ぱんつ
「あれ? あれあれ?」
魔王城に与えられた僕の部屋、一人で暮らすには広すぎるほど。
そのど真ん中で、冬の冷たい風で冷たく乾いた洗濯物のカゴをひっくり返す
中に入っているのは僕の服。だけど足りない。
もしかして数え間違えたかと全部広げてみたけど、やっぱり足りない。
タンスの中に仕舞ったまま忘れたかな……?
スーパーで安売りしてた下着を入れるには申し訳ない格調高いクローゼットを開いたり、ベッドの周囲をゴソゴソ探したり。
でもやっぱり足りない。
ヘンだなあ、洗濯に出した服はこれで全部のはず。全部取り込んでくれたはずだ。
どこにもない、おかしいな。
無くなってるのは、パンツ一枚。
パンツ一枚で大騒ぎするなんて……と日本でなら考えるだろう。だが魔界ではそのパンツ一枚が貴重品。
地球の物質には一切の魔力を消し去る強力な抗魔結界がついている。それはパンツの繊維でも同じ。新素材として魔界では途方もない価値を持つ。
つか、僕はパンツが無いと困るんだよ。魔界の布って肌触りとか伸縮性とか、地球の品には全然及ばないんだから。
「うーん、洗ったヒトに聞くか。誰がセンタクガカリしてたのかなー?」
城の近くの泉に設けられた物干し場は、今日も洗いたてのシーツや服がはためいてる。
んで、僕の服を洗濯した人は誰かと尋ねたら、目の前の魔王第四子で第二王女な侍従長、ミュウ様だった。
いつものエプロンがフリフリなメイド服にティアラ、その上に厚手のカーディガン羽織った制服。
「ええ、私がしましたよ。
下着の数までは数えてないんですが、足らないんですか?」
「あ、はい。もしかして、ホカの服にマじったかも」
「うーん、あなたの服って魔界では有り得ないほど珍しい材質と色ですから、混じっていればすぐ分かると思うんですが」
「ですね、サガしてみます。
でも、まさかミュウ様がアラって下さるなんて、そんな、ジブンでやりますよ」
「あらあら、気にしないで下さいな。
なにしろ私は魔王一族とは名ばかりの、さしたる力も持たない身ですから。
この程度のことはしませんとね」
ニッコリ微笑んでくれるミュウ様に一礼して、他の人にも尋ねて回ることにする。
うーむ、それにしてもまさか、ミュウ様が自ら洗ってくれていたとは。
ミュウ様は魔王城侍従長の地位にあるんだから、細かいことは部下の妖精達に任せればいいのに。
元修道女の三人にも自分で焼いたパイをプレゼントしてたし。
弟妹達や子供達の世話をしていたフェティダ様といい、本当に家庭的で偉ぶらない人達だな。
まあそれはそれとして、パンツないと困るんだよなー、どこ行っちゃったんだろ?
風に吹かれて飛んでいったりされると見つけるのも大変だ。魔界では貴重品だから盗まれたという線もありうるし。
どっちにしても見つけるには僕一人じゃ無理かも。誰か手伝って……見つける?
抗魔結界を持つ地球の品を見つけるんだったら、なんだ、簡単じゃないか。
というわけで、鼻歌交じりに家具と古本を整理してたデンホルム先生に声をかけてみた。
小トリアノン宮殿も周囲の民家も年末大掃除の季節です。でも、なんでそこだけ日本人の僕らと同じなんでしょうね。
まあ各種族部族地域によっては、雪解けの春にやったり、そもそも大掃除という習慣自体がなかったりするようだけど。
ともかくルテティアでは魔王歴の年末に大掃除の習慣があるようです。単なる偶然でしょうね。
「ふむふむ、君の服が一着無くなったんだね?」
「そうです。魔法はトオらないですから、何か広いハンイにコウカがある魔法をツカってくれませんか?
