Palais du Luxembourg
リュクサンブール宮殿(Palais du Luxembourg)。
三階建ての壮麗な宮殿で、雪を乗せた屋根には幾つもの煙突が飛び出してる。
魔王城ほどの大きさではないけど、壊れてないし建物近くに発着場があるので機能的な感じだ。
でも優美な噴水もあり木々も多く、落ち着いた雰囲気。
庭園の端には尖塔だか鉄柱みたいなのだかが立ってる。街中にも幾つか立ってたヤツに似てる。
陛下は普段はここで政務をこなしてたのか。
白い息を吐きながら飛空挺と飛翔機の間を抜けて宮殿へ向かう。
なるほど、さすがの警備。大人数の兵士が宮殿を出入りしてるし周囲を巡回してる。庭園を行き交う各種族も、それぞれに緊張感が見える。
どれほどのVIPが亡命してきたのかな。
案内のオーク兵に連れられながら、周囲のざわめきに耳を向けてみる。
「……たい、どういうつもりなのだ? 皇国では何が起きてるのであろうな」
「まさかEin Aufstandを起こしたわけでもあるまい。単にPolitical strifeに敗れて逃げてきただけだろう」
「……逃げるなら皇国内を逃げる……なぜに魔界まで……?
人間界で生きられぬから……魔界に来ても、やはり大方は殺されるだけと思われてい……。
「いや、陛下はInnocenceの民を害する方ではない……そんな事実を短耳共が認めるはずもないが……」
「トリニティ軍の人間共が流布して回る真実に目覚めた……めでたい話でもなかろ……きゃつらにとって異種族などMatançaとPillajeの対象……。
いや……森の木々を切り倒し鹿を狩るようなもの……そもそも言葉を交わす相手としてみていない……」
「……刺し違えるために送り込まれた、死兵……」
「ばかな、そんな事が可能なら、とっくの昔に反魔王派の魔族によって暗殺されて……それは敵である短耳共が一番、身を以て知っている……」
「……はり、単なる間者……?」
さすがに政治の話は難しい。分からない単語も多い。でも断片的だけど、だいたいの話は分かった。
短耳というのは人間族への蔑称。宮殿に集まった人々は、今回の亡命者というのが文字通りに亡命してきたとは思ってない。
間者と見ている。
宮殿入り口では当然ながらゴブリンやエルフの魔導師が『魔法探知』『探査』でボディチェックしてる。
で、当然ながら僕に対してもそれを使って、ビックリ仰天して剣を向けてくるわホイッスルを鳴らされて警備隊が集まってくるわ。
あっと言う間に囲まれてしまいました。
僕の存在くらい予め連絡しておいてほしいなあ。
「大丈夫だニャー、その人は例のチキュウ人にゃのよ」
緊張感溢れる宮殿正面入り口前に、建物の中から気の抜けた女性の声。その声には覚えがある。
ルテティアに来たら遊びに来なよ、と言われてたんだ。けど、仕事が忙しいし街に行くことは少ないので、すっかり忘れてた。
入り口からヒョコッと顔を出したのは、お久しぶりなネフェルティ=エストレマドゥーラ王女だ。
動きやすそうな薄茶色のレザースーツとブーツに身を包み、愛嬌タップリの笑顔を向けてくる。相変わらずのおてんば姫という雰囲気。
んで、例のチキュウ人という一言で納得した兵士達は武器を下ろし術式を解く。
でも不穏な空気は完全には消えてくれない。僕の顔を見ながらヒソヒソ話が聞こえてきます。
「大丈夫か?
この者、話では皇国から迷い込んできた魔道兵器という話だが……」
「陛下と同じく研究所を逃げ出した身であろう。
今は陛下のもとで子守に勤しんでいるとのことだ。
信用してよかろう」
「もしかしたら例の坊主と密かに接触を取る気かもな。
監視は怠るなよ」
「なあに、抗魔結界が完璧すぎて魔法が使えねえ失敗作だ。
魔法は効かねえが剣も矢も避けれないんだってさ。
殺るのは容易いぜ」
全部聞こえてますよ、失礼な。もう少し小さな声で陰に隠れて話して下さい。
おまけに地球の話は全然信じてもらえてない。しょうがないけど。
猫姫様は周囲の雑音を気にする様子もなく、僕とバルトロメイさんを手招き。
包囲を解いた兵士達の間を抜けて城の奥へと進む。
「いやー、ごめんだニャー。
なにしろ突然の話で、例のお坊さんも僕が飛翔機で一気に連れて来ちゃったもんだから。
みんニャ大慌てで慌てふためいてるんだよ」
「いえ、それはカマいません。それにしても、レイのボウメイシャって」
「お坊さんが亡命者って言ったの!?
