記録映像
そんなこんなで、次の日も教皇への取り調べに宮殿へ出勤した。
また警視庁のワーウルフ達が犬の後ろに乗せてくれたんだけど、乗り心地は悪い。贅沢は言えないし、距離も短いので我慢。
朝日と共に走ってみれば、宮殿は結構近かった。警視庁と裁判所の間を通る道を南に少し走ったところにあった。
今日は取り調べと言うほどキッチリしたものじゃなくて、サトゥ執政官や各街区領主の何人かとの雑談みたいなものだった。
どちらかというと、魔界とルテティアについての説明がメイン。それも昼前には早々と終わった。
さすがに教皇の地位と年齢に配慮して、連日の厳しい取り調べは控えたようだ。
僕は部屋の隅で相変わらずの書記。
ゴブリン・オーク・ドワーフの領主との面会は午前中で終わり、午後からは記した会話内容の報告と清書。他の書記官と会話内容の照合。
この報告書も今夜の会議に提出され、魔界の重鎮達の目に触れる。専門家が見れば重要な内容も隠れているだろう。
気合いを入れて、可能な限り記憶を呼び起こし正確に書き留める。リザードマンや鳥人の書記官達と書類を交換する。
清書も終わった昼下がり。
昼飯も休憩も終わって、夜からの会議には時間がある。
バルトロメイさんはコックとして忙しいし、この宮殿には他に親しくしてる人はいないしなあ。
何をしようかな。
よし、良い機会だから皇国のことを学ぼう。
さてさて気楽に頼めるのは誰だろう、やっぱあの人かな。
というわけで訪れたのは城の奥まった一室。
金具で各所を補強された重厚で立派なドアをノックする。
するとすぐにいつもの朗らかな声が返ってきた。
「開いてるンだにゃ、どーぞ」
ドア越しでもネフェルティ様の猫耳なら僕の足音や呼吸音を聞き分けれるだろう。名乗る前に入るよう促された。
分かっては居てもちゃんと名乗るのが礼儀です。
ギギィ、と重々しいドアを開ければそこには、テーブルの上であぐらをかくネフェルティ姫。
「ユータです。おイソがしいところを失礼します」
「んー、にゃにかにゃー」
「あら、ユータ。どうかしたの?」
猫姫の前には椅子に座ってお茶を飲む男日照り姫。
目があった。
黙って一礼し、そのまま回れ右して廊下に出る。
「ま、待ってってばー!」
「イヤです待ちません他の人にタノみますハナして下さい」
ぐわしと掴まれた肩と腕、相変わらずのスピードとパワーだなこの人。
後ろからは猫姫の「にゃっはっは」という笑い声。
こっちは笑い事じゃないんですよ。
「……にゃるほど。皇国の知識ね」
「それなら妹が適任だわ。
昨年はトゥーンと一緒に皇国へ潜入してたから。
その時の記録を見れば理解は早いわよ。
でも、あなたには、ちょっと……」
「あ、戦争だからヒドいエイゾウが出る、とかは気にしないで下さい。
ボクも男ですから」
「えと、それなら良いんだけど。
それよりも、映像を見るにも魔力が必要なの」
「それにゃら、あたしが見せてあげるよ」
「ダメよ、あなたは上空警備隊長でしょ」
「うニャー、ヒマだよぉ、サボりたいよぉ」
「ダメです、ちゃんとしなさい。
そうねえ、それじゃ誰がいいかしら……?」
というわけで、皇国から帰ってきたばかりのテルニさんにお願いすることになった。
資料として姫達が手渡してくれたのは、皇国に潜入したときに撮影したという皇国内の映像だ。
解説を聞きながら、壁に大写しにされる映画を見る。
横に立つテルニさんが栗色の髪を揺らしながら熱心に説明してくれる。
それは、確かに驚くべきものだった。
「スゴい……まさか、こんなにススんだ国だなんて……」
「どうだ、目玉が飛び出そうだろ。
特に、これだ!