それですぐにワかると思います」
「それより奥方には聞いたかい?」
奥方、といわれて誰のことだかと考える。
あ、リィンさんだ。
うわあい、もう奥方呼ばわりですかー。どんだけ話が広まってんですかー。
「い、いえ、リィンさんは、その、今日はルテティアへ買いツけに行ってるって。
センタクにはカカワわってないかと」
「そうか、なら魔法で調べるか。
方法は以前にも話した通り簡単だよ。
広範囲を調べるなら『魔法探知』が定番だ。他の侍従や執事にも声をかければ、広い城中でもすぐに調べれ切れる。
城外は兵士達や庭師達に声をかけて捜索をしておくので、城内は保父達と妖精達にやってもらいたまえ」
「はーい、おネガいします」
というわけで、小トリアノン宮殿のメイド妖精達や執事妖精達も集まり、手が空いてた保父さん達も加わって、大掃除ついでに城の中をくまなく『魔法探知』で調べることになりました。
ところでこの『魔法探知』、レーダーみたいに周辺の魔力の分布を調べる魔法。非常に広範囲を調べれます。
物理的に詳細に調べる魔法は『探査』、これは狭い範囲しか調べれないそうです。
でもどちらも、これを相手に断りもなく使うのは、覗き見同然でマナー違反。だから普段は魔王城敷地への出入りとか、警備上必要なときにしか使われないそうです。
もちろん僕ら地球人には魔法が通らないし、魔法を感知できないです。なので魔法では覗かれないし覗こうとされたことも気付きません。
もちろん僕も雑巾であちこち拭きながら、柱の影や彫刻の後ろなどを見て回ります。
子供達も、一応は手伝ってくれる子もいます。
まあ、モップでチャンバラしたり片付けようとしたらかえって散らかっていったりするのは愛嬌ってことで。
「どうです? ミつかりました?」
ホウキ片手に探し回ってくれてたノエミさんに声をかけるけど、申し訳なさそうに首を横に振る。
他の人達も来てくれて、家具を移動させたり棚の中をパタパタはたきながら探してくれたけど、結果は同じだったみたい。
「いえ、見つからなかったわ。
魔法が通らなかったのは、あなたとあなたの荷物、それに夜勤明けで寝てるキョーコの所くらいね
極微少に魔法が通らなかった場所もあったけど、それはあなた達の服の糸くずや髪が落ちてただけよ。
もちろんそれも回収したけど」
「そっか、城のなかにはないのかな?」
城外を調べようかと考えてたら、保父さんの一人がポンと手を打った。
「だったら、キョーコの荷物に紛れ込んでるんじゃねーか?」
「あ、なるほど」
洗濯の時に姉の服の中に紛れ込んだ、それならあり得るし『魔法探知』で見つからないのも当然。他の抗魔結界に埋もれてるから。
うーん、すぐ調べたいけど、姉ちゃん寝てるんだよな。
「それじゃ、アネがオきたらキいてみます。
お騒がせしました」
というわけで、夜勤明けで寝てた姉が目覚めた午後。寝ぼけまなこだったけど尋ねてみた。
豪華な天蓋付きベッドで、薄手のネグリジェを来た姉はうにゅ~と腕を伸ばす。
「え~? 知らないわよお……。
あたしの服は全部自分で手洗いしてるもの。
あんたみたいに他の洗濯物と混ぜたりしてないわ」
「えー、そうなのかあ、ならテイエンへ飛んでったのかなあ?」
「そうなんじゃない?
んじゃ、おやすみい~……」
そういって、姉は二度寝。
それにしてもこの部屋、妙に華やかだな。
花が飾られセンスの良い置物があり納戸のの中は立派なティーセット、どこからこんなに?
インターラーケンでは見なかった品々ばかりだと思う。
手の平サイズの置物を一つ手に取ってみれば、納得。『女神のように美しいキョーコへ Marcellino 』。マルチェッリーノさんからのプレゼントだ。他のも全部、同僚達からのプレゼントね。
よく見れば家具も増えてる。相当に高級そうなものばかりだ。どんだけ買い込んだんだか知らないけど、貯金はもつんだろうか?
やれやれ、お姫様気分だな。本当に調子に乗りすぎて痛い目みなきゃいいけど。
それはともかく、静かに姉の部屋を出て首を捻る。
困ったな。パンツ一枚くらい諦めてもいい気はするけど、この魔界じゃ貴重品だし。盗まれたとすれば、えーと、なにもよりによってパンツを盗んでいかなくても、という気がする。
廊下をテクテク歩きながら、もういいか、なんてスッパリ諦める気でいると、窓の外から何やら騒ぎ声が聞こえる。
見れば、デンホルム先生だ。その後には庭園を警備している兵士の人達。肩に女の子を担いでた。
あれ、足をジタバタさせてるあの子、シルヴァーナだ。
ビシッと敬礼するワーキャット兵士二人が、肩に担がれてシュンと小さくなってるシルヴァーナを保父達へ手渡した。
「城外を探してたら、この子が森に隠れてたンだニャ。『魔法探知』が一部通らニャかったから、この子が捜し物を持ってると思うニョ」
「お勤めご苦労様です!
