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勇者とは

 ネフェルティ姫に連れられて城の廊下を歩く。隣にはバルトロメイさんと元修道女の女の子三人。

 フェティダ姫と各魔族の高官、王侯貴族将軍達はまださっきの部屋で討議を続けている。なかなか終わりそうにはない。

 僕らは教皇に同行した他の人達への事情聴取だか首実検だかのために、別室へ行く途中だ。


 なかなかに広い宮殿。そして『宮殿では用もなく走ったらダメ』というルールがあるので、普通に歩いてる。結構時間がかかる。

 学校かよ、と思ったけど、学校なんかとは比べものにならない高級品がそこら中に置かれてるんだから当然だ。

 城内を歩き回ってるのもVIP揃い、うっかりぶつかったら首が飛びかねない。

 下らないと思った校則。でも学校が実社会に出るためのシミュレーションの場と考えれば理解出来る。

 そう、異世界に転移して魔界の王宮で王侯貴族豪商に謁見するための。


 大きな窓の向こうには雪で白く染まった庭園、歩き回る兵士達。巨大な斧や棍棒を手にした巨人の兵士達が一際目立つ。

 庭園を仕切る塀の向こう側には、ルテティア内周部に並ぶ貴族の邸宅や大商人の大店の屋根が見えてる。空には飛空挺や飛び回る魔族。

 寒々とした空気が漂う冬の午後、でも城にいる人々の熱気は格段だ。


 後ろをしずしずと歩くヴィヴィアナさん達は何も言わない。難しい顔で上の空って感じ。

 隣を歩くバルトロメイ元少将は、城でのお姉なコック姿からは想像も付かない緊張感を漂わせてる。

 何も語らず腕組みしながら考え込む姿、まあオカマっぽいのは相変わらずだけど、さすが将官だっただけのことはあるな。

 んー、以前から元皇国兵士のことで気になっていたことはあるんだけど、立ち入ったことかと思って聞けなかったことがあるんだよな。

 今回の件とも関係あるし、尋ねてみたい。つか今しか聞けない気もする。


「あの、バルトロメイ……さん?」

「……あ、えと、何か言ったかしら?」

「実は、イゼンから尋ねたいことがあったんですけど、聞いてイいですか?」

「内容にもよるけど、なあに?」

「バルトロメイさんや城の皇国兵士さん達は魔界にボウメイしてきたわけですけど……そもそも、どうして皇国をスてるほどのカクゴが出来たんですか?」

「皇国を捨てる覚悟、ねえ」

「だって、魔界にニげるってことは、皇国へ剣をムけることもあるわけでしょ。

 皇国には家族もトモもいるでしょうに。

 タシかに皇国と皇帝は子供達にヒドいことしたと思うけど、でも、だから魔界へ来るというのは、ちょっとよくワからないというか……」


 自分で聞いておいてあれだけど、やっぱり立ち入り過ぎた話かなと感じてしまった。

 でも元少将は特に怒ることもなく、落ち着いて答えてくれた。


「その疑問は当然ね。

 もちろん、魔王陛下が単純に『皇国を打ち倒し人間を滅ぼすべし』なんて言うお方だったら魔界に残らなかったわ。

 それ以前に、アタシ達は殺されてたでしょうね。

 でも、魔王様はそんなつもりはないの。むしろ魔界と皇国の和解を望んでおいでよ。

 これは、魔王様が元は人間だったこともあるだろうし、魔界と皇国が全面衝突したときの絶望的惨状を考えてのことでしょう」

「んだニャー。でも、父ちゃんが皇国と戦いたくニャい一番の理由はねえ」


 前を歩いていたネフェルティ姫が、耳だけこっちに向けながら話にのってくる。

 お尻から飛び出す尻尾がピコピコ動いてて、ホントにネコ娘って外見だ。


「今の皇国と本格的に戦うニャら、父ちゃんが最前線にでニャくちゃいけニャいから。

 そんニャの恐いし面倒くさい、というとこだよ。きっと」

「んなアホな」


 アホな、と自分で言ったものの、あの陛下のノンビリした姿を思い返すと、それもあり得るかと思ってしまう。