こんなの見たことねえだろ?」
「え、えと、うん、スゴいですね……」
本当は見たことある、というか見慣れてるもの。
だけど、この世界に存在するとは思わなかった。
鉄道だ。
なんと鉄道が敷かれていた。
ちゃんと列車も走ってる。
その後ろに続く貨物車と客車は、とてつもなく長い。
皇国はインターラーケンまでを掘り抜くセドルントンネルに鉄道を敷き、大軍を鉄道で一気に送り込んだんだ。
大量の宝玉と巨大な術式に覆われた鉄の塊が、延々と敷かれた二本の鉄の棒の上を走っていく。
あれは魔界では魔道車と呼ばれる。
魔力式の機関車みたいなヤツの後ろには、引かれた貨物車が延々と続く。
えげつないことに、魔道車そのものが魔力炉だというのだ。あの中に沢山の子供が閉じこめられていたという。
魔王城にいる子供達は、インターラーケン戦役で魔界に突入したトリニティ軍が載っていた魔道車のエネルギー源だったと。
しかも一般兵士は魔力炉の事実を知らなかったという。
インターラーケン戦役の終盤、魔王は敵陣に乗り込み、兵士達に魔力炉の真実を伝えた。
これに仰天し激怒した兵士達は、司令官と魔力炉運用専門魔導師を殺害。魔道車を分解して子供達を救出した。
最後はトゥーン領主の説得に応じ、停戦の申し出を受け入れた。
それが魔王城にいる人間達の事情。
それにしても、魔道車のパワーは凄い。
エネルギー源としては外道を極めるけど、こんなのを幾つも作られたら魔界はたまったもんじゃない。
この魔力炉のエネルギーを使っての兵器もとんでもない。
映像にはインターラーケン戦役の戦場の様子もあるけど、凄惨を極めてる。
迫撃砲が火を噴き、砲弾が地面をえぐる。
レーザーが飛び、草木を焼き切る。
撃墜された飛空挺が墜落する。
竜騎兵から投げ落とされる爆弾が炸裂する。
まさに、戦場。
僕が知っているインターラーケンは、のどかな田舎町。
初めて乗った飛空挺の窓からのパノラマ、良く覚えてる。
森林に覆われた広大な盆地で、各所に沼や湿地、レマンヌス湖もある。水と緑が豊かな楽園のような場所。
それが、ほんの一年前に、こんな殺し合いの舞台だっただなんて。
目を背け、吐き気を必死に耐える。
日本の戦争・災害報道では映されなかったりモザイクがかけられる映像が、無修正で大写しにされてる。
その生々しさと残酷さに、口の中が込み上げてくる胃酸で酸っぱくなる。
中には巨大な武装飛空挺からの大音響、というか音波攻撃を受けてる人もいる。
耳を押さえてのたうち回り、騎乗していた動物たちがパニックを起こして走り回る。
でも殺されないだけ、彼らは幸運だったろう。
で、その音波攻撃発生源は飛空挺の貨物室にいるヴィヴィアナさんとイラーリアさんとサーラさん。曲は『死の鋼』とかいう名前のデスメタル。
ボロボロに破れた修道服から素肌をのぞかせ、激しく体を揺らし震わせながら、「地獄に堕ちろ」「死ね」とか絶叫してる。
どこが修道女だ。
見終わったとき、気分が悪かったどころの話じゃない。庭に飛び出て嘔吐した。
ともかく、皇国の戦力は分かった。
皇国の兵器は、巨大な大砲と迫撃砲、広範囲なレーダー、マジックアローと呼ばれる魔力式追尾ミサイル、レーザーガン、etc。
対する魔王軍の武器は、剣と槍と弓が大半。他は魔法の炎や氷、巨人族が投石機でぶん投げる石。
見た目、二十世紀の軍に中世の兵士が戦ってるようなものだ。
これはインターラーケン戦役の映像だけど、それを見ただけでも皇国の桁外れな技術力軍事力が理解出来る。
古くさい剣や弓、鈍くさい飛空挺で戦わされる魔王軍兵士が憐れ過ぎる。映像では砲弾の雨あられに吹っ飛ばされるばかり。
いくら魔王陛下達が居たとはいえ、こんな戦力差で、よく停戦に持ち込めたなあ。
まだまだ驚くべきは、あの鉄道はインターラーケンから遙か南まで、半島を南北に貫いてるということ。
つまり鉄道を敷くのに大量の鉄を必要としたはずだ。製鉄のための燃料も機材も、桁外れの量。
町並みも中世というより近世って感じ。かなり豊かでしっかりと作られてる。
本当に、これだけの工業力と資源、どこから沸いて出たんだろう……?
吐き終わって部屋に戻ってから尋ねてみる。
得意げに説明してくれてるテルニさんも、そこは知らないそうだ。
「いやあ、そんなのは俺ら前線の下っ端は知らねえよ。そいつは兵站部の仕事だ。
話じゃ、軍用品に関しては工廠で全部作ってるってことだけどな。
もちろん入れるのは工房の職人や軍の偉いさん達だけだぜ」
そりゃそうか。
それにしても、説明では魔王軍が現在使用してる魔力式レーザーガンは、全てインターラーケン戦役で皇国軍から奪ったものだそうだ。
ということは、魔王軍はこれら兵器を作れもしない。修理も無理。
だめだ、軍事力も工業力も圧倒的。魔王軍が上回るのは数だけだ。
それも雑多な種族の寄せ集め、いわゆる烏合の衆。
陛下のカリスマ性で、どうにかまとまってるだけ。
まずいな、これじゃまずい。
もし陛下に何かあれば、あっと言う間に皇国に侵攻されるぞ。
