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軍需物資

 分割された画面に大量の情報が流れる。以前、アンクに取り込んだデータだ。

 高等法院に置かれた12枚の鏡に映る魔王一族は、食い入るようにデータへ目を通して、他の王子王女や周囲の部下達と相談をしている。

 あ、いや一枚だけ何も表示されてない鏡がある。全然動いてない、単に余りか。

 僕も鏡に表示されている、イタリアのガイドブックに載っていたイタリアの歴史や地理データに目を通す。

 内容は、旅行前やローマ行き機内の狭い席で暇つぶしに読んだ内容と同じ。

 久しぶりに目を通して見たけど、さて、魔界の対皇国戦に役立つ情報となると、どうだろう?



《……参考にならぬな》


 鏡の一つ、狼の頭を持つ大柄な王子が吐き捨てる。

 野営地のテントみたいな部屋を背景に、白い毛と青黒い毛に覆われた巨躯のオオカミ男は、つまらなそうに語り出した。

 確かあの人物は、第七子ベウル=ポルスカ。ワーウルフ族全体を治める長であり、ヴォーバン要塞司令官。

 いや、今は要塞は放棄してるんだから要塞司令官じゃない。でも今の役職名は何だろう、知らないな。

 唾液に牙を光らせて、睨み付けるような眼光を手元の資料に向けている。かなり恐い顔だ。


《あまりに皇国の現状とは異なりすぎる。

 これらの情報を見る限り、チキュウのイタリアという国は皇国とは似ても似つかぬ》


 バサッと手にしていた書類を横のテーブルに置いた。

 それは僕も同意見。イタリアと皇国は全然似ていない。他の鏡からも同様の意見が漏れ聞こえてくる。

 ガイドブックには大まかな歴史と現状しか載ってない。姉が大学受験で学んだ世界史でも、イタリアに関してはろくな知識がない。

 けど、それだけでも皇国との違いが大きすぎる。



 地球のイタリアはEUの一角を占める重要な国だけど、それほど大国じゃない。

 というか、ハッキリ言って政治的にも経済的にも軍事的にも大したことはない。破綻寸前の借金まみれな観光立国だ。

 魔界を脅かし魔王と対峙する皇国とは、どこも一致しそうにない。


 イタリア軍と言えば、どこかのマンガでネタにされてたな。

 第二次大戦中には砂漠でパスタを茹でたとか、小隊長が「俺は国のために命を賭けない、惚れた女のために命を賭ける」といって部隊を脱走したとか、捕虜になったら泣いて謝って機密情報をベラベラ全部喋ったとか。

 それらはさすがにネタだと思うけど、とにかく弱いのは間違いない。


 まだリュクサンブール宮殿にいるフェティダさんとネフェルティ姫。一緒の鏡に映りながらあれこれと話をしてるのが聞こえる。


《このイタリアという国、ローマ共和国崩壊後は小国と都市国家が乱立してたのね。

 そこまでは皇国成立以前と類似するわ》

《うにゅ~、よく分からにゃい言葉も多くて頭が痛くニャるにゃあ。

 ともかく、ゴブリンの聖地ロムルスがイタリアでもローマとして聖地扱いされてるのが共通する……かにゃ?》


 王女達の言葉に、長兄のラーグン王子が頷いた。この場合は王太子と呼べば良いのだろうか?


《そうだね。

 どうやらナプレ王国による半島南部征服、という辺りから大幅に異なっているように思えるよ。

 でも変わらない点もある……地形だ》


 その言葉と共にアベニン半島とイタリア半島の地図が鏡面上に表示される。

 確かに地形はほぼ一致してる。海岸線、山河、必然的に都市の位置も類似してくる。

 インターラーケン山脈が地球のアルプスより少し標高が高いものの、それ以外は魔界と皇国の大半が一致している。


《地形が一致を見る、ということは地下資源も類似すると思うんだけど、ルヴァンはどう考える?》

《それについては、彼らのがいどぶっくなる書籍に記述がありませんね。

 二人とも、イタリアの地下資源について、何か知りませんか?》


 はて、どうだったろうかと僕も姉も首をひねって考える。

 もちろんイタリア半島の地下資源なんて、学校で習ったことはない。

 地下資源は国力を考える上で重要だ。鉄・石炭・石油・銅・金・etc。そして何より、魔界では宝玉の材料となる宝石類。

 戦争でも産業でも、これら無くしては成り立たない。

 でも全然知らないし、本に記述もない。……あれ、まてよ? 記述がないし全然知らないということは、もしかして?


