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亡命者

 そこは教室ほどの広さの部屋。

 壁は絵画とゴテゴテした装飾で埋め尽くされ、天井近くにまで人魚や鳥の彫刻とレリーフが踊ってる。

 金銀で覆われた柱と燭台。コンソール(壁に取り付けられた机)の上の壷や暖炉横の薪台まで宝石か何かかと思えるような高級品。

 一目見て分かるVIP専用の部屋。


 部屋の四隅には完全武装の兵士魔導師達。

 あくまで軽装だけど、腰に下げた剣や鎧に光る宝玉は、質も量もハンパなものじゃないことは門外漢の僕でも見分けれるレベル。

 その種族はワーウルフが多いけど、他にゴブリンにエルフにドワーフなどもいる。

 窓の外では白い羽の鳥人族やコウモリ羽の人達――サキュバス族というらしい。妖精の男だって武器を手に飛んでる。

 城の外も中も上も、凄い警備だな。

 部屋の壁や天井近くにも宝玉が光ってるし、『無限の窓』が置かれてる。ただし映像は映さず、鏡のままだ。

 あれは双方向通信が可能だったはずだから、今は撮影だけしてるのか。

 映像は別室にいる皇国出身の人達と猫姫達も見ているはずだ。


 そして、部屋の真ん中には直径1mくらいの木製丸テーブル。優美な曲線を描く白磁の水差しとコップも四つ。

 その周囲には豪華な肘掛け椅子が四つ。上等の布が張られクッションもフカフカそう。

 そこに座るのは四種族、四人の人物。


 一人は黒猫頭に白タキシード、ワーキャット族だ。

 チラリとこちらへ縦長の猫目が、そして三角耳が向いている。

 背もたれから飛び出るシッポは先端だけ白い。


 一人は黒い毛並みのワーウルフ族、どちらかというと狼よりはドーベルマンみたい。

 頭は各所に傷があり、右目には眼帯をしてる。

 軽装で武器も身につけていないけど、鎧は立派で体格も頑強そう。

 いかにも歴戦の将という雰囲気。

 でもフサフサのシッポは可愛い。


 一人は老エルフ。

 頭はすっかり禿げ上がり、長い耳だけが飛び出ている。

 眼前で組む手はやせ細って節くれ立ってる。顔もシワだらけ。

 白いローブは綺麗で上質の布だが、装飾は全く無くて質素な感じだ。


 そして、老エルフの正面に座るのが、例の亡命者。 

 外見は、頭は禿げ上がり両横と後ろに長い白髪を垂らす老人。歯は何本も抜け落ち、白い顎髭も長く垂らしている。

 服装は、いうなれば旅装。室内でも毛皮の防寒服を着たままだ。

 暖炉に火は入ってるけど、さして暖かいわけでもない。単に寒がりなのか、脱げない理由でもあるのか。

 これが、教皇?

