魔王誕生秘話
地球のヨーロッパ周辺地域に関する情報は、だいたい出尽くしたと思う。もともとの手持ちの情報量が少ないので時間はかからなかった。
夜も更けてきたけど、会議の熱気は眠気を吹き飛ばすほどだ。
ここで、話を整理しましょう、とルヴァン様配下のエルフ達がデータを整理して表示し始めた。
ヨーロッパ地域と魔界、これは地形や地下資源の点では大方が一致すると見て良い。
さすがに鉄鉱山や油田なんかはガイドブックに載らないけど、イタリアに地下資源が無いのはアベニン半島の皇国も同様。
これだけ一致するなら他の地形や地下資源も一致する可能性が高い、と判断された。
一致するかどうか確かめられない点もある。
それは、魔界の外側の世界。即ちロシア、中東、アフリカ。
話を聞くと、なんと魔界以外のこれら地域には、知的生命体が見あたらないというのだ。
ロシアは常に凍てついた大地、中東は不毛な大砂漠、アフリカは想像を超える猛獣と風土病ばかり。とても住み着ける場所じゃない、という。
北の氷原はワーウルフ族が放牧に立ち入ることはあるが、その彼方に行って返ってきた者は乏しい。戻った者の報告は、「誰もいなかった」の一言。
東の大砂漠は、真の意味で死の大地。なんぴとたりとも生存を許さない岩と砂ばかりの荒野。
西には大海。海の魔族と海獣達に阻まれ渡れない。つまりアメリカ大陸は発見されてもいない。
唯一探険が可能なのは黒の大陸、アフリカだ。それもジャングルと病気に阻まれて進むのも困難。
そして、アンクについても謎が多いままだ。
アンクのエネルギー源として魔力炉が作られたなら、その初期の被験者である魔王陛下自身がアンクについて知っているのでは、という質問も当然出た。
その返答は、皆を失望させるには十分だった。
《いやあ~、実は、その辺は良く思い出せていないんだ。
子供の頃はロムルス近くのパラティーノに住んでたのは覚えてるんだけどね。それもおぼろげだよ。
なんだかナプレ近くに家族と居たような記憶もあるし、家族の顔を思い出せないし、よくわからないねえ。
魔力炉の被験者にされた詳しい理由とか、アンクがどこから持ってこられたか、なんてサッパリなんだ》
「おう、オヤジよ」
オグル頭取の、義理とはいえ父たる魔王相手でも変わらぬ荒い口調。
その態度に他の兄弟も魔族高官達も眉をしかめたり牙を剥いたり。
でも頭取は気にせず話を続ける。
「事は魔界の未来を左右するほど重大だぜ。
なんでも良いから覚えてることは全部話しな。
隠すと信用無くすぜ」
《オグルよ!
父たる魔王に何たる不敬か!》
怒鳴ったのは狼頭の王子ベウル。
鼻から耳にかけての青黒い毛が逆立ち、青い光を放ってる。
あれがベウル王子の魔力ラインか。
でもオグル頭取と、魔王陛下本人は気にしなかった。
右手を振って激怒する狼の王子を制し、話を続ける。
《オグルの言うことはもっともだよ。
でも、なにしろ酷い事故だったからねえ。
皆も知っての通り、僕はその魔力暴走で自分の肉体を失い、純粋な魔力のみの存在になってしまったんだ。
意識は魔力の霧に移され、そのままだと魔力と一緒に蒸発して消えてしまうっていうとき、なんとか研究所近くで倒れてたこの肉体に乗り移れたんだ。
けど、その時に記憶もかなり消えたり混乱してしまってねえ》
鏡の中の人達は神妙な顔で、当たり前のように陛下の話を聞いている。
でも僕と姉は目を丸くする。
「……え」
《ええ!?》
驚きの声を上げてしまった。
僕らには初耳なんですけど。
陛下は元の肉体を失ってて、他の人の肉体に乗り移ってて、しかも記憶喪失。
ということは、陛下は肉体の方は借り物で、本体は魔力というエネルギーそれ自体。
陛下は普通の生物じゃなくて、改造人間でもなくて、魔力エネルギー生命体!?