司教が、いえ、まさか枢機卿が魔界へ逃げてきたっていうわけえ!?」
僕のセリフを遮ってバルトロメイさんが微妙に甲高い叫びを上げる。
皇国国教会がどんなのか知らないけど、状況からすると偉い牧師だか神父だかが魔界へ逃げてきた、ということになる。
国教会は魔族を、というか人間以外の種族を悪魔だの呪われてるだのと国民に教えこみ、魔族を皆殺しにするのが正義という、とんでもない教義の宗教団体のはず。
その中の偉い人が逃げてきたって、大変な事かも。
元少将の質問に、猫姫様は「ふっふーん」と楽しそうに、ちょっと意地悪そうに笑うだけ。
「それを確かめてもらうために、みんなを呼んだんだよ。
あたし達には例のお坊さんの言うことがホントかどうかわかんにゃいから。
他の人達も部屋で待っててもらってるからね。
君達も、あたしは荷物を運んでくるから、ここでまってて」
僕らが連れてこられたのは、城の一階の端にある一室。
敬礼した警備兵が扉を開けると、パチパチと薪が燃える暖炉の前に、三人の女性が椅子に座ってる。
三人とも人間族。Parisiorumのヴィヴィアナさんと、イラーリアさんと、サーラさんだ。
「私達も劇場の大掃除中だったところを、急に連れてこられたのです。
何がなんだか分からなくて」
笑ったような目をしてるヴィヴィアナさんだけど、今はさすがに困惑した様子だ。
服はステージで見たような刺激的デザインにされた修道服じゃなくて、普通の普段着という感じ。
今は劇場も年末大掃除の季節なのか。ホントに年の瀬だなあ。
対する泣きそうな目のサーラさん、頭に被った緑色の頭巾みたいなやつにホコリが被ってる。
「で、でも、あたし達って、修道女といっても、田舎の出です、から、教会の高位の方々なんて、知らないんです、けど」
サーラさんはどもり癖があるんだな。でも歌は普通に歌ってたから、単に性格からくるものかも。
小柄で気弱そうな見た目通り、気が小さいのかな。
でも気が小さかったら魔界に亡命するとか魔族の前で歌うとかできないだろうし。その辺はちょっと会ったくらいじゃわからないや。
んで釣り目のイラーリアさんは、いかにも気が強そう。でも瞳の色は琥珀色、キラキラ輝いてて魅力的。長めの栗色の髪も素敵だ。
「とにかく顔を知ってる奴だと思うからって、鏡越しでも確認して欲しいって言われたんだ。
まあ、『マルアハの鏡』に出たことのある奴なら知らないこともないだろうけどな」
男っぽいしゃべり方のイラーリアさん。はて、『マルアハの鏡』とは何だろう?
「あの、『マルアハの鏡』ってなんですか?」
「ああ、それはな……あれみたいなマジックアイテムだよ」
説明するイラーリアさんの視線は扉の方を向いてる。
大きく開け放たれた扉からは、ネフェルティ様が兵士達を連れて戻ってくるとこだ。兵士達に囲まれて、魔法で宙に浮かされた大鏡がフワフワと運ばれてくる。
何人かの兵士が運んできた大鏡は、部屋の壁に慎重に立てかけられた。
ああ、これは何度もジュネヴラで見たことある。TV会議も出来る便利な通信アイテム、『無限の窓』だ。
「あれと似たようなモノが各地の教会に必ず置かれてんだ。
ただ、『無限の窓』と違って、こっちからは話が出来ねえ。王宮や大聖堂からの有り難い御言葉とやらを垂れ流すだけだな」
「ふーん、ホントにテレビみたいなモノなんだね」
「テレビ? あんたの所じゃテレビって呼んでたのかい?」
「うん。似たようなのはボクの国では家に一コは必ずあったよ」
「お~お、各家に一個かよ。豪勢だねえ。
そりゃまた、クソッタレな坊主共のふざけた寝言がうるさくてしょうがねえな」
「す、スゴい言い方、しますね」
うわあ、て感じ。
パオラさんと同じく元修道女だったはずなのに、神と教会を呪うかのような言葉。つか呪ってるな。
でもトゥーン領主とパオラ妃の話では、確か魔界と魔族の真相を知ったためオルタ司教に殺されかけたんだっけ。それがもとで亡命せざるをえなかったって。
なら教会を嫌悪するのも当然か。
猫王女様は立てられた鏡の周囲に付けられた宝玉を操作してる。
「さ~って、こんにゃもんかにゃ~。上手く映るかにゃ~」
独り言を呟きながらあれこれしてると、ただの鏡だった表面が光を放つ。
そして映し出されたのは、なにやら豪華そうな調度品に囲まれた広い部屋。その天井あたりから部屋全体を撮影してるようだ。
部屋の真ん中には丸テーブル。四つの椅子が置かれ、四人の人物が座っている。部屋の隅には各種族の兵士達が控えてる。
テーブルを囲んでるのは、タキシード姿の黒猫、鎧姿のワーウルフ、真っ白なローブをまとう老エルフ、そして毛皮の冬着をまとった人間族らしき老人。
老人は長い白髪アゴ髭で、頭頂部は綺麗に禿げ上がってる。歯は何本か抜けてすきっ歯になってる。耳は短いので人間族のはずだ。
あれが亡命者か?
