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非常招集

 うーん、うぅ~む、苦しい。

 なんだ? 体が動かない、金縛りか?

 まるで腹の上に何かがのっているかのよう、首を絞められてるかのよう。

 いや、違う、首を絞められてるんじゃなくて、口を塞がれてるような……じゃない、

 口に何かが突っ込まれてるというかなんというか。

 苦しいんじゃなくて、痛い。ほっぺたが痛いってば。

 なんだ、何が腹の上に、頬に……?



 目を開けたら、目の前にリィンさんの笑顔があった。

 フリフリなエプロン付きのメイド服を着た彼女は、布団をひっぺがして僕の腹の上にまたがってる。

 その両手は、僕の頬へ伸びていたっつーか、僕の口の中に指を突っ込まれてる。そして左右に口をむぎゅーっと無理やり引き延ばし中。


「おはよう、ユータ。目が覚めた?」


 あくまで笑顔を向けてくる僕の恋人ですが、蝶の羽は今日も七色に輝いてますが、目は笑ってないし怒りでどす黒い気がします。

 い、いきなり何ですか!?


「ひゃ、ひゃにひへんの?」


 何してんの、と言いたいけど口が動かせない。

 目を横に向ければ開けっ放しの窓。カギかけて無かった。あそこから入ったのか。

 ぴゅーぴゅーと吹き込んでくる冬の風より、リィンさんの笑顔の方が冷たいです。


「昨夜は、シルヴァーナとお楽しみだったそうじゃないの」

「!?!?」


 うわあ、やっぱり耳に入ってた!

 しかも既に尾ひれ背びれが面白可笑しく極彩色に付けられてる!


「ひ! ひはうひはう! ひょうひゃほほひへはい!」


 指突っ込まれたままじゃ弁解も出来ません。

 思いっきり頬をグニグニといじくられ弄ばれて、いくら小柄で細い妖精の女の子の力とはいえ、痛いんですよー!

 誤解なんです、僕は浮気なんてしてません!


 ズボッと勢いよく指が引き抜かれた。

 頬を左右から両手でガッチリ固定される。

 そして、彼女の唇が僕の唇に、それだけじゃなく頬や喉や額にも降ってきた。

 んでもって、首に細い腕が巻き付き、力一杯抱きついてくる。

 右の首筋から聞こえてくるくぐもった音は、押し殺した笑い声。


「ぷっくくく……やーねえ、わかってるわよお!

 ちょっとからかっただけだから、安心なさい。

 まったくも、そんなにビビッちゃって。図体は大きいのに可愛いボーヤなんだから」


 大きいっていっても、日本人としてはごく普通、といっても通じないか。

 まったくもう、たった三歳しか違わないのに、お姉さんぶって。

 ふん、だったらボーヤじゃないってところをみせてやるぜ、というわけでリィンさんの細い体を抱き締める。

 そしてクルリと半回転、彼女の体を下にした。


 魔界では王侯貴族しか使えないような、巨大でフカフカのベッド。

 白いシーツの中に埋まるような、メイド服の小さな女の子。まるで人形のような、でも暖かくて柔らかくて息づいてる、僕のリィンさん。

 い、いや、ここはボーヤじゃないことを示すためにも、気合いを入れよう。


「……リィン」

「なあに?」


 初めての呼び捨て。

 彼女はちょっと驚いたように目を見開いたけど、すぐに満面の笑みへと変わる。

 そして、互いに目を閉じる。

 リィンの呼吸が感じられるくらい顔が接近し、優しく唇を重ねる。

 そして、抱き締めた。


 細い体に腕を回す。小柄な彼女の体は簡単に僕の胸の中に収まった。

 七色に輝く妖精の羽にも腕がかかった。これは妖精にとっては失礼な行為だけど、怒られたりしない。

 なぜなら羽に触れるのは家族や恋人にのみ許されることだから。

 しかも僕に羽を触れられた場合、その部分の魔力が消失するので羽が消えてしまう。

 でも、それでもリィンさんは怒ったりしない。全てを許してくれる。

 愛しいリィンは僕の恋人だから。僕はリィンの恋人だから。

 だから、彼女の体に触れていい、全てに触れていいんだ。


 激しく、狂おしく彼女を抱き締める。

 折れてしまいそうな首筋にキスをする。

 リィンも負けずに抱き締めてくるし、ところ構わずキスを返してくる。


 右手をゆっくりと下ろし、彼女の小さなお尻のラインを楽しむ。フワフワのスカート越しでも華奢な彼女のボディラインと柔肌が感じられる。

 さりげなくスカートをたぐり、その中へ手を忍び込ます。

 薄いレギンスごしに彼女のスベスベな肌。指の動きに合わせて、細い足がうごめく。

 逃げるようによじらせ足を閉じつつも、彼女の感触を楽しむ五本の指から離れようとはしない。


「……ダメよ、これから仕事なんだから。服を乱したらダメ」

「ん。じゃあ、このままでする?」

「それもいいかな」


 スカートの中をまさぐる僕の指は、彼女の一番柔らかい場所を求める。

 レギンスの端に指がかかる。

 布地と、きめ細やかな肌の間に指をもぐり

  バタンッ!