それをサラッと言ってしまうなんてビックリです。
目を丸くする僕らはスルーされ、会議は進み続ける。
でも、もう鏡に映る人達は王子王女達だけじゃない。一緒に各魔族の長老だか司祭だか族長だかの高官達も入り始めた。
それぞれが、もはや無秩序に発言し、情報を大量に表示させ、収拾がつかなくなり始めてる。
そこへ、ネフェルティ様が一層大きな声を上げた。
《ふぅみゃあ~、もう眠いよお~》
場の空気を一切無視した、マイペースな御言葉。
眠いって、こんな時に何をのんきなと思いつつも腕時計を見れば、おお深夜二時近いじゃありませんか。
いつの間に。
陛下も鏡の中で椅子から立ち上がる。
《ふぅむ、確かにもう夜も遅いなあ。
情報も多すぎて、ちょっと混乱してきたし、少し頭を冷やそうと思うんだけど、どうかな?》
とたんに各鏡から《御意》《まあ、昼を生きる者達には、やむを得まい》《議事録はこちらで作成し、明日には鏡経由で送ります》という返事が返ってくる。
というわけで、本日の会議はお開きになった。
でもこれで終わりじゃない。明日、というか既に今日だけど、また夜に会議を行うことも決まった。
《それじゃ皆さん、また明日。
年末が近いけど、良い新年を迎えられるようにしましょう》
そんな年の瀬らしい陛下の挨拶と共に、全ての鏡が光を失う。
あとには最初と同じ、薄暗い高等法院が戻ってきた。
頭取はジロリと僕を見上げる。
「んじゃ、ユータよ。
もう遅いから、裁判所のエルフ用の客間で寝な。
リュクサンブールに戻るのは朝でいいだろ」
そう言い残してゴブリン達を引き連れて裁判所を出ようとする頭取。
でも、これだけは確認しておきたい事がある。
ちょっと聞きづらいけど、「あの……」と控えめに呼び止めた。
「なんだ?」
「陛下が、体をウシナったとか、仮の体とかって、ホントウですか?」
「ああ、本当だぜ」
振り返らないまま、何でもないかのように答えるオグル頭取。
そうか、本当だったのか。
「オヤジは集中力を高めて魔力を強める実験を受けたそうだぜ。
魔力は意志から生まれるからな。強い意志からは強い魔力が生まれる。
が、実験は失敗し、オヤジは暴走に陥ったそうだ」
「暴走!?」
暴走って、城の子供達と同じ暴走か。
まさか陛下が暴走状態に陥っただなんて、よく助かったなあ。
「だが、通常の暴走とは違ってよ、極めて穏やかな暴走だったそうだぜ。
あまりに強く穏やかすぎて、魔力の固まりが被験者だったオヤジの意識をそのまま写し取っちまったってな。
つまり今のオヤジは、暴走する魔力そのものが意識を持って動き回ってる状態だ」
えー、それ凄いヤバイ状態なんじゃないの?
