に反した現象は発生し得ない。
例外は抗魔結界。異世界の存在である僕らのみが、この世界の物理法則を僅かに無視し得る。
同様に、この世界で有り得ない現象が目の前に存在するとしても、それは必ず理由がある。
おそらく皇国には、その理由か原因があるんだ。
それを利用することで、一気に国力を増強した。
だからこそ皇国はひた隠しにし、魔界には原因が分からない。
《ユータ……とやら》
名を呼んだのはベウル司令官。
ランプの光に漆黒の鎧と、鎧に装着された大量の宝玉を光らせながら、面倒そうに意見を述べる。
《お前の話は、まるでエルフのようだな。
率直に言おう。それが現在の戦況に直接の関連があるとは思えぬ。
いくら農閑期とはいえ、そんな長話をしていられるほど年末は暇ではないぞ》
軍司令官らしいセリフと生活感溢れるセリフが混じってる。
この辺、世話好き子供好きな魔王陛下の家で育ったとこが見えるなあ。
ベウル司令官の意見には、そこかしこから同意の声があがる。
《確かに、エルフが研究するには丁度いいネタだろうけど、な》
《こちらもヒマじゃにゃいよ》
《そ、そんな昔のこと、分からないんだな》
《そうですね。
それでは論点を絞りましょう》
ルヴァン様が議事を取り仕切る。
僕としても、こんな一生をかけて調べないと答えが出ないような話を幾つも議論してはいられない。
さて、それじゃ何に絞ろうかな?
《私としては、君が最初に問うた点が気になりますね。
私達の言語が不自然だ、という点です》
「分かりました、その点について魔族のカタガタにシツモンをさせて下さい。
いいでしょうか?」
そこかしこから、短耳は何を考えてんだ、まあ少しくらいは付き合うかにゃ、路傍の石にでもつまずいたとでも思うとしよう、なんて返答が帰ってくる。
渋々とはいえ、付き合ってくれるらしい。
陛下はすぅ……と軽く手を挙げた。
《皆、付き合ってくれるようだよ。
それじゃユータ君、君が不思議だと感じる『言語』について、話を進めて欲しい》
「ショウチしました」
可能な限り手短に、姉とミュウ様にPCのデータも表示してもらい、地球の言語の多様さについて説明する。
地球全域に広がった人類が使う数千の人種と各言語。
ルヴァン様に送った日本語の調書、清書前のモノも各鏡に表示してもらった。
「……このように、チキュウでは同じ人間ですら、住むバショがチガうだけで言葉もチガうんです」
ひとしきり説明が終わった。
間髪入れず横から、サトゥ執政官から質問が来た。
「我らは同じ魔界に住んで、長き群雄割拠の戦乱と同時に長く交流も行われていますから、同じ言葉を使っていても不思議ではないと思いますよ。
それに現に、あなたが示すほどの驚くべき大差ではないにしても、差異は生じています。
その差を不自然に小さいとまで言われても困りますね」
その質問はもっともだ。
PCを操作中の姉に呼びかける。
「ネエちゃん、ジュケンとか旅行のジュンビで、エイゴは完璧だよね?
あと、学校でナラってたフランスゴも」
《い、いきなり何よ。
まあ、そうねえ……英語は日常会話くらいは出来るかしら? フランス語も少しくらいなら》
「んじゃ、魔界語にセイショした分を少し、エイゴとフランスゴにしてくれない?」
《本当にいきなりだわね。
まあいいわ、ちょっと待ってなさい》
姉が英語に翻訳した文章は、ミュウ様の操作で即座に各鏡へ表示される。
フランス語を基礎とした魔界語と、地球のフランス語と、英語。内容は同じ二つの文章が並ぶ。
純粋なフランス語はさすがに辞書を引きながら悪戦苦闘してたけど。
それら三つの文章は、同じようなアルファベットを使ってるのに、全く異なる単語が並んでる。
それを見たサトゥ執政官が驚いたような声を上げた。
「あら! Old Norseじゃありませんか!」
「え?」
いきなりの言葉に振り向くと、執政官は英語の一文を指さしてる。
「Old Norseというのは、エルフ族の古代語ですよ。
神話の時代より伝わる、神聖言語と呼ぶべき言葉です」
「この言葉をシってるんですか!?」
「ええ、若い頃に研究していましたから。
何故にダルリアダの神官でもないあなた達がOld Norseを知っているのですか?」
「いや、あの、ボクらは必ず勉強させられるんです。
チキュウではエイゴが、エルフのOld Norseという言葉がキョウツウゴみたいなものなので」
ほうほう、と感心したり驚いたりしてる執政官。何やら、この話に興味津々なようで食い付きが良い。
ルヴァン様の方は、というか部下のエルフ達も全員、何かを質問したいのを必死に我慢してる様子。
どうやら話の腰を折らないため、余計な質問をしないよう耐えてるらしい。
時間が少ないのも本当だ。頭の中で言うべき言葉を整理、大きな声で説明を続ける。
「ともかく、話をツヅけます
見てのトオり、同じ意味でも全くコトなるモノです。
トナリの国であり、魔界のようなクラーケン族もおらずジユウに行き来出来るイギリスとフランスですら、ここまで言葉がコトなるんです。
種族すらもチガって、魔王陛下がダルリアダへボウメイする以前にはほとんど他種族とコウリュウも無かったエルフが、どうして他の種族と同じ言葉を話すんですか?