ご協力、感謝いたします!」
元軍人らしくビシッと敬礼で返す保父達。エプロン姿にホウキや雑巾を手にしたままだけど。
ノエミさんは肩をすくめてうつむいてる少女に優しく問いかける。
「シルヴァーナ、あなたがユータの物、持ってるの?」
男の子みたいなズボンとシャツ姿の彼女は真っ赤になって視線をそらす。
でもノエミさんはしゃがんで、怯えて縮こまる彼女と視線を合わせてから再び問いかける。
「正直に言いなさい。
えっと、あなたが、その……ユータの服を、持ってるの?」
何やら言いにくそうなノエミさんの姿を見て、僕も気が付いた。
もしシルヴァーナが盗んだというなら、街に売りにいけないんだから金銭目的じゃない。
マジックアイテムの研究開発なわけもないだろう。
それ以外の理由で男性用衣服を、しかも下着を盗む理由って何だろう、と考えてしまったんだ。
つか、周りには他の保父さん達もいるわけで。ここで問いつめるのは、ちょっとデリカシー無さ過ぎかも。
「あの、ノエミさん。
返してもらえればそれでいいから、ちょっとフタリだけにしてくれませんか?」
「あー、うーん、それでいいなら……」
少し不安げな表情をしたノエミさんだったけど、別に反対まではしなかった。
というわけで、城の中で二人っきりに慣れる場所を考えたら、僕の部屋になった。
僕の部屋は城の二階にある。
ほぼ崩れかけた魔王城だけど、この一角だけは使用していなかったため被害を免れることが出来た。
その一角に僕と姉の部屋を準備してくれた。窓ガラスも割れまくった魔王城の中、かなり良い部屋を提供してもらえたわけだ。
ちなみに姉の部屋は隣、城の一番奥。
さて、僕の部屋の真ん中でシルヴァーナと二人だけになったわけだが……どうやって返してもらおうかな?
「えっと……シルヴァーナ、ボクの服をモってる?」
ビクッとますます肩をすくめる彼女は、唇を噛みしめながら小さく頷く。
盗んだのか、拾ったのか、事情は分からない。でも怯える彼女を問いつめるほどの事とも思えない。
んじゃ、事情は聞かない。返してもらうだけでいいとしよう。
「それじゃ、返してくれる?」
なぜか、ますます真っ赤になった。
小刻みに震えてる。
と思ったら、いきなり駆けだした。部屋の隅へ逃げていく。
えっと、返さないとは言わず、外にも逃げ出さず、なぜ隅に隠れる必要があるのだろうか?
わけが分からない。けど取り敢えず追いかけてみる。
「……来んなよ!」
部屋のすみ、タンスの影に隠れた彼女は叫んだ。来んな、と。
いや、来んなと言われても、ここは僕の部屋なんですが。賃貸だけど。
つか持ってるんならパンツ返してよ。
「返すよ、返すから……こっち、寄って、くんな……」
「……?
まあ、いいけど」
クエスチョンマークが頭上を飛び回ってるけど、とにかく僕は足を止めてタンスの影に隠れたシルヴァーナの様子を見守る。
隠れたといっても、子供とはいえ人一人が隠れることのできる空間じゃないから、体のはじっこが見えてますが。
で、彼女は僕に背を向けると、何かお腹の辺りでゴソゴソし始める。
シルヴァーナは、いきなりズボンを下ろした。
突然の行動に、息を呑んでしまう。
呼吸が止まる、言葉が出ない。
触れれば壊れてしまいそうな足首から、微妙なカーブを描くふくらはぎが上に伸び、雪のように真っ白な肌につつまれた太ももへと、細く長い足がスラリと伸びる。
そして可愛いお尻を包むのは……ボクサーブリーフ。
え、ええ、えええ!?