それで四十年以上も存在し続けるなんて、あり得るのか……いや有り得たから陛下が存在するんだ。
しかも魔界を支配する魔王にまでなるなんて。
「けどな、魔力はそのままだと蒸発しちまう。
どんな強大でも大気に散って薄まり消えちまうんだ。
例え仮でも肉体という器がなけりゃ、オヤジだって即座に消滅するところだったんだぜ」
「ウンが良かったんですね。
あれ、もしかして、ということは……陛下は肉体をイドウすることで、永遠にソンザイし続けれるんじゃ?」
よく映画やアニメなんかで在りそうな設定。
肉体を乗り移ることで無限に存在し続けたり、自分をコピーして他の体を乗っ取って自分を増やしたり。
そうそう、黒服黒メガネのエージェントがヴァーチャルリアリティの世界を乗っ取るという映画であったネタ。
でも現実はそんな簡単じゃなかったみたいだ。
頭取はフンと鼻で笑った。
「いかにも魔法に無知なヤツのセリフだな」
「……そりゃそうですよ。
ボクは魔法をマッタく知りませんから」
「そうだったな。
まあ説明してやるが、この世の全てには魔力が宿る。特に知性体には強い魔力が宿っている。
そして各々の魔力には、僅かな違いや癖があるわけだ。
それを無視して他人の体に自分の魔力を植え付けようとしても無駄だ。
二つの魔力がぶつかり合い、相殺されて消えるだけ。
肉体だって二つの魔力を受け入れきれず、死んじまう」
そっか、拒否反応だ。
臓器移植の免疫反応と同じで、魔力も肉体に拒まれてしまうのか。
あれ? でも陛下は成功してるぞ。
「俺の知る限り、唯一の例外はオヤジの今の肉体だ。
なんと、肉体的には何の問題もなかったのに、魔力を完全に失った状態で倒れていたらしい。
ほとんど石かってくらい魔力濃度が低く、自ら魔力を生み出せるような意識状態でも無かったんだとよ。
オマケに元の種族と同じパラティーノの若者だったわけだ」
「へえ、コウウンだったんですね」
「ああ、全く悪運が強いぜ。
そんなわけで、オヤジは今の肉体に無事に乗り移れたわけだ。
とは言っても仮の体だからな、完全じゃない。
例えば、子供を作れない、とかな。
よしんば作った所で他人の体だから、結局は他人の子供だけどよ」
あ、そうなのか。
そういえば、十二子は全員が義理の子供。魔王陛下の実の子の話は聞いたことがない。
頭取は背を向け、ズルリとローブを引きずりながら扉へ向かって歩き出す。
薄暗い高等法院の闇に溶け込みつつも、目を青く光らせながら。
遠い目をしながら。
「オヤジにとっちゃ、義理とはいえ俺達は大事な子供ってわけだ。魔力炉のガキ共も同じだ。
子供を作れないオヤジの、せめてもの慰めなのさ……」
ドライでひねくれた言葉。
でも、その背中はドライにもひねくれてるようにも見えない。
闇に溶け込むその後ろ姿は、とても寂しげで悲しそうだった。
オグル様だって陛下が嫌いなはずはない。
むしろ、本当の子供になりたくてもなれない、義理の父を本当に心から喜ばせてあげられない、そんな無力感と罪悪感を感じているのかも知れない、
とても確かめられないけど、そんな気がする。
ふと頭取の足が止まった。
何かを思い出したかのように振り返り、僕をジッと見つめる。
「……ナンですか?」
返答は、光る目。
まるでフラッシュのような光が輝く。
ほんの一瞬だけど、それは確かに僕の体を貫いた。
でも体には何も以上も変化もない。
以前にも受けた、全てを見透かす視線か。
「驚いたな……オヤジやルヴァン兄貴から聞いてたが、確かに魔力を帯びてるぜ。
いや、聞いてたより魔力量が増えてるな」
「え、そうなんですか?」
「最初にお前らを調べたとき、確かに魔力は欠片もなかった。
どうやら、体が魔界に馴染んで来てるようだな。
もうしばらくしたら、もしかしたら、魔法も使えるようになるかもな」
それだけ言い残して、頭取は高等法院を後にした。
そうか、僕ももうすぐ魔法が使えるかもしれないのか。そうなると、歴とした魔族の一員と言えそうだ。
それじゃリィンさんとの壁は一つ減るわけだ。
結婚もしやすくなる。プロポーズはどうしよう、まだ早いかな。
後に残った裁判所職員のゴブリンやエルフが客間に案内してくれた。
さっきの石牢すれすれな部屋じゃない、立派な客間。ベッドにも虫がついてたりしない。暖炉もある。
ありがたいなあ。
次回、第十六章第五話
『記録映像』
2012年1月10日00:00投稿予定