異世界交流
中学生の頃、勉強ばっかりの窮屈な生活がイヤになった。
人気者のクラスメートや、部活で活躍する先輩に憧れ、同時に嫉妬した。
同年代の連中がアイドルやスポーツで活躍する姿をTVで見て、羨ましすぎて腹が立った。
裏に回ればイジメやカツアゲをする連中、それを見て見ぬふりする教師、世間体ばかり気にする親、きれい事しか言わない校長のクソ長い朝礼……。
そして、それらを否定したいのに否定できない、見返したいのに見返せない、手に入れたいのに手に入れられない、ダメな自分。
TVも新聞も環境破壊と長引く不況と政治の無能を並べ立て、将来への不安をかき立ててくれる。
ぜーんぶイヤになった時期があった。
夕暮れの河原で水面に石を投げながら、「なーにが期末テストだよ、あほらしい。幾ら勉強したって社会じゃ何の役にも立たないってのに。あー、学校吹っ飛んでテスト中止になんねーかな」と呟いた。
まぁ、そんなモノは誰でも考えること。
クラスメートに聞けば、100人中99人までが、同じコトを考えたことがあると言うだろう。
ネットに潜ればンな愚痴は幾らでも転がってる。
もう死にたい、全部ぶっ壊れろ、別の世界に旅立ちたい……。そんなセリフであふれかえってる。
で、平凡な僕、金三原裕太の場合。
中肉中背で平凡を絵に描いたような僕は、ハッキリ言って目立たない。
髪は黒いままだし、ピアスもないし、彼女もいないし、部活は幽霊部員。
そんな僕は現実からの逃避もありきたり。
ゲームやマンガに夢中になったし、部屋で主人公になりきって隠された力を解放とか呪文を唱えて大魔法発動とかしてみたり。
妖気や闘気が出るんじゃないかと風呂上がりに上半身裸で気合いを入れてみたり。
異世界への扉が開かないかな~……と、アニメに出てた魔法陣を大きな紙に書いてお祈りしてみたり。
空を見上げてUFO探したり。
そして姉ちゃんに見つかり、思いっきり笑われバカにされて、死にたいほど恥ずかしかった。
いやマジ、死にたくなった。これが黒歴史か。
以来、姉ちゃんには中二病とからかわれ続けてる。
でも中三になって、親から国公立入学と引き替えのヨーロッパ旅行を聞き、一念発起して受験勉強に打ち込んだ。
姉ちゃんと一緒に必死で机にかじり付き、深夜まで頑張った。
結果、見事に志望校合格。
これからの人生バラ色に見えた。
姉ちゃんと二人、「こっからは勝ち組人生まっしぐらだぜー!」とか叫んでガッツポーズ。
「……そうよ、ユータ。
あんたなんかと、思わず二人でガッツポーズしちゃったわ。
あたしの人生、これからだったのよ!」
「僕だってだよ!
もう中二病は卒業したんだ、昔の話なんだ。
異世界に逃げ出さなくても、現実の高校で真面目に頑張ればいいや、て思ってたんだ!
それが、それが……なんで今さら!?」
「知らないわ!
あんた、そういうのに詳しいんでしょ!?
だったらあんたが考えなさい!
あたしはもうイヤよ、こんだけ日焼けして夜更かしまでしたら、お肌がボロボロになっちゃうじゃないの!」
「肌なんかどうでもいいよ!」
「良くないわよ、女にとっては全ッ然良くないわ!」
えーい、話が噛み合わない。
これが男女の壁なのか?
「とにかく、説明するけど、パラレルワールドってのは僕らの宇宙と同じ時空から派生した、お隣さんや兄弟みたいな存在なんだ。
兄弟だから似てる点が多いけど、全く一致するワケじゃない、基本的に別宇宙で」
「そんな屁理屈、どうでもいいわ!」
へ、屁理屈呼ばわりされた。
国立大学にまで受かっておいて、宇宙論や量子力学を何だと思ってるんだ。
映画やマンガのご都合主義設定用に存在するんじゃないんだぞ!
そんな僕の文句やこだわりは無視して、姉ちゃんの話というか愚痴というか、そんなのが続く。
「第一、万一にもユータの言うことが正しいとして、よ」
「恐らく、正しいよ。
それしか考えられない」
「あっそう。
んじゃ、そういうことにしてあげるわ。
で、そこに迷い込むって、どういう理由で……て、考えられるのは一つだけだけど」
姉ちゃんは、いきなり偉い人四人組を指さす。
「やっぱり、こいつらが何かやったんじゃないの!?」
「こいつらって、ここの人達が、何かを……?
あ、ああっ! 魔法で、まさか、召喚魔法か転移魔法!?」
「何だか知らないけど、こいつらが何かしたのは間違いないわ!
ユータ、あんた、聞きなさい!
