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十二子

 大理石の重厚な建物、高等法院。

 ズラリと並ぶ傍聴席の前は、まるで演劇の舞台のよう。

 ただし舞台の上にいるのは役者ではなく、半円を描いて並ぶ通信アイテム、12枚の無限の窓だ。

 舞台中央に立つ僕とオグル頭取の正面に置かれた鏡には、魔王陛下の姿がある。

 その左右に並ぶ鏡にも、それぞれ様々な人物が映し出されていた。

 それは僕が直接知っている人物もいれば、初対面だけど姿形と名前だけは知っている人物もいる。

 彼らは、魔王十二子。

 かつて皇国の研究所でアンクへの魔力供給源として開発改造され、魔王陛下に救出された実験体の生存者。

 改造によって得た強大な魔力を用い魔界を平定する支配者達。


 視線を巡らせてみれば、実に様々な姿の人達だ。

 狼頭の男。ほとんどを白い毛に覆われているが、鼻から耳にかけてが青黒い毛に覆われている。相当に大柄で体格もいい。

 筋骨隆々な巨人の女もいる。鏡からはみだすほど大きいし、すごい恐い顔だなあ。おまけにフリル一杯なピンクの可愛いドレスを着てる……きもい。

 他にも黒いコウモリ羽の美女や白い羽の女の子、なんだか足の生えたイルカみたいな人もいる。

 これが魔王十二子か。本当に色々だな。


 最初に話しかけてきたのは、長い赤髪を肩まで垂らした男。

 ルヴァン様ほどじゃないけど切れ長で細い目。顔のあちこちに、まるでウロコみたいな模様の青黒い斑点がある。


《やあ、初めまして、ユータ君。

 僕は長男のラーグン=パンノニア。

 君のことは弟から聞いているよ。大変な遠方から遭難してきたそうだね》


 ラーグン=パンノニア。魔王第一子というか長男、第一王子だ。

 先生から魔王一族についての説明を、簡単にだけど一応は受けてる。

 確かこの人はリザードマンを支配し、インターラーケン山脈東方、アベニン半島とは海を挟んだ対岸のパンノニア地方を治める。

 ルテティアにも匹敵する巨大都市アクインクムを建設。航空輸送会社のワイバーン航空便を経営し、トリグラブ山の要塞司令官もしているって。

 陛下と同じように鏡の中で微笑んでる、はずなんだけど、なんか機械的というか作り笑いっぽさが強いなあ。


 陛下の映像が映る鏡を挟んだ反対側には、ルヴァン様が映ってる。

 もう夜なのに、相変わらず黒メガネをクイクイと直してる。


《お久しぶりですね。

 あなたの魔王城での働きぶりは聞いています。

 実に壮健で勤勉。おかげで城の修理は始まり、異種族間の争いも減り、父上の魔力量も順調な回復を見せています。

 あなたを推薦した私としても鼻が高い》

「もったいなきオコトバです」


 胸に手を当てて頭を下げる。

 別に『魔王一族を前にしたときの定められた礼法』というのはない。けど礼を失するわけにはいかない。

 なので僕の知る限り最大の礼儀正しい返答をする。映画なんかだと、こんな感じだったと思う。

 でもルヴァン様の返答は、礼儀作法に興味なし、だったりする。


《面を上げて下さい。

 魔界とは数多の少数部族が寄り集まった集合体です。なので、統一された礼法というものは、まだ法令上も慣習上もありません。

 時間も限られていることですし、余計な配慮は無用です。

 いうなれば無礼講で進めて下さい》

「え、あ、いや、でも……」