「ユータ! 起きてちょうだい!

 今ルテティアの飛翔隊基地に新たなぼうめ……あ、あら、お取り込み中だった?」


 ノックもなしに扉から飛び込んできたのはノエミさんだった。

 きゃー! 僕はただいまベッドでリィンとイチャイチャ中なんですー!

 つか、良いトコだったのにー!





「亡命者って、噂の?」

「皇国からのボウメイシャがルテティアに、ですか?」

「ええ。それも、ちょっと特殊な地位にある人物らしくて、身元の確認が必要なの。

 だからその人物の顔を直接知ってる人とかを急いで集めてるわけ」


 雪に覆われた庭園を大トカゲの背に乗って走り抜けながら、ノエミさんから事情説明を受ける。

 もちろん手綱を握ってるのはノエミさん。頭の上にはリィンさんが飛んでる。

 皇国からの亡命者を身元確認、なんで僕が呼ばれるんだ?


「ボウメイシャの噂は聞いてますけど……。

 あの、ボクは皇国にいたことはありませんから、その人のカオは知らないとオモいますよ」

「分かってるわ。

 あなたに期待しているのは、幻術などの魔法による変装や催眠を破ることよ。

 あなたなら『言霊』や、あーっと、声に魔力を込めて人を惑わすことだけど、そういうのは効かないでしょ?」

「うーん、経験がナイのでわからないですけど、多分ボクにはコウカないかな」

「経験がない、というだけで十分よ。

 恐らくあなたには今まで、大量の言霊による催眠がかけられたはずなの。取り調べで偽証を防ぐためとか、自白させるとか。

 あなたはその一切を意識もせずに跳ね返してしまってるから覚えがないの」


 あ、そりゃそうだ。

 最初に魔界へ転移してきたとき、当然その程度のことはされたはずなんだ。

 気付かなかっただけだ。

 なるほどね。この世界の催眠術なら魔法も込められてるから、恐らく地球のとは桁外れの効果があるんだろう。

 ただし僕らには純粋な魔力は効かない。

 なら抗魔結界を持つ姉か僕が呼ばれるのも当然か。

 頭の上からリィンさんの不機嫌そうな声が降ってくる。


「むー、嘘が困るって言うなら、その亡命者ってヤツに言霊をかけたら?」

「どうも、無礼が許されないほどの高位な人物らしいわ。

 本人の許し無く『探査』もかけれないほどの」


 それって、相当の高官じゃないか。王侯貴族クラス?


「うぬぬ、そ、それじゃあ、どうしてユータをルテティアに呼びつけるのよ?

 そんなのキョーコでも、陛下ご自身でも出来るでしょうに」

「そうもいかないわ。

 その亡命者は陛下への謁見を求めてるんだけど、自爆目的の死兵という可能性も拭いきれないの。だから陛下は別の宮殿で待機していただいてるわ。

 それと、危険な役目はやはり、女より男でしょ?」


 肩越しに振り返って僕を見るノエミさん。

 うーん、それを言われると反論しにくい。

 それにしても、魔王陛下と直接の謁見を求めるなんて、相当のVIPが亡命してきたのか?