何をしたのか聞くのよ、てか、元の所に返せって怒りなさいよっ!」
パオラさんに詰め寄って、何の魔法を使ったのか知らないけど早く元に返してくれ、と言おうとした。
だけど、言えなかった。
イタリア語でないと通じないんだから。しかもこのパオラさん限定。
おまけにパオラさんにとっても母国語じゃないらしい。
それに旅行用イタリア語会話本程度じゃ、魔法とか異世界とか召喚魔法とか載ってるはずがない……いや、ちゃんとした辞書にも載ってなさそうな単語だ。
僕の剣幕に怯えて後ずさるパオラさんへ、それでも必死でガイドブックの単語を幾つも指さす。
どこまで通じるか分からないけど、『ritornare:帰る』『casa:家』『Mi sono perso:道に迷いました』『Posso chiedere il suo aiuto?:ちょっと助けて頂けますか?』と次々と指さす。
縮こまり困ってしまった様子のパオラさんは、後ろの人達に助けを求めるかのように振り返る。
彼女の視線の先には黒髪の男の子や、リーダーのエルフさん。
その二人とも、肩をすくめて首を横に振った。
つか、全員が困って視線を左右させたり、興味なさげにあくびしたり、お手上げという意味らしきポーズをしたり。
こっちの言いたいことが通じてない、という以前に、僕らが何故にどこから来た何者かということからして分かってない、という感じ。
ということは、つまり、この人達には期待できない、ということか……?
背中から、ドサ、という音。
振り返ると、姉ちゃんが気絶して倒れてた。
目を開けると、見知らぬ天井が……つか、斜めになった布があった。
しばらく布を見つめて、それが何なのか考える。
思いつかなかったので右を向いたら、姉ちゃんが寝てた。
「うおをっ!?」
思わず飛び起きてしまう。
旅行中、僕は父さんと、姉ちゃんは母さんと一緒の部屋をとってた。なので姉ちゃんが僕の隣で寝てるなんてはずがない。
それがなんで……と思い返した拍子に、昨日の出来事がフラッシュバックした。
あれは夢だったんだ、そうに違いない……。
そう思いこみたくて頭を振り、今度は左を見てみる。
そこには毛むくじゃらで大きな丸い茶色の物体が、白い布にくるまれて絨毯の上に置かれてる。
なんだろう、と思って見てたら丸い物体の真ん中へんに、ピョコッと三角のものが二つ飛び出た。
ネコの耳。
次にネコ耳が乗ったものがむくりと起きあがる……大きなネコ頭だった。
丸く茶色い物体は、絨毯の上で丸くなっていたネコ人間、ワーキャットというか、大きな猫が寝ている姿だった。
白い布は服で、腰には短剣を差してる。
ワーキャットはネコだけに夜行性だからなのか、夜の間の監視役をしていたらしい。
首だけ起こしたそいつは、縦長の瞳でジーッと僕を見てる。
周りを見れば、ここは大きなテントの端。木箱で仕切られた一角。
テントの分厚い布地の向こうから、朝日と鳥のさえずりが漏れてくる。
床には絨毯が敷かれ、その上に敷かれた布団の上で寝てた。
服装は昨日のまま。荷物はガイドブック数冊が布団の横に置かれてるだけ。
姉ちゃんが倒れた後のことは記憶にない。
多分、僕も倒れたんだろうな。
「つまり、夢じゃなかったのか……」
大きな溜め息とともに、肩が落ちる。
同時にグゥ~……という腹の音。
喉が渇いた。
トイレにも行きたい。
なんてこった、ここがどこだろうが日本に帰れないだろうが、生理現象はおかまいなしってわけだ。
はあ……姉ちゃんの言ってたことも、ごもっとも。
しょうがない、出物腫れ物所嫌わず、というヤツだ。死にたくなけりゃ、食って出すしかない。
ガイドブックを手に取り、まだ僕をジーッと見ているネコ人間さんにゼスチャーも交えて単語を示す。
「えと……ご飯は、プリマコラツィオーネ、が朝食で、トイレがガビネットか。
イタリア語はパオラさんしか使えないみたいだけど、通じるかなぁ?」
手でご飯を食べる仕草をしたり、下腹部を指さしたり。
そしたら、ネコ耳がピコンと動いて大きな目が見開かれた。
丸まってた茶色い毛並みの体がゆっくりと立ち上がり、うにぃ~っ、としなやかに伸ばされる。
尻尾も耳もピンと立ってる。
まさに人間サイズのネコ。
木箱の隙間、出入り口部分に立ち、こっち来い、と言いたげに頭をクイッと振る。
僕は姉ちゃんを起こさないよう静かに部屋を出た。
そこは、昨日のテントの中。
テント中央に並べられた机の上には僕らの荷物。
おや、柱に大きな鏡が立てかけられてる。昨日、あんな所に鏡があったっけ? ま、どこからか持ってきたのかも。
既に何人もの人達が集まってきて、静かに21世紀地球の工業製品を調べていた。
そんなエルフ・ドワーフ、その他の目が一気に僕の方へ向けられる。
思わずたじろいでしまう。
荷物を調べる人達の中からツカツカと僕と茶ネコさんの前に歩いてきたのは、昨日のリーダーエルフさん。
二人の間で何か言葉がやりとりされ、エルフさんは納得した様に頷いて、また荷物の方へ戻っていった。
