地球式戦争方法
「ふぅ、今日の分の清書は終わり、と」
書類に綴られた日本語の長文。
他の書記官達は魔法で封印し封蝋するけど、僕のはそんな必要はない。
翻訳というか解読出来るのは姉とルヴァン様とアンクのみだから。
魔界語に関しては姉の方が上手なので、これは魔王城へ送る。そこで姉が魔界語へ翻訳し、会議までに鏡経由で各地へ送信される。
ダルリアダ大陸のルヴァン様にも送信されるので、魔界語に関しての誤訳は防げるだろう。
ここは取り調べに使用されてる貴賓室。
ガラスから斜めに差し込むのは橙色の夕日、もうそんな時間か。
他の書記官は最初から魔界語で記すし、さすがに専門のプロ。もうとっくに仕事を終えてる。
やれやれ、デスクワークにも慣れないと。あー肩も尻も痛い。
昼間は少し暖かかったけど、日が傾くと共に冷え込みが厳しくなっていく。
そしてお腹も空いた。
夜の会議までは時間はあるな、晩ご飯でも食べようか。
ギギィときしむ扉を開けて外を見れば、各種族の兵士役人達が歩き回ってる。
廊下の各所にある魔法のランプに魔力を注入して点灯する人達もいる。
どこからか漂ってくるのは、美味しそうな肉の臭い。
厨房へ歩く僕は地球の服の上にコート代わりのローブをまとってる。
耳はさらしたままだけど、皆は僕のことを知ってるので誰にも何も言われない。
通り過ぎる人達には、頭を下げたり手を組んだり敬礼みたいな動作をしたりと、各部族種族職業ごとの礼を交わす。
魔界に来て五ヶ月、この程度のことは出来るようになった。
ちなみにハグやキスは無い。
基本的に異種族同士では、肌を接触させるような挨拶は行わない。
さすがに、まだそこまで種族融和は進んでいない。
それはそれとして、焼ける肉の臭いに釣られるように階段を下りていけば、同じように厨房へと向かうオシュ副総監の姿。
二人の部下と共に歩いてた副署長も、階段を下りてくる僕の姿を目に止めた。
副総監達には敬礼で挨拶をする。これはワーウルフの挨拶じゃなくて、魔王軍の挨拶方法。
副総監は元々武人なので、こちらの挨拶を好んだ。
「おお、ユータか。
お前も今から飯か?」
「はい。
夜のカイギまでに時間がありますから」
「そうか、我らもだ。
よければ共に喰わんか?」
もちろん断る理由はない、二つ返事でOK。
ワーウルフ族って見た目は恐いけど、人懐っこくて好きなんだ。
僕は犬派です。
厨房の隣にある食堂でテーブルを囲んでの食事。
オークの料理人が運んでて、僕ら四人の真ん中にドンと置いたのは、肉の塊。
大皿に載せられた大きな肉の塊だった。それに野菜のスープ。
て、これ皿じゃないよ。おっそろしく固くて平べったいパンだ。大きなパンに載せられた大きな焼き肉の塊。
白いテーブルクロスが敷かれてるとはいえ、その上に直接食べ物を置くとは、見た目も何もかも豪快だな。
副総監達は肉が置かれる前から、腰の小剣や小太刀を揃って引き抜いてる。
いきなり何かと思ったら、置かれた肉に突き立て、我先にと切り取り始めた。
テーブルの上を飛び回る白刃、滴る肉汁、涎で光る牙が一気に噛み切り丸飲み同然。
食べ方も豪快。
テーブルクロスで口元を拭く部下の一人が、呆然としてる僕の姿に気が付いた。
「どうしたのです?