エルフの人達には、この点を調べたガクシャはいないんでしょうか?」
僕の問いに、ルヴァン様はすぐに周りの部下を集めてヒソヒソと何かを話し始めた。
話の長いエルフには珍しく、すぐに結論が出たようで、小さな咳払いと共に答えてくれた。
ちょっと気まずそうに、言葉を選びながら。
《……無論、大学にはその点を研究していた学者はいました。
ですが、父上の魔界統一を助力するとき、各地に派遣する学者官吏が不足しまして。
魔界統治のため大学の研究は政治・軍事・魔導等の即時に必要となる分野へ注力したのです。
よって、歴史・文化などを研究する学者達へは予算が回らず、多くの研究室が閉鎖され学者達は分野替えを余儀なくされたのです》
「あたくしもその一人です」
再びいきなり横から口を挟んだのは、サトゥ執政官。
禿げてしまった老女のエルフは懐かしそうに、そして苦々しそうに遠い目で語り始めた。
「あたくしはかつて、各地の伝承を調べる研究に携わっていたのです。
魔王陛下が魔界統一へ動いたとき、最初は心から喜びました。
これまではダルリアダから出ることが叶わず、出たところでエルフに各種族部族の伝承を語ってくれる者は少なく、異種族の伝承を調べるべくフィールドワークを行うことが出来なかったのです。
魔王陛下が魔界を統一して下されば、私は各地を自由に旅し、異種族にも快く伝承を語ってくれるものと期待していました。
ところが実際には……そんな研究は役に立たぬと、予算を断たれてしまったのです」
あらあ、意外な過去が飛び出してしまった。
しかも話がもの凄く逸れてしまってるんですけど。
でも禿げた頭を昔年の恨みで赤く染めてるらしい執政官に口を挟むのは、ちょっと恐い。
黙って話を聞くことにする。
「ならば自力で独力にて、とルテティアに来ました。
ですが街では生きるのに精一杯。とても研究に手を出す余裕はなく。
日々を必死で生きていたら、街もエルフ街区も大きくなり、いつのまにやら執政官にされてしまいました。
無論、執政官の一人として街を取り仕切ることに不満があるわけではありません。その意義は理解しています。
でも、若きあたくしの夢を奪ったのは、魔族達が伝える伝承をまとめ上げる構想を妨害したのは、確かに魔王陛下なのです」
そこかしこから、戯れ言だな、魔界統一の大義を前に下らぬことを、なんて叱責や抗議の声が飛ぶ。
でも執政官は、ずっと腹の中に貯め込んでいたものを、ようやく吐き出せてスッキリしたんだろう。
どんな罵声にも顔色を変えず、凛々しく立ち続けてる。
そして学術が盛んなエルフですらこの現状だとするなら、他の種族はもっと酷そう。
ともあれ、この人に質問すれば話は早そうだ。
いや、質問じゃないな。
これは確認。
僕がずっと疑問に感じ、リュクサンブール宮殿に来てから見聞きしたことを思い出したとき、一つの結論が導かれた。
単なる推論、というには明確な回答だ。
これは、その確認に過ぎない。
「あの、それではサトゥ執政官にタズねます」
「なんなりと」
「どうして魔界の人達は、ミナ、同じ言葉をツカってるんですか?」
「……言語の成立と伝播、そして変遷。それも研究対象でした。
であるがゆえに、分からないと答えざるをえないですね。
私の知る限り、そういう実用性のない研究に携わる者は、大方が大学を放逐されたのです。
いずれは私も執政官を辞する時が来ますから、その後に余生を賭けて調べ上げることになるでしょう」
「いえ、そのヒツヨウはありません。
答えはワかっていますから」
「なんですって?」
シワに囲まれた目を見開く執政官。
ルヴァン様の表情が険しくなる。
エルフが知らないことを、魔界に来て半年も経っていない者が何故知っているのか、と訝しんでいるだろう。
でも、僕には分かってしまった。
この会議が始まってから、僕は色んなことを聞いた。
これまで出会った人々から聞いた話も思い出した。
そして考えた。
今、頭の中が信じられないほどクリアになってる。
僕が導き出した結論は、魔界の真実を明らかにするものだ、と確信してる。
脳内で荒れ狂う情報の渦が一つになり、流れが束ねられ、一点へと収束していった。
恐らく、魔界の人々には受け入れがたい結論へと。
「ケツロンを言います。
魔界の人達は、人間もエルフもドワーフも妖精もリザードマンも、全ての人達はハルかムカシ、一カ所で暮らしていました。
全種族が手を取り合い、力を合わせて生きていたんです。
それは、ゴブリンの聖地ロムルス。
今はピエトロの丘と呼ばれるバショ。恐らくは、その近くにあるパラティーノもフクむハンイのはずです。
そしてそこに皇国の国力を飛躍的に向上させる秘密が隠されているんです」
次回、第十六章第十話
『結論』
2012年1月30日00:00投稿予定