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小姓

 テルニさん達の話も終わり、もう夕方近い。

 ネフェルティ王女様とバルトロメイさんは、ノーノ神父達と積もる話があるようで、僕だけVIPルームに戻ってきた。バルトロメイさんは実家の事も気になるだろう。

 どうやら教皇を連れてきた人達にも言霊だの催眠だのはなかった。

 それは、彼ら五人のいた部屋の声を盗聴し、かつ戻ってきた僕からの話を聞いた人々にも納得してもらえた。

 慎重に慎重を重ねてたろうとは予想してたけど、やっぱり彼らのいる部屋の声がVIPルームの宝玉から響いてるのを聞くと、イヤな気分。

 納得したなら盗聴を切ればいいのに、まだ声が聞こえてる。

 執政官は居並ぶ人々に向けて、見た目の年齢よりは活力に満ちた声を朗々と発する。


「以上より、彼らの発言に偽証はないものと認めます。

 無論、これは彼らが認識した事実に過ぎず、真実の一端ではあっても全体像ではないことを念のためにご理解下さい」


 各魔族の王侯貴族など実力者の姿が並ぶ室内。

 夕暮れが近いからといって人数が減った様子はない。むしろ増えてるかも。

 怒鳴り合うような大声も、ひそひそ話も、無秩序に飛び交ってる。


「あの坊主、八年前に選出されたってことは、そろそろ代替わりの時期か……?」

「もしや、それで辞めろ辞めろって皇帝からうるさくせっつかれたのかもしれない」

「有り得よう。

 ならば、皇帝に酒をぶっかけたから退位しろというのは、適当な口実が欲しかっただけではないのか?」

「やっぱそれ、口実にしても弱いわなー。

 皇国には『相手に酒をかけるのは最大級の侮辱、決闘の申し込み』とかいう風習もないやんか」

「むしろ教皇と皇帝の人となりにあるかもね。

 相当にくそ真面目と噂の皇帝。隣でふざけてる教皇に、いい加減ムカついて我慢出来なくなった、かも」

「教皇は本気で『酒をぶっかけて……』という話をしてるがなあ」

「それを真実と信じ込んでるのは、あのご老体のみかもしれませんよ」


 皇国の内情への推理考察が止まらない。

 国境線の配備がどうの、各種族への発表がこうの、この事態に反発する強硬派があーだこーだ。

 今まで、僕には縁がないと思っていた話の数々。でも、これらは僕が教皇達の話を聞き、魔法による偽証が無いと保証したことも関係している。

 僕も既に魔界と無関係ではない。そして魔界と皇国の対立にも。


「ところで、オシュ副総監殿」


 フェティダ様がルテティア警察副総監へ問いかける。

 いつもの飲んだくれな姿からは想像も付かないような毅然とした態度で、いやそれは酔っぱらうと僕に絡んでくるせいなだけで普段は飲んだくれてないけど、ともかくフェティダさんは真剣な顔。

 振り向く隻眼の副総監は恐い顔。


「あと一人、教皇の同行者がいると聞いていますが?」


 へ? 教皇の同行者?

 そんなの聞いてないぞ。教皇も一言も言わなかった。

 確かに教皇ともあろう者が、たった一人で着の身着のまま魔界に来るとも思えない。けど、同行者がいれば必ず取り調べられるはず。

 だったら偽証を防ぐため、僕を取り調べに呼ばないはずない。

 答える副総監は、ちょっと気まずそうな表情……犬か狼かしらないけど、気まずい顔の犬って初めて見た。


「確かにいる。

 取り調べも試みたのだが、どうにもなあ」


 それを聞き止めたのはサトゥ執政官。

 しずしずと、でも眉間にしわを寄せて歩み寄る。


「それは聞き捨てならないですわね。

 教皇の同行者の件、何故にあたくしへ報告が無いのですか?」

些事さじだからな。

 そいつは教皇の小姓で、教皇と共に襲撃を生き延びた娘だ。教会にも皇国軍にも関わりのない下っ端の娘だそうだ」

「どうしてそう言い切れます?

