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事情

 話は以下の通りだった。

 教皇シモン七世。教皇選出前の名はErcole=Consalvi(エルコール=コンサルヴィ)枢機卿。

 神聖フォルノーヴォ皇国の地方都市Cesena(チェゼーナ)の貴族出身。とある修道院の院長から司教を経て枢機卿となった。

 教皇に選出されたのは八年前。

 皇国でも指折りの資金力を持つパッツィ銀行の頭取に実力を認められ、その資金力を後ろ盾として教皇にまでのし上がった。

 ちなみにシモンというのは初代教皇の名前。以来、全ての教皇がシモンの名を受け継いで来た。

 初代教皇だけは最上位の敬意を込めて聖下と呼称される。他は猊下。


 で、肝心の皇帝に殺されかけたって話。

 去年の秋、首都ナプレ近くにある宮殿で収穫祭の宴会があった。教皇も皇帝も有力貴族も豪商達も、みんな呼んでの大宴会だった。

 上座に並んで座ってた教皇と皇帝も、一緒に酒を飲んでいた。

 教会では司祭は禁酒、と一応言ってはいるが、そんなに厳しくないらしい。

 で、ちょっと飲み過ぎた教皇がふらついた拍子に酒を運んでいた侍女とぶつかり、その酒を皇帝が頭から浴びてしまったと。

 その場は酒の席だからと軽く流されたものの、どうやら皇帝は本心では頭に来てたらしい。後で退位しろと迫ってきた。


 そんな、目出度い宴会での軽い粗相で、今さらそこまで怒らなくても、と周囲の司教達も一緒になってなだめる。

 が、皇帝は全然話を聞いてくれない。退位しろの一点張り。

 その大人げなさを『皇帝だからと慢心するな!』と一喝してたしなめたら、なんと逆恨みして暗殺者達を送りつけてきた。

 しかも、とんでもない手練れの暗殺者達で、警備の衛兵や高い魔力を持つ聖職者達がバタバタとなぎ倒されてしまった。

 どうにか撃退には成功したものの、再び暗殺者を送りつけられてはたまらない。とても勝ち目はない。こんな傲慢な皇帝では皇国の先がない。

 だが皇国内に皇帝と成り代われる人材など見あたらない。皇太子や有力な外戚が居ないわけではないが、とても現皇帝を追い落とせる器ではない。

 そもそも皇帝に反逆しようという者が見あたらない。

 どうにかせねばと考えていた。


 そんな時に出会ったのが元トリニティ軍の皇国兵士達。

 インターラーケン奇襲に失敗した彼らは魔界と魔王の真実を聞かされ、悪は皇帝にありと気付き、皇国の非道を正すべく密かに走り回っていた。

 大聖堂の異変に気付いた彼らは、命からがら脱出した教皇に接触。彼らから現在の魔界の様子と魔王の真相を知らされた。

 教皇として皇国内から皇帝を正す手段は断たれた。ならば皇帝と皇国の真実を自分の口から魔王に語り、魔王の力を持って皇帝を倒し、皇国を真なる神と正義の国へと正すべし。

 そう決心し、元トリニティ軍の手引きで密かにピエトロの丘を脱出。北上して雪山を登りセドルン要塞を通過して魔界へやってきた――。





「――以上が僕の聞き取った内容です」


 昼食の休憩前に取り調べは終了。教皇猊下は別室へ案内され、警護という名の監視下に置かれてる。いわゆる軟禁状態。

 僕とバルトロメイさんは取り調べのあった部屋に残り、皇帝の話について語った。

 今は『無限の窓』も双方向通信状態で、鏡面は幾つにも分割され、それぞれが映像を映し出してる。それらは各種族の王侯貴族であろうことは間違いないだろう。

 話は僕の報告からバルトロメイさんの皇帝と教皇に関する話に移った。サトゥ執政官やオシュ副総監の前で教皇の人物像を語ってる。


