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学術調査

 会議は踊る、されど進まず。

 そんな言葉があったけど、この人達は別に踊ってない。だけど進まない。

 今夜も開かれた各地と高等法院を繋いでの会議。

 鏡に映る人数は増え、その姿だけでも種族や地位や所属の多様さが分かる。

 この高等法院に集まる人数も増えた。サトゥ執政官だけでなく、その他の執政官、各街区の領主達、商会の代表が集まっている。

 彼らは傍聴席から声を上げている。


 過去のアベニン半島に関するゴブリンの知識、元皇国軍人達からの情報、各魔族が人数をかき集めても、答えが未だに出てこない。

 どの情報からも、この四十年の間に急増した皇国の力を説明出来ない。

 一晩で簡単に答えが出るようなら、戦争はとっくにおわってるんだろうけど。

 やはり、情報が足りないんだ。

 教皇からの情報は貴重だが軍事以外が多かった。それはそれで重要だけど、今すぐ必要な情報とは違う。

 皇国が国家機密としてひた隠しにする軍事機密情報、それが必要なんだ。

 それは多分、アンクや魔力炉と同じかそれ以上の秘密だ。



 時計を見れば、既に深夜。

 大騒ぎを続けていた出席者達にも疲れと眠気が見え始めてる。

 発言が減り、さすがに今夜もそろそろお開きかな、という空気が漂い出す。

 そこで一つの声があがった。


《あの! 一つ良いでしょうか!?》


 大きな声をあげたのは、姉ちゃんだ。

 魔王城の映像を映す鏡には、机に向かってPCを開け資料を広げる姉が映ってる。

 ミュウ様を始めとしたメイド妖精達は、次々と資料を運び込んでくる。

 中央の鏡に映る陛下の《どうぞ》という言葉と共に、一瞬で静寂が広がる。

 相変わらずの威厳。

 おほん、と咳払いした姉は疑問を述べた。


《物資の出所も気になるんですが、私としてはアンクの発明の経緯が気になります》


 さわさわとざわめきが聞こえてくる。

 確かにそこも気になるが今は……、ジュネヴラのがあれば製法はわかるじゃろ、まだ複製を作るまでは至っておりません、なんて話が耳に届く。

 魔族高官達としては、アンクは気になるけど今は目の前の皇国軍戦力の方が重要、という感じ。

 でも姉はともかく疑問を話し続ける。


《バルトロメイさんに聞きたいんですけど、アンクっていつ、どうやって開発したんですか?》


 聞かれたのは宮殿の一室にいる元少将。

 今夜は最初から鏡前に呼び出されてて、ちゃんとした軍服を着込んでる。

 宮殿の鏡にはバルトロメイさんだけじゃなく、フェティダさんにネフェルティ姫、皇国から戻ってきた人間達も映ってる。

 前に進み出た彼は、軍人としての威厳をもって語り始めた。オネエ言葉だけど。


《知らないわ。

 それは、アンクの存在そのものと合わせて最高機密よ。

 とは言っても、開発されたのは四十年以上も前の話だし、今さらそんなことを調べても意味はないと思うわ。

 実際、私はアンク開発の経緯については、教えられたことも尋ねたこともないわね》

「あの、ボクも聞きたいんですけど!」


 ビシッと手を挙げて発言を求める。

 良い機会だ。今まで疑問に思っていたことを聞いておこう。

 といっても、居並ぶ偉い人達の前で発言するのは、かなり緊張するなあ。

 うう、視線が恐い。

 周囲にはオグル頭取やルテティアの執政官や各街区領主。

 ズラリと並ぶ鏡には魔界の王侯貴族。

 ひ、怯むな。

 僕はもう子供じゃないんだ。魔王陛下直属の部下だ。地球の情報を提供することで魔界に利益をもたらすことが役目なんだ。

 ここで頑張ればリィンさんとの将来にも良いことがあるに違いない。具体的には収入とか結婚とかあれこれと。

 き、気合いをいれて喋ろう。


「皇国の人達って、イタリアゴをハナすんじゃないんですか?」

《イタリアゴ? 何それ?》


 キョトンとする元少将。

 イタリア語、というのは地球の言葉で話したから分からないか。


「僕らがサイショに魔界に来たとき、皇国シュッシンのパオラさんがハナしてました。

 ネエちゃん、イタリアのガイドブックある?」

《あるわよ、えっと……ああ、これね》


 魔王城の鏡に大写しされたのは、イタリアのガイドブック。

 本の後ろを開けば、イタリア語の簡単な辞書が付いている。

 それを見たら、バルトロメイさんは《あー、それのこと》と納得したようだ。


《それ、神聖言語よ》

「シンセイゲンゴ?」

《教会の教典で使われる、神の時代の言葉よ。

