機密
そして夜。
再び僕とオグル頭取、ゴブリンの部下達、他の書記官、さらにはサトゥ執政官と領主数人も共に高等法院へ行く。
周囲に熱を放つ『炎』の術式が付与された宝玉を、幾つも裁判室内に持ち込んで暖を取りつつ会議は再開された。
オークの兵士達も集められ、室内や建物の外を警備してる。今日は少し警戒してるんだな。
今回は、最初から十二子の両脇や背後に高官貴族重鎮達が控えてる。
画面の端に映る書類と宝玉が、山のように積み上げられてるのもチラリと見える。
こりゃ、昨日以上の大会議になりそう。
「……ボクが聞き取ったナイヨウは以上です。
ホカの書記官のキロクとずれる点はありませんでした」
各書記官の記録は宮殿で既に宝玉へ写し取られている。
その宝玉を鏡の枠にはめ込み、ゴブリンが魔法で操作することで、全データが他の鏡へも送信される。
非常に便利だけど、大変な魔力を必要とするため大きな魔力を持つ高位の魔導師にしか使えない。
おまけにとんでもなく高価。
なので、ルテティア以外では十二子の執務室と各都市に数枚置かれているだけだそうだ。
その鏡には、王子王女だけでなく多くの魔族が本日分の調書を読む姿が映し出されてる。
《……ふうむ、皇国領土はMareNostrum(我々の海)内の、皇国近くの島々に及んでいたか》
《だが黒の大陸や東の大砂漠などに植民都市を築いてなどいない、か。
信用出来るか?》
《教皇は皇帝の手下に過ぎないが、少なくとも教会と荘園の経営に関しては正確な情報を持ってると見て良いだろう。
あやつが『アベニン半島周辺の小島を新たな領土とし、教会と荘園を建設した。だがそれより遠方には手を伸ばしていない』というのだ。
信用してよかろう》
《するとやはり連中の国力は高すぎる。
その源はいずこに……?》
会議は僕らが来る前から既に大騒ぎ。各書記官の報告書も加わってケンケンガクガクだ。
皇国情報の分析で、昨日に引き続いて様々な意見反論が飛び交ってる。
そんな中、良く通る綺麗な声でしゃべり出したのは魚人族。
鏡に映るのは昨日のリトン……王子か王女かも分からない。はて、どっち? 覚えてないな。
その映像は海底の洞窟みたいな背景で、第九子リトンさんの姿は薄暗くてよく見えない。椅子に座ってるようだけど、影になってる。
でも前に出て話しはじめた人の姿はよく見える。
人魚。
下半身は魚、というかイルカっぽい。上半身は人間、それも女性。
長い水色の髪をした美しい女性だ。伝説の人魚そのもの。
うん、服とか着てないからおっぱいプルンプルン、素敵です。
そこに目がいくのは男の本能です、浮気じゃないですよ。
彼女の細い喉からは澄み渡る綺麗な声が鏡から響いてくる。
《魚人族の各部族から聞き取ったのですが、海の世界に皇国との繋がりを表すようなものはありませんでした。
クラーケンや海竜が皇国の品やマジックアイテムを持っていた、などという報告も見受けられません。
現状では、短耳が海の魔族魔獣と野合した、ということは無いと推測されます》
うーん、皇国が海の魔族と同盟を組んだということもなさそうか。少なくとも、その証拠はない。
教皇の話と合わせると、アベニン半島と周辺の小島にしか皇国の力は及んでない、ということか。
ふーむ、すると皇国の国力は一体どこから。
なんて考えてると、周りのゴブリン達が何やら文句を言い始めた。
「おい、魚共。
いちいち言霊を使ってンじゃねーよ!」
「高等法院の官吏をたぶらかそうとは、良い度胸じゃねーか!」
幾つかの鏡からも同様のクレームがあがる。
人魚の女性は《申し訳ありません、我らの体に刻み込まれた言霊は、どうしても完全には消せぬのです》と謝ってる。
えーっと、今の人魚の声って、言霊とかいう催眠音波が混じってたのか。
周りをみれば、おおナルホド。オーク達がボンヤリと呆けてる。壁にもたれて寝ちゃってる人もいるよ。
綺麗な声だとは思ったけど、さすが人魚。伝説通りか。
でも僕は全然気付かなかった。抗魔結界は言霊も通しません、と。
それはそれとして、会議はすぐに皇国の国力・軍事力の分析へと戻る。