 教皇と皆が言ってなければ、ただのお爺さんとしか思わなかったろう。実際、目の前にしてもただのお爺さんとしか思えないけど。


「なんじゃ、そいつは……人間か?」


 最初に口を開いたのはその教皇。怪訝けげんそうな目を僕に向ける。

 僕の服装は地球の服の上に厚手のコート。フードは下ろしてるので人間の耳が見えている。なら皇国の人間と思われたろう。

 老エルフは口を開き、しわがれた声を漏らす。少し甲高いその声は女性だった。老女のエルフか。


「私が喚んだ書記官です」

「人間じゃろうが、なぜ皇国の者が魔界で書記官なんぞしておる!?」

「有能な者は種族も出自も問わず任官を認めています。

 魔王陛下の方針ですので」

「こんな若造がか?」


 忌々しげな目が僕を睨み付ける。裏切り者とか考えてることだろう……て、自分も皇国を裏切って亡命してきたんでしょうが。

 それはさておき、僕は書記官として紹介された。

 実際、頼まれたのは確かに書記の仕事。彼らの会話内容を記録すること。

 そのための筆と紙は小さな机の上に準備してある。

 何の装飾もない小さなデスクと素っ気ない丸イスが、彼ら四人のテーブルからつかず離れずな位置に置かれてる。ガラスの水差しにコップも用意してある。

 ともかく僕は澄まし顔で一礼。黙って着席。余計なことは言わないし目も合わせず、ペンを手にして紙に向かう。

 魔界の文字は学んであるし、要は話の内容が後から分かればいいので日本語の書き殴りでも構わないから、確実に記録して欲しいと言われてる。

 こちらは準備OK。名前は知らないけど高い地位にあるだろう三人に向けて小さく頷く。

 白タキシードの黒猫さんが、場を仕切るように語り出した。


「さて、それでは始めましょう。

 まずはこちらからニャ乗りましょうか。私はセレドニオ・フランコ。エストレマドゥーラのワーキャット族より遣わされた大使です。

 以後、お見知りおきを。

 そして私の正面に座しますは」

「オイヴァ・オシュだ。

 我はこの魔王直轄都市ルテティアにて警視庁副総監に任じられている」


 ワーキャット族の大使に、ルテティア警察の副総監か。ワーウルフ族ドーベルマン顔の警察官……犬のお巡りさん。

 いやそんなことはいい。エルフの老女の自己紹介もキチンと書き取ろう。


「あたくしはリサ・サトゥ。昨年よりルテティア執政官に選任され、僭越せんえつながらルテティア政務の一端を担っております。

 それでは教皇、シモン七世とお呼びすればよろしいですか?」

「ふん、教皇猊下と呼べい」


 へえ、ルテティア執政官のリサ・サトゥね、りさ・さとう……佐藤里沙? いや、日本人なワケない、単なる偶然だな。

 丁寧な三人の自己紹介に対し、横柄な態度の教皇猊下。とても僧侶らしい言葉遣いには聞こえないけど、そういう方言や習慣だったりするのだろうか?

 いや、あの態度はどうみても偉そうにしてるというか、虚勢を張ってるという感じにしか見えない。

 本当にあれで教皇だったのかなあ?


「では、教皇猊下。

 大変な旅路の果てにこの魔界中央、栄光ある魔王陛下の庇護と威光を授かりしルテティアへ行幸されしこと、陛下も過分なる信頼に心震わせ、最大限の歓待をと述べられております」

「当然じゃ、この教皇自身が魔界へ足を踏み入れるなど、本来なら神が許さぬ。

 その神罰をも甘んじて受ける覚悟に対し、いまだ魔王自身が姿を見せぬとは、どういうことじゃ?」


 かなり難しい言葉も入ってるけど、大体の言いたいことは分かる。

 恐らくは誤訳も入ってるだろうけど、僕は正式な書記官じゃないし、大目に見てくれるかな。つか大目に見てくれないと困る。

 ともかく僕は彼らの言葉を高速で書き殴る。これだけ汚く書くと、後で清書するのも大変かも。

 教皇の言葉に、オシュ副総監が牙を剥きながら低い声を発する。牙から滴る唾液が狼の野性味を醸し出してる。


「それは教皇猊下とやらの首実検が済んでからだな」

「な、なんじゃとっ!?

 わしを首級しるしだというつもりか!」


 いきなり全く分からない言葉が出た。

 なんだろう、首実検とか首級とか。話の流れから言って身元確認のことだと思う、教皇のリアクションからすると失礼な言葉らしいな。

 黒猫のフランコ大使がまーまーとなだめてる。実際には「にゃーにゃー」に聞こえるけど。


「いえいえ、あニャたを首級だニャんて思ってませんよ。

 ただ、こちらのオシュ副総監も根が武人ですにょで、つい戦場の使いニャれた言葉が出てしまっただけです。

 それはこちらにょ無礼、平にご容赦願いたいですニャ」


 教皇は、ふん、と吐き捨てるように呟き腕を組む。そのまま何も言わない。無礼を平にご容赦する気らしいな。

 老エルフは小さな咳払い、話を続ける。


「あたくし達としても教皇猊下を心より歓待したいと切に願っております。

 ですが、そのためには幾つかの手続きが必要となること、魔界と皇国の長きにわたる確執の経緯からすれば当然のことと、ご理解頂けるかと」

「遠回しに言わんでいい。

 お前は本物の教皇か、間者ではないのか、腹に爆弾でも抱え込んでるんだろ、と言いたいんじゃろうが」

「いえいえ、そこまでは申しません。

 ですが、ルテティアへの行幸に先立ちインターラーケンにて行われたトゥーン領主との会見内容を拝見するに、いささか納得のいかない点がございまして。

 あたくし達としましては、陛下への拝謁前にその点の真偽を確かめぬわけにはまいりません」

「……けっ!