「今の教皇って、市井では話の分かる好人物と言われてるわ。

 でもまあ、私から言わせてもらうなら……俗物ね」


 教皇が俗物って、それ変じゃん。

 そう思いはしたけど、ここは僕がツッコミを入れるべき場面じゃない。なので黙って話を聞き続ける。


「確かに良く言えば話の分かるお方、でも悪く言えば世俗の欺瞞と汚泥にまみれたヤツよ。

 表の顔は、教会の教義をもっともらしく感動的に語らせたら右に出る者はいないわ。

 でも裏では金貨を雨のごとく降らせるの。賄賂を送らせても右に出る者はいないわ。

 もちろん金だけじゃなく、配下へも政敵へも利を配り害を除いて歓心を買うわねえ。しかもありがたい説教付きで、もっともらしく。

 坊主の服を着た商人、といえば分かりやすいかしら?

 あ、もちろん一般臣民の多くはそんなこと知らないわよ。ただ耳に聞こえの言い言葉を心地よく語ってくれる、そして臣民の心を面白可笑しく代弁してくれる、話の分かる教皇と慕われてたわ」


 うーむ、ぶっちゃけたお方だ。バルトロメイさんも教皇も。

 皇国国教会が人心掌握のための統治システムに過ぎないとは聞いてたけど、こうまで露骨だと呆れてしまう。


「で、酒癖と女癖の悪さも有名。

 あたしも何度か教皇も列する宴に席を並べたことはあるんだけど……あれは、引くわ。

 特に最近は『酒の風呂に入り、触れただけで女を孕ませる』とすら噂されてるのよ」

「……そのような有り様で、よく教皇が務まりますねえ。

 皇国国教会に対するあたくしの認識は、神の厳格なる教えを守り広める聖職者団体、というところだったのですが」


 あくまで冷静な執政官の口調だけど、言葉の端には軽蔑が混じってるな。

 答えるバルトロメイさんは、肩をすくめてお手上げのジェスチャー。


「金の力は偉大なり、よ。

 それに、国民は刺激を求めてるの。教皇のスキャンダルなんて面白くて仕方ないわ。

 教会で偉そうに神の教えを語ってるけど、風の噂に乗ってくる教皇の醜聞……質実剛健な皇帝陛下とは対称的で、飽きが来ないわ。

 しかも聖職者らしからぬ、人間味溢れる憎めない人柄としてよ。

 だから民衆の人気は高いの」


 んーむ、なんちゅう理由なんだ。

 世俗支配者のはずの皇帝がクリーンなイメージで、宗教支配者の教皇がダーティとは……。

 ワーウルフの副総監とワーキャットの大使は、僕らの顔をジッと見つめてから執政官へ頷く。

 僕らの言葉も真実として認められたようだ。


 多くの人物が映る鏡の中からは、ワイワイガヤガヤと騒がしい声が響いてくる。

 魔界各地に置かれた鏡を通して今の話は伝えられた。その内容について協議や推理が進められている。

 この取り調べに使われた部屋にもフェティダ・ネフェルティ両王女をはじめとしたルテティアの高官達が集まっている。

 だがまだ魔王陛下の姿はない。ノンビリ穏やかな陛下だけど、さすがに今回の件については警戒しているんだろう。でもどこかで聞いてるはずだ。

 部屋の王女達高官達はテーブルを囲んだり歩き回ったりしながら、ほとんど無秩序に発言と相談を続けてる。


「……一体、どういうつもりなのだ?

 よくもまあ魔界へ逃げる気になったものだ。我らがあやつの命の保証をするとでも思ってるのか?」

「無論、保証せざるを得ませんよ。

 円卓会議から示された政治的利用価値、改めて説明するまでもないでしょう」

「そんなバカにゃ。こんな冗談を信じろと言うにょお?

 皇国の宗教って人間族の心を支配してるはずにょ教会、その首座にある人が、にゃーんで宴会で飲み過ぎたくらいで殺されるかにゃー?