けど、やはり誰も彼もが首を捻るばかりだ。
皇国の支配領土は、分かりやすく地球の地名で言うなら、イタリア半島と地中海の小島だ。
北アフリカ、トルコを始めとした中東地域、ロシアなどの地下資源が豊富な地域には手を伸ばしていない。
ということは、魔界と拮抗する軍事力が、軍需物資がわき出てくるはずがない。
これはどういうことなのか、と皆が首を捻ってる。
首を捻ってないのは、話を聞いてるのか聞いてないのか分からない巨人族の女酋長ティータン王女と巨人族くらいか。
あの人達、最初からずっとボーッとしたままで何もしゃべらないなあ。
もちろん僕と姉が提供する地球の情報も注目の的。
ネフェルティ王女が担当してる黒の大陸探険だけじゃなく、中東や中央アジア方面、アメリカへの探険計画も話題に上る。
今すぐには無理だけど、いずれは僕らが提供した地図情報をもとにして、大規模な探検隊が組まれるだろう。
深夜まで会議は続き、また高等法院の客室で寝させてもらって、日の出と共に宮殿へ出勤。
犬の背に揺られながら周りを見る。今までは気にする余裕がなくて気付かなかったけど、街は年末で大忙しだ。
寒い中、祭でもするのかというくらい騒がしい。
もちろんルテティアは普段から騒がしいんだけど、それとは異なった騒がしさをあちこちで見かける。
冬だから農業がヒマなオーク達が街路を掃除したり、ドワーフが柵ややぐらを組んだり、鳥人やサキュバス族や妖精族が屋根から屋根へ紐や布を渡したり。
城暮らしの僕には街の人々の生活はよくわからない。けど、もうすぐ新年だから本当に祭の一つくらいやるとは思う。
詳しく知りたいんだけど、今は時間がない。
僕は僕の仕事をしなきゃ。
今日の取り調べでは特に重要な話が中心となった。
それは、軍事。
皇国軍の兵士数、兵器の性能、糧食の量、配置など。
中でも気になったのは、二つの点。
一つは勇者の正体。
もう一つは皇国が新たに開発しているという、船だ。
取調官は初日と同じくサトゥ執政官とオシュ副総監とフランコ大使。場所も同じ部屋だ。
ただ、室内には僕も含めて五人しかいない。教皇本人への警戒態勢は下げられ、宮殿周囲を主に警戒してる。
教皇本人に魔族と事を構える意思がないことを認めたのと、教皇の魔族への警戒心と恐怖心を和らげて証言を取りやすくするためだろう。
テーブルを挟んで椅子に座るサトゥ執政官と教皇。
オシュ副総監は腕組みしたまま、二人の話を聞いている。相変わらず恐い顔。
フランコ大使は窓際、窓の外を眺めてる。
「……というわけじゃ。
まあ、簡単に言ってしまえば、全てはパラティーノにある工廠じゃな」
「なるほど……物資の産出地と輸送については、本当に知らないのですね?」
「知らんよ、教会には無関係じゃ。
工廠を出入りする魔道車や荷車を見かけるくらいで、その量だの中身だの出所だのは調べたこともない。
その必要がないからな」
「各教区から教会の収入として報告があがるのでは?」
「国の徴税と教会の寄進寄付は全くの別物じゃ。
各地の産出品については、わしも大まかなところしか知らん。
そういうのは下っ端の仕事じゃからの」
「工廠内部については?」
「ないのお。
あそこだけは教皇管理下の教区ではないのじゃ。
軍専属の従軍神父がいてな、全ての祭司を取り仕切っておる。
こやつらがまた、口が堅くて付き合いも悪い。
なんとわしの就任式にすら列席せなんだ!」
「そこの職人や技術者、労働者から流れてくる話もあるのでは?」
「あるにはあるが……工廠は食い物の出入りすらも厳しくての。噂は多くないな。
あまりに出入りが厳しいので、別名は墓穴じゃ。出てこれない、という意味じゃよ。
噂というのは、墓場を掘り返して地獄へ降りる、とか、古代の邪神から財宝を奪ってくる、とかいう話じゃ」
皇国軍需物資の出所、それは工廠。
軍専属の工場。
皇国の兵器類の中でも高性能なものは主に工廠で作られているという。
そして、例の噂の件に話は移った。
「船。そして勇者、か……」
椅子に深く座った教皇は、遠い目をする。
天井を見上げながら、考え事をする。
僕は一つも聞きのがすまいと、老人の言葉に耳を澄ます。