 いや、親しき仲にも礼儀ありっていうくらいで。しかも別にそんなに親しくない、思いっきり目上の人ですよ。

 無礼講っていわれるても、どの程度の無礼講なのか分からないなあ。

 ちょっと困ってると、右の一番端から聞き慣れた声が飛んできた。


《んなに固くならなくていーぜ。

 ハッキリ言って、俺達十二子は忙しいんだ。マジで時間が無え。

 今夜みてえに、こうして窓越しにでも全員集まれることも最近は少なくなっちまった。

 おべんちゃら並べ立てて時間を無駄にする方が、よっぽどムカつくって覚えとけばいいぜ》


 右を見れば、執務室の椅子の上であぐらをかくトゥーン領主。

 久しぶりに見るトゥーンさんは気楽なシャツとズボン姿。

 確かに、言われたことも一理ある。

 ここは話を短く済ませる方が重要か。


《というわけで、挨拶も自己紹介も次の機会に、だ。

 構わないよな?》


 その言葉に、《分かったわ》《構わないにゃー》《いいぜ》なんて返答が返ってくる。

 グルリと見れば、ネフェルティ様やフェティダさん、一番左にはミュウ様の姿も……あのレース一杯な部屋はミュウ様の部屋か。

 その他、知らない王子王女達も、それぞれに頷いたり手を振ったり尻尾をピコッと上げたり羽をパタパタさせたり。


《つーわけだ。

 ユータよ、手早く話を進めようぜ》

「わ、分かりました。

 それじゃ、ボクのイケンを聞きたい、ということだったんですが」

《はい、それは私の提案です》


 答えたのはルヴァン様。

 さすがに夜中に黒メガネは邪魔だったか、眼鏡を外しながら説明する。


《あなた達からもたらされた各種情報、学術的データ、実に素晴らしいものでした。

 虚数の概念、宇宙の始まり、ヒコウジョウの映像にあった様々な巨大飛翔機の形状、石油を精製・加工した新素材の数々……。

 挙げれば切りがありません。

 何より素晴らしいのは、魔力以外のエネルギーを生産利用するという発想です。

 例えばこのケイタイという超小型通信用アイテム》


 ルヴァン様が取り出したのは、スマートフォン。

 て、あれは旅行用のレンタルしたヤツじゃんか!

 ルヴァン様が持ってるって、いつの間に!?


《そ、それ!

 ボクらが持ってたスマフォ!

 なんでルヴァン様が持ってるんですか!?》


 聞かれた第二王子はキョトンとしてる。

 そして心底不思議そうに、そして当たり前に回答された。


《あなたの姉から買いましたよ》

「なっ!?」

《ごっめーん、この前売っちゃった》


 一番左の鏡、ミュウ様の映像の端にピョコッと姉の顔がのぞいてきた。

 なんでここに、いや僕と同じように呼ばれたんだろけど、スマフォ売った、売ったって、PC類は『地球に帰るための命綱』って自分で言ってたのに。

 しかも僕に内緒で勝手に売るなんて。

 というか、幾らで売ったんだ!


「ネエちゃん!

 何をカッテに売ってんだよ!

 その金、イッタイどうしたんだ!」

《いっや~、ちょっと買い物し過ぎちゃったみたいで、貯金がやばくなってきたのよ。

 ルテティアって物価が高いわあ》

「な、なんてコトを!」


 だ、ダメだこの姉。

 本当に頭が痛い。

 つーかグルデン金貨百枚、日本円で一億相当の金を、わずか数ヶ月で使い果たしたって?

 頭を抱えてしまう。


《お、男の子が小さな事でゴタゴタ言わない!