「ネエちゃん、イタリアの地下シゲンって、聞いたことある?」

《そんなの知らないわよ。

 聞いたことも習ったことも無いわ》

「あ、やっぱり。

 ということは、もしかしてゼンゼン無いって意味じゃないかな?」

《少なくとも、石油は出ないし大した鉱山も無いでしょうね。

 あったら、もう少し金持ちな国になったでしょう》


 そりゃそうだ。

 イタリアが地下資源の無い国だとすると、アベニン半島も同じく地下資源が無いということにならないだろうか?

 チラリと隣で話を聞き続けているオグル頭取を見ると、察したらしくゴブリンからの情報を語ってくれた。


「おめえらの言う通りだ。

 アベニン半島には、ロクな資源はねえ。もう残っていねえんだよ。

 例えば鉄だが、かつては海沿いのPiombinoピオンビーノってとこで精錬してたそうだぜ。

 対岸の小島、Laconaラコナって島で良質の鉄鉱石が採れたそうでよ。

 それを魚人族に頼んで海を通してもらって、木々が豊富なピオンピーノの製鉄所で鉄にしてた、て話だったな」

《ああ、その通りだな》


 答えたのは、二本足のイルカみたいな人。いやイルカみたいな肌の人間?

 確かあれは第九子のリトン、フェティダさんが『水が好きな子』って言ってた人物。

 魚人族を支配するって言ってたけど、外見から見たまんまだ。

 そのリトンさんが軽く手を上げると、鏡に表示されたままだった二つの半島地図が拡大される。

 映し出されたのは半島西岸、足の形をした半島の太もも辺り。そしてその近くにある小島。

 地球のイタリア半島ではエルバ島と示されてる。

 そのデータを示しながら甲高い声が響く。イルカだけに超音波っぽい。


《皇国成立と共に、その沿岸に住んでた魚人族も襲われてなあ。今じゃ皇国周辺に魚人族は住んでいねえ。

 だから、その島が今どうなってるかはわからねえよ。

 ただ、皇国が北進してきた頃には、もう鉄鉱石は取り尽くして製鉄所も寂れてたって話だぜ》

「そうだってな。

 他にインターラーケン山脈のふもとにあるCogneコーニェでも鉄の鉱山があったそうだぜ。

 ゴブリンは昔、その辺で鉄製品の行商もしてたそうだ。

 もちろん、皇国が暴れる頃には廃坑寸前だったそうだけどよ」

《となると、これはおかしいね》


 ラーグン王太子(魔王位継承権とか順位とかは知らないけど、そう呼んでおこう)が皆の疑問を代弁する。


《皇国でも、チキュウのイタリアでも、半島に地下資源はさして残っていないことになるよ。この点は共通だと思う。

 にも関わらず、彼らの国力と兵装はどうだい。圧倒的多数で資源豊富な魔王軍と互角以上に渡り合っているんだ。

 これは、どう判断すべきかな?》


 とたんに全ての鏡からガヤガヤと大勢の声が響き出す。

 声だけじゃなく、王子王女へ耳打ちしたり書類を提出したりする部下達の姿もチラホラと映ってる。

 どうやらこの会議、魔界の支配者と重鎮全てを集めた総会になってるんだ。

 うわ、その中で警視庁副総監に案内されて高等法院に来たり、情報を提供し意見を求められてる僕らって、もうVIP扱い?


 あれ?

 そういえば、リュクサンブール宮殿にも無限の窓はあるんだよな。ネフェルティ王女達が映ってるんだから。

 なのに、何で僕は高等法院へ連れられて来たんだろう? 宮殿で使えばいいのに。

 横にいる頭取は真剣な顔で考え事をしてるようなので、部下のゴブリンさんに聞いてみる。


「あの、ちょっといいですか?」

「ん、なんだ?」

「どうしてボクはコウトウホウインに連れて来られたんです?