 絶対、裏があるねー」

「俺の鼻が保証する。オシュ副総監の名と地位にかけて、ヤツは間違いなく真実を語っている。

 恐らく、皇帝の権力の前では教皇も三下の下っ端に過ぎないんだろう」

「だとすれば、皇帝こそが皇国の絶対的支配者。

 しかも、宗教的支配者の地位にある者を軽く粛正出来るほどの、絶対者として君臨していることになりますな。

 おまけに極めて狭量で傲慢で短気な人物、ということに」

「それはトリニティ軍兵士や、そこのバルトロメイ氏からの証言とは一致しない人物像ですね。

 私が伝え聞いたところでは、皇帝は高潔で剛胆かつ沈着冷静、ということですが」

「ええ、その通りよ」


 無秩序に語り合っていた人々の視線が、再びバルトロメイに集中する。

 すっかり聞き慣れたおねえ言葉の元少将が、城でコックをやってるときとは違った凛々しさで語り出す。


「皇帝陛下は非常に誇り高い方です。けど、同時に短気や狭量とは縁遠いお方だわ。

 無論、利のために情を捨てる冷酷さもお持ちですけどね」


 そう語るバルトロメイさんの姿も、城でコックをしながら子供達の世話をする小太りオジサンとは異なる、厳しそうな表情。いわば軍人の顔だ。

 その口から冷静に語られる皇帝像も厳格な支配者の姿。


 神聖フォルノーヴォ皇国現皇帝アダルベルト。

 アベニン半島の小国、ナプレ王国を巨大な皇国へと育てたアダルベルト=フォルノーヴォ皇帝。

 先代のナプレ王は残虐な戦闘狂だったらしいが、それを継いでアベニン半島を速やかに統一し、巨大国家へと変貌させた。

 名前もナプレ王国から神聖フォルノーヴォ皇国へ変えた。

 魔王城に保護された魔力炉の子供達を造り出した、自国民の子供をも拷問にかけてエネルギー源に利用する外道でもある。

 いずれにしろ、四十年にわたって巨大な国を治めてきたんだから、有能な人物だろう。

 でも同時に、かなりの年齢のはず。そろそろボケてきてても、いつポックリ逝っても不思議はないかも。

 そんなところが今回の件の裏にはあるんだろうか?

 僕の予想とは別にバルトロメイさんの話は続く。


「実のところ、皇帝陛下は厳格すぎるとか冷徹に徹しているというか、人間味というものには乏しいお方でね。

 為政者としては比肩するべき者はないと誰しも認めてはいるんだけど、簡単に言うと息が詰まるのよ。お堅すぎて。

 皇帝の地位は四十年にわたり安泰。でも、そんなお堅いまつりごとが四十年も続くと、さすがに不満も歪みも溜まってくるわ。

 そこで役に立つのが、教皇選出会議よ」


 コツコツ歩きながら皇国の政治を解説する元少将。

 輝く水滴を滴らせるコップの水をグイッと一気のみ。

 居並ぶ魔族高官達を前に、皇国の内情をさらに語り続ける。


「皇国は国家の政治を、教会は臣民の日々の生活を規律するわ。これは荷車の両輪のような関係ね。

 そのうち教皇については、数年ごとに枢機卿達の集まりによって選出されるの。

 新たな教皇と共に新しい税率、荘園の経営方針、新しい教義の解釈、新しい祭事、神学校や施療院の運営方針、そして新しい司教達が国土に行き渡るの。

 これによって旧弊がある程度は打破されたり、新しい社会構造が出来たりで、臣民の不平不満が結構解消されるわけ」


 なーるほどね。

 皇帝がいかに絶対的存在といったって、強力な支配が長引けば長引くほどに社会の矛盾も歪みも多くなる。

 それを定期的に解消するのが教皇選出会議。

 要は、皇帝の代わりに首をすげかえて心機一転政権交代気分を出すワケか。

 んーある意味、民主主義社会というかなんというか。良くできてるな。

 教皇シモン七世、最初の教皇は選出会議で選ばれたわけじゃないだろう。なら四十年で六人の教皇が選出されたのか。

 ここで鏡の方から一際大きな声が上がった。たくさん居る人物の誰かが発言したようなんだけど、多すぎて誰だか分からない。


《せやけど、ちぃと納得いかへんなあ。

 国教会がどれほどの組織かしらへんけど、リザードマンの神竜僧院ほどでないにしても、相応の力を持ってるはずやで。

 その首座にある者を、そう簡単に消せるんかい?》


 よく見ると変な訛り方をして喋るのは、白い羽の中年男だった。

 あれは鳥人族。あまり関わったことのない種族だったけど、ああいう訛りをしてたのか。

 バルトロメイさんは鳥人からの質問に胸を張って答える。


「それは、アンクよ」


 アンク、皇国国教会のご神体。魔力式スーパーコンピューター。

 インターラーケンでは、その演算能力を使って日本語を魔界語へと翻訳した。

 そのアンクが教会の弱点になってるってことか?