「ようは知らんな」
知らない、という一言。
いくらなんでもそれはないでしょ、と突っ込みたいけど我慢。
僕の仕事はあくまで書記官。
質問するのは執政官の老エルフだ。
「知らないのですか?」
「軍はわしの配下にない。
軍を支配しておるのは皇帝じゃ。
そして皇帝は、自分の仕事に無意味に手を出されるのを好まん。同時に部下に預けた仕事に無用な口出しもせん。
ゆえにわしも軍のことには口出しせんよ。
だから軍用品の出入りも嗅ぎまわったりせなんだ」
素っ気ない返答。
窓際の黒猫大使も、横に座るドーベルマン顔な副総監も、何も言わない。
黙って会話の推移を伺っている。
「では、あなたの権限の範囲内で分かることは?」
「……司教や枢機卿から聞く噂話程度じゃな」
「そして懺悔室での懺悔ですね」
ちっ、と舌打ちする教皇。
軍人からの懺悔が無いはずはなく、そこには軍事機密も大量に含まれてるはず。
むしろ、そちらの方が軍の暗部も含まれてて、役に立つ情報が多いかも。
「それで構いません。
その範囲で教えて下さい」
「懺悔室での告解は言えんな。
わしにも一神父としての矜持はある」
「では噂話で結構です」
ふぅ、と息を吐く教皇。
少し目を閉じ、上を向いて、考え込む。
ほどなくしてシワに覆われた顎を動かし始める。
「船の話は以前からあった。
なんでも、すでに一隻完成しておって、どこぞの小島で試しに動かしている最中じゃとか」
「場所は分かりますか?
それと、どのような船ですか?
大型飛空挺ですか、それともまさか海洋船……?」
前のめりになる老執政官。
副総監の目がギロリと教皇へ向く。
大使も足を止め、耳がピコッと教皇へ向けられる。
本人はニヤリと笑い、再び間を開ける。
たっぷりもったいぶってから話し始めた。
「Laconaって島じゃったかのお」
ラコナ、以前にも聞いたな。
ああ、あれだ。昔は鉄鉱石を採ってたけど、今は鉄が枯れたって。
確か地球ではエルバ島と呼ばれる島だ。
なるほど、枯れた鉄鉱山の島なら人は少なく岩が剥き出しでボロボロだろう。
演習場にうってつけか。
「ほう……ラコナ島、ですか。
それは、飛空挺ですか?」
「当たり前じゃろ。
海に浮かんでどうする」
「それもそうですね」
僅かに笑った執政官。
そして満足げに頷く。
この辺は地球との常識の差だなあ。海に浮くのが非常識だなんて。
「やたらどでかい新型飛空挺だった、とは発進式を取り仕切った司教から聞いたがな。
現物を見たことはない。
その後は、皇帝とのゴタゴタのせいで知らんよ」
「なるほど……いいでしょう。
では勇者については?」
「それは、全く分からんな」
一気に不機嫌になった。
まあ、その勇者に殺されかけたんだ。良い気分になるはずもないだろう。
「実際に目にしたのは、大聖堂を襲われたときが初めてじゃ。
それ以前には話でしか聞いたことはない。
なにせ四十年も昔の話なので定かではないが、なにやら、アンクと深く関わりがあるらしいのお」
「ほう、アンクと」
「うむ。
アンクの開発と共に生まれたそうじゃ。
そして勇者を使うには、アンクの全ての能力と魔力炉からの大魔力、そしてかなりの時間が必要となるそうでな。
ま、技術が進むと共に改良もされて、インターラーケン戦では新型勇者が大量に投入されたそうだな。
ただ、今でこそ対魔王用最終兵器とされているが、どうも作られたのは偶然らしい。
わしが知っておるのは、簡単に言うとこれくらいだ」
執政官は素早く大使と副署長を見る。
二人はピクッと尻尾を揺らす。副総監は左右に振る、大使はピンと立たせる。
Yesの意味だ。
勇者は四十年前、魔力式スーパーコンピューターであるアンクと共に開発された。しかも偶然に。
その運用にはアンクの大魔法と演算能力が必要、と。
新型というのは、映像にあった四人の勇者か。
うーん、まさに兵器。
コンピューターで作られた魔王を倒すための戦闘機械……まるで定番RPGゲームの中に出てくる「はい/いいえ」で動く主人公だな。
次回、第十六章第七話
『地球式戦争方法』
2012年1月18日00:00投稿予定