 陛下って、確かに強大な魔力は持ってるけど、どうみても戦争とか好きそうじゃないんだよな。

 どっちかというと掃除や洗濯が似合ってそうで困る。

 どうやら同じことを考えたらしいバルトロメイさんもクスクス笑ってる。


「そうですわよねえ、ネフェルティ姫様の言う通りですわよ。

 ま、そんなわけで、あたしも他の連中も、ユータが言ったみたいな不安を抱かずにいられるわけ。

 少なくとも魔王陛下が安泰なうちは、安心して魔界にいられるわ。

 それにね……」


 ふと窓の外へ目をやる元少将。

 外には相変わらず多くの魔族が走り回ってる。

 しばらく外を眺めていた彼は、ちらりと後ろをみやる。足取りも重そうな元修道女三人が遅れ気味についてきてる。

 彼女たちは元少将の話を聞き流してしまうくらいに上の空のようだ。


「帰ろうにも帰れないのよ。

 なにしろ教会が『魔族に触れたら七代祟られる』とか教えて回ったせいで、魔族と戦って逃げ帰った者の末路は、そりゃあ惨めなものよ。

 だから教会の教えが間違ってるって皇国臣民に理解してもらわないと、あたし達はまともに帰れないわけ」

「あ、なるほど」

「これが他の、貧民出身な下っ端の兵達なら、コッソリ戻っても目立たなかったかもしれないけど、ほら、あたしは名家出身でしょ?

 家に近寄っただけで大騒ぎよ。お家取りつぶしもあり得るわ」

「はあ……」

「そんなわけで、あたしの家族の平和のためにも、陛下と魔界には頑張ってもらいたいわけなのよ。

 まあ、天涯孤独で帰る理由が無かったとか、借金取りに追われてるとかいうヤツもいるでしょうけど」


 事情は様々、か。

 それぞれがそれぞれの理由で魔界に留まり、魔王陛下の下で働いてるんだ。

 僕みたいな無関係な人間が、好奇心でつついて回るような軽い話じゃなかったな。

 反省。





「さて、ついたよ」


 話してるうちに到着した一室。扉前には警備兵が二人立ってる。でも教皇のときみたいな本格的警備じゃなく、オーク兵が二人だけ。

 魔法が使えないというオーク兵しかいないという時点で、まともに警備する気がないのは分かる。

 それくらい安全な人が中にいるということだ。

 ブタ頭の二人はネフェルティ王女にサッと敬礼して扉を開ける。

 中は普通に客間みたいな部屋で、中には何人かの男達が椅子に座ったり暖炉の前で話をしてたりした。

 彼らも王女の姿を見るなりビシッと直立不動で敬礼。あ、いや、一人だけお祈りみたいな動作をした人が居る。

 長い栗毛に赤い目の若い男が、元軍人らしい気合いの入った挨拶をしてきた。


「ネフェルティ王女、ご機嫌麗しゅう!

 タルクィーニョ=テルニ以下五名、皇国より無事に帰還致しました!」

「にゃー、ご苦労様。

 道中大変だったろーねー。

 トゥーン君は元気だったかニャ?」

「はっ!

 以前にも増して昼も夜も男気を上げておられます!」

「にゃっはっは、相変わらずお盛んだにゃー」


 ニヤリと笑う男達と、カラカラと笑う姫様。

 ふと後ろと横を見れば、「ほほほ」と口を押さえてニンマリしてるコック長に、頬を赤らめてそっぽを向いたりうつむいたり。

 あ、今のは下ネタだったのか。

 さすが元軍人、ネコ姫様もあっけらかんとしたお方。


 他の人達も同じように、ちょっと毒が効いたジョークや下ネタに走ったりしながら、それぞれに自己紹介。

 でも最後の人、祈るような動作で挨拶をした人だけは礼儀正しく名乗ってきた。

 口ひげの下にちょっとだけ見える口の動かし方も品があるって気がする。肩までの茶色い髪も丁寧にまとめてある。


「魔王陛下のご加護とご配慮により、再び魔界の地を踏むに至りしことに感謝します。

 私はノーノ、魔王城の保父の一人でありますが、今は皇国国教会の汚濁をそそぐべく微力を尽くしている身です。

 ところで、そちらにおられます若者はどなたですか?