「ピエトロの丘に降臨せし神体とされるアンク、それはすなわち自立型術式形成人工積層宝玉。

 教会の神祇官が毎週発表する神託、つまり今週の天気とか地震がどこで起きるとか流行病の治し方とか、それらはアンクの演算能力によって生み出されてるの。

 ただ、その製造方法は皇国の最高機密で、運用も士官学校出身の高位魔導師にしか出来ないわ。

 あたしは皇国の名家出身で少将だけど、その地位でもアンクの詳しい話は聞けないほどの秘密よ。

 だからアンクは教会ではなく軍の管理下。つまり、教会は軍の支配下にあると言っていいの

 そして軍の最高指揮官は皇帝陛下ってわけ」

《他の、皇太子を推すとかはどないや?

 魔界に亡命するよりは、多少は能力が劣っても危険は少ないんちゃうかな。

 むしろ新皇帝に推して裏から操る、とかもあるやろに》

「無理ね。

 悪いけど格が違うわ。

 私の目から見ても、現皇帝に比肩しうる人材はいないのよ」


 この話に、さらに鏡の中でも外でもザワザワと騒がしくなる。

 これら会話の一つ一つが魔界を左右する重要な内容なんだ。

 そんな場所に僕が居ても良いのかと、ちょっと恐くなる。

 で、恐らく法衣かなにかに身を包んでるリザードマンが低くかすれた声を響かせる。


「そのアンク、皇国にはどれほどあるんじゃ?

 だいたい作るのにどれくらいの日数と資金資材を要する?」

「それは、詳しくは知らないわ。あたしも少将になって日が浅くて、そこまで詳しく聞かされてないの。

 ただ、とんでもなく高価で高度な秘術を要するのは間違いないわ。作れるのは軍と、パッツィ家くらいなものよ」

「パッツィ家、とな?」

「ええ、パッツィ銀行を擁する皇国有数の名家。あの俗物教皇の後ろ盾って説明したでしょ?

 ほとんど皇国の裏の顔みたいな家でね、銀行だけじゃなく工房も持ってて。あーっとねえ、持ってると言っても表向きは工房の営業資金を貸し出してるって形だけど。

 ともかく、そこでも生産してるの」

「ふぅ……む」


 室内に、鏡の向こう側にも無数にあるだろう各地各組織の有力者も、それぞれに思索と推測と相談にふけっている。

 教皇亡命、その波紋は魔界全土を駆けめぐってる。

 これは大きな騒ぎの種になるかもしれないぞ……あ、騒ぎといえば、一つ気になってたことがあるんだ。


「あの、バルトロメイさん」

「ん? なあに?」

「その、教皇を殺しに来たっていうアンサツシャ、クワしく知りませんか?」


 この質問に少将は複雑な表情をし、首を傾げて考え込む。

 そして慎重に言葉を選びながら答えてくれた。


「多分、なんだけどねえ……あたしも詳しく知らないのだけれど、でも間違いない気がするの。

 だって、そんな汚れ役をする手練れなんて、噂のアレしか思いつかないから」

「やっぱり、噂のアレ……ですか?」

「ええ、あれよ。

 皇国最強の、そして伝説の戦士。皇帝陛下に逆らう者は皆殺しにする、闇の刃。

 勇者、よ」


 やっぱりそれか。

 ルヴァン王子やトゥーン領主の話にもあった、皇国の魔法兵器。

 死を知らぬ木偶人形、冥界から自在に舞い戻る不死身の化け物、究極戦闘生物。

 勇者。


次回、第十五章第五話


『勇者とは』


2011年12月7日00:00投稿予定



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