もしかして肉は嫌いですか」
「いえ、あの、そうじゃなくて……ボクは剣をモってなくて」
ここの人達は誰でも小剣や短剣を身につけてる。
それは護身具として、と思ってた。
他の書記官達も持ってたけど、ペーパーナイフ代わりかと。僕は部屋の机に置かれてたヤツを使ってた。
まさか食事用だったなんて。
そういえば、ジュネヴラでもルテティアでも魔王城でも、ほとんど庶民の食事を食べたことがない。
ほとんど王族と一緒に行動して、王宮の料理を食べてたんだ。
そしてジュネヴラを発つ前に買った剣は、使わなくて役に立たないな~、と荷物の奥に放り込んだまま。
なんてこったい、まさか日本人がお箸を持ち歩いてるのと同じだったとは。
うう、冷ややかな視線が痛い。
「……丸腰で歩き回るとは、信じがたいですね」
「これだから王宮暮らしの連中は度し難い」
「やれやれ、しょうのないヤツだ。
ほら、これでも使え」
副総監からポンと渡されたのは、柄に宝玉がはまった小剣。
取って付けたように簡素な鞘を抜けば、見た目は投げナイフみたい。
宝玉付きってことはマジックアイテムで、相当に高価な品ってことなんだけど、ここで遠慮するのは、もう、ちょっと、そんな空気じゃない。
有り難く使わせて頂きます。
副総監は肉を噛みちぎりながら話しかけてきた。
「それで、ユータよ。
どうやらお前が異なる世界より遭難してきた、というのは真実のようなのだが」
「ええ、ホントウです、よっと!」
使い慣れない刃物で悪戦苦闘しながら答える。
他の人達は見事な太刀筋で肉を切り分けるんだけど、刃が飛び交う食事なんて緊張感ありすぎ。
うっかり手も伸ばせない。
「お主の国ではどのような戦をするのだ?
武人として、是非に知りたい」
「えー、ボクはシロウトですから、そんなに詳しくはないですよ。
でもまあ、知ってるハンイでいうなら……」
もう遙か遠い思い出のように思えるけど、まだ半年も経ってない地球の記憶を呼び起こしてみる。
ICBMを向けあって動けなくなった間に、全面衝突せず終わった冷戦。
大国が動けないからと代理でやらされた小国同士の小競り合い。
資源争奪、宗教対立、独立戦争、民族紛争、etc。
現代戦は情報戦で大方が終わった気がする。敵首領の位置を掴んだら、そこに自爆兵やトマホークミサイルやステルス機を突っ込ませて終わり。
でも独裁国家でない限り、大統領や首相を暗殺しても意味がないんだよなあ。次の人が戦争も引き継ぐだけだから。
副総監が特に興味を持ったのは情報戦、電脳戦だ。
「……ふむふむ、興味深いな。
あまりに強力な武器を互いに持ちすぎて動けなくなるとは。
代わりにお前達のアンク、こんぴゅーたーとやらの乗っ取り合いが激しい、と」
「ええ、そんな感じです。
ホウダンを撃つのもヒクウテイを飛ばすのも、全部ボクらがコンピューターと呼ぶアンクに似たようなものでソウサしてますから。
実際にヘイキをハカイしなくても、コンピューターを壊したりノっトったり通信をタてば同じです。
むしろ、敵の武器やヘイキだけじゃなくジョウホウも全てウバえたり、偽のメイレイを送ってコンランさせたりと、ハルかに楽で得ですよ」
「なるほど!
全くもって面白いな。
それで、それはどうやるんだ?
アンクでも同じ事が可能と思うか?」
「さあ、それはちょっと……。
アンクがどう動いているか、まではワからないので」
「そうかそうか。
いや、それだけで十分だ」
しきりに頷く副総監。
隣の部下達も感心しきり。そしてこっそりメモを取ってる。
アンクのセキュリティがどれほどのものか知らないし、ネットみたいなものでつながってるかどうかは分からない。
けど、こういう戦法もあることを示せば、ルヴァン様ならなんとかしてくれそうだ。
対皇国戦を有利にすすめることも可能になるだろう。
「それにしても、だ」
テーブルクロスで口を拭きながら、副総監は記憶を探っている。
「その、お前達の世界にあるという『かく』というシロモノ。
なんとも物騒な武器を作り出したものだな。
しかも、余りに威力が強すぎる上に防御不可能なため、大きな戦争それ自体が出来なくなるとは。
随分と皮肉で滑稽な話だ」
「ええ、まあ。
しかもケッキョクは使わずじまいで、作りすぎてジャマになって、どんどん減らしてるアりサマですから」
「ははは、まるでおとぎ話だな。
昔の魔王達にも聞かせてやりたいものだ」
「ムカシの魔王?
ああ、ムカシ話の魔王……魔王、タチ?」
「ん? ……と、そうか。別世界から来たなら昔話もよく知らんか。
今の魔王陛下が魔王と呼ばれるのは、その昔話からもじってきているのだぞ」
「いえ、そのおとぎ話は知ってますよ。
世界をホロぼそうとして神の戦士にタオされたっていう」
「ん?