 いえ、『だそうだ』と述べられる所を見ますと、ご自身で当人を聴取したわけではないようですが」

「取り調べられんのだよ。

 その娘、かつて病か何かで声を失ったらしく、会話が出来ん」

「筆談は可能でしょう。

 教皇付きの小姓ともなれば、読み書きくらいは習っておりましょうに」


 ふぅ、と溜め息を付く副総監。

 頭をボリボリと掻きながら、面倒臭そうに答える。


「怯えきってて取り調べにならんのだ。

 この城の一番隅の部屋に入れてあるが、机の下に潜り込んで縮こまるばかりでな」

「豪腕でならした副総監殿とも思えぬ甘さですわね。

 言霊でもかければよろしいでしょう」

「無理だな」

「無理、とは?」


 副総監は自分の額を毛むくじゃらの指で指し示す。

 そして右から左へシュッと滑らせた。


「あの娘、額に催眠防止の術式が書き込まれている。

 かなり特殊な術式で、どういうカラクリか知らんが相当に強固らしくてな、精神への操作は出来ん」

「……そんなもの、ちょっと皮膚をつまむか何かすれば良いでしょう?」


 額に書き込まれた催眠魔法防止術式、それを無効化するには軽く皮膚をつまむだけでいい。

 なぜなら、術式は書き込まれた形状こそが意味を持つ。材質は紙でも皮膚でもなんでもよく、形だけが意味を持つ。

 もし鉄のように熱で伸縮する物質に描き込むなら、その伸縮分も計算して術式を描き込む必要がある。

 逆に言うと、計算以上に変形したら術式は効果が無くなる。だから普通は皮膚や紙に書いても意味がない。曲がったりたるんだりで形が変わるから。

 だから術式を入れ墨する、なんて滅多にしない。ちょっと体を曲げたり伸ばしたり、太ったり痩せたり年を取ったりで体格が変われば効果が無くなるから。

 そのはずなんだけど、副総監は首を横に振った。


「どういうカラクリかわからん、と言ったろう。

 頭の皮膚の状態にかかわらず催眠も言霊も効果が無かった。

 もしかしたら、あの娘の頭蓋骨に直接書き込んでるのかもな」


 えぐいことをサラリという副署長。

 確かに骨に書き込めば、術式の形は変わらないから効果も維持されるだろう。

 そして人体実験を平気でやる皇国なら、やりかねない。

 執政官は眉間にしわを寄せて代替案を出す。


「ならば、正攻法で聞き出すのみですわね」

「無理やり引きずり出して拷問にでもかければ、何か叫ぶかもしれんが?