 それがどうしたの?》

「え、いや、どうしたのって……ナンでイタリアゴが皇国にあるの?」

《……何でって聞かれても、ねえ。

 昔からあるわよ。当たり前でしょ》


 キョトンとしてる元少将。

 当たり前って、いや皇国の人には当たり前なんでしょうけど、こっちはおかしくてしょうがないんですよ。

 そのイタリア語、一体どこから現れたんですか。なんで今は魔界の共通語を使ってるんですか。


 でも、これは僕だけの疑問だったようだ。

 つか会議に無関係だって空気。

 他の魔族達も、何をトンチンカンな話をしているのだ、という顔をしてる。

 鏡の一つ、ラーグン王太子から声が上がった。


《ユータ君、それは今夜の軍事会議において主題たりうる話かな?》

「えー、えと……いえ、シュダイかどうかは、ちょっと」

《では、また後日でお願いするよ》


 ううう、笑顔の王太子だけど、目が恐い。

 能面のような作り笑いだけに、さらに目が恐い。

 やっぱり素人が口出しすべきじゃなかったか。

 すいませんと言って黙ろうかと思ったら、サトゥ執政官から反論が上がった。


「あら、面白そうな話じゃありませんか。

 皇国の軍事力について、今は情報不足から結論は出ないようですし。

 我らと全く異なる視点を持つ彼らの意見を求めるのも、この会議の要点なのではありませんでした?」


 あちこちから、まあ確かに、話は煮詰まって進みませんしな、気分を変えて子供の話に付き合うのも良いのでは、という声が聞こえる。

 ルヴァン王子も僕に味方してくれた。


《昨夜からの議論を見る限り、我らが得た情報からの皇国国力分析は、現状ではこれ以上は進まないようです。

 これは皇国からの情報不足ということもありますが、我らが見落としている点があるという可能性もあります。

 ならば、彼らの観点からの皇国分析も加えることは有意義と考えます。

 父上、よろしいですか?》


 陛下は優しい微笑みと共に、深く頷いてくれた。

 よーしよし、ならば以前からずっと感じていた点を聞こう。

 幸い、ここには魔界の全種族が揃ってる。答えはすぐに出るはずだ。


「みなさんは、人間族もエルフもリザードマンも、どうしてオナじ言葉をハナしているんですか?」


 しーん。

 そんな擬音が会議を包む。

 次に、目をパチパチとしたり、プッと吹き出したり、何を聞かれたのか分からないと本気で悩んでたり。

 それぞれがそれぞれのリアクションで、呆れてる。

 いつもマイペースなネフェルティ姫が聞き返してきた。


《ねーねー、みんなが同じ言葉を話してたら、何か変なの?》

「ナニがヘンかと言いますか、どうしてヘンだと思わないんですか?」


 地球人の僕にとっては不思議過ぎてしょうがない。

 でも彼らにとっては疑問でもなんでもなかった。

 キョトンとしてる人々の中、ルヴァン王子だけは真剣な表情でこちらを見つめてる。

 勇気をもって話を続けよう。


「魔界の人々が同じ言葉を話す。

 そんな中でナゼにボクらがイタリア語と呼ぶ、全く違うゲンゴだけが皇国にソンザイしてるんでしょうか?

 それもシンセイゲンゴとして教会に使われてって、ヘンですよ。

 いえ、それどころか、どうしてこの魔界と皇国だけにチエある生き物がアツまってるんですか?」


 僕が以前から感じていた疑問。

 なぜ種族は多様なのに、言語は一種類だけで方言程度の差しか無いのか。

 地球のヨーロッパ地域に多種多様な知的生命体が集中してるのは何故か。

 いやそれだけじゃない、他にもおかしな点はあちらこちらに散らばってる。

 僕と同じ疑問を感じていないはずはない姉。だけど姉の方はこの点を議題にするつもりはなかったようだ。


《ちょっと、ユータ。

 それを言い出したら、はっきり言ってキリがないわよ》

「タトえば?」

《例えばって、そうねえ、例えばコショウよ。

 確かインド原産だったはずのコショウが、なんで大航海時代に入ってないし世界地図も作ってない魔界で手にはいるのか、とかよ。

 確かに気になるけど、そんなの調べたって今は意味ないじゃない?》

《コショウだったら、エストレマドゥーラで採れるよー》


 答えたのはネフェルティ姫。

 エストレマドゥーラは猫姫様の領地、地球のスペインやポルトガルの辺り。

 そう、そういう所がおかしいんだ。


「そこだよ、ボクが言いたいのは、そこなんだ。

 地球とはあまりに生き物がチガい過ぎる。そしてフシゼンすぎる」

《確かに不自然とは思うけど……それはパラレルワールドだからなんじゃない?