「あのおじいさんがボウメイシャですか……て、あの、どうしました?」
周りをみたら、皇国の人がみんな呆然としていた。
バルトロメイさんも、ヴィヴィアナさんもイラーリアさんもサーラさんも、一様に目を見開き硬直してる。
口はあんぐりと開けられたままだったり、酸欠の魚みたいにパクパクしてたり。
まるで絞り出すように、城のコック長はかすれる声をもらす。
「Papa...」
Papa?
その単語はパパと聞こえた。
パパって、お父さんという意味のパパだろうか、いやそんなワケはないから、あのお爺さんの通称がパパなんだろう。
で、パパって何? どういう意味のパパなんだ?
「あの、バルトロメイさん。パパってどういう意味です?」
「ぴ、ピエトロの丘の、大司教……首長よ……」
ピエトロの丘、どっかで聞いたことがあるな。ああ、そうそうエズラ支店長が言ってたゴブリンの故郷で聖地。
聖地ロムルスは皇国に占領されて、今は皇国国教会の中心地だとかいう話だ。その教会中心地として新たに付けられた地名がピエトロの丘、だったはず。
へえ、そこの大司教とか首長とか言うなら、相当の偉い人だ。東京都知事みたいなもんかな。
それが亡命してきたのなら、そりゃビックリするだろう。なんて思ってたら、イラーリアさんのひっくり返った声も続く。
「き、きょ、教皇シモン七世!
しし、使徒の頭の継承者にして、世俗の支配者たる皇帝陛下とも並び称される、最高司祭よ!」
へえ、教皇だったのか。
使徒の頭で、皇帝と、並びしょうされ……え? 教皇?
教皇って、皇国国教会で一番偉い人? つーか、教祖とかそんな感じの、え、ええ!?
教会の最高権力者が、亡命してきた?
皇国の正義と信仰を司る人が、悪鬼とか悪魔とか教えてる魔界の人達を頼ってくるってえ!?
なんで、どうして?
皇国で何があったんだっ!?
「そ、そんなバカな!?
なんでこいつが……他人のそら似か? それとも変装か?」
「でも、でも、あのご尊顔は、間違いな、く、でもそんな、そんなことが……」
イラーリアさんもサーラさんも、唖然愕然。
僕も一緒になって目を白黒させてたら、また扉が開いた。
そこには長身の美女が立っていた。優雅な藍色のドレスに負けないほどの豊かな金髪をなびかせる、赤い瞳の美女。
「どうやら、本当に教皇本人に間違いなかったようですね。
では、ユータあなたにはこちらへ、ていうか、逃げないでー!」
いえ逃げさせていただきます。
窓ガラスに体当たりです。がっしゃーんです。
僕はフェティダ様の餌食になりたくないです。可愛いリィンが待ってるんです。
幸いここは一階、入り口に立つドワーフ族の女酋長を見た瞬間に窓から飛び出させてもらいました。
昔の僕なら絶対出来ないしやろうともしなかったろう、ガラスをぶち破ってのダイブです。
魔界に来てさんざん苦労して、体も運動神経も根性もかなり鍛えられましたから。今ならこれくらいのアクションも楽にできちゃいます。
僕の体はリィンのものです。あなたの毒牙にかかって修羅場とかゴメンです。平穏無事な家庭が僕には似合ってるんです。
さよーならー。
「こ、この前の酒場でのことは、本当に謝ります! すいませんでした!
もう、どんな顔をしたらいいのか分からなくて、いままで城に謝罪にも行けず、その、ごめんなさい!
でも今回のこととは、あの、別と割り切って、協力して下さい! お礼もちゃんとしますから!」
両脇を大柄なオーク兵士に挟まれて、肉食系姫様に連行される僕。
さすがにちょっと鍛えたくらいでは『肉体強化』の魔法で超人的アクションが出来る兵士達の包囲から逃げられませんでした。
何が協力ですか、これ強制連行じゃないですか、力ずくで仕事をさせるって奴隷扱いですよね?
これが権力者の本性なんだ僕ら労働者は搾取されるだけの存在なんだ赤い革命を起こしてやるぞチクショー。
真っ赤な顔で内股に手を重ねながら頭を下げる男日照り姫、あなたがフられ続ける理由ってまさか酒癖の悪さじゃないでしょうね?
猫姫様は頭を下げるフラレ姫の横でケタケタ笑ってる。
「まーまー、フェティダねーちゃんのことは許したげて欲しいニャ。
それに今はちょっと真面目な時なので、ホントに協力して欲しいにょ」
あなたは他人事だから野次馬出来て楽しいでしょうねえ、こっちは命懸けなんです今後の人生がかかってるんです。
そんな不満タラタラな僕は、城の最上階へ連行された。
ズラリと兵士が並んでる。扉や廊下にも宝玉が光る、恐らく警備用の魔力式センサーか。さすがの警備だな。
大きな両開きの扉が重低音と共に開け放たれる。そこには、さっき鏡越しにみた室内があった。
丸テーブルに四つの椅子、周囲を固める兵士達。
そして、教皇と呼ばれた白ヒゲ白髪の老人が、そこに座っていた。
次回、第十五章第三話
『亡命者』
2011年11月29日00:00投稿予定