神の戦士とは、なんのことだ?」
「あれ?
ムカシにいた魔王って話ですよ」
「おとぎ話の魔王はもちろん知っているが、それに神や戦士とやらは知らないぞ」
不思議そうな顔をする副総監。
ふと他の二人も見るけど、同じく何のことか分からないらしい。
違う物語の魔王を話してるのかな?
「世界をホロぼそうとした魔王をタオし、シンテンチへ向かったっていうムカシ話ですよ。
人々のイノりに応えて、神はエラばれた戦士にキセキの力を、人々にシンテンチへ向かう船をサズけたっていう。
サイゴには魔王は戦士にタオされ、人々は神の船でシンテンチにタドり着いて……チガいましたっけ?」
「はて?
その話に似たようなものは知っている。子供の頃に寝床で母より聞かされた物語だ。
だが内容が少し違うな」
副総監は手短に、彼が知っている魔王の話を語ってくれた。
それはワーウルフ族に伝わる物語で、魔王が世界を滅ぼそうとしたとか、魔王が死んで世界が平和になったとかは一致してる。
でも途中が全然違う。
二人の魔王がいた。
覇権を巡って果てしなく争う魔王達に全ての魔族は巻き込まれ、世界は滅ぼされつつあった。
ワーウルフ族の戦士は世界を守るため、他種族を従えて魔王達に戦いを挑む。
だが魔王の力は凄まじく、その手から放たれる雷光で森は焼かれ湖は枯れ、ワーウルフの戦士達も倒されていく。
だが果てしない戦いの末、多くの犠牲を払いつつも、魔王達を罠にはめて相打ちに持ち込むことに成功。
こうして世界は平和になり、ワーウルフ達は人々に感謝されつつ故郷である北の大地へ帰って行った。
首を傾げる。
神の加護を受けた戦士は魔王に挑んだワーウルフ戦士達、ということだろう。けど人々を新天地へ導く船が出ない。
おまけに魔王が二人に増えた。
「……シュゾクごとでチガうんですねえ。
ゴブリン族の物語では、サイゴは神の船に乗ってロムルスに着いたそうですよ。
神とのケイヤクに従って、聖地ロムルスに眠る船を、ずっと守っていたそうです」
かっかっか、と陽気に笑う副総監。
油の混じったツバが、こっちまで飛んでくる。
「まあ、しょせんはおとぎ話。そんなもんだ。
しかも小心者の守銭奴共が金にもならんのに律儀に船の守人とはな。
荒唐無稽にもほどがあろうよ」
他の二人もからからと笑う。
ゴブリン族のことを守銭奴と蔑むワーウルフ族。この辺が種族間のすれ違いなんだろう。
緑色の小人達は非常に律儀で仕事熱心。頭も良い。だから銀行家になれた。
もし彼らがおとぎ話のように『船を守る』と約束したなら、何があっても守り続けたろう。
でも同時に、彼らが金を貸したら約束通り絶対に、どんな手段を使ってでも回収したろう。だから血も涙もない守銭奴と恨まれるんだ。
それはともかく、魔王の話。ワーウルフ族の魔王伝説とは食い違いも大きいから、やっぱり単なる神話なんだろう。
と、ここで食堂の入り口から小走りでワーウルフ族がもう一人やってきた。
ハアハアと舌を出して息する狼頭の人は、副総監へ小声で耳打ちする。
すると、食事を終えた三人が同時に立ち上がった。
「ユータよ、なかなか面白い話だったぞ。
まだまだ話を聞きたいが、急な用事が入ってしまった。
お主の世界の話、まるで魔王の雷光がごとき威力を持つ『かくみさいる』や、海の底に潜む鉄の船など、また聞かしてくれまいか?」
「ええ、もちろんです」
「そうか、ありがたい。
では、またな」
副総監は部下達を引き連れて颯爽と食堂を後にした。
さて最後に一口食べようかとナイフを手にして、気が付いた。
高級品のナイフを借りっぱなしだった。
しょうがない、また今度返そう。
切り取った肉にコショウを一振り。高級品だというコショウが自由に使えるのも宮殿ならではだ。
パクッと口に放り込めば、うん、美味い。
皿になってるパンも食べてみようとナイフを刺す……うおお本当に固い!
全然、全く刃が入らない!
次回、第十六章第八話
『学術調査』
2012年1月22日00:00投稿予定