 さっきの宮殿にもカガミはあったのに」

「ああ、偽装だよ」

「ギソウ?」

「城の人間共がコッソリ皇国に入れるなら、皇国のクソ共も魔界に忍び込めるさ。

 ならルテティアにだって間者や暗殺者は居ると見るべきだ」

「あ、タシかに」

「だから、どの王侯貴族がどこにいるか正確に分からないように、偉いお方や重要な連中が一カ所に集まらないようにしてるのさ。

 もちろん偉い人はコッソリ移ったり、下っ端をわざと派手に飾って堂々と移動させたりしてるぜ。

 それと、宮殿の鏡は王女様方と他の偉いさん達が使ってるからな。こっちの法院のが余ってたんで使おうかってことになってよ」

「ふーむ」


 よく考えてるなあ、言われたままに動いてるだけの僕は考えもしなかった。

 今、鏡で話してる内容も、かなり高度だ。様々な種族の、みるからに立派そうな人達が、色んな意見をぶつけあってる。


《過去に半島へ流れた金の総量は……》

《……アンクは自然の産物ではなく、Resinaを固めたもの。宝玉の産量は無意味……》

《セドルントンネルを掘り抜くだけの鉄や木材、Main-d'oeuvreだけでも過去の計算から合わないが、どこから……》

《この四十年で人の数がExplosivに増えれば、食料生産量が足りずFamineに……一体どうやって》


 まだ知らない単語も多くて、何を言ってるのか完全には分からない。

 でも大方は分かる。皇国の在るアベニン半島の資源・食料生産量と皇国の国力が合わないんだ。

 うーん、魔界の政治経済軍事に関する専門家達が集まって分からないことだというのに、僕なんかの意見が役に立つんだろうか。

 そんな風に会議の様子を眺めていると、ラーグン王太子からいきなり話を振られた。


《ユータ君、そしてキョーコ君。

 君達の意見を聞きたいのだけど、何かあるかい?》


 突然、場が静まりかえった。

 いやそんなムチャ振りせんでください。

 こちとら下っ端の凡人なんですよ、何を言ったら良いんですか?

 無様に「あの、えと」なんてどもってたら、こういうときには羨ましい図々しさと図太さを発揮する姉の方がしゃべり出してくれた。

 助かった。


《えー、閣下のお知りになりたいことはつまり、皇国の物や食べ物がどこから来るか、ですわよね?》

《そう、その通り。

 何か考えつくことはあるかい?》

《それでしたら、バルトロメイさんがご存じかと》


 あ、そりゃそうだ。

 バルトロメイさんは軍の幹部。なら軍需物資がどこから来るかも知ってて不思議はない。

 と思ったらネフェルティ様達の映る鏡に当の本人が連れてこられた。早い。

 どうやら明日の仕込みの最中だったらしい元少将は、エプロン姿に手を油か何かでぎとぎとにしてる。

 あ、同じ姿のノーノさんも一緒に連れてこられてる。仕込みを手伝ってたのかな。


《ちょっとちょっと、明日の準備もあるのに一体なにを……あら魔王陛下、これは、このような姿で失礼しましたわ》

《これは陛下、かような姿でお恥ずかしい》


 今まで何も発言せず聞き役に徹してる陛下は、軽く手を挙げてニッコリ笑った。

 気にせず話を続けて、という意味だ。

 元少将とノーノさんは、かいつまんで説明を受ける。

 前に出て話し始めたのはバルトロメイさん。


《……それでしたら、私にも分かりませんわ。

 兵器は工廠(こうしょう:軍直属の軍需工場)で生産されてますけど、その材料がどこから来るかまでは……兵站は兵站係に聞かないと。

 でも食料は知ってますわよ。

 督糧官ではないですけど、趣味でして》


 途端にあちこちの鏡から部下達の《おう、命惜しくば全て話すがよい》《隠し立ては死に値す》なんて脅し文句が飛んでくる。 

 再び陛下が静かに手を挙げると、今度は皆が静まりかえる。

 立派な議長役。さすがのカリスマ。


《やはりそれもアンクだそうですわ。

 国土全体の情報をアンクに入力しますの。各地の土、気候、作物、地形などです。

 それで収穫量を上げる方法を知りたい、と言えば、その方法を導き出してくれますのよ》


 バルトロメイさんのお姉言葉の後を、礼儀正しいノーノさんの言葉が続ける。


《私の故郷であるオルタの街でも、大聖堂から伝えられた農法や治水を行うことで、格段に収穫量が上がりました。

 また、マルアハの鏡で伝えられる近日の天候に関する予言は外れることが無く、おかげで冷害も嵐も無事にやり過ごす事が出来るのです》

《さらに言うならね、アンクのおかげで新品種もどんどん作れますのよ。

 どの種と種、どの花と花を掛け合わせるか、という感じですわ。

 おかげで皇国は豊作続きでして》


 そこかしこから、《またアンクか》《何度聞いても憎々しい》なんて聞こえてくる。

 頭取の隣にいるゴブリンの一人がキンキン声で質問を重ねた。


「だがよ、木材はどうなんだ?