僕のパンツじゃんか!
探してたパンツがシルヴァーナのお尻にあった!?!?
サイズが合わないのを紐でくくって無理矢理はいてる、て、なんで?
なんで僕のパンツを履いてるの!?
「こ……これがあれば、助かるんだ」
「……え?」
意味が分からない。
僕のパンツを履いたら、何がどう助かるんだ?
脳内を飛び回るクエスチョンマーク。
何も答えられずに立ち尽くしてると、沈黙に耐えられなくなったか、彼女の方が僕に向き直って話し始めた。
「チキュウの物を身につけてれば、暴走しても、助かるんだよ。
漏れ出た魔力を消し去るから、死ななくてすむ。大きな怪我もせずに済むんだ。
物を壊したり、周りの人を傷つけたりしないから、魔物連中にだって怖がられない。
城のみんなと、他の種族とだって仲良くなれる……だから、欲しかったんだ!
ごめん!」
ああ、なるほど、そういうことだったのか。
暴走から身を守りたかったんだ。そのために地球の品を身につけたかった。
そして、この子自身も自分が恐かったんだ。周囲を破壊し、他の種族から恐れられ、ひとりぼっちになるのが。
そして、死ぬのが。
考えてみれば、当たり前だ。
これじゃ責められるはずがない。
僕は出来る限り優しく笑い、真っ赤な顔で謝る彼女の黒髪を撫でた。
「ダイジョウブ、君はボクが守るよ。
暴走、ジブンで抑えられるよう、ガンバろう。
それまで、カナラずみんなが君を守ってくれるから」
上目遣いで、涙を溜めた目が僕を見上げる。
怒られると思ってたのか、緑色の瞳は恐怖で歪んでいた。
「本当? 本当に、守ってくれるのか?」
「ああ、ヤクソクするよ」
瞬間、まるで花が咲くような笑顔。
そして彼女は僕のパンツを留めていた紐を解いて、て、てってて!?
目の前で迷い無く一気に、脱ぐなあー!
「それじゃ、返す!
だけど、約束だからな。必ずあたしを守れよ。
あたしは死にたくない。ちゃんと大人になりたい。このまま故郷にも帰れないなんてイヤだ。
だから責任もって、あたしを助けろ! 大人の女にしてよな!」
そういって彼女は、僕に抱きついて来たんです。
い、いくら子供とはいえ、は、半分裸で、しかもかなりの美人で、雪のように真っ白な肌は眩しくて。
オマケに今のセリフは、僕の脳みその中を木霊するんです。
大人の、大人に、してって、女にしてって、してってー!
ふくらみ始めた胸が、僕の体に押しつけられ……!?
一瞬、視界の端に映った。
窓の外に見えるものを。
頭に上った血が、あそこに下がった血も、一気にひいた。
ぶっ飛びそうな理性のたがを強引に元へ戻し、緊張で強ばった手をシルヴァーナの細い肩に置く。
そして、優しく彼女を離した。
「ワ、ワかった、ヤクソクする、から、迷惑かけたみんなにも、お礼をいって、アヤマってきなさいね」
「う、うん!」
満面の笑みで、でもちょっと残念そうな顔をしたかもしれないシルヴァーナは、僕にボクサーブリーフを握らせた。
ササッとズボンをはき直し、駆け出すように部屋を出て行く。
あとには全身から脂汗を流す僕。
手には彼女のぬくもりが残るパンツ。
背中に突き刺さるのは、視線。
振り返る。
瞬間、大小沢山の頭が窓枠の陰に隠れた。
カーテンを引いてない窓、沢山の人達が僕の部屋を覗きこんでいたんだ。
さっき視界の端に映ったのは、ニヤニヤ笑ってたり、手に汗握ってたりな顔。中には不届き者を成敗すべく攻撃魔法の詠唱をしていたらしき人も。
あ、危なかった。
あと一歩、気付くのが遅れたら、大変なことになるところだった。
もしこれがリィンさんの耳に入ったら、どんなことになったろうか?
はい、エロ章でした。R-15でした。
いえいえ、私の趣味ではありませんよ。あくまで自然な物語の流れです。ストーリー上、やむを得なかったのですよ。いやマジ。
次回、第十五章『尋問』第一話
『非常招集』
2011年11月21日00:00投稿予定