 魔界に来た経緯、じゃろうが」

「口のに乗せるもはばかりながら。

 ゆえに、本日はルテティア執政官たるあたくしとの会見に、こちらのお二方の同席を願ったのです。

 ワーキャット族の耳は空言そらごとを聞き取り、ワーウルフ族の鼻は虚言を嗅ぎ取ります。

 彼らから偽証しうる者はおりません」

「安心せい、わしは教皇シモン七世の名において、真実しか語らぬわ」


 真実しか語らない……どうだかねえ。

 それに世の中には『言うべき事を言わない』とか『故意に誤解させる言い回し』とかあるからね。

 ワーキャット族の耳とワーウルフ族の鼻は、確かに優れている。でも油断は禁物、灯台もと暗し。優れた感覚器だからこそ裏をかかれることもある。

 それが分かってるからこそ、魔力を無効化する僕をも書記官として喚んだんだ。


「では改めて、あたくし達の前で語って下さい。

 なぜ教皇猊下が、皇国も教会も捨てて魔界にはしり、魔王陛下の庇護を求めるに至ったか」

「おう、何度でも語ってやるわい。

 皇帝のヤツが、わしを殺そうとしたからじゃ!」


 皇帝が教皇を殺そうとした!?

 うわー、いきなりえぐい政治闘争の話だ。

 権力の中枢は常にドロドロの派閥抗争、騙し合い化かし合いは当たり前、日本でもどこでも同じだな。

 定番の筋書きとしては、国教会を皇帝の直接支配下に置こうとした、教会が皇帝を意のままに操ろうとした、その政争の果てに暗殺……てとこか。


「では、なぜ皇帝陛下は教皇猊下を殺そうとしたのですか?」

「去年の秋、収穫祭の宴会の席で、わしがうっかり皇帝の頭に酒をぶっかけてしもうたからじゃ!」


 は……。

 はいぃ??

 宴会で、皇帝の頭に、うっかり酒をぶっかけた。

 だから殺されかけた?


 思わず顔を上げて教皇の顔を見る。

 室内の兵士達も目が点になり、教皇の顔を見つめてる。

 事前に話を聞いていたろうフランコ大使とオシュ副総監、そしてサトゥ執政官は真顔のままだ。教皇の信じがたい話を、真剣な目で聞いている。

 まさか、本当にそんな理由で殺されかけたって、亡命してきたっての!?


 大使は執政官と副総監へ向けて、深く頷いた。

 副総監は大使と執政官へ向けて、牙を剥きながら「嘘は言ってない」と吐き捨てる。

 執政官は、部屋に響くような溜め息をついた。そして近くに立っていたゴブリンの兵士を呼び寄せ、耳に何事かを囁く。

 ゴブリン兵は僕の方へ駆けてきて、彼ら特有のキンキン声で耳打ちしてきた。


「おい、今の教皇の話、内容は何だった?」

「……皇帝に酒をうっかりかけちゃったせいで殺されかけた」


 ゴブリン兵はすぐに丸テーブルへ戻り、執政官へ囁く。

 頷いた執政官は兵を元の位置に戻らせた。

 そしてテーブルに両肘をつき、口の前で手を組む。


 無音。


 誰も動かないし、なにも語らない。

 室内に沈黙が重く立ちこめる。

 窓の外で羽ばたく鳥人達とサキュバス達の羽音、そして暖炉で燃える薪のパチパチという音だけが僅かに聞こえてくる。


 沈黙を破ったのは、話が長いことで有名なエルフの執政官。

 老女のしわがれた声がエルフらしからぬ、ただ一言を発した。


「真実と認めます」


 結論は出た。

 教皇は、去年の秋に宴会で、うっかり皇帝の頭に酒をぶっかけた。だから殺されかけたので亡命してきた。

 同じ種族たる人間族を裏切り、自分自身が悪鬼だ諸悪の根源だと宣伝してまわった魔族を頼ってきた。

 老い先短いだろう自分一人が生き残るために、インターラーケン山脈を頑張って踏破した。


『な……なんじゃ、そりゃ……』


 聞き取られないように日本語で、出来る限り小声で、抑えきれなかった言葉を呟く。

 まあ、聞き取られたからといって、どうということも無かったろう。

 どうみても、室内の全員が同じ感想を顔に浮かべてたから。


次回、第十五章第四話


『事情』


2011年12月3日00:00投稿予定


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