魔力炉の子供達を助けるために魔力が尽きたっていうとき、運良く皇国の侵攻が無くて幸運だった。
そう、全く幸運だった。
その時期に皇国が攻めてきたら、ひとたまりもなかったかも知れない。
こんな化け物を送り込まれたら陛下でもタダでは済まない。
テルニさんに再生してもらった別の映像。この映像に映る、戦闘生物達を。
映像には、暗雲の中で戦う陛下の姿があった。
強大な魔力で雷雲を呼び、雨のように雷を降らせる陛下の姿は、まさに魔王。
日中の戦闘だというのに分厚い雲と豪雨で陽光は完全に遮られ、夜のようだ。
そんな中、雲の合間で陛下は四つの存在に襲われていた。
それは、人間。
フルプレートアーマーとでも呼べばいいのか、大量の輝く宝玉を装着した甲冑に身を包む四人の騎士。
赤、青、白、黒の四色に色分けされた四人は、空で陛下と戦っていた。
なんと甲冑姿のままで自在に空を飛び、数々の雷撃をものともせず、華麗に陛下が撃つ炎や氷の魔法を軽やかに回避する。
その内の一人、白騎士が小脇に抱える大砲のようなものが白い光を放った。
雲が、切れた。
白騎士が放ったのは、極太のレーザーのようなものだった。
陛下に向かって一直線に伸びたそれは、まるで鏡に当たったかのように陛下の直前で曲げられる。
曲がった光はそのまま空へ伸び、暗雲を切り裂いてしまった。
雲間から太陽の光が伸びる。
これが勇者か。
四人の勇者が空を飛び、陛下と戦っている。
見る限り、互角の戦いだ。
この戦闘記録を見る限り、確かに勇者は恐るべき存在。闘神、戦闘生物、不死の化け物、そんな言葉がピッタリだ。
信じがたいことに、最後には陛下に取り付いて、大音響を轟かせて爆発した。
魔王相手に互角以上に戦い、最後には平気で自爆を仕掛けてくるなんて。
その強さも、精神も、人間じゃない。
「な、ナンですか、これ……。
これが勇者、なんですか?」
「そうらしいぜ」
「らしい?」
テルニさんを振り返れば、故国の強さを誇らしげに語る得意満面という顔。
でも勇者に関しては自信なさげな話。
「実は、俺も勇者ってのを直接見たのはコレが初めてだったんだ。
今までは噂程度の存在でしかなくてなあ。
街々では似顔絵とかが売り出されたり張り出されたりしてるけど、一つとして共通する顔はねえんだよ」
「ふーん、皇国もイロイロと事情があるんですね」
勇者の映像は他にもある。
なんとトゥーン領主と一騎打ちをしてる映像もあった。
それは、とある城のホール。階段の踊り場から撮影したもの。インターラーケン戦役で崩壊したトゥーン領主の城だそうだ。
強行偵察のため単独で乗り込んできた一人の勇者を領主が迎え撃っている。
この勇者の顔は分かる。ド派手な、やたらカラフルな鎧を身につけてるけど、あくまで軽装だ。兜も顔が出てる。
顔はともかく、その目は……冷たい、というより感情がない。
領主と言葉をかわしてるシーンもあるんだけど、これを会話と言って良いのかすら疑問だ。
それは領主が勇者に名を尋ねた場面。
《俺は、トゥーン。
魔王第十二子、魔界の王子……トゥーン=インターラーケン様だ。
お前の名を教えろ》
対して勇者は答えた。
これを答えと呼ぶなら、だが。
《おお、なんということだ。
せかいせいふくをたくらむまおうのいちぞくにであうとは。
せかいをほろぼすあくまめ。
せいぎのなのもとに、このゆうしゃがせいばいしてくれる。
きよきかみのちからによってきよめられるがいい》
棒読み。
何の感情もこもらない、コンピューターの人工音声をそのまま流したような口調。
内容は、まるで安物のレトロなRPGゲーム。
目も、言葉も、思考からして人間のものとは思えない。
炎に包まれつつある玄関ホール。
恐るべき速さで繰り出されるトゥーン領主の剣。
壁が、階段の手すりが、領主の周囲にある何もかもが粉々に切り裂かれていく。
体術も見事で、目に止まらない膝蹴りが炸裂する。
それらも勇者にはほとんど当たらない。
あまりにも見事に避けられる。
反撃もえぐい。容赦も迷いも何もなく目突きが来る。
最後には倒された勇者だが、血まみれの瀕死でも闘志を失わない。
這いずりながらナイフを振り上げ、勇者を倒したものと油断し座り込んだトゥーン領主の首を背後から狙う。
それを身を挺して救ったのはリア妃。領主を守るため彼の首に抱きつき、自分が刺されてしまった。
傷は浅かったようだけど、よく生きてたなあ。
この勇者の最期は、怒り狂って飛びかかった領主に首をへし折られ、画面の向こうへ投げ捨てられた。
だが、あの勇者も後で皇国で生き返るんだろう。
勇者、その正体は汚れ役専門の殺戮機械、と魔界側では言われてる。
見た目は間違いなく人間。だが中身は絶対に人間じゃない。人間以外の何かだ。
何より、あの目。
あれは人間の目じゃない。
あまりにも冷たい、何の感情も無い、機械の目。
勇者……一体、何なんだ?
魔族だけじゃなく人間にも秘密だという。
アンクといい、勇者といい、魔力炉といい、皇国は秘密の多すぎる国だな。
次回、第十六章第六話
『機密』
2012年1月14日00:00投稿予定