 悲鳴に意味があるとも思えんな」


 ジロリと大柄の副総監に目を向けられ、明らかに執政官は気を悪くした。眉間のシワがますます深くなってる。

 ルテティア警察の取り調べがどんなのか知らないけど、拷問もアリなのか。しかも女の子相手に。厳しい世界だ。

 でも副総監と執政官の態度からすると、やりたくないらしい。安心。


「先ほどシャトレ座の娘共に行かせた。

 同じ人間族の娘同士なら怯えることもないかと思ってな」

「賢明なご判断です」

「だが、未だに報告はない。

 上手くはいってないようだ」

「そうですか。

 ところで、その娘には危険性は無いのですか?」

「所持品は検分済みだ。マジックアイテムは全く所持せず、危険物もなく問題ないとの報告だ。

 魔力は乏しい。どうやら魔力は全て催眠防御術式に自動で流し込まれているようだ。

 手にはさしたるマメも傷もない、細腕の娘だ。小姓とはいえ、大聖堂とやらで良い暮らしをしてきたのだろうな」


 ふーん、単に教皇お付きの小姓だから、成り行きで付いてきただけかな。

 そんな風に考えてると、副総監は鏡や壷が置かれた壁際のコンソールへ歩み寄る。そのコンソールに取り付けられた宝玉の一つを操作しだす。

 すると、鏡に映像が映し出された。これも監視装置の一つか。

 鏡には、さほど広くない執務室が映し出されてる。部屋の中にはヴィヴィアナさん、イラーリアさん、サーラさんがいる。

 三人は執務机の前にうずくまり、机の下の空間へ覗きこんだり話しかけたりしてるようだ。

 角度が悪くて見えないけど、例の小姓の女の子が潜り込んでるわけか。

 どうやら、あの三人でも上手く行ってないんだな。

 フェティダ様は鏡の映像を覗きこんで、なにやら考え込んでいる。





「ティーナや、もう怖がらんでもいいぞ。出ておいで」


 部屋に入った教皇が言うやいなや、机の下から小柄な女の子が飛び出してきた。

 透き通るほどに白く長い髪をなびかせた女の子は、シャトレ座の三人の間をすり抜けて、教皇に抱きつき顔を老人の服に埋めてしまう。

 服は雪山用の防寒服のままだ。ずっと怯えて隠れてたそうだから、単に着替えられなかっただけなんだろう。

 髪の間からのぞく耳は短い。間違いなく人間族だ。体格から言うと、まだ十代前半の女の子かな。

 そして話にあったように術式もあった、額に入れ墨のような模様が横に走ってる。まるで草の冠を被っているかのようなデザインだ。

 教皇も、ようやく表情をゆるめて女の子の背や髪を撫でる。

 その教皇の後ろにいるのはサトゥ執政官とフランコ大使。それと警護の兵士達。オシュ副総監は「我は女子供には好かれぬ」と言って来なかった。まあ、忙しいだろうし。

 後ろから控えめに執政官が声をかける。


「教皇、この娘は?」

「教皇猊下じゃ」


 振り向きもせず最上の敬意を要求する教皇猊下様。

 言われた執政官は明らかに気分を害した。ひときわ眉間のシワを深くして、ゴホンと咳払い。

 特に気にした様子のない大使が代わって話を続けた。


「にゃら教皇猊下。

 こニョ娘の素性を教えて欲しいニャー。

 喋れニャいそうで、聞けニャくて困ってるんだニャ」


 関係ないけど、大使をはじめとしたワーキャット族の『ニャ』という語尾は、単なる訛りらしい。

 ネフェルティ様いわく、「普通に喋ろうと思えば喋れるよ。あたしもエストレマドゥーラに行く前は訛ってなかった」だって。

 で、訛ってない教皇はティーナとかいう女の子の素性を話してくれた。


「この娘は、名をティーナという。

 わしが教皇となった時からの小姓じゃ」

「教皇にニャった時から?

 人間族としては子供にょようだけど」

「六つの時からわしに仕えておる。今年で十四じゃ。

 とある騎士の家に生まれたんじゃが、火事で家族を亡くし、ティーナも声を失った」

「なぜ猊下にょ小姓を?」

「家は既に没落しておって遺産も親族もなく、火事で家もなくし、行き場が無かったそうじゃ。

 わしが教皇に就任した時、とある枢機卿から小姓として推薦された。

 家族を失った絶望から声は失い表情も乏しい。が、幼い頃から聡明でならしておってな、特に記憶力に優れておる。

 没落したといえ騎士の家の出で、読み書きと作法は心得ており心根も真面目じゃ。

 以来、ずっとわしの側を離れずに過ごしておるよ」

「にゃるほど~。

 ところで、頭の入れ墨は?」

「言霊避けじゃよ。

 教皇付きともなると危険が及ぶことも守らねばならぬ秘密も多い。

 言霊を防ぐため、教皇の小姓には言霊避けの術式を施されておる。

 無論、成長したり体格が変わるたびに書き直しておるよ」

「ほうほう、そうでしたか」


 大使はチラリと僕の方を見る。

 ふむ、言いたいことは分かります。そのくらいの配慮は僕も出来ますよ。

 軽くオホンと咳払い。緊張するなぁ。


「では、教皇ゲイカ。

 そのキシの家の出のコショウさんですけど、カジで家族をウシナって以来、八年間ゲイカに仕えていたわけですよね?」

「そうじゃ……おまえ、どこの出だ?