 そして身元確認だけでもある程度の手間と危険を覚悟しなきゃいけないような……。


「リィン、よくわからないけど、とにかく行ってくる。

 城で待ってて」

「ちょっと、あんた一人で大丈夫なの?」

「ダイジョーブ! 恋人をシンライしなって」

「生憎だけど、あんたの腕っ節は全っ然信頼してないから」


 そんな力を込めて不安を口にしないで欲しい。

 確かに僕は魔法を全く使えないから、魔界の人達と比べると弱いけど。

 そうこう話しているうちに庭園内の飛空挺発着場に到着。

 目の前には離陸準備を済ませた飛空挺。その乗降口から手を振ってるのは、おや、バルトロメイさんだ。

 ノエミさんは大トカゲを止めて僕を下ろした。


「それじゃ、よろしく頼むわ。

 その人物についてはルテティアで聞いてちょうだい」


 僕は素直に飛空挺の方へ駆け出すけど、不満そうなのはリィン。

 ま、イイトコだったのを邪魔されて、いきなり今日はこれまでですって言われたら、そりゃ不満だろう。

 僕も不満だーいこんちくしょー。


「むー、しょうがないわ。

 それじゃユータ、あたしは城の仕事あるから、一人で頑張ってきなさいよ。

 いーい、絶対ムチャしたらダメだからね。あんた弱いんだから。

 危なかったらサッサと逃げるのよ!」


 弱いとか逃げろとか、とても男に向けた言葉とは思えない。

 うう、このままでは尻に敷かれっぱなしだ。なんとかしなくては。

 ところで全然関係ないけど、リザードマンや大トカゲが冬でも普通に動き回ってますが……冬眠しないの?





 ルテティアは防犯や事故回避のために竜騎兵の許可無き飛行は禁じられている。

 いくら竜としては大人しいワイバーンとはいえ、やはり暴れれば危ないし空から落ちてこられてはたまらない。

 無論それは飛空挺も同じ。

 ジュネヴラと同じく飛空挺の市街上空通過は認められない。


 だが許可があれば飛行は可能。街を空から警備する警邏隊とか、今の僕らのように特別許可が下りた飛空挺だ。

 その他にも、雪で白く覆われた市街上空を小型飛空挺が忙しく飛び回ってる。

 今回の亡命者、それだけの大騒ぎを起こす人物と言うことだ。

 目の前で灰色のローブに身を包んだバルトロメイさん、妙にそわそわと落ち着きがない。


「このヒクウテイ、どこへ向かってるんでしょう?」

「……リュクサンブール宮殿、だそうよ」

「りゅく、さんぶーる、ですか」

「ええ……陛下が、ルテティアで執務をするための宮殿よ……」


 心ここにあらず、なコック長。上の空な返事だ。

 どうにも落ち着かないようだ。僕も気になってしょうがない。


「バルトロメイさん、あの、今回のボウメイシャって、誰なんですか?

 スゴく偉い人らしいですけど」

「さあ、知らないわ。まだ聞かされてないの。

 でもあたしが直接顔を知ってるかもしれない人物となると、軍高官とか、ナプレの豪商とか、宮殿勤めの貴族とか、ね」

「やっぱりエラい人ばかりですね」

「当然よ!

 あたしは皇国でも指折りの名家出身で、トリニティ軍では少将だったの」


 こんなオカマっぽい人が軍の少将……いや、外見とは関係なく有能なのか。それとも世襲か親の七光りか。

 小太りの現魔王城コック長は、皇国軍人だった過去を思い返して不安そうだ。


「ああもう、一体誰なのかしらねえ。

 あなたは皇国と無関係だからノンビリしてられるでしょうけど、あたしはそうはいかないのよ!

 あたしの家族は大丈夫かしら、もしあたしが魔界で生きてるって知られてたら、実家も大変なことになるじゃないの……妻も子供達も無事なのかしら?

 バルトロメイ家がどうなったか知ってればいいんだけど、でももし知らなかったら、それはそれで何も困ったことは無かったってことだし……」


 バルトロメイさんはブツブツと不安を、そして期待を呟き続けてる。

 最初は僕に話しかけていたんだけど、次第に頭を抱えて独り言になってしまった。

 確かに皇国に残してきた家族のことは心配でしょうがないだろう。僕だって地球の父さん母さんが心配なんだから。

 て、この人、結婚して子供もいたんだ。なんだ、ホモやオカマじゃなくてノーマルだったんだ。あーよかった。



 そんな話を聞きつつも、飛空挺は雪を乗せた屋根が続くルテティアの上空を飛ぶ。

 飛空挺内部は鉄骨と木材が剥き出しで、薄い鉄板越しに外の冷気が直接伝わってきて寒い。

 まあ、外に剥き出しの竜騎兵に乗せられるよりはまし。ワイバーンは冬には寒くて強く飛べないから竜騎兵は動けない。

 窓から見下ろせば、大きな庭を持つ宮殿へ向けて高度を落としていく。

 庭には既に何隻もの小型飛空挺が着陸していて、なかには飛翔機も数機ある。さすが垂直離着陸機、まるでヘリみたいな運用が出来るんだな。

 庭園に積もった雪は走り回る多くの人によって踏み汚され、土と混じって茶色くなってる。

 そんな慌ただしい宮殿へ、僕らも降りたった。


次回、第十五章第二話


『Palais du Luxembourg』


2011年11月25日00:00投稿予定

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