 ちゃ、ちゃんと分けてあげるから、怒っちゃダメよーオホホ》

「……黙ってたってことは、独り占めする気だったね?」


 うっ、と呻いて目を逸らす姉。

 えーえーそうでしょうねーそうだと分かってますよ僕の姉ですもんねー。

 もちろん幾らだったかなんて本当の金額は言わないよね、僕の取り分を少なくするためにね。


「いくらだったか、ルヴァン様に聞くからね」

《それは困りましたね。

 契約の内容を相手方以外に語ることはObligation of good faithに反します》

「Obligation……ナンですか、それ?」

《ダルリアダの商取引用語です。

 この場合は、契約履行は相手方との信義に従い誠実に行わなければならない、ということですよ。

 簡単に言えば、私の口からは教えられない、ということです》

《そういうことよー、ニホンゴで言うとミンポウのシンギソクというやつよー。

 おほっほほ》

「だ、だったらオグル様にフり込みガクを聞くよ」

「おっと、それはブルークゼーレの者からは言えねえぜ。

 銀行家の口の堅さを舐めんなよ」


 引きつる僕の顔を見上げながら、ニヤリと笑うオグル様。

 僕を案内してきてくれたゴブリン達も、そっぽを向いて口笛を吹いている。

 あんたら高等法院の法律家じゃなかったっけ? 窃盗か横領で裁判してよ。

 ここでフェティダさんがオホンオホンと咳払い。


《まあ、そういう話も後にしてちょうだい。

 ルヴァン兄さん、説明を続けて》


 僕の怒りと姉の誤魔化しは気にせず、目の細すぎる王子は話を続けた。


《それでは続けましょう。

 このケイタイという超小型通信用アイテムですが、Donner(雷)で動きます。

 しかもジュウデンキが光を受け、Donner(雷)へ変換し、ケイタイを動かす。

 天候に左右されるため不安定ではありますが、理論上は魔力を超える、ほぼ無限のエネルギーです。

 魔力ではなく、より下位のエネルギーを利用するという発想は、我らには乏しかったのですよ》


 そういってスマフォと一緒に取り出したのは、ソーラー充電器。

 それもセットで売ったんですねーそうでしょうねー。

 方位磁石やビニール袋がグルデン金貨二百枚。だったら、その二つは幾らで売れたんだか。

 それを平然と隠し通す姉も、ある意味凄い。別の意味で凄い。


《これらのデータはキュリア・レジスでも大変な物議と論争を醸していますよ。

 大学では連日、教授会と論文発表が続いており、セント・パンクラスの》

「ルヴァン兄貴よ、時間が無えって話を忘れたか?」


 ジロリと兄の映像を睨み付けるオグル様。

 この人は最初から敬語とか敬意とかと縁が無さそうな気がする。

 睨まれた方は、コホンと小さく咳払い。


《失礼しました。話を戻しましょう。

 それで、チキュウの話なのです。

 魔法を使えぬがゆえに、魔力に頼らず自然科学を極限まで発達させることで文明を築いた君達の故郷、チキュウ。

 しかも人間族一種のみが繁栄を極め、星の彼方へも旅立つという、想像の範疇を超えた世界。

 これほどの違いがありながら、地図上の地形を見ても分かる通り、チキュウと私達の世界は極めて似通っているという》


 全ての鏡の映像が切り替わり、地球の地図に切り替わった。

 球形の地球全体の映像から、徐々にアップし回転してヨーロッパ地域へと拡大。

 同時に魔界側の地図も映し出される。

 全ての窓に地球と魔界の地図データを流したのか。

 少しして、再び映像は魔王一族とバカ姉の姿へ戻った。

 いや、鏡のはじっこにイタリアと皇国の映像が小さく残ってる。


《聞きたいのは、チキュウでのアベニン半島の様子です。

 もしチキュウが私達の世界と似通っているというなら、皇国についても共通する点があるのではないか、と推測されるのです。

 あなた達が知っている範囲のみで結構ですので、教えて頂けませんか?》

「あ、なるほど」

《なおかつ、魔力とは根本から発想の異なる文明で暮らすあなた方は、我らとは異なる視点と発想をお持ちです。

 ならば、我らと異なる角度から事象を把握し、我らが見落とす点を発見することもできるのではないか、と》

《そういうことですかあ》


 僕も姉も納得。

 そう、ここは地球とパラレルワールド。

 見ての通り、鏡に映したかのように、というほどじゃないけど共通点は多い。

 だったら、皇国のアベニン半島に対応するイタリアの情報は、皇国にも共通することは多いはずだ。

 そして魔法文明の観点からでは気付けない点も、僕らの科学文明なら発見出来るかもしれない。

 とは言っても、イタリアって言われてもなあ~。


「ネエちゃん、イタリアのガイドブックって今ある?」

《えーっと、ちょっと待って。

 みんなー、あたしはPC開けるから、荷物を広げてくれない?》

《はーい》《ちょっと待っておくれよ》


 姉が呼ぶと、わらわらとやってきたメイド達が二つのリュックを引っ張ってる。僕と姉のバックパックだ。離宮から持ってきたんだな。

 通りすがりに顔をこちらへ向けてウィンクしてくるのはリィン。

 こっちも姉の悪逆非道を少し忘れて微笑み返す。


 ミュウ様と妖精達は二つのリュックの中身をひっくり返す。

 その中の一人が荷物の中から取りだしたのは、黄色い表紙のガイドブック数冊。


《あ、これじゃないですか?》

《これよこれ、これが地球のイタリアのガイドブック。

 これに書いてあるわ》


 PCを久々に起動した姉は、イタリアのガイドブックを左手に手にしペラペラめくる。

 でも、あれは僕も全部読み切ったんだけど、大したことは書いてないよ。

 同じデータはインターラーケンでアンクに読み取らせ、宝玉に収めてある。

 果たして対皇国戦に役立つデータはあるだろうか?


次回、第十六章第三話


『軍需物資』


2012年1月2日00:00投稿予定

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