席に着いたリーダーさんが手にしたのは、ガイドブック。荷物に入れてたヤツを全部目の前に広げて読んでる。
茶ネコさんはクイクイと僕の服を引っ張り、テントの出入り口を指さす。
トイレに行く許可は下りた様だ。
明るい中で見ると、あのトイレはインパクトがあった。
こえだめ、とかいうウンコを溜める穴の上に立った小さな掘っ立て小屋が並んでた。
肥料にするために溜めてるんだろうけど、まあ、21世紀の日本やヨーロッパでは信じられない。
床の穴からは地面に掘られた穴に溜まったアレが、たっぷんたっぷんなのが、よーく見えてしまってる。
そして紙は無い。
ポケットティッシュを持っていない。
昨日の夜にチェックしてなかったら、こうして適当な葉っぱを何枚か手にして入ることもなく、コトを済ませた後に悲しむべき事態へと陥ったことだろう。
行き帰りの道中も、僕は住人達の注目の的だ。
水くみのブタ頭さんや、包丁で野菜を切ってる妖精さんや、手から噴き出す小さな火で薪に火を付けるエルフさんに、まるで珍獣を見る様な目で見られてる。
建物の影からチラチラと頭をのぞかせる連中もいる……サイズからすると、妖精の子供らしい。こっちを興味タップリな目でのぞいてる。
僕にとって彼らが新鮮で珍しいように、彼らにとっても僕らは珍しいんだ。
テントに戻ると、パオラさんがお盆に水とパンを乗せて歩いてる姿が目に入った。
にっこり笑った彼女は、ぎこちなく話しかけてくる。
「Buongiorno, come sta?」
これは本を開かなくても分かる。基本的挨拶なので、日本でしっかり予習してた。旅先でも何度も使った。
意味は『おはようございます、ご機嫌いかがですか』だ。
返答も英語のアイムファインセンキューと同じ、決まったフレーズ。
「ストベーネ、グラツィエ」
通じたらしい、今度は自然な微笑みが帰ってきた。
彼女と茶ネコさんの後ろについていけば、荷物が置かれた机の隅にパンと水さしとスープがおかれて椅子も用意された。
朝食をどうぞ、ということね。
で、席について目の前に置かれたパンを見る……フランスパンみたい。
焼きたてで、まだ熱い。そして手にして持ってみれば、なるほど丸っこいけどフランスパンだ。
うーむ、かなり固いぞ。
パンの横にナイフとフォークが置かれてる。切って食えと。
ナイフでガジガジ切ってみれば、中は白くて柔らかい。味は……素朴、物足りないというか、味が無いな。
ただ、なんか小さくて固いモノが混じってる。何かと思って取り出してみれば、何かの種の殻。ああ、小麦の殻か。
多分、化学調味料もなんにも入れてない、完全手作りな本物のパンだからだろう。
スープは……溶けたチーズか。フォンデュにして食うのね。
さっさと食わないとチーズが固まってしまう。鍋に入れて熱しながら食うモノだったはずなんだけど、この人達は違うのかな?
水差しから水を木のコップに入れてみれば、それはただの水。硬水か軟水か、なんて分からない。
この状況じゃ、気にすることも出来ないな。
「RPGなんかじゃ、食うのはキャラクターであって自分じゃないからなぁ。
もしここが中世ヨーロッパそのまんまだったら、たしか、とんでもない衛生状態のはず……ペストやコレラも……。
一応、予防接種は出国前にたっぷりしておいたけど、どこまで役に立つんだか。
腹を壊さないことを願うしかないや」
最初は怖々と、次第に口いっぱいに頬張るように食べる。
さいわい食べた途端に腹を下す、ということもなかった。
あとは食中毒とかにならないことを祈るばかり。
僕が食事をしている間にも、沢山のエルフ・ドワーフ・その他の種族が続々とテントに入ってきて、荷物が置かれた机に集まる。
チラチラとこちらを気にしながらも、荷物を調べ続けてる……落ち着いて食えない。
特に興味を示してるのは、電子機器だ。
それが情報の塊と気付いているかどうか知らないが、使い方を教えろと言いたいのは目を見ただけでも分かる。
姉ちゃんが寝てるはずの木箱で囲まれた一角を見てみれば、まだ見張りのネコ人間さんが座ってた。
多分、姉ちゃんは寝続けてる。しばらく起きて来れないだろう。
こんなことがあったのに、平気で動き回ってる僕の方が異常なんだろうか。
鈍感というか、無神経というか……いや、適応力があると言っとく。
この人達が何者なのかは知らない。
僕らがどうなるのかも分からない。
地球に、日本に帰れる保証なんか、ない。
でも、とにかくこの人達の理解と協力がなければ、何も出来ないだろう。
まずは衣食住を、いや安全の保証が欲しい。
そして姉ちゃんは倒れたままだ。
なら、僕が頑張らなきゃ。
外人に囲まれるのは旅行で慣れてる。今さら異国の人をみたくらいでビビッて逃げ出すこともない。
異種族だろうが異世界だろうがなんだろうが、逃げてられない。
よーし、やるぞ!
次回、第二章第二話
『自己紹介』
2011年3月6日01:00投稿予定