 おかしな言葉を喋るヤツじゃな」

「あ、すいません。スゴい田舎なんです。気にしないでクダさい」


 おおっと、僕も地球訛りというか日本語訛りの魔界語を喋ってるんだった。

 皇国内に存在しない訛りで喋ったら、僕の素性を怪しまれてしまう。地球出身の異世界人なんて知られても良いことはない。信じないだろうけど。

 教皇は「ふん」と鼻で笑った。それだけで、それ以上は詮索しようとしない。

 良かった、『田舎者が』とバカにされたんだろうけど、その方が好都合。


「それで、そのティーナさんですけど……頭にセンノウよけの術式があるにしても、自分の意思でヒツダンするのは可能、ですよね?」

「……それがなんじゃ」

「ゲイカに八年と長くお仕えしていたソウメイな娘なら、教会のナイジョウにも詳しいかとオモいますが」


 ギロ、という音がしそうな程の目つきで教皇が肩越しに睨み付けてくる。

 その目は明らかに「ティーナに手を出したら殺す!」と脅してきてる。

 ティーナという女の子、十四歳というわりに小柄な子だけど、その子も教皇の体からチラリとこちらを覗いてくる。


 ふむ、雪のように白く長い髪の少女。

 妖精族ほどじゃないけど小柄で、目は青い。

 パオラさんと同じ髪と目の色、皇国では一般的な人種なんだろう。でも肌の白さは格別、まるで雪のように白い。顔立ちも整ってる。

 そして額を横に走る術式、なかなかに神秘的なデザイン。

 美少女だ。間違いなく美少女。

 ただ、ずっと机の下に隠れて怯えてたとか言うワリには、怯えた顔はしてない。というか無表情に近い。

 家族を亡くしたトラウマで、というわけか。ううむ、薄幸の美少女。

 それはおいといて、話を続けよう。


「でも、ティーナさんに聞くようなことは、全てゲイカの方が知っておられるわけですよね?」

「当然じゃろうが!

 第一、ティーナは喋れん。聞きたいことは、わしに聞けばいい」


 僕もチラリとフランコ大使を、それとサトゥ執政官に目配せ。

 二人とも一瞬だけだけど僕と視線を合わせ、そのまま何食わぬ顔。

 どうやら満足してもらえたようだ。


 大使が言いたかったのは、「教皇の言葉に言霊が無いことを、この場で確かめたい」ということ。それは僕の役目。

 だからさりげなく、僕が聞いた内容を要約して、教皇に確認を求める形で口にした。大使と執政官にも魔法による偽証がないと分かるように。


 その後の「ティーナさんに教会のことを聞く」というのは余計なことだったかも知れないけど、ついでのサービス。

 あのリアクションで、教皇にとってティーナという女の子が娘にも等しいほど大事な人だということが分かった。

 でなければ教皇は魔界まで連れてきたりしないだろうし、ティーナさんも怯えながらも魔界までついてきたりしないだろうけど。

 そして「教皇が何か隠し立てしたら、ティーナさんに尋問を加えることになる。言霊避けの術式も強引な手段で消さないといけない。素直に全部喋った方が良い」という忠告だ。

 つまり人質。

 人質なんて外道な、とは思う。

 けど、これは魔界と皇国の『高度に政治的な話』というヤツだ。戦争状態の両国間で、そんな人道主義は通じない。

 つか、魔族は人じゃないから人道も通じない。

 それに、どこかの魔族に『積年の恨み、思い知れ!』とかいって、いきなり殺されたくないなら、魔王一族にしっかり協力して庇護を受けて下さいね。


 ふと部屋の隅を見れば鏡がある。

 さっきの映像からすれば、あれが監視装置のはずだ。このやり取りも魔族高官達に伝わってる。

 大使の耳と僕の抗魔結界から、教皇の言葉に偽りがないことも信じてもらえたろう。ここからさらに政治的判断やら色々と展開するはず。

 ここまで魔界に関わっちゃうと、本当にもう無関係とも言ってられないな。


かくて教皇は魔界へ亡命した。


裕太はその能力ゆえに対皇国戦において重要な地位を得る。


だが否応なく戦いに巻き込まれる彼ら姉弟の真価は、未だ片鱗しか見せていない。



次回、第十六章『御前会議』、第一話


『Parlement』


2011年12月25日00:00投稿予定


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