 あんだけの木を伐採してたら、山も何もかも丸ハゲだぞ。治水なんかありゃしないはずだ」

《やーねえ、ちゃんと植林もしてますわよ》

《またオルタの話で恐縮ですが、木こり達には『一本倒せば三本植えよ』という律が課せられてます。

 おかげで若木が多いにしても、森の木々と水は豊かなままです》


 植林まで指示してるのか。それなら土砂崩れや洪水、渇水の恐れも少ないだろう。

 うーん、本当に凄いコンピューターだ、アンクって。

 でも食料や材木の方は分かったけど、もっと単純な鉄とかはどうなんだろう。

 魔法で作れたりするのかな?


「あの、バルトロメイさん。

 皇国では宝玉もジンコウテキにツクれるって言ってましたよね?」

《ええ、そうよ。

 その集大成がアンクなの》

「それじゃ、金や鉄もツクれるんですか?

 こう、土や石に魔法をボーンとかけたら金になるみたいな」

《何を言ってるの、そんなワケないじゃない。

 そーゆーのは、ちゃんと地面から鉱石を掘り出さないと無理よ》


 そうか、その辺は地球と同じか。

 宝玉はCPUやICみたいなもの。シリコンウェハを作って配線を描き込み切り分けるように、人工真珠を作るように。

 だが鉄や金は掘り出さないとダメ。

 だったら足りない鉄とかは、確かにどっかから持ってきてるはず。

 その手段が魔界の人達には分からない。なら本来なら有り得ない手段、有り得ない場所、ということになる。

 でも魔界にとって、どこなら有り得ないんだ?


《なー、ネエちゃん》

《ん、何よ》

《地球のイタリア近くで、チカシゲンがホウフな国って、どこか分かる?》

《うーん、現代社会や地理の授業で少しは習ったけど……あんまり詳しくないわね。

 だけど、そうねえ……》


 姉はPCを操作、ミュウ様に指示して鏡に表示されるデータを操作する。

 表示されたのは、一つはアベニン半島を中心とした魔界地図。

 ただしネフェルティ様が探険して作成した部分を含めても、地球で言えば北欧南欧東欧に北アフリカのモロッコ程度まで。

 もう一つはイタリアを中心とした地球の地図。こちらは地中海に北アフリカ全体、ロシア周辺まで含めてある。

 途端に《こ、これは……なんと詳細で広範囲の地図だ!》《これがチキュウとやらの大地か、本当に広大だ。しかも、丸い!》と、どよめきが上がる。

 ふふん、と良い気分になった姉は、得意げに解説し始める。


《やっぱり黒の大陸ですわね。

 特にこの『ちちゅうかい』、魔界の皆様がMareNostrum(我々の海)と呼ぶ海を越えた先にある黒の大陸。

 私達が『あふりか』と呼ぶ、この巨大大陸は、資源の宝庫ですわ》


 とたんに激しい議論が巻き起こる。

 奴らは海獣で一杯の海を越えたのか、セドルンのように海の地下を掘り抜いたのでは、いやこの地図が正しいとも限らぬ、ネフェルティ様が黒の大陸を探険しているように奴らも、もしや植民都市すら築いたのでは、なんて声が周囲から飛んでくる。


 地球の北アフリカは確かに資源の宝庫。

 リビアは石油を巡って内戦や革命が起きた。

 チュニジアは、確か革命が成功したときのTVの特番で『石油、亜鉛、銀、鉄、鉛が豊富』と報道してた。

 イタリアからは半島のつま先部分から島を渡っていけば大した距離じゃない。

 もしかしたら、飛空挺で十分往復出来る距離かも。いや、海底トンネルを掘り抜いたとも考えられる。


 地球の情報、鉱山や油田の情報だけでもこんなに物議を醸すだなんて。

 こりゃ、今夜は凄いことになりそうだ。


次回、第十六章第四話


『魔王誕生秘話』


2012年1月6日00:00投稿予定

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