 チキュウと違うところがあって当たり前なんだから。

 第一、今、関係あるの?》

「分からない。

 分からないけど……中でも皇国のフシゼンさはキワめつけなんだ。

 ナゼか教会で使われてるイタリア語、四十年マエにトツゼン現れたアンク、ムゲンかのようなブッシ。

 そもそも、どうしてブッシの出所をバルトロメイさんが知らないんですか?」


 聞かれたバルトロメイさんは、少しバツが悪そうだ。

 少将という地位にありながら、そんな重要情報を知らされていないというのは、元とはいえ将軍としてのプライドに関わるのかも。


《だから、主立った軍事用資材は全部、工廠で作られてるのよ。

 工廠は厳重な管理下にあって、出入りも厳しく規制されてるわ。

 そもそも前線勤務のあたし達は、工廠なんて近寄りもしないわよ》

「その工廠ってどこです?」

Palatinoパラティーノよ」


 はて、パラティーノ?

 うーん、どこかで聞いたような、何度も聞いたような地名。

 どこだったろう。


《何いってんだ、お前はパラティーノの出じゃないのか?》

「え?」


 今の声はテルニさんだ。

 宮殿の鏡、バルトロメイさんの後ろから、不思議そうな顔で僕を指さしてる。


《その黒目と黒髪、パラティーノの民の証だ。

 魔王陛下もそこの出自だって、昨日言ってただろ》


 あ、そういえば。

 それだけじゃなく、以前にもそんな単語を聞いた気がするぞ。

 あれはどこだ、いつだったか。


《わだすもキョーコさんとユータさんはパラティーノの人だと思ったんだべ、いえ、ですよ》


 必死に記憶を探ってると、久々に聞く女の子の声。

 見ればトゥーン領主の横にいるパオラさんだ。

 手には以前見た、イタリア語の書かれた本がある。


《最初、お二人と出会ったとき、皇国のパラティーノの人だと思ったべ、いえ、なのですわ。

 んだから教会の聖典が分かるんでねーかと思って、この聖典を見せたんだなや、や、なのです。

 神聖フォルノーヴォ皇国現皇帝アダルベルト陛下とおんなず髪と目の色だからして》

「……え?

 皇帝と同じカミと目のイロ?」

《んだよお》

「あの、そのパラティーノってどこですか?」

《ピエトロの丘近くだべ。

 ほんれえ、ゴブリンの方々の故郷っていう、ロムルスの近く。

 黒目黒髪の人たつって、あの辺に住んでんのが多いんだあ》

「ちょ、ちょっと待って下さい……?

 そのロムルスって、ゴブリンの聖地であり、教会の聖地であるピエトロの丘、ですよね」

《だべ》


 当たり前のように答えるパオラさん。

 でも僕には当たり前じゃない。


 確かロムルスは、古代の言い伝えでは魔王を倒した人々が船で辿り着いた新天地。

 ゴブリンが神からの契約に従い守り続けていた。

 四十年ほど前、そこを占領したナプレ王国は神聖フォルノーヴォ皇国へ名を変えた。

 アンクと魔力炉を開発してたのも、ほぼ同じ時期。

 そして同時期に勇者が出現したっていう話だった。

 今は近くのパラティーノに工廠があって、厳重に守られながら不自然に大量の兵器を生み出し続けている。


 いや、それだけじゃない。

 戦闘狂のナプレ王はナプレ王国、地球で言うならナポリ出身のはず。

 その跡継ぎが、どうしてパラティーノ出身なんだ。ナプレ王はどうなった?


 おかしい、おかしすぎる。

 魔界の生物も、皇国の成立も、アンク開発も、言語も。

 全てが不自然すぎる。

 いったいこれはどうなってるんだ?


次回、第十六章第九話


『言語』


2012年1月26日00:00投稿予定


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