 風貌から察するにパラティーノからの新たな亡命者のようですが」

「ふっふーん、調べてご覧よ」


 丁寧な自己紹介をしてきたノーノさん。

 尋ねられたので名乗ろうとしたんだけど、口を開くより先に猫姫様が割り込んできた。

 まったく、この姫様はイタズラ好きなんだから。

 教皇を連れてきた五人の男達は、目を細めて僕をジッと観察してる。

 チラリとヴィヴィアナさん達やバルトロメイさんにも視線を送るけど、みんな意味深に笑ったり『調べてごらん』とゼスチャーしたり。

 ノーノさんは僕の前に進みでて、改めて小さく礼をした。


「無礼とは存じますが、あなた様を見通して構いませんか?」

「どうぞ」


 僕も、口で説明するより分かりやすいだろうと思うので、やってもらうことにする。

 ノーノさんはシュパパッと手早く印を組んで、いつもの『魔法探知』。もう印を見ただけで何の魔法か分かるほど見慣れた。

 で、びっくり仰天する姿も見慣れた。


「な、こ、これは!

 そんなバカな!?」

「どうした、ノーノ?」「腹の中にドラゴンでも居たのか?」「よっぽどアレがでかかったってか? キヒヒ」


 元軍人らしい下品なジョークも、同じく『魔法探知』『探査』を使った瞬間に凍り付いた。

 冷や汗を流しながら印を組み直したり、使用する魔力量を上げたり、別の魔法を使ったり。

 ま、いつものリアクション。でもちょっと優越感、特別な存在って気分。


「びっくりしたかニャー?」

「た、たまげたぜ……こんな抗魔結界は初めてだ」「魔法を弾かれる、吸収されるとかならよくあるが……」「完全に、何の反応もなく消されちまうなんて、ありえねえ!」「おまけに、魔力もろくに感じないってのに、魔法を使ってる気配すらねえってのに!」


 男達も目を白黒。

 タルクィーニョ=テルニと名乗った栗毛に赤い目の人、目を見開きながら姫様に掴みかかる勢いだ。


「こ、こいつは一体、なんだ!?

 もしや、皇国の新たな実験か? またもパラティーノの民を実験に使うって、皇帝のヤツはどこまで非情なんだ……!?」

「まーまー、説明はちゃんとするからね。

 ともかく今は君達の話を聞かせてよ」



 とても納得した様子はないけど、僕らのことが気になってしょうがないにしても、彼らは皇帝亡命の経緯を語ってくれた。


――魔王城で保父として働いたり、セドルン要塞で皇国への潜入路を掘ったりしていた彼ら。

 多くの者が故郷へこっそり帰り、幾人かが皇都ナプレや聖地ロムルスのアンク工房や魔力炉製造工場への潜入も試みていた。

 証拠も無しに、皇国のおかげで平和かつ豊かな暮らしを享受する人々の目を覚まさせるのは無理。人間族だけで上手くやって行けてるのに、魔族との和解なんて考えもしない。

 おまけにトリニティ軍兵士が秘密裏に皇国へ帰還し暗躍していることに気付いた皇国が残党狩りもし始めた。

 魔力炉の真相を暴き、皇国の非道を臣民へ知らせようとうした彼らだが、なかなか上手くいかない。


 そんな中、夜の大聖堂で大騒ぎが起きた。

 騒ぎに乗じて大聖堂に忍び込んでみれば、火が放たれた聖堂内では、謎の一団が襲撃している真っ最中。

 とんでもない手練れがわずか数人で、数百倍の数の司教や警護の騎士達をなぎ倒していく。

 おまけに死を恐れる様子が全くない。どれほど傷を受けようと怯むことなく、おまけに死ぬときは確実に自爆して司祭達を巻き添えにしていく。

 恐れをなした司祭と騎士達は逃げ出し、残るは隠し通路を通り隠し部屋に隠れた教皇と取り巻き。それと教皇に殉じる覚悟をした僅かな僧と騎士。

 だが襲撃者は、何故か隠された通路と部屋を知っていた。

 さすがに命を賭して戦う彼らは奮戦したが、それでも襲撃者が一名、最後まで残ってしまった。

 教皇へ向けて血に濡れた刃を振り上げる。


 だが、その刃は振り下ろされなかった。

 潜入したトリニティ軍兵士、つまりテルニ達が背後の闇から必殺の一撃を加えることに成功したのだ。

 こうして教皇を救出した彼らは大聖堂を脱出を図る。

 が、炎に包まれる隠し部屋を振り返ったとき、あるはずの物が無かった。


 今さっき、矢で心臓を貫いたはずの襲撃者の死体が、一滴の血も残さず消えていた――




「やっぱり、勇者だったのね……」


 バルトロメイさんがうめくように呟く。

 僕にはその言葉は理解出来ない。死体が、消える?


「あの、シタイが消えたら勇者なんですか?」


 この質問にはネフェルティ王女が答えてくれた。


「そのとーりだニャ。

 あたしも去年、勇者と戦ったよ。装備もとんでもニャくて、無茶苦茶な強さの連中だった。

 そいつらは父ちゃんが倒してくれたけど、死体は消えちゃったよ。

 今までもそう。トゥーン君が倒したときも、ラーグン兄ちゃんが倒したときも、いつも消えるんだ。

 あとには鎧とかしか残らニャい。そして月日が経つと、まるで何事もニャかったかニョように再び現れる」


 ラーグンって、ああ、魔王十二子の長男だ。確かリザードマンを支配してるって。

 他の人達をみると、みんな頷いたり神妙な顔で話を聞いてたり。

 本当に死体が消えるのが勇者の特徴なのか。


 勇者。

 何度でも蘇る魔法兵器と聞いていた。

 けど、死んだら死体が消えてしまうという。

 何度でも蘇る、というだけなら説明は無理にでも付けれる。SF的にクローンとか量産型人型機械とか。

 けど、死体が消えるって、何だ? しかも血の一滴すら残さず?


「さらに凄いにょはねえ」


 ぐぐっと顔を寄せる猫姫。


「にゃんと!

 死んだ勇者だけが知っていたはずの事実が、皇国全軍に知れ渡っちゃうの!」

「……え?」

「つまり、例えば死ぬ寸前にょ勇者に『冥土にょ土産に教えてやる』にゃんて言うでしょ。

 すると教えた事実が、冥土じゃにゃくて皇国への土産にされちゃってるの」

「ヨミガエった勇者が教えてる、ということですか?」

「そういうこと。

 つまり、強行偵察要員に最適ってワケ。

 突っ込めるだけ敵陣深くへ突っ込んで、散々暴れ回って、死んだら皇国に帰って情報を伝えるんだよ」

「お、オソろしいですね」


 無茶苦茶な存在だな。

 まてよ、確か地球にもそんな兵器があったな。

 えーと……無人偵察機にミサイルを装備するとか、トマホークに搭載されたカメラの映像とか、そんな感じか。

 最高の斥候であり、最悪の暗殺者。

 どっちにしても、手に負えない。


 トゥーン領主とパオラ妃の話でも勇者の話はあった。

 魔界で勇者のことは流言飛語も含めて噂になりまくってる。

 デンホルム先生からも聞いたけど、謎の魔法兵器というくらいしか分かってないらしい。

 四十年以上前に魔王を生み、アンクを量産し、魔力炉の子供達を使い続けてる皇国、そして勇者……その魔法技術、謎だらけだ。恐るべし。



 で、僕の素性の話になった。

 それを聞いた五人と元少将の表情は、元修道女の三人も含めて、みんな同じ。

 全員が胡散臭そう。簡単に言うと『うっそくせー』というリアクション。


「信じられないわねえ」

「ま、まるで、おとぎ……話、ですね」

「夢でも見たんじゃねーのか?」

「あたしも元は皇国の少将よ。酷い実験を受けたんでしょうけど、皇国の裏も表も知り尽くしてるから、気にせず話してくれていいのよ?」

「魔界に来てまで追っ手を気にしなくても大丈夫だぜ」

「恐らくは陛下も同じ出自でしょう、気にすることはありません。

 全てを告白することで心の安らぎは得られますよ」


 なんですかそれ。

 ファンタジー世界ですらおとぎ話扱いって、科学世界に対して失礼と思います。


次回、第十五章第六話


『小姓』


2011年12月11日00:00投稿予定

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